鳴女さんの令和ロック物語   作:ディヴァ子

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 彼はあの日何をしてどうなってしまったノカ。


審判の日

「うがぁあああああっ!」

「うわぁっ、止めろぉ!」

 

 人が人を襲っている。違いは妖怪反物を纏っているか否か。それだけで襲う側と襲われる側に分かれていて、その上襲撃する側の方が圧倒的に多い。チーの反物に魅了された者が多い事の証左であり、洗脳された人間が半ば妖怪と化している事が分かる。妖術で箍が外されているのである。人体を素手で引き千切るなど、真面な状態では不可能だろう。

 そんな地獄絵図が帝都を中心にドンドンと広がり、今も拡大し続けている。

 

「ぎゃおおおおお!」

「や、やめてぇっ!」

 

 そして、また一人の淑女が、気の狂った暴徒に引き裂かれようとしていた。

 

『止めねぇかぁ!』「ぇはん!?」

「えっ……?」

 

 しかし、ギリギリの所で蒼坊主が割り込み、暴漢を気絶させた。人間では感知不可能な、一瞬の早業だ。

 

「……ッ、ま、待って下さい! その人を殺さないで! 今はおかしくなってるけど、私の恋人なのよ!」

 

 と、呆けていた女性が、暴漢を掴み上げる蒼坊主を引き止める。何と暴漢は彼女の恋人だったのである。

 

『安心しな。殺しゃしねぇよ。……単に素っ裸になって貰うだけだぁ!』

「それはそれで問題があるような気がしますが!?」

 

 だが、元より操られているだけの人間を手に掛ける気の無い蒼坊主は、神の手捌きで彼氏さんを下着一丁にした。

 

『そぉら、解放してやるぜぇ!』

『……ハァッ!?』

 

 さらに、混乱の最中にある女性の前で、特製の聖水で反物を妖怪に戻すという、更に意味不明な事を断行した。当然ながら女性は絶句し、目を見開いている。

 

『いやぁ、助かったよ、蒼坊主』

『オメェさんも、もう少し人を疑えよ。明らかに胡散臭いだろ、あのチーとか言うおっさん』

『ハッハッハッ、悪い悪い』

『ああ、もういいから行ってくれ。協力する気があるなら、とりあえず妖怪反物を着ている奴をひん剥いといてくれ。治すのは後でやるからよ』

『分かったぜー』

 

 しかし、申し開きをしている余裕はないので、蒼坊主はさっさと話を進めた。

 そう、彼の方針はただ一つ。妖怪反物を剥ぎ取って、元に戻す。やる気のある奴には手伝いをしてもらい、それ以外は撤退してもらう。うろつかれても邪魔だからだ。

 

『……って事で、アンタも早く避難してくれ。悪いが、今は一人一人守ってる余裕は無いんでね』

「わ、分かりました」

 

 それは人間に対しても同様。というか戦力には成り得ないので、実質的に避難一択である。

 

「で、ですが、その――――――」

『……仕方ねぇなぁ。手伝うよ!』

 

 だが、申し訳なさそうにチラリと彼氏を見る女性に、蒼坊主は頭をボリボリと掻いて、彼氏くんを担ぎ上げた。流石に淑女に男一人を運べなど、面と向かっては言えない。

 しかし、仕方なしに留まった事が、彼にとって幸いとなった。

 

 ――――――バシュゥウウウウウッ!

 

『ズワォ!?』「きゃあああっ!」

 

 頭上を一筋の閃光が走り、行く先の街並みを地盤ごと蒸発させる。一体何人の犠牲者が出たのか、見当も付かない。反物にされていた仲間も、街中に散開していたであろう中国妖怪も、根こそぎ殺られた。

 

「な、何なんですか、あれは……!?」

『俺にも、分からねぇ……』

 

 発射点へ目を向けてみれば、そこには地表スレスレに浮かぶ積乱雲が。こんな馬鹿デカい雲がここまで低い位置に発生する訳が無いし、何より全体が不気味なピクセル光を放っている。どう考えても自然現象ではない。まさに怪気象だ。

 そして、時間と共に雲が途切れ、中から巨大な球状の空中要塞が現れる。直径がキロ単位という意味不明な大きさである。

 さらに、瞬く間に空中要塞を黒い太陽のような映像が覆い尽くし、“宣言する”。

 

《愚かなる者共よ。我ら悪魔族の宿願の為、諸共滅びるがいい。見よ、「ブリガドーン」の火力を凄まじさを!》

 

 そして、映像が消えたかと思うと、再び閃光を放ち、さっき以上の被害を齎す。

 

『ギャアアアッ!』『クケァッ!』

 

 更には無数の使い魔たちを召喚し、眼下の僅かな命を次々と刈り取っていく。地獄絵図は阿鼻叫喚で上塗りされた。これがほんの数分の出来事だと言うのだから質が悪い。夢なら覚めて欲しいが、現実はそう甘くなかった。

 

『ギャキャッ!』『ギャオオオッ!』

『このっ……!』

 

 思わず呆然としていた蒼坊主たちの所へ、カボチャ頭と死神風の使い魔が襲撃して来た。

 むろん、負けたりはしないが、数が多過ぎる。倒しても倒してもおかわりが来る。その上、退避して来た中国妖怪たちに鉢合わせたりと、最早彼一人でどうにかなるレベルではなかった。

 

『――――――チクショウ、退くぞ! 掴まれ!』「は、はい!」

 

 “お荷物”を抱えての進行は不可能だと判断した蒼坊主は、悔やみつつも撤退戦に移行した。せめてこの二人を安全圏に降ろしてからでなくては、ロクに戦えない。

 

(……頼むから生きててくれよ、おやっさんたち! こいつら避難させたら、すぐに行くからよ!)

 

 島津の退き口が如く、追い縋る使い魔や中国妖怪を蹴散らしつつ後退する蒼坊主。

 慎吾からは反物回収を任命されていたが、ここまで混沌としてしまえば任務もクソも無い。こうなったら、日頃の恩を返す為にも、慎吾夫婦の下へ馳せ参じようと、彼は決めていた。

 だが、世界は何処までも非情で、容赦が無かった。

 

『なっ……!?』

 

 撤退開始から一刻程。事態が急展開した。

 

『どうなってんだよ、こりゃあ……』

 

 後ろから迫って来る敵が、バタバタと倒れ始めたのである。

 さらに、その異常事態に追従して帝都側から押し寄せて来る、怪電波のような妖気。

 

(――――――これは、ヤバい!)

 

 嫌な予感がする。蒼坊主は自らの直感に従い、全力で結界を張った。頑張れば慎吾の溜め撃ち指鉄砲も何発かは耐えられる、強固で聖なるバリアだ。

 

『ぐぉおおおっ!?』「うぅぅ!?」「……、…………!」

 

 しかし、この怪電波を思わせる妖気は、その壁をも乗り越えてきた。脳を直接溶かされるような、不快な激痛が三人を襲う。

 だが、彼らはまだマシな方だった。

 

『グォオオオッ!』『グガァアアアッ!』

 

 何せ、死んだ妖怪や使い魔たち、更には逃げ遅れた人々が、まるで吸血鬼のような容姿となって、敵も味方も関係なく殺し合い始めたからだ。

 おそらく、怪電波のような妖気に中てられ、脳が溶かされた上に書き換えられて、眷属のような物に変異させられてしまったのだろう。その間も電波は何処までも伝播していく。

 このままでは関東地方どころか日本全土――――――否、世界中が混沌の渦に呑み込まれる。その先に待っているのは滅亡である。

 

 世界最後の日。

 

 そんな言葉が、頭を過ぎった。否定したくとも、その要素が全くない。

 割れるような痛みに頭を抱えながらも結界を維持しているが、周囲は完全に眷属たちに取り囲まれ、この場から一歩も動けなくなっている。大分距離のあるここですらこの有様なのだから、発信源はまさしく地獄だろう。

 一体これからどうすればいいのか。分からない、何も。

 混濁し切った意識の中で、蒼坊主は諦めそうになった。

 

『………………!?』

 

 しかし、蒼坊主が倒れそうになった瞬間、妖気の流れが止まった。帝都で何か動きがあったらしい。

 

『ハァアアアアアアアアアアアアアッ!』

『グゲェッ!』『ゴアォッ!』『ギィ!』

 

 蒼坊主は最後の力を振り絞り、今度こそ眷属たちの包囲網を強行突破した。死に体同然だったものの、これを逃したら後は無いと悟っていたからか、どうにか貫く事が出来た。

 

『蒼坊主!』『……黒鴉!?』

 

 と、蒼坊主が空中に躍り出た所で、黒鴉が猛禽の如く鋭く回収。そのまま一気に距離を取った。

 

『オメェさんが、何でこんな所に!? 戦いは……おやっさんはどうなったんだよ!?』

『――――――まずは落ち着け! 今は自分たちの事を考えろ! 今抱えているその人たちは、飾りじゃあるまい!』

『………………!』

 

 混乱から立ち直っていない蒼坊主はゴネたが、黒鴉の彼らしからぬ一括で押し黙る。

 詳しい事は分からないが、一つだけ理解出来た。自分はもう蚊帳の外なのだと。そんな事を気にしている暇があるなら、ほぼ唯一に等しい人間の夫婦を連れてさっさと下がれと、そう言われているようだった。

 事実、既に満身創痍の蒼坊主にやれる事は無い。駆け付けても、足手纏いになるだけ。

 

『チクショウ……!』

 

 蒼坊主は歯噛みした。何にもならないと分かっているが、せずにはいられなかった。こんなに惨めな気持ち、今まで味わった事が無い。

 

『俺は、弱い……どうしようもなく……!』

『……そうか。そんな君に、慎吾様から伝言だ』

 

 だが、そんな弱音を吐く彼を黒鴉は蔑んだりはせず、かと言って同情をする事もなく、ただ託された言葉を伝える。心の中で激しく憤り、後悔しながら。

 

『“元凶は儂らで何とかする。お前は眷属を斃してくれ。奴らを拡散させる訳にはいかんが、儂はもう戦えん。だから、お前に後を託す”との事だ。……やるべき事は、分かるな?』

『ああ……』

 

 それは遺言なのかもしれない。あれだけの妖気渦巻く最中で戦ったのだ、少なくとも戦闘不能にはなっているのだろう。生きていても、虫の息という可能性もある。

 しかし、蒼坊主は信じない。尊敬すべき師匠にして、愛すべき家族が後を託したのだ。せめて、その願いだけでも叶えなければ。

 

『行こうぜ、黒鴉』『もちろんだとも。……その為に、私は逃がされたのだから』

 

 こうして、蒼坊主は戦地から逃げ延び、人間の夫婦を鴉天狗警察に託した後、黒鴉と手分けして、分散しようとする眷属たちを狩っていく。

 だが、眷属たちの逃げ足は早く、数が多過ぎる事も相俟って、結構な数を逃してしまう。それら全てを退治するのに、何年も何十年も掛かってしまった。

 その間、蒼坊主は慎吾と岩子の行方を追う事はしなかった。任務が完遂していないのもあるが、彼らがどうなったのかを知るのが怖いという、後ろめたい気持ちがあったからである。

 そして、黒鴉と共に虱潰しに探し続け、どうにか全ての眷属を狩り尽くした昭和の世にて、蒼坊主は変わり果てた慎吾――――――目玉おやじと再会する事となる。

 

 懐かしい人間の夫婦とその息子、それから後の義弟となる幽霊族の末裔を伴って。




◆「来訪者」の眷属

 「来訪者」の放つ怪電波のような妖気に中てられ、変異させらた者たち。対象は生者なら妖怪も人間も関係なく、どんな生物も「吸血鬼のような存在」に変貌してしまう。変質の際に脳が一度溶かされて再構築される為、話し合いの類は一切通じず、殺す以外の救いは無い。そもそもかなり凶暴化しているので、変に頭が回るだけの“血に飢えた獣”も同然であり、殺さなければ殺される上に食われた被害者も眷属化してしまう、世界に終焉を齎す“疫病”である。
 大正時代に帝都を中心に大発生し、「来訪者」が封印された後は各地に拡散して、夜闇に乗じて同族を増やしつつ日本を脅かし続けたが、蒼坊主と鴉天狗警察の尽力により、第二次世界大戦の終戦より10年後、ようやく最後の1体が討伐され、「来訪者」の眷属は全滅した――――――かに思われたが、実際にはもう1体だけ密かに生き残っており、その個体は後に鬼太郎と地獄童子により討伐された。
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