『ヴォァアアアアアアアアッ!』
横槍を後頭部に食らった鳴女が血走った目で咆哮している。目の周りにも血管のような物が浮き出ており、傍目には化け物にしか見えない。
さらに、身体中に黒紫色のオーラが迸り、怪電波のような妖気が放出され始めた。まだ弱々しいが、その本質は来訪者と同様の物。脳を直接侵し、自らの眷属へと染め上げる死の波動だ。浴び続ければ、ポケモンでさえ己の変質を抑えられない。
それが分かっているのか、観客の半数は晒される前に逃げ始め、残るは自ら壁を張って守りの態勢に入っている。光の壁で防げる辺り、鳴女の怪電波は特殊攻撃に該当するようである。
居るだけで全てを書き換え、秩序ごと破壊していく。まさに来訪者の生き写し。
しかし、今は感心している場合ではない。今目の前にいるこいつは、明確な敵なのだから。
――――――そう、アデル・フォン・アスワングの本当の戦いは、これからだ。
『ヴァアアアッ!』「……ッ!!」
アデルの身体能力でさえギリギリ視認出来る程の速度で距離を詰めた鳴女が、阿保みたいな量の妖力を込めた“殺神拳”を放って来る。咄嗟に即席の魔力バリアを張ったおかげで無事だったが、ただガードしただけではアデルの上半身が吹き飛んでいた事だろう。
だが、攻撃は一発限りではない。嵐のような一撃必殺が、右から、左から、下から、上から、縦横無尽に襲い来る。それら全てを真面に防いでいてはあっという間に消耗してしまうので、時に見切り、時に受け流しながら、アデルは最小の被弾率で往なしていく。
『ギャヴォッ!』「ぐっ!?」
しかし、鳴女は別にボクシングをしに来た訳ではないので、上に集中して下がお留守になったアデルの足を払い、倒れる前にスマッシュで殴り飛ばした。全身に薄く魔力を漲らせる事でカバー範囲を広げていたおかげで胴体は無事だったものの、アデルの肋骨に数ヶ所ヒビが入った。身体強化を施してヘビーアロイくらいに硬くなっていたというのに、この有様だ。ピンポイントバリアなんぞしていたら、命が幾つ有っても足りない。
だが、何時までもやられっぱなしのアデルではなかった。
「つぇあっ!」『グヴァッ!?』
バウンドする方向を調整する事で鳴女の上に回り込み、魔力全開のドロップキックを食らわせた。鳴女も妖気の壁を張っていた為、頭はまだあるが、流石に一時的にスタンしてしまう。
そんな隙だらけの状態を見逃す程、アデルは優しくない。
「ドラァッ!」『ヴォァアアアッ!』
腕の力で着地をキャンセルし、そのまま新体操の如く地を跳ね、鳴女の脳天に踵落としを食らわせる。徹底的に脳を機能不全にする作戦のようである。
しかし、ここで鳴女が反撃に移る。
「はぁっ!」『ギャヴォオオオオッ!』「なっ……ぐげばっ!?」
アデルの魔神パンチを、何とダメージを受けている筈の頭突きで相殺し、腕を掴んで引き寄せながらもう一発叩き込み、最後は裏拳で顎を撥ね上げた。
おそらく、スタンしながらも頭部に妖力を集中させ、
そして、今度こそ地面に倒れたアデルを蹴りで浮かばせ、それを華麗にキャッチ。膝を着き、太腿に叩き付けながら力を加え続け、背骨を粉末にしようとする。
「……づぇあああああっ!」『ヴォァオオッ!?』
だが、アデルも負けてはいなかった。驚いた事に自ら肩と太腿の関節を外し、拘束が緩んだ瞬間を狙って頭突きを食らわせ、そのまま抱きかかえるように飛び付き、脚で首を絞めつつ投げ落とした。
さらに、魔力を鋭角に纏いながら、鳴女の腹に拳を叩き込む。
『ゴハァッ!』
思わず鳴女が血を吹き出す。
「ぐっ……!?」
しかし、胃酸と混じり合い猛毒の血液となっていたそれを浴びたアデルもまた、大ダメージを受ける。酸で皮膚が焼け爛れるように、左半分が見せられないような状態になった。
これ以上浴びるのはマズい。アデルは一旦距離を取った。その隙に鳴女も起き上り、血を拭いながら睨み付ける。
だが、静寂は一瞬。すぐさま両者共に動き出し、拳を交える。
『ハァアアアッ!』「くっ……!」
一発一発が人体を粉砕するレベルの、鳴女のバレットパンチが連続で放たれる。あまりの速さに、アデルは防戦一方である。
『フゥッ! ハァッ! ヴァォオオッ!』「げぶぅっ!」
そして、前に集中し始めた所で下から燕返しでガードを解きつつ顎を撥ね上げ、間髪入れずにホワイトファングに繋げ、アデルを地面にキスさせた。更に頭を蹴り飛ばそうとする鳴女だったが、
「――――――ずりゃおぅっ!」『ギャゴァアアアッ!』
アデルは凄まじい反応速度で足を受け止め、その勢いを利用して自らは起き上りつつ鳴女を持ち上げ、団扇を仰ぐように地面に叩き付けた。
「ふんぬぅうううううっ!」『ゴアァ……!』
さらに、今度は頭を掴んで無理矢理立たせると、そのまま力一杯抱き締める。背骨どころか内臓丸ごと大ミンチな、凄まじいベアハッグだ。もちろん、吐血を浴びないよう、口の位置を気にしながら。
……メリメリメリメリメリッ!
凡そ人体から聞こえてはいけない、大木をへし折るような音が当たりに響く。
『ギャヴォオオオオオオッ!』「うがぁっ!」
しかし、鳴女が好き放題にやられている訳もなく、妖力を体内で爆発させ、自身が瀕死になるのと引き換えに、アデルにも致命的なダメージを与えつつ、拘束からも抜け出した。
その上、アデルにとっては絶望的な事態が起きる。
『グルルルル……!』
(こ、こいつ、再生力まで反映され始めてやがる……ッ!)
何と未だ人体であるにも関わらず、鬼としての再生力が適用され始めている。
一方、アデルは元が魔女だからか、それとも混血だったからか、鳴女のように傷は癒えない。これではジリ貧である。何としてでも、回復が追い付かないレベルの一撃を叩き込み、完全に沈黙させなければ。
その為にも、鳴女には更に怒り狂って貰わねば。
「ペッ……来いよ、雑魚鬼。お前の思い通りになる事なんぞ、何一つない事を教えてやる」
『ギャァヴォオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
アデルの安っぽい挑発に見事に乗っかってしまう鳴女。完全に頭に血が昇っているのだろう。それとも、“思い通りにならない”という言葉に引っ掛かったのか。
何れにしろ、これが最後の勝負だ。
『グヴォァアアアアッ!』
「だりゃあああああっ!」
鳴女が上から、アデルが下から、ほぼ同時に拳を放つ。エネルギー自体は互いにガス欠気味なので、直撃すれば只では済まないだろう。というか、確実に死ぬ。妖力や魔力のバリアで軽減していたからこそ、まだ原形を保っていたのだから。
だが、ここでアデルは更なる勝負に出た。
「シッ……!」『グゥッ!?』
何と下はフェイントだったのである。本命は左の上――――――ドラゴンフィッシュブローによるカウンターだ。
――――――ゴバァアアアアアアアンッ!
肉身が出しちゃいけない音がした。鳴女の身体が仰け反る。
『……ガァッ!』
それでも、鳴女は反撃した。腕の力だけでアデルの顔面を吹き飛ばそうと拳を振るう。
しかし、アデルの素早いシフトウェイトによって躱される。
そして、全魔力を拳にのみ集中させながら、「∞」を描くように身体を動かす。この後に待っているのは、超新星爆発のようなデンプシーロールである。
ゴバァン! ドガァン! ズガァン! バギョァッ! メギャァッ! ドワォッ! ズワォッ! ゴギャアアアン!
一発ごとに爆発音が鳴り響き、鳴女の顔面が左右に超速で振り子にされる。あまりに音が連続し過ぎて、爆竹の如く耳をつんざく。こんなの特撮で防衛隊の戦闘機が怪獣を攻撃する場面くらいでしか聞けないだろう。
『……、…………、……、…………ッ!』
最早、再生もバリアも追い付かず、悲鳴すら上げられない。超合金並みの強度を誇る頭蓋骨にヒビが入り、顎が砕け散って、眼球が破裂する。それはもう、見るも無残な、モザイクを何枚重ねても足りなくなるような、悍ましい有様だ。
それでも、アデルは止めない。鳴女が死ぬまで、殺すのを止めない。
「ぐっ……!?」
だが、流石に彼女も限界はある。攻撃にエネルギーの全てを回した為、108発目辺りを放った所でアデルも動きが止まり、膝を着いた。
「………………」
息を切らせ、意識が途絶えそうになりながらも、アデルは鳴女を見た。俯せで倒れる彼女は、痙攣すらしていない。ほぼ死体である。
「………………」
さらに、今度は丸子を見る。気絶はしているが、一応は生きている。腕は何時の間にか2本の状態になっていた。自分たちが戦っている間に、何とか治したのだろう。
「………………」
そして、アデルは少しずつ冷め始める頭で考え、
「鳴女……」
『………………』
「――――――お願い、力を貸して。
遂に言えた。
そう、アデルはやっと理解したのだ。結局のところ、自分は奪う側だという事を。鳴女が丸子をどう扱っていようが関係ない。妹の為と宣い、鳴女の大切な“物”を掠め取ろうとしたのだから、意地悪も憤りも当然。
ここ暫く鳴女と共に居たからこそ分かる。
鳴女は“奪われる”事に敏感だ。過剰な程に。聞けば、人間時代は思い通りにいかない事の連続ばかりだったという。そんな彼女から毟り取ろうとすれば、相応の態度を取られるのも仕方ない。
鳴女は本当の悪魔である。欲しい物は全部欲しいし、手に入れた物は絶対に手放さない。
……だって、人間だもの。
『……よく言えました』
すっかり冷え切った鳴女が、ポツリと呟く。寝言かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ともかく、そろそろ夢の時間も終わりである。二人の身体が少しずつ透け始めた。ダメージの蓄積で、この世界における
後は夢から覚めるだけ――――――。
◆◆◆◆◆◆
「何だ……これは……?」
事の顛末を見送ったボブが、思わず呟く。
本当に、これは一体どういう事なのだろうか。
己の命運を
戦いは一進一退の攻防を極め、互いが互いを殺し尽くす、悍ましい物だった。勝った方が人類最大の脅威となる。そんな感じの血戦であった。
しかし、結果はドロー、相討ちだった。強いて言うなら、先に倒れたのは鳴女だが、アデルもまた戦闘不能の状態であり、それ以上は無いと言い切れる。
さらに、戦いの終わりと同時に二人の身体が透け始め、やがては露と消えてしまった。
そして、闘技場には観客も含めた誰も彼もが、居なくなった。
彼女たちは、一体何だったのだろうか。
突然現れ、言いたい事、やりたい事を盛大にやらかした挙句、忽然と消えてしまった。それはまるで夢幻であり、一陣の風であり、通り雨のような存在であった。二人がボブに齎した影響は計り知れない。
「あーあ、消えちゃった」「でも、どうなるの、これ?」「賭けが成立しなくなったんだから……好きにしても良いんじゃない?」「それもそうね」「そうしよう」「そうしよう」
「………………!」
だが、自分を付け狙う、この殺し屋姉妹は紛れもない現実である。
アデルと鳴女が消えた今、彼女たちを止める者はいない。好き放題に殺られるだけだ。
「そうはいきませんよ、お二方」
「「………………!」」「あっ……」
しかし、そこで意外な人物から待ったが掛かった。
「何のつもり、ジェフリル?」「これはあたしたちの獲物なんだけど?」
そう、アリス&リデルと同じスマイル団の幹部、ジェフリル・マーダーである。仲間同士で対立するとは、これはどうした事か。
「貴女たちこそ何のつもりですか? この方はきちんと反省し、確かな絆を育んだのですよ?」
まぁ、あの荒療治でも駄目なら完璧に見捨てましたけどね、とジェフリルは語る。
つまり、スマイル団としての意向に反しているのは、アデルとリデルの方なのだ。団長やジェフリルが見逃すと言った人間を手前勝手な理由で、反省しているにも関わらず殺そうとするなど言語道断、という事だろう。
「そんなの知らない」「相談もなく決めたんだから、こっちも勝手にするだけ」
だが、そんな大人の理屈、子供には通じない。子供はこの世で最も純粋で残酷な生き物なのだから。
「やれやれ、素直に反省し許し合えるのが子供の美徳なら、叱られて拗ねるのは子供の悪徳、という事でしょうか。良いでしょう。そこまで聞き訳がないというのなら、
アデルとリデルの開き直りに、ジェフリルはまったく仕方ないな、とボールを構えた。四の五の言うのは止めて、ポケモンバトルで黙らせる事にしたらしい。
「「二対一で勝てるとでも?」」
「……いいや、2VS2だよッ!」
さらに、ここまで怯え縮こまっているだけだったボブまでもがバトルに参加した。ボブもまた、“脱皮”の時を迎えようとしているのである。
「良いでしょう。
「うん……」
「気に入らない」「気に食わない」「「だから死んで?」」
「「そっちがね」」
そして、異世界人の居なくなった世界の一角で、取り残された者たちの戦いが始まった。
世界は一つではない。宇宙は一つとは限らない。未来は絶望しかないのかもしれないが、可能性だけなら無限大にある。
(まぁ、あいつら大概何でもありだから、またひょっこり現れるかもしれないし)
ボブは戦う。己の信じたい事だけを信じて……。
◆ボルデビサス
・ティアーザ図鑑№002
・分類:しんりょくポケモン
・タイプ:いわ/くさ
・性別:あり
・特性:しんりょく/てきおうりょく(隠れ特性)
・種族値
HP:100
こうげき:87
ぼうぎょ:100
とくこう:90
とくぼう:100
すばやさ:12
・図鑑説明
古代ティアーザ語で「疾風の通り魔」の意味する名前を持つ、生粋の戦闘狂。とても凶暴な性格で、吊り上がった複眼で敵を探し出し、鋭い前足の鎌で切り裂く。走って逃げる相手は転がって追い掛け、空へ逃れる獲物は背中の翅で飛んで仕留める。葉っぱの尻尾でも栄養は充分に補給出来るのだが、生き物を切りたくて仕方ないのだ。同族も例外ではなく、近くにいるだけで共食いを始める。ただし一番嫌いなのはクラトンとクラビトン。
これ程までに凶悪なポケモンだが、女王たるレギオノイズの命令には忠実で、命を投げ打ってでも守り抜く。この時ばかりは群れで行動するという。