なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
解説の少女の言葉に、観客達の歓声が大音響で返ってくる。
……何故か巻き込まれている私としては、なんとも頭の痛い話である。
なりきり郷の地下、闘争を求むるもの達が集う争天宮。*2
その闘いの殿堂の一画、巨大な競技場のような場所。……そこに、百を優に越える人間達が、ところ狭しと集っているのだった。(観客席含まず)
……解説の少女は
今は選手宣誓のタイミングなので、男女問わず集っているだけなのです、これからしっかり別れるからご安心ください(?)
「なんだその、自己矛盾と欺瞞しかない自己紹介」*3
「あーもう、本人みたいな聞き取りやすい高速ボイスで、一気に捲し立てるの止めろー!」
「本人踏襲してポチャッコの宣伝すなー!」
マイクを使って呪詛かなにかのようにひたすら、
……と言い続ける、ピンク髪の少女。*4
本人が言うには周央ゴコなる少女が、他の運営委員達に引き摺られていくのを、選手達一同で見送る。
うおーっ、ポチャッコぉー!……とか言いながら競技場から消えていく彼女は、なんというか『おもしれー女』*5みたいな感想しか思い浮かばないタイプの人であった。
……ところで、こうなるの半ばわかってただろうに、なんであの人を実況に呼んだんですかね、運営サイドは?
あとそこの頭に双葉が生えてる系アイドルの子、『んご』って言ってないんご!?とか言ってなくていいから。君は素直に山形のリンゴをお薦めしてなさい。*6
「こいつはりんごろう、んご♪」
「絶妙に音程を外さなくてよろしい」
「ちぇー」
こちらのツッコミに、不満を溢しながら選手団の中に消えていく
……最初っからこのノリなのか、めっちゃやむ*8……みたいなテンションになっている私であるが、はてさてどうしたものか。
ところで、なんでこんな場所に私がいるのか?
その理由は、今から少し時間を遡った先にあるのであった───。
「あら、もうそんな時期なのね」
始まりは、いつものゆかりんルームにてぐだぐだしている時に、ゆかりんがジェレミアさんから渡された資料を眺めている最中に発した、そんな一言からであった。
……なりきり郷が創業(?)何年なのかというのは、平行世界が混じっている関係上、判別しにくいところがあるらしいが。まぁ流石にできて一年そこら、ということはないらしく。
なので、私が思うよりも『お決まりのイベントと化している行事』というものが、それなりに存在するようで。
なりきり郷で過ごす時間が一年も経っていないがために、私達が初めてここに来た、六月の終わり頃──即ち七月よりも前と、まだ始まっていない十二月の行事というものは、今のところ遭遇したことのない出来事になる……というわけである。
……いやまぁ、ちょうどその時外に出てたという意味では、九月にやってるイベントも、私はよく知らんのだけれども。
ただまぁ、元々私達が居た掲示板が、十月に設立記念日があるため、
「そうそう。九月は大人しく、十月はド派手に……っていうのが、うちのスタイルなのよね。……ところで。その時期にやりたい行事って、なにがあると思う?」
「その時期に?……九月と十月っていうと、秋頃ってこと?」
そんな前提を踏まえた上で、ゆかりんがこちらに問いを投げ掛けてくる。……ふむ?秋にしたい行事、ねぇ?
秋刀魚漁は、本来の時期だと祭に被ってしまうため、少し時期を早めて九月の初旬に開催となっている。
なので、既に
……よく考えたら、なんで鎮守府でもなんでもないなりきり郷でもやってるんだろうね、秋刀魚漁。「怖いか人間よ!!己の非力を嘆くがいい!!」とかなんとか偉そうに声をあげる、やけに大きな秋刀魚が、漁場にボスみたいに鎮座してたし。*9
……よくわかんなかったし邪魔だったから、赤城さんと一緒に側面からぶん殴ってやったら、なんか消えちゃったけど。
いっしょに来てたハーミーズさんが、ちょっと引いてたのと。
あれだけ大きければ、さぞ食い出があったでしょうに……と、ちょっと残念そうにする赤城さんが対照的だったのは、よく覚えていたりする。
……当時は外の話とかまだ知らなかったからあれだけど、今改めて思い返してみると、あのデカい秋刀魚ってもしかして【顕象】……だったのかな?
だとすると、まーた報告してないことが増えた、ってことになりそう。殴ってノックダウンさせたあと、なんかキラキラしながら消えてったし。
……うん、私はなにも思い出さなかった、よし!
そんでもって他のイベント……キノコ狩りとか紅葉狩りは──うん、これも九月のイベントだし、普通にやってる。幾分小規模ではあるけれども。
山を登っている最中、どこからともなく「ありゃあ世にも珍しい闘虫禍草だぜぇ!」という、シャナを舌足らずにしたような声が聞こえたため、確認もせずに『
……詳しく確認してなかったけど、これも【顕象】だったりしたのだろうか?
だとしたら、色んなところにぽんぽん出てきすぎじゃないの、【顕象】。一応なりきり郷の中での話ばっかり、だけどさぁ?
まぁ、そのあたりは一先ず置いといて。
あとの行事と言うと……、大本の作品──私達のなりきり対象である原作群。それらに感謝するという意味での、いわゆる地鎮祭みたいなものが、これまた九月の行事に存在していたりする。
皆で大騒ぎする十月の前に、大本の作品達に御伺いを立てるという形式で行われるもののため、九月の行事に区分されるわけだが、それゆえにかなり静かで厳かな祭となっている。
ゆかりんが真面目に道士服に着替えて進行役をするのも、この時くらいだったりするそうな。
ともあれ、小規模・もしくは静かに行われるものがほとんどであるとはいえ、意外と九月の行事というものも少なくないんだな、とちょっと驚く私。
けれど……うーむ?なにか抜けているような感じがする。なので、ちょっと思考の向きを変えてみることにした。
九月と十月・それから十一月までが、一般的には秋とされる時期にあたる。
旧暦で数えると七月から九月までのことだったり、年度で数えると十月から十二月までが秋だったりと、意外と前後するものでもあるが、基本的には九月から十一月までが秋……とするのが普通の感覚だろう。
それと、秋にしたいこと・するべきこと。
一般的に秋と言えば、夏を越えて暑さから解放され、一日が過ごしやすくなり。
実りを迎えた様々な食材に舌鼓を打ったり、穏やかな時間の中でゆっくりと読み物を楽しんだり、はたまた思いっきり体を動かしてみたりと、色んな楽しみ方をする季節だと言えるだろう。
これらを一つ一つ、当てはめてみる。
食欲の秋。──秋刀魚漁にキノコ狩りなどが該当する。
読書の秋。──ちょっと変則的だけど、地鎮祭が該当。
そして最後の──運動の秋。……あ。
「……あー、もしかして?」
考え方を変えてみたことで、
視線の先のゆかりんは、満足げに頷いて。
手に持っていた資料──正確にはチラシを、裏返して私に見せてくる。そこに書かれていたのは、
「『総合運動競技会開催のお知らせ』……あー、つまり……」
「そう、運動会のお知らせよ!郷の中なら冬で寒いってこともないし、年度的に考えれば十二月はまだ秋だし!そもそも本来運動会開きたい時期の、九から十一月までの間は、予定が詰め詰めで動かしようがないし!」
「あー?その結果として、本来九月あたりにしたい行事が、十二月まで押し出されてるってこと?」
私の言葉に、
「
……と声を返してくるゆかりん。
なるほどなぁ、と頷きながら、改めて彼女の掲げているチラシを眺めてみる。
ふむふむ。書いてあることは、特に突飛なものもない。
このなりきり郷の一画には、血の気盛んな荒くれもの(当社比)が集まっているのだが、彼らが喜ぶような殴り愛みたいなものは、予定されているプログラムの中には存在しない。
彼らが嬉々として飛び出してくるような、いわゆる隠れ蓑的な行事だったらどうしようかと思っていたのだが、どうやらその心配は必要ないようだ。
……ないんだけども。
「……この、『ヒト娘ワイルドダービー』ってなにさ?」
「ああ、それ?毎年公募してサブタイトル的なものを決めるんだけど、今年は
「……安直すぎやしない?」
「パロなんてそんなもんでしょ?」
さらっと暴言めいた言葉を吐くゆかりんに苦笑し、改めてチラシを見る。
……おいこら待て。なんかおかしな文字が書いてあるぞ?
首を傾げるゆかりんに、チラシの下の方を指差して答えとする。……なんでか知らないけれど、マシュやシャナと一緒に私も参加する、みたいなことが書かれているのである。
「んー?……あー、身体能力トップ組と競いあいたい、みたいな陳情が来てたような、来てないような……?」
「いや、せめて話くらい回してくれない?別に用事もなかったからいいけどさ?」
報連相は大事なんだよ?と頭を掻くゆかりんに軽く説教しつつ、今回もまた巻き込まれか、と小さくため息を吐く私なのであった。