『指鉄砲!』『しゃらくさい!』
わたしは今、幽霊族の末裔と戦っている。それも王族の者である。日本妖怪の頂点とでも言うべき相手に様子見などしていられる訳がない。初めから妖狐形態だ。
『フハハハハ、そんな狐にばかり構っている場合か!?』
『くっ……!』『ウヌゥ……!』
さらに、この場にはもう一人の敵がいる。西洋妖怪の大統領を自称する、バックベアードである。こちらも既に黒い太陽のような姿から、一つ目で黒紫色の逞しい肉体をした人型の形態を取っている。これが奴の本気の姿だ。
日本妖怪、大陸妖怪、西洋妖怪。三人の妖怪王たちが、極東の島国を巡って争っている。
帝都はもはや焼野原。人間たちは恐れ戦き、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。遅れた者がどうなったのかは言うまでもないだろう。部下の妖怪たちも、それぞれの役目を果たす為に散っていて、手を貸す余裕はない。
つまり、王たちの、王たちによる、王たちだけの頂上決戦である。善も悪も関係ない、勝った者が正義だ。
しかし、わたしは負けるつもりなど無い。殺生石と化し、地獄に魂を囚われた姉を助ける。その為に、わざわざこんな僻地までやって来たのである。わたし自身も封印されていたせいで、相当な時間が経ってしまった。
だが、愚かな人間共が勝手に始めた戦争により、世界中に陰の気が満ち溢れたおかげで、日本へ攻め入る事自体は割と簡単だった。文明開化によって人の出入りが増えたのも影響しているだろう。
しかし、その混乱に乗じて西洋妖怪までもがやって来た。彗星が関連しているとの事だが、詳細は不明だ。何にせよいい迷惑である。
わたしはただ姉を救いたいだけだというのに。
『
と、包囲網を抜け出したらしい、別の幽霊族の女が現れた。王の証たる黄色と黒の縞模様が施された装飾品を身に付けていない事を鑑みるに、おそらく奴は分家筋の戦士だと思われる。少なくとも雑魚ではあるまい。
『助太刀なんてさせないわよ!』
だが、こちらの部下も一人駆け付けてきた。名は
まぁ、飛行能力を考慮しても、的がデカ過ぎる上に手足が使えないので、自由度という意味では人型の方が戦い易いのだろう。特に幽霊族のような達人の域に達した者を相手に獣のように襲い掛かっても、往なされるだけである。
『来なよ、
幽霊族の女戦士と明美が刃を交える。一方は霊力の剣、一方は血生臭い墨の柳葉刀だ。
『フン、ちょこまかと……纏めて薙ぎ払ってくれる! 来い、ブリガドーン!』《攻撃開始》
すると、自分だけ助太刀がいないのが気に食わなかったのか、バックベアードが満月のような形をした空中要塞「ブリガドーン」を動かし、全てを消し飛ばそうとする。強力な魔女の魂を核に起動するというだけあって内包する魔力は凄まじく、それを一点に収束して放つ主砲は容易に大地を抉る威力がある。事実、そのせいで我が軍の半数が吹き飛び、帝都は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。あれをこの場で撃たれる訳にはいかない。
《――――――帝都上空に時空の歪みが発生!》
しかし、主砲が撃たれる前に、更なる異常事態が発生した。
『な、何だ、あれは!?』
ブリガドーンの通信を傍受したバックベアードが空を見上げ、呆けている。
だが、これ幸いと攻めるには至らない。何故なら、わたしも天を仰いで絶句してしまったからだ。
『空が割れた!?』
幽霊族の王が“それ”を見て驚愕した。
そう、空が割れたのである。まるで鏡のように。絵画の世界でもなければ有り得そうもない、その異様な光景に誰も彼もが動けずにいた。
そして、破れた世界の向こう側から、凄まじい邪気が渦を巻いて放出され、やがて一人の少年を形作る。
毛先が赤く、全身に炎を思わせる痣を持つ事以外は何の変哲もない、小柄な日本男児。
ただし、かなり珍妙な格好をしており、黒い詰襟に様々な装飾品を付けている。左肩に猪頭の毛皮を当て、頚から竹筒と孤蝶の首飾りを下げ、腰に色取り取りの布切れ(おそらく羽織だった物)を巻き付け、耳に太陽を描いた耳飾りと、統一感が全く無い。
まるで、思い出の品をごぞって取り付けたようだ。
武器の類は無い。精々、爪や牙が鋭いくらいである。
しかし、わたしには――――――否、この場にいる全員が感じている。
あれは、ヤバい!
『フゥゥゥ……』
思わず耳を塞ぎたくなる怪電波のような邪気を振り撒きながら着陸した少年が、我々をゆっくりと一瞥すると、
『コクシボウ……ドウマ……アカザ……ナキメ……』
誰とも分からぬ者の名を呟き、
『ムザァアアアアアン! ドコダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
悍ましい雄叫びを上げたかと思うと、
『ヴォオアアアアアアアアアッ!』
『なっ……ぐぁっ!』
瞬きする間に懐へ飛び込んできて、わたしの腹を殴り付けた。
『がっ……!』
たったそれだけで致命傷だった。拳に込められた邪気が身体を蝕み、腐らせていく。どうにか殺生石の秘術で全身に至るのは食い止めたが、わたしはもう駄目だろう。
そこからはまさしく地獄絵図だった。どいつもこいつも、幽霊族の王やバックベアードでさえ、倒れていく。
――――――嗚呼、姉さん……助けられず、申し訳ない。役立たずな、不出来な弟を許してくれ……。
◆◆◆◆◆◆
『起きなさい、チー』
『はっ!?』
そして、わたしは目を覚ました。完全に殺生石と化してから何時振りかは分からぬが、再びこの世に生を受ける事が出来た。妖狐の姿でこそないが、人型は取れている。
いや、それはどうでもいい。そんな事よりも、今は!
『ね、姉さん!?』
『久し振りね、チー。おはようのキスでもしてあげましょうか?』
妖艶に笑う、美しい姿。間違い、姉さんだ!
『一体どうやって……』
『さぁね。いけ好かないあいつが頑張ったんじゃないの?』
詳細は不明だが、誰かが地獄から彼女を逃がしたようだ。ならば、他の三将も逃げた事だろう。これはいい。
『さーて、さっそくだけど、あたしと一緒に天下を取ってくれないかしら?』
『喜んで!』
さぁ、始めようか。我ら妖狐族による国盗り物語を……。
◆チー
かの有名な白面金毛九尾の狐の弟にして、中国妖怪を束ねる長。普段は若干胡散臭い中国オヤジの姿を取っているが、その正体は姉と同じく莫大な妖気を持った、白面銀毛九尾の狐である。
妖怪を反物にしてしまう丸薬を作ったり、言葉巧みに人間たちへ反物を売り込み洗脳して部下にするなど、今までの木端妖怪など足元にも及ばぬ知性を見せ付け、いざとなれば妖狐としての力をフルに発揮して敵を纏めて殲滅するなど、文武両道っぷりを視聴者に印象付けた。特に3期の彼は軍事力が飛び抜けて凄まじく、攻め入られた日本妖怪たちは「気分は元寇」であった事だろう。
本作では交戦する前に殺生石になっていた為、鬼太郎とはまだ接触していない。おやじとはガチでやり合ったが。