鳴女さんの令和ロック物語   作:ディヴァ子

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 人の血は鉄の味。人の不幸は蜜の味。人の幸せは甘酸っぱい。
 なら、自分の幸せは?


悪夢の彼方へ

 ――――――肉塊が蠢き迫り来る、崩壊の廻廊。

 

「………………!」

 

 シックスは走っていた。

 心の底から憔悴し、直走っていた。悪夢の出口である光のゲートへ向かって。

 

「………………」

 

 何だったんだ、あの赤い女は。今も身震いしている。彼女が最後に放った言葉に。

 

「――――――逃がさないぞ。悪夢の果てまで逃げても追い掛けて、地獄を……見せてやるからな……!」

 

 異常者め。

 どうしてそこまで関わろうとする。何故そんなにしつこく迫る。

 

 何で、自由にさせてくれない。

 

 しかし、あの女はもういない。決闘では敗けたが、あいつも力尽きて倒れ、そのまま肉壁に呑まれた。一緒にいた、男の子ごと。モノは……どうしただろうか。

 いや、今はいい。自分が助かる以外の全ては詮無き事である。

 明らかに出遅れていたし、今頃は彼も肉の中だろう。助けに戻る義理も意味も無い。……少しだけ、残念ではあるが。

 そう、何も考えるな。そんな事をしている場合じゃないし、暇もない。早く、あの扉から抜け出さなければ。

 

「………………!」

 

 自由だ。そうすぐ解放される。邪魔者はもういない。

 

「……ハァッ、ハァッ……!」

 

 と、後ろから聞こえてくる誰かの息遣いと足音。一瞬あの女かと思ったが、モノだった。無事だったのか……。

 

「「………………!」」

 

 崩れ落ちる石橋から跳んで来たモノの手を思わず取ってしまう。何故そうしたのかは分からない。やはり見捨てるのは偲びなかった、のだろうか?

 

「………………」「あっ……」

 

 だが、光のゲートをバックに、彼の顔を間近で見たら、気が変わった。無理……これは、無理だ。さようなら。

 

(自由になる。私は自由に――――――)

 

 何処かで見た顔をしたモノが、奈落に落ちるのを見送り、シックスは光のゲートへ飛び込んだ。

 

「カッ……はぁっ!?」

 

 ――――――かと思われた、その時。彼女の腹を一本の刀が貫いた。

 さらに、刃には返しが、柄の縁頭に鎖がそれぞれ付いており、闇の中から引っ張る何かが、奈落の底へ叩き落そうとする。

 

「あ……が……ぐぅうううっ!」

 

 それでも、シックスは耐えた。ゲートの端へ掴まり、必死に食い下がる。飢えた獣のように。死にたくない、と。

 

(嫌だ……嫌だ……わたしは、自由になるんだ! 何者にも縛られない、広い夢の世界で!)

 

 しかし、シックスが踏ん張れば踏ん張る程、彼女は身の破滅を引き寄せてしまう。

 

『……言ったでしょ。“それじゃあまた後で”ってね』

 

 鎖をロープのように使い、遂にご対面したそいつは、あの赤い女だった。

 否、彼女だけではない。脇にはモノを抱えているし、何より女の顔立ちがさっきと微妙に違う。まるで、あの少年と混じり合ったかのようである。

 

(何で……何でぇ……っ!)

 

 殺される。このままでは、自分に自由は無くなる。シックスは一瞬そう思ったが、現実はそんなに甘くなかった。

 

『お前は殺さない。私の血肉を腹に溜めてやる』

「がはっ!?」

 

 胃袋に、甘美な腐肉が流れ込んで来た。血は一瞬で巡り、身体中を支配する。

 シックスは分かってしまった。この血肉は己を縛る首輪であり、これ以外では命を繋ぎ止められなくなったと。

 

『お前は死ねない。空腹に抗える人間はいないし、私がいる限りお前に終わりは来ない。だけど、人間は群れる生き物だ。特に自分を見失った奴にとって、自由とは「死」も同然なんだよ』

「………………!」

『だから、お前は殺さない。外に出たかったんだろう? ……出してやるよ、今すぐに。私たちも一緒に、ね』

「ぐっ……!」

 

 どうしてそこまで。何でそこまでやるんだ。自分が一体何をした。

 あまりに理不尽な結末を齎そうとする赤い女に、シックスは悔恨の籠った眼で睨み付けたが……、

 

『何でって顔してるな? “クソガキに振り回されてイライラしたから”以外の理由なんてないわよ。大人が子供に手を上げる訳なんて、そんなものだ』

「……ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 シックスは叫んだ。泣いて、鳴いて、哭き叫んだ。

 それでも、赤い女……零余子は止まらない。シックスをモノと脇に抱き合わせて、光のゲートへ進んで行く。さっきまでは希望の光に見えていたそれは、もはや破滅の光としか思えなかった。

 事実、シックスにとっては絶望でしかない。

 外には出られるが、血の鎖で縛られる。かと言って完全に縛られる訳でもなく、世話をしてくれる気も無い。自由で不自由。放置という名の拷問。ネグレクトだって、もう少しマシだろう。

 そんな中途半端な自由が、未来永劫に続くのだ。こんな悪夢があるだろうか。

 そう、未来(げんじつ)希望(ゆめ)など、無いのです。

 

「嫌だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっ!」

 

 幾ら泣いても喚いても、もう遅い。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 こうして、零余子たちは現実世界へ戻って来た。

 シックスとモノは小人のままなのに、ノームはキッド形態と姿を自由に入れ替えられるようになるというミラクルも起こったが、それはそれ。

 

「オラァッ、夢子ぉ! 覚悟は出来てんだろうなぁ!?」

『……いきなり何よ。そっちこそ覚悟は出来てんでしょうね?』

「へ?」

 

 怒り心頭で事の発端である夢子に詰め寄った零余子だったが、何故か逆切れされてしまい、思わず言葉に詰まってしまった。化粧こそしていないものの、怒った顔があの隈取バージョンと同じくらい凶悪である。マヂムリ……。

 

「……ちなみに、どうして?」

『どうして? ちゃんと夢の中で待ってたのに、1時間しても現れなかったのは誰かしら?』

「ゑ?」

『流石に待ちくたびれて起きてみたら、勝手に夢の世界を楽しんでたようだし、仕方ないから丸子ちゃんと遊んでたわよ。中々に楽しい夢だったわ』

「えぇ……」

 

 何それ怖い。零余子は考えるのを止めた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 日本の、とある深い森の山奥。まるで似付かわしくない、古びた洋館にて。

 

『上手く行きましたか?』

 

 妖艶な女吸血鬼――――――ベアード軍三幹部の一人、カミーラが尋ねる。相手は己の上司であるアデルだ。さっきまで眠っていたのか、眼が心なしかしょぼくれている。可愛い。ギャップ萌えだ。

 

『いいえ、失敗よ。ヴィクターの集めたデータを基に、丸子を夢から分からせて(・・・・・)みようかと思ったけど、当てが外れたわ』

 

 すると、急にシャキッとなったアデルが、とても悔しそうに舌を打った。相変わらず切り替えの早い人である。

 

『……と言うと?』

『干渉しようとしたら、何故か座標をズラされて、別の人間にチャネリングしてしまった。せめてそいつだけでもと思ったけど、失敗したわ』

『………………!』

 

 これにはカミーラも素直に驚いた。

 アデルは自分にとって恩義のある、憧れの上司だ。マッドサイエンティストだった父親に、“初代カーミラの遺骸”の粉末を混ぜたオカルト満載な薬を打ち込まれたせいで吸血鬼として蘇り、一人生き埋めにされて泣いていた所を救ってくれた、命の恩人である。

 そんなアデルでさえ阻害される運命力の持ち主が、この日本にいる。もうそれだけで、腸が煮え繰り返って来た。

 自分を悪夢の底に沈めた、あの隻眼のクソガキを見た時以来の憤怒だ。

 

『大丈夫ですよ、アデル様。今度はワタシも協力します』

『カミーラ……ありがとう』

 

 ああ、その笑顔だ。今では殆ど見られない、その微笑みに惚れたのである。本当に(・・・)とても美味しそうだ(・・・・・・・・・)

 

『それで、如何致しましょう?』

『……こうなっては仕方が無い。直接出向く』

「お供しますよ、何処までも」

 

 そう、地獄の底……悪夢の果てまでだって。何故なら、貴方は希望(さいこう)(ゴチソウ)なのだから。

 

『ウフフフ、そうと決まれば、まずは身を清めなくちゃ♪ ンフフフ、キャハハハハハハッ!』

 

 装備と考えを整える為に部屋を出て行くアデルを見送ったカミーラは、それはそれは楽しそうに服を脱ぎ、真っ赤なワインのような湯に浸かった。

 その顔は、まるで初めて誕生日のケーキを目の前にしたような、はち切れんばかりの満面の笑みだった。




◆カミーラ

 ベアード軍三幹部の一人。ウェーブの掛かった黒髪に赤い瞳を持つ、妖艶な女吸血鬼。ドラキュラ伯爵の恰好をボディコン風にアレンジした服を着ている。無数の蝙蝠に分裂したり、血を吸った相手を眷属化するなど、伝承されるヴァンパイアが持ち得る力は全て備えている。日本妖怪を下等と見做す傲慢さと、可愛い女の子を人形に変えてしまいたいと思う下衆な精神を持つ悪女で、自分の美しさに絶対の自信があり、「おばさん」と言うとメッチャ怒る。
 6期で登場した彼女の詳細な出自は語られなかったが、「初代ドラキュラ」がいるように、カミーラも「初代カーミラ」の血を引く何かだと思われる(カーミラは葛飾北斎ばりに名前をコロコロ変える事で有名)。
 今作では純粋な吸血鬼ではなく、死後に「カーミラの粉末入りの蘇生薬」で転生した存在であり、最終的に生き埋めにされて封印されていた所を、アデルに救われヘッドハンティングされた。その為、自分を封印した“隻眼の少年”を含む日本妖怪を毛嫌いし、アデルに“肉欲”を抱いている。
 ちなみに、彼女を吸血鬼に変えた父親の名前は「ロイ・キュリアン」で、年の離れた「ダニエル」という実兄がおり、彼女自身の本名は「キーエフ・キュリアン」。なるべくしてなったとか言わないで。

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