『ヴァアアアアアッ!』
燃え盛る帝都で、毛先が赤み掛かった少年が、凄まじい雄叫びを上げている。
背丈はバックベアードどころかチーの人間形態時よりも低く、爪や牙が鋭い事を除けば姿形は人間と大差ない。
しかし、その強さは折り紙付きである。儂もチーも敗北した。儂は魂を歪められる程の致命傷を負い、チーは半ば殺生石になり掛けている。
『私は消えぬぞ……我らが宿願の為に……!』
バックベアードはまだ戦えているが、間もなく人型を維持出来なくなるだろう。
そもそも、少年の発する破壊的な邪気を、妖気の壁で防ぐのが精一杯の様子だ。勝ち目がまるで無い。儂と互角の戦いを演じた、あのバックベアードが防戦一方とは信じ難い光景である。
だが、それが事実。これが現実。もはや絶望しかなかった。
……結局、儂は誰も守れなかった。共に戦った仲間は死に絶え、最愛の妻たる岩子も深手を負っている。身重ながらに儂らを支えようと、前線に付いて来てしまったのが災いした。お腹の子共々、もう長くはないだろう。
それはチーやバックベアードも同じ事。中国妖怪は全滅し、ベアード軍の空中要塞「ブリガドーン」も陥落した。無事な者は一人もおらず、動いているのは儂ら三人だけ。
これが絶望と言わずして、何と言うのか。長らく日本を陰から支え、他国の妖怪たちによる侵略から日ノ本を守り続けた、その結末がこれとは……。
人間を真似る気は無かったが、思わず思ってしまう。神も仏もいないとはこの事か、と。あのいけ好かない男もせせら笑っているに違いない。生きていればの話だが。
嗚呼、マズい。視界がぼやけて来た。身体に力が全く入らない。
――――――死ぬのか、儂は……こんな所、で……。
そして、意識諸共に絶望の淵へ落ちようとした、その時。
『グヴウゥゥゥッ!』
突如、少年が邪気の放出を止めた。
さらに、何処からともなく振るわれた、大地を切り裂くような斬撃。少年は素早い身の熟しで躱し、死の刃が飛んで来た方向を睨み付ける。
「……とうとうこの日が来たか」
この日、少年が初めて“回避”を行う程のそれを放ったのは、一人の剣豪であった。儂と変わらぬ背丈だが、正真正銘の人間であり、見た目だけなら時代に取り残された武家の青年でしかない。
しかし、その身に宿る力は凄まじく、何より背負った“想い”の数がとてつもない。
儂には見える。顔に炎の痣を持つその青年に寄り添う、無数の魂が。一人は彼の妻なのだろう。他は志を同じくした仲間だった者たちと言ったところか。
おそらく、青年も戦ってきたのだ。儂の知らぬ所で、少年の眷属たちと。多くの仲間を失い、愛する者を亡くしても、立ち止まる事無く進み続け、ここまでやって来た。全ての敵を蹴散らして。
『ムザァアアアアアアアアン!』
そんな青年の姿を見て、少年が誰かの名を叫ぶ。
「それが誰かは分からぬが、君にとっては許せぬ相手なのだろう」
だが、青年の名前という訳でもなく、勘違いをしているらしい。
「しかし、私は君を討つ。我が妻うたの為、散っていった仲間の為」
《大丈夫、わたしは何時もあなたと共にありますよ》
《……頼む、今度こそアイツを死なせてやってくれ》
《俺からもお願いします》《お兄ちゃんを救って下さい》《済まねぇ、オレの迷いのせいで》《それは言いっ子無しよ》《……これで終わりにしよう》
背後の守護霊たちと共に、青年が刀を構える。
『グルルル……』
その姿に触発されたのか、少年も初めて武器を持った。己の骨を蛇腹の剣に変えたのである。
「行くぞ! 我ら、鬼滅の刃の下に!」
『ノヴァアアアアアアアアアアアッ!』
そして、青年と少年が正面から刃を交え――――――、
◆◆◆◆◆◆
『……ハッ!』
儂は目を覚ました。じっと手を見る。何時もの小さな手だ。周囲を見渡す。相も変わらず、何もかもが大きい。儂から見ればの話だが。
この目玉に胴体が生えた小人の姿になってから、早数十年。実に無力で情けない有様であるが、これもまた世界最後の日を生き延びた証。誇りこそすれ、卑下する物ではない。そんな事をしては彼に失礼だろう。
人の身でありながら、儂ら妖怪を含む全てを業を背負って来訪者と戦い、命と引き換えに奴を封じた、あの日の青年に対して。
彼には感謝しかない。全ての命を救い、未来へ繋いでくれた。おかげで儂の息子も生きている。
しかし、ここ数日でハッキリと見るようになった悪夢が、激動の時代を伝えている。世界最後の日の再来が近い事を。鳴女の出現は、その予兆だったのかもしれない。
『目を覚ましたか、おやじ殿。……親子共々無理をし過ぎじゃ。見ている方は生きた心地がせんよ』
と、調べ物を手伝ってくれていた、砂掛け婆が苦言を呈して来た。
彼女もあの日が来るまでは若く美しい姿を保っていたのだが、来訪者の呪いのような邪気に中てられ、老化を抑える事が出来なくなってしまった。魂が歪み、死が近しくなってしまったのである。
いや、砂掛けだけではない。子泣きも塗り壁も一反木綿も、あの日を境にして急激に弱ってしまった。生き残れただけで儲け物だが、それでも申し訳なく思う。今もそうだ。
『済まんのぅ。……悪いが、もう少しだけ付き合ってくれ』
だが、止める訳にはいかない。今も息子が命を削っているのだから。
『分かった分かった。もう何も言わんわい』
不貞腐れつつも手伝ってくれる砂掛けには、本当に感謝しか無いのう。子泣きは……見なかった事にするか。
ともかく、何としても今日中に、この妖怪図書館で何らかの“手掛かり”を見付けなくては。
――――――来訪者を完全に殺す為の方法を。
それが、今は何の力もない儂なりの、息子への協力じゃよ。
◆目玉おやじ
妖怪界の名門「幽霊族」の末裔。彼はその中でも王族に当たる血筋で、相応しい実力とルックスを持ち合わせた完璧超人だったが、後に“身体が腐っていく不治の病”を患い、アイデンティティーである目玉以外の全てを失った。それでも生きている辺り、幽霊族のしぶとさが窺える。
今作では来訪者との戦いによる後遺症でこの姿となった。人型のバックベアードと、鳴女VS鬼太郎を超える激闘を繰り広げる強さを持っていたが、来訪者には勝てなかった。
ちなみに、知識欲が殊更強い為か、割とミーハーである。スマフォもパソコンも使えるぞ!