東京都、井の頭公園。
都会の中とは思えない程に自然豊かな場所であるが、ここの池には何年か前より、不思議な生き物が棲み付いている。
それは、ある2匹の鯉と野ネズミ。一方は不気味な模様の付いた馬鹿デカい錦鯉で、もう一方は五毛のヒメネズミという、正反対の組み合わせだ。錦鯉は池で優雅に泳ぎ、ヒメネズミは小島に取り残された一本椚の上(それも出所不明の小鳥用の巣箱)で暮らしている。精々鴉くらいしか寄り付かず、春は羽虫、夏は毛虫、秋はドングリと、食べ物に困らない事に加え、冬は洞や岩溝で安心して眠れる為、非常に棲み易い環境が整っているのである。
見た目も種族も全く違う2匹だが、この安住の地で、訪れる人々に生暖かく見守られながら、ぬくぬくと暮らしていた。何時しか2匹はぐりとぐらのように親しまれ、今やこの池のマスコットと化している。
しかし、ここまで違う2匹が、一体どうして寄り添うように暮らしているのか。
《どうだ半天狗よ、今日の作品は。名付けて「夢の跡」!》
《……魚の死骸とゴミの寄せ集めを作品とは……恐ろしい恐ろしい! 玉壺は頭が足りておらぬ!》
《喧しいぞ! 大体お前こそ、そんな枝木を集めただけの屑山を屋敷と称するなど、脳足りんではないか!》
《ZZZzzz……》
《面倒臭いからって寝るんじゃない! 冬眠にはまだ早いだろうが!》
答えは、2匹共元は「鬼」だから。
己が因果故か、
ちなみに、玉壺が「肺呼吸」と「器用な胸鰭」、半天狗が「人間並みの視力」を獲得しており、共通して「無駄に長い寿命」と「相互の交感」を持っている。
ようするに、2匹はズットモなのだ。本人たちの意思は別として。
というか、会話が出来るのは2匹の間だけだし、何かしらの事故でもない限りお互いに手出し出来ないので、必然的に平和な関係となる。本人たちの意思は別として。
まぁ、こいつら2匹共自分の事しか考えてないし、基本的に相互不干渉でいれば、特に問題はないだろう。
「今日もお前らは仲が良いなぁ……」
《《また来やがったよ》》
岸辺から
金髪金眼で、凛々しいが何処か憂いを帯びた顔をした、高校生くらいの男の子。平日だからか学ランを着ている。土日祝日でもないのに、ここに居る事自体がおかしいのだが。
彼の
つまり、絶賛ナイーブな面倒臭い奴である。
「……あいつにも見習ってほしいぜ、まったく」
彼の言うあいつとは、2歳年下の後輩である
照善は捨て子であり、桃善とは同じ施設出身の謂わば義兄弟の間柄で、何かに付けて兄貴分である桃善に頼ってばかりだった。何なら今でも泣き付いて来る始末である。
だが、何だかんだで桃善も受験生。大学生ともなれば大人の仲間であり、志望校がかの有名な城南大学である為、照善に構っている暇は確実になくなる。
その時、照善が自立出来るのかと言うと……非常に心配だ。不安しか無いし、何なら絶望すらしている。施設長が嘆くのも当然だ。無理して大人になれとは言わないが、せめて幼児からは卒業しろ。少年くらいにはなれ。高校生にもなって「よしえも~ん!」なんて言うんじゃありません。
「いや、俺も悪いか……」
桃善は自他共に認める天才なので、正直なところ試験は普通に受かりそうなのだが、こうも不安要素があると愚痴くらい零したくなる。
というか、つい先程とうとう堪忍袋の緒が切れて、「いい加減にしろ! 先生がお前に掛けた時間は全て無駄だった! お前はどうしてそうも他人にしがみつく!」と怒鳴ってしまった。
普段は真面目で厳しい一面はあれど暴言を吐くようなタイプでは無いのだが、日頃のストレスと「受験」という人生初の苦境に立たされた事が重なり、自制が利かなくなってしまったのだろう。
何せこの時の彼は、貧しい施設を少しでも潤す為に、受験勉強だけでなく家事全般やアルバイトまで並行していたのだから。そんな所にピーピー泣き言を言われたら、そりゃあ切れもする。理由が「勇気出して告白したのに、振られた上に彼氏っぽい奴に財布取られた」などという情けない物なら、尚の事。
しかし、生真面目が故に全部1人で背負い込みがちな彼は、泣き喚いて家出した照善の後姿を見て冷静になると、一気に罪悪感が圧し掛かり、こうして塞ぎ込んで池を眺めている、という訳だ。
大体全部、照善が悪い。
あと、地味に一番心労が掛かっているのは、おそらく義息たちに家出された施設長である。じっちゃんは泣いて良い。
《《いや、勝手に納得されても……》》
まぁ、そんなの玉壺と半天狗には関係ないのだが。
そもそも、家庭内事情までは把握していないので、共感もクソも無い。愚痴られてもチンプンカンプンなだけだ。
さらに、スーパー手前勝手なこいつらに、大して知りもしない少年を慰める気など毛頭なく、
《《ご飯くれ》》
それどころか、動物らしく餌を強請りに行った。人の心無いんか。
「ハッ、お前らも結局あいつと一緒じゃねぇかよ……」
《《わーい》》
苦笑いしつつも、きちんと餌をあげる桃善は普通に良い奴である。
「――――――それにしても、今日は随分とざわついてるな。何かあったのか?」
《《………………?》》
と、餌やりを終えた桃善が、周囲を見渡しながらポツリと呟く。彼は生まれながら聴覚に優れ、昔から気配を察知するのが上手かった(曰く「ざわ……ざわ……」とするらしい)。
ここに結構長く棲んでいる筈の玉壺や半天狗でも気付かないような、何かが起こっているというのだろうか?
「うわぁあああああああ!」
「《《ゑ?》》」
その答えは、林の中から飛び出して来た、
『イワァアアアアクゥッ!』『パイモォオオオンドゥ!』
「《《何じゃこりゃあああああああああああああ!?》》」
顔中から色々と汚い液を飛ばしながら走る照善を追い掛けて来たのは、岩蛇ポケモンのイワークとパイモンド。超デカいポッポたちだ。
「お、おい、照善! お前、一体何を連れて来たんだよ!?」
《ぬぉあっ、こっちに来るな!》《儂らの家が壊れるぅ!》
だが、その巨体は伊達ではなく、進路上のあらゆる物を破壊し、ついでに池の小島も吹っ飛ばした。
《やってられるかぁ! 私は逃げーる! ……って、つまるなコラァッ!》
《ヒィイイイイッ、苛めないでくれぇ! そして逃がすかぁ!》
安全第一、搦め手万歳の2匹は首尾良く逃げ出し、仲良く喧嘩をしつつも事なきを得た。
「がっ……!?」「あ、兄貴ィ!?」
しかし、只の一般人である桃善が咄嗟に動ける筈も無く、見事に跳ね飛ばされる。手足が嫌な方向に捩じれ、鈍い音共に地面へ叩き付けられた。
「う、嘘だろ、おい……何でこんな事に……」
さっきまでの逃げ足は何処へやら。桃善の無惨な姿に、照善は呆然と立ち尽くした。
「馬鹿野郎……早く、逃げろ……!」
「で、でも……」
「……いいから行け! こんな事に巻き込みやがって、目障りだ、消えろ!」
「………………っ!」
照善は知っている。桃善がきつい言葉を投げ掛けて来る時は、一等大事な事を隠そうとしている場合が殆どである事を。
傷を見れば分かる――――――彼はもう、助からない。
「……うぅぅ……嫌だ! 兄貴を置いて行くなんて、オレには出来ない!」
「この……!」
「だって、オレ、まだ兄貴に何も返せて――――――」
「……上から来るぞぉっ!」
だが、現実は何処までも容赦がない。葛藤も、涙の別れすら許してくれない。
「ぐっ!?」
水に塗れてパニックになったイワークとパイモンドが放った岩雪崩の内、一発が照善の頭を直撃した。血を吹き出しながら、バタリと倒れる照善。
(くそっ、本当に何だってんだよ、畜生……こんな終わり方しか出来ないのか、俺は……! 認めない……俺は絶対に、認めないぞ……!)
薄れ行く意識の中で、後悔と絶望が渦巻く桃善。
「エコエコアザラク……我は呪い、縊りたり……」
しかし、現実とは時に気紛れな運命を呼び込む。
《ドワォ!?》《これはどうした事じゃ!?》
何処からともなく響いて来た声に呼応するように、玉壺と半天狗の姿がムクムクと変貌し、やがて過去3人しか見た事が無いらしい最終形態と憎珀天の状態に成った。
《何だかよく分からんが、よくもやってくれたなぁ!》《弁償しろ、悪者めらがぁ!》
『『イヴァアアアアアク!』』
そして、怒れる玉壺と半天狗が「鬼」の力でデカいポッポらを叩きのめす。
「シィィィ……!」「照善……」
むろん、周りの事なんか全然考えていない2人の戦いで、桃善は今度こそ挽肉になり掛けたのだが、青天の霹靂が如く動いた照善に救われた。
「……何で寝てるんだ、お前は……」
気絶したままで。そんな馬鹿な。
「………………」「あ……」
「あらあら、痛そうねぇ?」
さらに、本能的に“それ”を察知したのか、玉壺たちを変貌させた声の主の下へ、照善は桃善を運んだ。
“それ”は、一見すると何の変哲もない、只の女子中学生に思える。
だが、身体中から溢れる邪悪なオーラと、肩に背負っている四つ目の赤子が、彼女の異質さを物語っている。
「それじゃあ、さっそく治してあげるわ」
「……嘘だろ?」
そして、それを証明するかのように、指を一振りするだけで、桃善の致命傷を治癒してしまった。
「あ、あんたは一体……」
「内緒♪ ……それじゃ、義弟さんと仲良くね」
しかし、桃善の疑問には答えず、すぐさま踵を返してしまう。
「ご苦労様。もう戻って良いわよ」
《《……ぇはん♪》》
ついでに、イキって破壊活動をしようとしていた玉壺と半天狗も元の鯉と野ネズミの姿に戻し、
「はい、今晩のおかず」
《《いやぁあああ!》》
「いや、流石にそれはちょっと……」
「なら、ペットにでもしてあげて。……たぶん、ここにはもう棲めないだろうから。アナタたちも、早く東京――――――というか、関東から出た方が良いわよ。死ぬから」
色々と不吉な事を言い残して、今度こそ居なくなってしまった。景色に溶けるように、スゥっと。
「待っててね、鬼太郎、ねこ姉さん。ウフフフ……」
最後に一度、空を駆ける一筋の奇しき赫耀を見上げて。キーエフ・キュリアンのそれによく似た、とても純粋で悍ましい笑みを浮かべながら。
「何だかよく分からんが……」
とりあえず、やるべき事は1つ。
「起きろ馬鹿。……帰るぞ」
「うぇはぁすっ!?」
《《………………》》
帰ろう。良い子だから。
◆玉壺
上弦の伍を務める鬼。壺から生えた半魚人という大分人間を辞めた姿をしている。
自称・天才的芸術家であり、歪んだ美意識を反映させた魚っぽい何かを壺っぽいガラクタから召喚する。
基本的に正面切って戦うタイプではなく、壺の瞬間移動で奇襲したり、毒を持った魚群ミサイルで弾幕を張ったり、泡に閉じ込めたりと、かなり陰湿かつチキンな戦い方をする。
真の姿は過去に3人しか見た事が無いらしいが、4人目となる霞柱:時透 無一郎には殆ど手も足も出ずに頸を切られ、敗死した。
人間の時は益魚儀という名前で、この時から人間性は破綻しており、“動物を悪戯半分に殺す”“様々な魚を縫い合わせて「芸術」と抜かす”“水死体(自分の両親)を美しいと感じる”など、異常な行動が目立っている。まさになるべくしてなった「鬼」である。
そんな事ばかりしていたからか、今世では自分が散々殺して来た魚に生まれ変わった。