なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~   作:アークフィア

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一日の終わりに質問の数を数えて明日に備える

「お待たせしましたー!さっ、案内しますからこちらに」

「あ、はいっ」

 

 

 帰ってきた毛利さんに連れられ、部屋を出る。

 外は普通のオフィスビル*1みたいな感じで、通路を彼女の背を追って歩く。

 途中で誰かにすれ違うことも無かったのは、時間的なものなのか場所的なものなのか。……どっちもかなぁ?

 なんて事を考えながら、視線を左右にちらりらり。

 

 ……ふーむ、多分最上階かここ。ってことはやっぱり社長室?いや、ここは敢えて「スレ主の部屋」とでも呼ぶべきか。

 ……なんか胃が痛くなってきたぞぅ……。

 ああやめてやめて、新しい設定とか引っ張ってきて全部しっちゃかめっちゃか*2にしようとするとかホントやめて。*3

 調整するの私なんだぞいい加減にしろ……。

 

 

「あの、せんぱい?」

「ん?どうしたのマシュ?」

「……その、お疲れなのでしょうか?先程から、視線が時折ここではないどこかに向かっているように思えるのですが……」

「あー、うん。疲れてはいるよ、でもそれは貴方もでしょ?」

「え、あ。……そう、ですね。思えば、今日一日でいろいろな事があったように思えます」

 

 

 こちらの顔色を見ていたマシュが、気遣うように声を掛けてくれる。……そういうマシュも、少し動きが精彩に欠けだしていた*4ので指摘。

 それを受けた彼女は、素直に自身の疲労を認め、今日一日の出来事に思いを馳せるように目を閉じる。

 

 朝、いきなり姿が変わってしまって途方にくれていたら、似た現象に巻き込まれた他の人達と出会い。

 昼、ちょっとした白昼夢*5と、白昼夢だった方が嬉しいようなモノと出会い。

 夜、こうして新たな生活を始める為の、新しい住処に向かって歩き。

 

 ……箇条書き*6すると大したこと無さそうだけど、随分と濃い一日だったように思う。

 

 

「……お二方は、今日こちらに着いたばかりなんですよね?」

「あ、はい。私もせんぱいも、()()なったのは今日の朝ですので」

「なるほど。……じゃあ、一つご忠告を。夜になったら、部屋の外には出ないようにお願いします」

 

 

 先導していた毛利さんが、こちらに視線だけを向けてくる。

 ……鋭い眼光で、堅い口調で、こちらに注意を促してくる。

 マシュが、小さく息を呑んで。

 

 

「それは、どうしてですか?」

「それは────」

 

 

 廊下を歩く音だけが響く中、暫く道なりに進んで。

 階下に通じるエレベーター*7の前にたどり着いて、ようやく彼女が動きを見せる。視線をふいと逸らして、とある方向に向けたのだ。

 彼女が見詰めるのは、ガラス張りになっているエレベーターシャフト*8から見える、下の階の様子。そこにあったのは──。

 

 

「……皆さん、夕方辺りになると活発になって、ちょっと羽目を外しちゃうんです……」

「……うわぁ」

 

 

 シリアスな空気が一瞬で霧散する。

 

 視線の先に居るのは、酒瓶持って好き勝手騒いでいる酔っぱらい共。……どう考えても路上飲酒者とかあの辺りである。

 いや、真顔*9になるわこんなん。

 確かに夜になると騒ぎ出す人は多いけど、まさか逆憑依されても変わらない上に夕方からやってるとか思わないじゃんか。……ってん?

 

 

「どうされましたか、せんぱい?」

「いや今、銀ちゃんらしき人が下に飛び降りたような……?」

「え、は?!それは一大事なのでは?!」

「いや、下のプールにダイブしたみたいだから、多分平気なんじゃないかな……」*10

 

 

 何か大立ち回り*11して落っこちたのか、はたまた酔った勢いでアイキャンフライ*12したのか、こっからじゃよくわからない。

 ……ただ、なんとなーく、多分酔った勢い*13だろうなと思う。

 だって後追いが増えたからね、みんな楽しそうに水柱*14上げてるよ、これはひどい。パリピ*15かなんかか君ら。

 

 

「……ぐふっ」

「せんぱい!?どうされたのですかせんぱい!?」

「い、いや、なんでもない、なんでもないんだ……っ」

 

 

 そう、なんでもない。

 ……昔スレにやってきた、やけに濃い謎のルー語*16みたいなのを使う奴を思い出しただけだから、何も問題はないんだ……っ!!

 

 

「えっと、とりあえず乗りませんか?お二人を案内するのも、下の階にある宿泊施設区画なので」

「あ、はい。せんぱい、大丈夫ですか……?」

「大丈夫大丈夫、だって私には複素数*17がついてるからね、虚数を掛ければそのうち戻ってくる*18んだ、こんなに頼もしいことはない……」*19

「せんぱい?本当に大丈夫ですかせんぱい?!」

 

 

 ふふふふ、ちょっと変なキャラハンが居ても、スレ運営はスレ主時代のあれこれで慣れてるから大丈夫よマシュ……。*20

 これは決して、そういう風に自分に言い聞かせている*21わけではないんだからね……。

 

 

 

 

 

 

「ふと気がつくと、そこは部屋の中だった」

「あの、本当に大丈夫なんですかこの人?」

「えっと、多分……きっと、大丈夫だと思うのですが……」

 

 

 いつのまにか、今日泊まる部屋に着いていた。

 ……道中立ち並ぶ宿やらホテルやらがやっぱり濃いものばっかりだった気がする*22ので、意識を飛ばしていたのは正解だったのかも知れない。……一日に受けていい胃のダメージをオーバーしている気がするし。

 

 深呼吸をして、今度こそ完全に持ち直す。

 そのままマシュ達の方を向き、小さく頭を下げた。

 

 

「お手数お掛けしました。……もう大丈夫ですんで」

「はぁ、だったらいいんですけど……。えっと、この部屋に付いての説明はマシュさんにさせていただきましたので、詳しくは彼女に聞いてくださいね」

「はい!毛利さん、道中ありがとうございました!」

 

 

 マシュのお礼を聞きながら、毛利さんは部屋から出ていった。

 

 人心地*23ついたので、改めて自分達が今いる部屋を見渡してみる。

 ……んー、RPG*24の宿屋みたいな間取りだ。

 壁はレンガ、ベッドは木製、布団はふかふか。

 あいにくと何か原作ありの場所なのかはわからない。……ドラクエ*25の宿屋とか、あの辺りのような気がしなくもないけど。

 

 二つ並んだベッドの片方に腰を下ろすと、対面のベッドに同じようにマシュが腰を下ろした。

 こちらを向いたマシュが、微笑みながら声を掛けてくる。

 

 

「お疲れさまでした、せんぱい。これからどうされますか?」

「んー……夕食食べたら、今日のところは素直に毛利さんの言葉に従って、部屋で静かにしてようかね。夜に動くなら動くで、また案内役が欲しいところだし」

「……そうですね。私も、ラットハウスでの勤務が始まれば、夜以外せんぱいとご一緒することも難しくなってしまうでしょうし……」

 

 

 そうして話すのはこれからのこと。

 元に戻ることを目標にするにしても、今の私達には圧倒的に情報が不足している。

 そもそも、この『なりきり郷』の全貌もろくにわかっていないのだ、元に戻るという目標自体が見当違いである可能性もある。

 

 

「と、言いますと?」

「私らみたいな人へのサポート体制が、ちょっと整いすぎてる気がしなくもないっていうかね?……私達が知らないだけで、こういう事は頻繁に起きてることなのかもしれない。で、頻発しているのに世間であんまり騒ぎになっていないんだとすると……」

「治療法、ないし対処法が既に確立している可能性がある……と言うことですか?」

「そゆこと」

 

 

 流石に察しがいいマシュに微笑み返して、改めて考えてみる。

 

 元に戻る手段が既にわかっているなら、空想を現実に持ち込むことができる現状は、様々な人間にとって宝の山のようなモノだと言えるだろう。……『GATE(ゲート)』みたいなものっていうか?*26

 

 まぁ、どこまで持ち込めるのかがわからない*27ので、これも見当違いの可能性があるわけなのだけど。

 実際、『どこまでなりきれているか』なんてあやふやな基準で出力制限が掛かっていると思しい以上、安定した運用は不可能だろう。

 ついでに言うと、原因がわからないうちは再現も困難だろうから、仮に利用するにしても今居る人物達以外の都合はつけ辛いはずだ。……狙ったものが得られない程度で済めばいいが、変に危ないものでも呼び寄せてしまったら後が大変だし。*28

 

 

「……だからゆかりんが社長っぽいのかな」*29

「な、なるほど。ご本人は謙遜されて居ましたが、今日お会いした人の中では一番の応用力をお持ちでしたね」

 

 

 ゆかりんの『境界を操る程度の能力』は、できることの幅が非常に広い能力だ。

 朝と昼の境界を弄って時間を狂わせたり、空と海の境界を弄ってその境を失わせたりと言った大きなことから、水と油の境界を弄って燃える水*30を作ったり、はたまた暑さと寒さの境界を弄って常に快適な温度にするなどの小さなことまで、本人の発想力次第で幾らでも応用の効く強技能である。

 

 ……まぁ、対象が自分よりも格上だったりすると能力が効かなかったりするらしいので、決して全能というわけでもないようだが。

 それでも、万能を名乗るには十分な技能だろう。

 

 それをここに居るゆかりんはほぼ十全に使えるのだから、有用性は言わずもがな、性格面でも温厚なので話し合いもばっちり。

 まさに管理者足る器*31、というわけだ。……面倒事の押し付けられ役?……スレ主ってそういうもんよ。*32

 

 

「まぁ、その辺りの調査というか聞き込みというかは、また今度かな。ゆかりんに聞いてみたら一発でわかるかもしれないし」

「なるほど……では、この後は外に向かわれますか?」

「そうしよっか。……料理店街は地下三十八階だっけか。で、ここは地下五階、と」

 

 

 またあの魔窟に向かわなきゃならんのか……。

 ちょっとテンション*33が下がるが、飯を食べない方がもっとテンション駄々下がりである。

 しゃあない、腹括って外に繰り出しますか……!

 

 マシュを伴い、地下に向かう。

 道中様々なハプニングに遭遇したが、まぁどうにか対処して。

 美味しいご飯を食べて、お風呂に入……ろうとしてちょっと一悶着あって。

 帰る途中でもう一度ハプニングに巻き込まれたあと、部屋に戻ってきた私達は、ベッドに付くなり泥のように眠りにつく*34のでした。*35

 

 

*1
事務所(オフィス)に使うことを主用途としたビルの事。一般的なビルは基本これ

*2
物事が混乱したさま、滅茶苦茶。因みに標準語。奈良時代の弦楽器『弛衣茶伽(ちいちゃか)』が語源だという説が有力。弦が23本もあるとかそりゃ無茶苦茶ですわ

*3
マンネリ解消の為に新しい設定を突っ込む行為は、大体うまく行かない(白目)

*4
活気がなく、生き生きとした感じがないことを示す言葉。端的に言えば調子が悪そう、という事

*5
日中に起きたままみる夢、すなわち空想や妄想のこと。転じて、夢だとしか思えないような非現実的な現象の事

*6
表現方法の一つ。物事を一つ一つ書き記すこと。複雑な情報を整理するのに向いているが、事実だけしか記載されておらず、物事の間の繋がりを無視していることもままある為、書いてあることをそのまま鵜呑みにするのはわりと危険だったりもする

*7
昇降機。人やモノを乗せて上下に運搬する機械。日本では、水平投影面積(建物の真上から光を当てた時に地面にできる影の広さ)が1.2平方メートル以上であるか、天井の高さが1.2m以上のモノを指す。それより小さいものは「小荷物専用昇降機」と呼ばれる。因みに、建築基準法では高さ31mを越える(大体7から10階)建築物はエレベーターの設置義務が生じるようになっている

*8
エレベーターが実際に走行する縦穴状の空間の事。昇降路とも。因みにガラス製のエレベーターは展望用エレベーター(シースルーエレベーター)とも呼ばれる

*9
真面目な顔の事。無表情とも

*10
訓練した人なら40mくらいの高さからプールに飛び込みしても怪我をしないようだが、慣れない人なら二階くらいの高さ(大体5m前後)からでも普通に危ないので、迂闊に飛び込んだりしないように

*11
元は芝居で大勢が激しく争う演技のこと。そこから、取っ組み合いなどの派手な喧嘩を指すようにもなった

*12
『I can fly』。私は飛べる。飛べなくても飛べる。ネタとしては映画『ピンポン』の主人公、星野 裕(通称『ペコ』)がこの言葉を叫びながら川に飛び込んだのが初とされている

*13
そもそもの話、酔うのがわかっているなら、酔っても大丈夫な場所で飲むべきである。起きたら足が無くなってる、なんて恐ろしい事件もあるのだから

*14
冨岡義勇さんのことではない。……飛び込んでる人達は冨と義を失ってるかも知れない

*15
パーティーピープルの略。パーティ大好きな騒ぎたがりの人々の事。陽キャとは微妙に違う存在、らしい

*16
ルー大柴氏の使う独特な言語の事。日本語ベースに所々英単語が混ざる不思議な言葉

*17
実数と虚数によって構成される数。複素数zを表す式は「z=a+bi」(aとbは実数、iは虚数)。名前は『複数の素を持つ数字』の意味か。『複数の素数』ではない。初見では混乱する数字だが、()()()で平面を示す為のモノ、と考えるとなんとなく理解した気分になれる。虚数とは存在しない数なので、これを直線上で示すことはできない。その為、直線上には()()()()()新しい軸を使って表現される。その結果、複素数を表す図がグラフみたいに見えるので複素数平面なんて風に呼ばれている

*18
複素数の基本。虚数iとは二乗すると「-1」になる数字である。これを複素数平面上で表すと(複素数zに虚数iを掛ける)、最初に居た場所から90度ずつ左に回転していくことになる(直線上でマイナス数を掛けると反対方向(=180度)に回転するのと考え方は同じ)。なので、4回虚数を掛けると元の場所に戻ってくる

*19
『こんなに~ない』という言い回しは、『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイが最終回に言った台詞、『まだ僕には帰れる所があるんだ。こんなに嬉しいことはない』を意識したもの

*20
こんなに俺とキーアで認識の差があるとは思わなかった…!みたいな独特の語録からわかる通り、元ネタは『スーパーロボット大戦K』の主人公、ミスト・レックスの台詞の一つ『ちょっと興奮した人がいても暴徒鎮圧は防衛隊時代の任務で慣れてます!』から。霧が出てきたな……

*21
じぶんに あんじを かける ことで あいてに かかっている ほじょ こうかを じぶんにも かける。……それは『じこあんじ』だって?

*22
『ホテルモスクワ』(BLACK LAGOON)とか『喜翆荘』(花咲くいろは)とか『閻魔亭』(fate/grand_order)とか、わりと節操なく並んでいた。『なりきり郷』内のこの施設達は、一応全部普通の宿泊施設である。危険はない。……はず。……そもそも大型旅館がビル内に入ってる?出張店舗で小さいんだよきっと……

*23
ひとごこち。生きている気持ち、ほっとした様子

*24
ロールプレイングゲームの事。ロールプレイ(role-play)で役を演じるの意味であるため、繋げて「役を演じて遊ぶ」こと、またはその遊びそのものを指す。とはいえ、近年ではコンピューターゲームのジャンルとしてのRPGの方が有名なため、微妙に意味がずれてしまっているが。そちらは特定のキャラを操作して物語を進めていくような作品が大体当てはまる

*25
『ドラゴンクエスト』の事。RPGと言えばこれか『ファイナルファンタジー』を上げる人が多いだろうという、RPGの金字塔的存在

*26
GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』のこと。突如銀座に現れた『門』(ゲート)を巡る人々の物語。門の先には特地と呼ばれる別世界が広がっており、利権やら資源やらの関係で色々とややこしいことになっていく

*27
ロボ系のなりきりでロボット持ってこれたら、世界の科学技術が一足飛びに進化するかもしれない。だけどゲッターロボとかは止めてね……(震え声)

*28
既にキーアはそのせいで何度か胃を痛めている

*29
人によっては大昔の二次創作ネタである『ボーダー商事』を思い出すかもしれない

*30
文字通りに燃える水。どこかのスキューバダイビング漫画(ぐらんぶる)の『燃える水(スピリタス)』の事ではない

*31
何かを入れる為の物。王としての資質やジオンの理想を受け継ぐ者たちの意志なんかも入る。……要するに不定形のものも含む、ということ

*32
一番偉いということは、責任を取るのもソイツと言う事だ。……本来なら

*33
本来の意味は緊張、不安。「モチベーション(motivation)」と混同されている部分があり、そちらは行動の際の動機付けや目的意識の意味

*34
深い眠りのこと。中国の古書『異物志(いぶつし)』に出てくる『(でい)』という虫が語源だというのが有力。『泥』は海に住む想像上の虫で、骨がないので陸に上がると(どろ)のように形を保てなくなる。その姿と同じようにぐったりとした様子で意識もなく眠る、ということを『泥のように眠る』というようになった、という説なのだとか

*35
省略されたハプニングはその内幕間とかになると思われる




とりあえず一章(=一日目)はこれにて終幕にございます。
次回は幕間とか流したあと、二章を始める予定です。




投稿時期?なりきりって毎日来ないと名無しが来なくなるんですよ……(死んだ目)

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