なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
エンジンを唸らせ、開始の合図を待つ私達。
……魔法で補強というか補正というか、そういうものが付与されているこのカートは、ゲームによくあるようなロケットスタートができる、らしい。
一応、現実でも『ラインロック』だの『ローンチコントロール』だの、ゲームでのロケットスタートのようなものを、真似できる技術というものがあるのだが。*1
……ことこのカートに至っては、まさしく『タイミングよくボタンを押す』程度の労力で、華麗なロケットスタートをキめることができる、らしい。
……さっきから仮定ばっかり、ですって?
私だってこのカートに乗るのは初めてなんだから、仕方ないでしょうが。
とにかく。
操作に関しては魔法によってかなり簡略化されているこのカートを、全うなカートと呼ぶのは憚られるので『マジックカート』と呼称する……ということを前置いて。
『マジックカート』に乗る分には、問われるのはドライビングテクニックではない。
問われるのは『
いやね?
シートに座ってみて気付いたのだけれど、この『マジックカート』、どうにも操縦系に魔力の流れ道が意図的に設けられているっぽいのよね。
なのでそもそもの操縦面が、魔法による
……具体的に言うと、魔力持ちが乗ると通常状態の魔法による簡単操作・
うん、つまりは『魔力持ち』の見分けをすることができるんだよね、これ。
レコード叩き出すような人は、ほぼ間違いなく魔力持ちだし、場合によっては優れた『魔法使い』になれる素養を持っていることが、このカートに乗るだけで判明してしまうわけだ。
……悪用すると、わりと凄いことになりそうって思う私の気持ち、ちょっとはわかって貰えただろうか?
まぁ、唯一問題点……いや逆か。
向こうからすれば誤算?とでも言うべき点があるとすれば。……単純に一般層がここまで来ることはほとんどない、ということだろうけど。
ちょっと思い返して貰えればわかると思うのだけれど。……ここ、地下なんですよ。
原則的になりきり郷に居るのは『なりきり組』か、国のお偉いさん方の家族くらいのもの。……対象とすべき後者の人々は、危険な場所の多い地下五十階より下には、降りてこれない規約になっている。
肝心要の『ヘンダーランド』がどこにあるのかと言えば、地下124階。……うん、なりきり組しか遊びに来れないですね。
なのでまぁ、元が悪役なので色々仕込んでしまうけど、特に他意はない……みたいな感じなのだろう、多分。
これがもっと一般人がやってくる場所でのことであれば、原作のトラウマ展開再来とかになりかねなかったので、変に問題にならなくて良かった……みたいな気分の私である。*2
……知らない仲でもなし、『くらえ!』とかしなくて済むのは気分的にありがたい、ということだ。*3
……え?そもそもそんな不安の種を放置するな?
私魔王なので……、別に正義の味方ではないので……。
ほら、事前対処とかしない魔王様って、結構多いでしょ?
よーするに先代のお歴々に肖ってるのよ、決してめんどくさいからとかそーいう理由ではないから。
……マシュ、『目が泳いでますが、どうされましたかせんぱい?』……とかみたいに心配しなくていいです。単なる自業自得なので放っておいてください……。
閑話休題。
『マジックカート』の製造目的がどうなのかは、とりあえず無視をして。
要するにこの車は『魔力持ち』だと速くなる、というわけである。つまり……。
「っ!やっぱりアルトリアが速い!」
「なんと、アルトリアは大逃げ型か」*4
驚異的なジェットスタートをキめたのは、予想通りアルトリア。
……そりゃそうだ、元々が『魔法使い』であるアンリエッタな上に、『竜の炉心』を持ち合わせるアルトリアの要素がこれでもかと投入されているのだ、表に出さないだけで、その潜在能力自体は破格の一言だろう。
更にこのカートの特性により、魔力操作が上手ければ自動的に運転も上手くなるため、カートに初めて乗った彼女であっても、ああしてプロのレースドライバー顔負けのハンドル捌きを見せ付けているわけで。
……結果として、まさに大逃げと呼ぶしかないレベルの好スタートを切ったわけである。
……無論、そんな走り方をされれば、闘争本能を刺激されるのが一名居るわけで。
「ふ、ふふ。いいだろう、トレーナー!私はまず、貴方に勝って見せよう!」
「うおわっ!?」
隣を走っていたオグリが、獰猛な笑みを浮かべてアクセルを踏み込む。……車体がわずかに発光したかと思えば、オグリもまた雷光の如き速度で、前へと走り抜けていった。
……『王の馬』のステータス倍化、
はてさて、中は一体どうなっていることやら?
コース内に設けられたトンネルは四ヶ所、それら全てが空間拡張技術によって外観以上のスペースを誇るサブコースである。
内容はそれぞれ、『
……桜並木では『さくら』って名前の人達が複数いた気がするし*5、海岸でビーチバレーしてるのもなんか普段は『
……うん、うん。
これあれだな、景色に気を取られてクラッシュする人、多分一定数いるよ。なんなの、エキストラかなんかなの?
ともあれ、景色を気にしているのは、今回目立たないように息を潜めている私と他数名。
トップをひた走る二人は、そんな周囲のことは一切目に入っていないようで……。
「──楽しい!楽しいですねオグリさん!速く走るのって、こんなに楽しかったんだ!」
「ああ、走るのはとても楽しい。自分の足だったらもっと楽しいだろうが……こうして乗り物で風を感じるのも、悪くない!」
それはそれとして、負けないぞ──とは口に出していないが、意気込みは伝わったらしくアルトリアが──リリィらしからぬ不敵な笑みを浮かべて。
「ええ、真剣勝負に遠慮は無用!そんなことをするようでしたら、この場で切り捨てる覚悟でした!」
「なるほど、最初からそんなつもりはなかったが──ますます負けられないな!」
「望むところ!」
二人の乗るカートは、更に速度をあげていく。
……うん、単純に走ることに夢中になりすぎて、周囲のアイテムボックスとかダッシュパネルとか、全部無視されてしまっている。……一応妨害ありなのだから、使えばいいはずなのだけれど。
……勝負に小細工は無用、みたいなアレなのだろうか?
まぁ、アイテムボックスから出てきたサンダーを持て余してる私が言うことでもないのだけれど。……いや、邪魔したら悪いじゃん?広域妨害だし、これ。*9
なお、アイテム以外の追加要素、能力の使用に関しては、私は自主的に縛っている。……なんでもできるからなにしてもいい、だなんてことはしませんよ、ええ。
代わりに、マシュがわりと酷い。
甲羅とかミサイルとか、そういう他者からの妨害行為を、全部盾で防いでしまうのである。……多分サンダーとかしても無意味だろうね、あれは。
なお、防ぐだけじゃなくてシールドバッシュによる妨害もできたりする。……食らってるのは専らアンナさんなのだが。
「なんで私ばっかりにー、デス!?」
「ご自分の胸に聞いてみては如何でしょうか!!」
「ええー?勝負は非情にして無情、大人気なく勝ちに行っただけデスのにー」
「『トゲゾーこうら』を『増殖』で増やすとかやろうとしてたんだから、そりゃ邪魔もされるでしょうに……」*10
……うん。
あの人最初からあんな感じなので、実質的に妨害無効なマシュに張り付いて貰っているのである。
目を離すと『アカこうら』に『鎖付きブーメラン』付けようとしたり、『バナナの皮』に『万能地雷グレイモヤ』を隠そうとしたり、次から次へと外道行為に及ぼうとするんですもの。*11
流石、初出のゲームでプレイヤーには使えない実質専用カードをデッキに入れて、滅茶苦茶無双してただけはあるというか……。*12
ともあれ、今回の目的がトップ二人に仲良くなって貰うことである以上、その邪魔をしようとするのであれば、こちらも
「そんなもん知らねーデスよ!生ぬるい友情ごっことかクソ食らえデスッ!!──
「っ!?一つだけ使っていたのは、この時のため?!」
などと思っていたら、最下位になってしまったアンナさんが自身の手札からカードを発動していた。……アイテムがコストになるのズルくない?
発動されたカードは『魔法再生』。
……アイテムは能動的に捨てられないので、墓地にカードを送るこちらを採用した、ということだろうか?*14
ともあれ、キノコ二つが別の魔法カード──アイテムに変わるというのは明白。
そして、彼女の今の順位は……。
「マリ◯カートには、順位が下位の時にのみ
「なにっ!?」
「無は無限となり、無限の光から生まれる究極の機械神!──すなわち、キラーを手札に加えて発動!ふはははー!アンナさん無敵モードデース!!」
「あ、汚い!」
「勝負に汚ねーもなにもねーんデスよ!勝てばいいんデス勝てば!」
……はっ!?
流れるように回収して使用されたせいで、止める間もなかったぜ!……ナチュラルに
無敵モードの名前は比喩でもなんでもなく、キラーの発動中は他者からの妨害は無効化される。……強力な分、入手条件や解除タイミングが厳密に決まっているのが、カートにおけるキラーの特徴なのだけれど……。
「無論、対処済みデス!!私はキラーの発動時に、手札を全て捨てて『連続魔法』を発動していた!デス!」*16
「出たよ『していた』!!」*17
最下位から先頭まで華麗に進むその手際のよさは、まさに彼女の勝利への貪欲さを示すものと言えるだろう。
こっちとしては凄まじくはた迷惑なんだけどね!!
あのおバカにはお灸を据えねばならんな、と能力使用を解禁しようとした私だけど。……おー、おー?
「ば、バカな……キラーが、離されるっ……デスッ!!?」
その背を捉えたはずのキラーは、じりじりとその距離を離されていく。
邪魔物もいない、純粋な速度勝負。──その舞台に、お前は立っていないのだと言わんばかりに、彼我の距離は離れていく。
……わー、後ろなんか一切気にしてないぞあの二人。今のあの二人は、お互いしか目に入っていないのだ。
……ちょっと目を離した隙に、親密になりすぎじゃないあの二人?あまーい感じじゃなくて、バチバチのライバル関係って感じの方が近そうだけど。
っていうか、ライバルってことは対等、配下じゃなくなってるってことだから、『王の馬』は無効になってるんじゃ?……あ、ランスロパターンだこれ……。
鑑定やらなにやらで、遠目から現状を確認する私。
……なんか、当初の予定からはずれたけども。
「……まぁ、仲良くなったんならいいか」
「よくねーデス!!こっちを見やがれデスゥーッ!!デスゥーッ!デスゥーッ……」
突き放されて勝手にクラッシュしたアンナさんを追い抜きながら、私達は良かった良かったと安堵の息を吐くのでしたとさ。