なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……ああなるほど、道理でそんなにやつれてるってわけね……」
「あははは」
こっちとしては一日どころか三時間も経ってないんだけど、と呟くゆかりんに、みんなを代表して空笑いを投げておく私である。
……結局、作業は一月ほど続いた。
いやまぁ、実際に一ヶ月経過したというわけではなく、仕事量的にそれくらいのエネルギーを使った、というのが正解だが。
無論、その間みんな誰も寝ていなかったため、現在ゆかりんルームでは死屍累々の有り様となっていた。
私もちょっと気を抜いたら三途の川の向こうでマシュが手招きしてたので大分ヤバい()
まぁ、その甲斐あって必要な薬は全て用意できたのだが。
スキマ空間にしまい込まれたその薬品達は、然るべき時にその用をなすことだろう。
「そういうわけなので、暫く休んだらいい加減次のところの見学に行こうと思います」
「……あ、そういえばそういう話だったわね」
ええ、そういう話なのです()
なんかもう、個人的な感覚としては「見学?ああ、そういえば一月前になんかそんなこと言ってたねあはは」みたいなノリでしかないのだが。
生憎、それに託つけて隔離塔の様子を見に行く予定だったことも思い出してしまったため、やらないわけにもいかないのである。
例え、あの二人がすっかりこっちのやり方に慣れていたとしても、だ。
「大変ねぇ」
「大変だねぇ」
どこか他人事のようなやり取りを交えたのち、私は死んでいるみんなを起こし、ゆかりんルームを後にしたのであった。
……休息を取るために寝ながら歩いていい?ダメ?そんなー。
はてさて、戻って参りました地下千階。
帰り道が一緒なので同行していただけの琥珀さん達とは彼女の研究室の前で別れ、代わりに向かうのはブラックジャック先生の診療所。
「なんてったって、こっちがその話を聞いてから三時間も経ってないはずだからね!()」
「欺瞞だな。こちらの時間は遥かに流れたというのに」
「一月分歳を取ってしまいましたねぇ」
「まぁ
「ははははは!」
「あはははは!」
「うふふふふ!……もしかして、喧嘩売ってらっしゃいます?」
「そんなつもりはなかったんやゆるして」
……うん、なにコントやってんだろうね私ら?
まぁともかく、準備のためにまだ診療所にいるはずのブラックジャック先生を探して室内に入った私たちだけど。
「あれ?居ない……」
「もう出てしまったあと、ということではなく?」
「いや……だったら鞄をこんなところに置いとかないでしょ」
「む、確かに」
家の中を暫く探し続けてみたものの、彼の姿は何処にも見当たらない。
じゃあもう出てしまったのでは?……となるのが普通だが、それにしては奇妙なことが多すぎる。
まず、彼の机の上には彼の鞄が口は閉じた状態で置かれていた。
次に、飲み終わったのであろうコーヒーのカップが、水に浸けられた状態でシンクに放置してあった。
最後に、この室内は鍵が掛けられてなかった。
一つ目から順に考察すると、まず既に出掛けているのなら鞄がここにあることはおかしい。
流石に中を改めることはしないが、それでもその外見から中身が彼の仕事道具の収まったモノであることは容易に想像できるだろう。
二つ目、飲み終わったコーヒーのカップに関して。
これは単純に飲み終わったのを浸け置きしているだけ、という風にも解釈できるが……。
「几帳面なあの人が、その場で洗って片付けないなんてことあるかな?」
「わからんぞ?普段はあの小さな助手になんでも任せきり……というのも否定はできん」
「……それ、(いつかの夏の)ご自分のこと仰ってます?」*1
「は?……あいや待て、違う。違うぞ?」
イメージ的に、そういったものはすぐに片付けているような気がする……と述べれば、横合いからアンデルセン氏のツッコミが飛んできた。
実体験からの予想かな?と返せば、途端に慌て出す辺りはなんとも。……こっちのキアラさんと会わせたらどうなるんだろうな、この人。
とはいえ、確かにピノコにそこら辺任せてるってのと、古い時代の作品であるためそういう家事の類いは進んでやらない、みたいなキャラである可能性はなくもないか、と予想を修正するも……。
それでもやっぱり、今現在の彼の様子からすると洗ってる方が正解っぽい、というのは曲がらないだろう。
「だってあの人、あんまり再現度高くないですからね」
「言われてみれば……そうですね。二人称が違ったり、はたまた語尾が特徴的じゃなかったりしますし」
「おや、ブラックジャックにそんな設定が?」
不思議そうに首を傾げるジェイドさんに、そうなんですよと返すはるかさんである。
……そう、ブラックジャックという人物は、意外と癖のある存在なのだ。
例えば二人称。君や貴方などではなく『おまえさん』という呼称を多用し、それを本人も認めるくらいであること。
また、語尾には『ですぜ』と付けることも多い。それが、ブラックジャックという人物の言語面での特徴だが。
「ここのブラックジャックに一番近いのは……うん、多分エルメロイⅡ世になるのかな?理知的な成人男性をエミュレートすると大抵あの口調になる、ってだけの話だろうけど」
雑に纏めてしまうと、『法外な謝礼金によって動く凄腕の闇医者』という設定だけを読み、そのままなりきりを始めてしまったような……みたいな?
まぁ、あくまでも『口癖として使われる頻度が高い』だけとも言えるため、その辺を考慮して喋ってた可能性もなくはないが。
……え?本人が『ブラックジャックのなりそこない』を自称してた?そんな古い話をよく覚えてるね君?
「まぁともかく。このカップが意味することは一つ、彼は急いでここを出たわけじゃないってこと」
「その心は?」
「鞄にしろカップにしろ扉にしろ、すぐに戻ってくるつもりで出掛けたって痕跡だってこと」
その辺の話は一先ず置いとくとして。
今現在手に入っている情報を総括すると、浮かび上がってくるのは『先生はちょっとした用事で外に出ただけ』という予想である。
言い換えると、たまたま彼が不在のタイミングで私たちが押し掛けてしまっただけで、そのうち彼が戻ってくる可能性が高いということ。
特に、大事な商売道具である鞄を忘れてどこかに行く、なんてことはあり得ない。
「なので、今私たちがするべきことはゆっくり彼の帰宅を待つこと……って言ったのが何分前だっけ?」
「分と来たか。敢えて述べてやるとすれば、おおよそ百八十分だな」
「三時間んんんん!!」
……という、予想は間違ってないはずなんだけど。
現実はこの通り、なんとまぁ三時間待ってみたものの彼が戻ってくる様子はない。
実はこの鞄は本当に忘れていった・もしくは見た目から商売道具だと思ってただけで無関係な鞄なので置いていった……。
みたいなパターンもあるということで、隔離塔のスカジ(里帰り?中)に聞いてみたんだけど。
「え、ハザマ?こっちには来てないけど?」
いやまぁ、ここって案外広いから、私が遭遇してないってだけの可能性もあるけど……などと言っていたのだった。
……確かに隔離塔内は意外と広く、また彼女が立ち入ることのできないフロアも存在するため、より広い範囲に行動許可を持っている先生とは鉢合わせることがない……という可能性もなくはないだろう。
「……ないかもだけど、限りなく低いよねそれって」
「まぁね。そもそもあの人が来たのなら、塔内法則でお知らせされるもの」
なくはないってだけで、可能性としては限りなく低い……みたいなオチも付いたわけだが。
いやだって、ねぇ?
隔離塔内を自由に動くことのできる人物、なんてのは限られている。
彼以外だとあとはトキさんが当てはまるかなーってくらいで、基本的に入れても面会室までというのがほとんどなのだ。
なので必然的に、彼らがやって来るのは定期検診の時だけ、ということになる。
そうなれば順次診察を受けることになるわけで、それを円滑に進めるためにも彼らの来訪は速やかに患者達に報せられる必要があるわけで。
……うん、仮に鉢合わせなくても『塔内に居るか否か』くらいは察せられて当然、みたいな話になるのも仕方のないことだろう。
そういう意味でも、スカジからの『見てない』はほぼ居ないというのと同義なのである。
「……ふーむ、となると考えられるのは二つ。ちょっとした外出の際に拐われたか、ちょっとした外出の際に神隠しに巻き込まれたか、かな?」
「……その二つは同じじゃあないのか?」
「違いますよー!」
「これだから作家はダメだ!」
「いや待て何故そこまで言われねばならん」
「そういうネタですので……」
「えっ」
こち亀ネタだからね、仕方ないね。
……こち亀も終わってから大分経つし、知らんって人も多そう()*2
それはともかく。
少なくともここなりきり郷において、誘拐と神隠しは明確に別物である。何故かって?それはねー。
「忽然と消えたのなら、その行き先はまず間違いなくハルケギニアだからだよ!」
「は?」
誘拐が人為的なものなら、神隠しは自然現象的なもの。
具体的には、ハルケギニア行きのゲートに巻き込まれたのだろう、ということになるからなのであった。
……え?アンデルセン氏が宇宙猫になってる?(色々と)仕方ないね。