『何だ、知っていたのか』
しかし、バックベアードは何の事もないように返した。こいつは……。
『――――――大方、あいつの身内がコアに放り込まれる筈だったんだろう? だから、身代わりが必要だった。それが丸子という訳だ』
『全く以てその通りだ。一部の間違いもない。本来コアに選ばれたのは、あやつの妹であるアニエスだ。まぁ、下らん正義感を抱いて、現在は起動キーたる「アルカナの指輪」を盗んで逃亡中だがな』
『身から出た錆びじゃねぇか』
そっちの内輪揉めにこっちを巻き込むなよ。
『言っておくが、私は普通にアニエスを捕らえてコアにぶち込むつもりだぞ。それに待ったを掛けたのはアデルの方だ。その割に代案を用意出来ないから、こっちでチャンスを与えてやったに過ぎん。……というか、既に指輪もアニエスも居場所は把握してるし、最悪「アルカナの指輪」だけなら予備がある』
そう言って、バックベアードは自らの左薬指に「アルカナの指輪(予備)」を召喚した。何故そこに嵌めたし。
つまり、今のアデルは、謂わば上司に無理を言って社運を賭けた事業をストップさせている状態だ。その上、代案をその上司に用意して貰う始末。
『よく処罰しなかったな……』
普通はクビにすると思うんだけど。
『あやつは妹の事を除けば優秀だ。そもそも、いきなり最高司令官を処分したら組織が回らなくなるだろうが』
『確かに……』
今の日本政府と国民に言い聞かせてやりたい。“職場を荒らして楽しいかい?”と。不正は確かに頂けないが、だからと言って組織のトップをトントン拍子でクビにしてたら、困るのは部下だろうに。引継ぎという言葉を知らんのかね。
まぁ、今回の事案をどうにか出来なければ、確実に処罰対象だろうが。たぶん、バックベアードもピキピキしてるだろうし。
『ちなみに、「ブリガドーン」を使わないという選択肢は?』
『それは無いな。「ブリガドーン」を使わずに攻略出来る程、甘い相手ではない。というか、それに関しては私ではなく七大魔王に言うべき事案だ。私がやらずとも、何れ彼らがやる。私はその先頭に立っているだけに過ぎん』
『ですよねー』
というか、宿願の具現体である彼が手抜きをする筈ないわな。幾ら西洋妖怪の大統領と言えども、悪魔たちから見れば“優秀な部下”でしかないし、結局何時かはこうなっただろう。魔女って元から悪魔の部下らしいしね。
こう言っては何だが、自分たちの境遇を知っていながら何の対策もしていなかった、アスワング姉妹が悪い。最近は何でもパワハラで片付けようとする輩ばかりだが、上司にも立場って物があるんだからさ。
つーか、願い星の化身たるバックベアードが諦めたらアイデンティティーを見失う事になるのだから、最初から止めようは無かったんだろうな。そこに倫理観や常識なんぞ関係ない。生存競争に難癖を付けるくらいの野暮である。
『まぁ、話は分かった』
『そうか。……それで、全てを知ったお前は、どうするつもりだ?』
すると、バックベアードが、まるで試すように尋ねてくる。そう言われちゃあ、答えるしかないよな。
『良いよ別に、丸子をコアに使っても』
『軽く言ったな』
そんな事を言われましても。
『「ブリガドーン」のコアに必要なのは、あくまで「燃料」なんだろう?』
『ああ。だが、きちんと魂も必要になる。魔力や妖力だけでは意味が無いのでな。あくまで星の巡りに選ばれた、丸子という「一個人」が要るのだ』
設計者、ロマンチスト過ぎるだろ。占星術は西洋の嗜みなんだろうが、起動するだけでも特殊な条件が必要とか、欠陥にも程がある。それを補って有り余る火力があるみたいだけどね。この大きさなら、一都市くらい簡単に落とせる。
ま、何れにせよ、ノープログレムだ。
『「燃料」って事は、例え「一個人」が必要なんだとしても、明確な自意識は要らない訳だ。なら、その部分だけを切り離して、分身体に移植すればいい。座敷童子は魂の分割が出来るからな。足りなくなった分は、私の魂をくれてやればいいさ』
『……お前にそんな事が出来るのか?』
自分は出来る、みたいな言い振りだな。知らんけど。
『私が一体何匹の妖怪を食って来たと思う?』
最初こそ1日1匹くらいだったが、すぐに2匹になったし、槐の邪神を殺してからは、きちんと3食は喰っている。1食の量もドンドン増え、死人憑きを含む数ヶ所の「養殖所」を確保した後は、スーパーで買い物をするくらいの手軽さで良質な食糧が手に入るようになった。
それもこれも、ウチの面子が優秀な奴ばかりだからである。丸子のLUCKアップ、姑獲鳥の幻惑術、零余子の無限飼料、藤花の化学薬物&糸……それから、チャラトミという万屋さん。これだけ揃っていれば、やれない事など無い。
何より、私は妖怪を魂ごと食べている。人の魂は食べても大してプラスにはならないが、やはり年月を重ねた妖怪の魂は内包するエネルギーが強く、食べれば食べる程、自分の魂を強化出来る。以前、致命傷を湯治だけで回復させた秘密がこれだ。負傷した分のストックを削れば、死の淵からでも蘇れる。
むろん、デメリットもあるが、それは精々“死者の断末魔や怨恨”が怪電波のように精神を苛んで来る程度だから、何の問題も無い。鬼である以前に、私は生粋の人殺しだからな。人の悲鳴は子守歌、恨み節はインスピレーションにしかならんのよ。
……そう言えば、鬼太郎は何で妖怪の魂をわざわざ逃がすんだろう?
取り込むのが嫌なら、せめて砕いておけば、二度と復活しないのに。“命までは取らない”とか“僕はどちらの味方もしない”とか、下らん厨二病でも発症してるのかな?
ま、どうでも良いか、あんな根暗のちんちくりんなんぞ。
『最悪、私が
私は己の下腹部を優しく撫でた。
そう、私は何れ母になる。全ての「鬼」の母体となるのだ。本来ならば不可能だが、今の私には出来る。種馬もいるしね。あいつのあいつ、マジで馬だもんなぁ……。
そして、これは無惨様との約束でもある。可愛がれる自信は全く無いけど。
『なるほど、“母は強し”か。分かり易い』
そう言う問題なんですかね、バックベアードさんや。
『つまり、協力はして貰えるのかな?』
『ああ。……だが、アデルが力尽くで脅したり、策を弄して嵌めようとしてきた場合は、協力しない。その時は大人しく妹さんを上手に焼いてもらうとしようか』
『……では、どうしたら首を縦に振るつもりだ?』
随分と拘るな。譲れない一線はあるものの、基本的に部下には優しい、上司の鏡みたいな奴である。本当に悪の親玉なのか、お前は。
まぁ、何だかんだと聞かれたら、答えてやるのが世の情けだ。
『真摯に頼まれたら、聞いてやろう。「お願いします、助けて下さい」ってな』
『………………』
私の返答に、バックベアードが沈黙する。
ま、そうなるよね。だって、それが一番難しいもんな。アデルは既に一度攻撃を仕掛けているし、嘘まで吐いている。“敵”に心から頭を下げる程、プライドを傷付けられるものは無い。
だが、本当に妹を助けたいと思うなら、ヘドロも一気飲み出来るくらいじゃないと、話にならんよ。私はしないけど。
私なら、自分が殺される前に相手を殺してでも奪い取ってやるさ。結果をな。
結局、今のアデルはどっち付かずなんだよな。そんなんじゃ、何も救えんよ。
……そんな葛藤に苦しみ、のた打ち回る姿を見るのは、最高に愉しいわぁ♪
『クックックック……』
すると、バックベアードが急にクツクツと笑いだし、
『フハハハハハハッ! 素晴らしい! 期待以上だ、鳴女よ!』
やがて、心底愉しそうに高笑いながら、告げて来た。
『――――――お前こそ“本当の悪魔”だ』
『いいや、私は「鬼」だ。一緒にするなよ』
しかし、私はそれを否定する。そこだけは譲れないんでね。
『まぁ、そうだろうな。……さて、世間話は終わりだ。今度こそ、“会議”をするとしよう』
『ヘイヘイ』
そういう事になった。
◆本当の悪魔
七大魔王は七つの大罪を“それぞれ”司る悪魔であり、ソロモン72柱は各々で得意分野が細分化されている。どの悪魔も、全てを兼ね備えてはいない。そもそも、悪魔は契約の穴を突いて騙してくるが、決して嘘は吐かない。元が異教の神であり、「神」の被害者なのだから、当然と言えば当然だが。
七つの大罪をコンプリートし、平気で嘘を吐く存在。愛を語り、正義を語り、未来を語り、だけど結局は自分を語っている、そんな奴。それこそが、本当の悪魔である。
そう、例えば――――――そこの誰かさんとか。