なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「と、言うわけで。本日はゆかりんを連れて、ちょっとした小旅行となったわけなのですが……」
『なりきり郷・朝まではしごの旅、というわけですね、せんぱい?』
「……うん、どっかから怒られそうなタイトル付けるのは止めようか」
『では『なりきりどうでしょう?』とかはいかがですか?』
「いや、だからね?」
『むぅ、せんぱいはわがままさんですね?ではこうしましょう……『憑依体験!なりきりーバボー』!』
「だからバラエティ番組から名前取るのやめーや!!」*1
……はい、そんなわけで朝と言い張るにはちと遅く、昼と言うには早すぎる……まさしくブランチな感じのお時間、本日は予定を変更して現場よりお送りいたします。……語り出しが報道っぽい時点で、これも王様のあれやろって?知らんな(震え声)*2
ともあれ、未だにぬぼーっとした表情のゆかりんを連れて、街を練り歩く……というのも、中々に大変だというか。
仮でもなんでもなく、ゆかりんってば普通になりきり郷の代表者だからね。なので、そんな人が街を歩いているとなると……。
「おー、賢者様じゃ、賢者様の御光臨じゃ、ありがたやありがたや……」
「これで今年も安泰ですじゃ、ありがたやありがたや……」
「……え、なに今の。ゆかりんのこと、めっちゃ拝んでたんだけど」
『あれは『村とか町とかに居る、昔話とか神話とかに詳しいおじいちゃん』のなりきりの方、ですね』
「なにその細かすぎて伝わらなさそうななりきり、っていうかオリジナルじゃないのそれ?」*3
『どれが原作か?……みたいなのがこれまた微妙に違うらしくって、一応版権ものに区分されるみたいですよ?たまーに似たような素性の方達で集まって、秘密の会合も行っているんだとか』
「ええ……?なりきり郷が幾ら全てを受け入れるって言っても、限度がありゃしないかねそれは……?」
現人神にでも出会ったかのように、感激して両手を合わせ、眠そうに歩くゆかりんを拝む老人が幾人か。
……あの、目の前で拝んでる相手、うつらうつらしてるけど構わないので?……っていうかBBちゃん、微妙に聞き流し辛い情報投げてくるのやめない?
「八雲さん!新しく決まったルールについて詳しくお話をー!」
「そんなことはどうでもいいのよ!八雲さん、熱愛報道についてご意見を!」
「いいやここは新しく建築予定の新設棟についての詳細を……!」
「うがあああっ!!!なんでこんなところにも
『彼らもなりきりですねー。よく居ますよね、廃棄物扱いされるような報道関係者』
「自由すぎかっ!!?」
唐突に現れたレポーターらしき人々に行く手を塞がれ、仕方ないので全員郷の内部に転移させてばらけさせたり。
……一応念のために言っとくけど、安全な場所に転移させたわよ?
「も、モブなりきり多くね!?」
『煌めく一等星ばかりがなりきりの花、というわけでも有りませんですからね。やりたいように・したいように・なりたいものを選ぶというのが、なりきりにとっての最低原則です☆』
「それにしたって、これはちょっとどうかと思うよぉっ!?」
次から次へと変なモブ達に捕まるものだから、慌てて近くの建物の中に避難した私達である。
……モブとは言ったものの、一応それぞれ原作があって、それなりに目立っていたモブらしい……というのが頭が痛い話だ。
脇役に有名声優が使われていることもたまにあるし、名が売れる前の声優が脇役をやっていることもある。*4
そういうものになりきってみよう、みたいな奇特な考えをする人間がいる……というのは言葉では理解できるが、頭では理解しきれない感が強いというかなんというか。
とにかく、この調子で歩いていたら、一歩進む度に無駄に声の良いモブ達に捕まり続けること請け合いである。
ほとぼりが冷めるまで、ここで休ませて貰おう……と、一息吐いたことで、ようやく自分達が逃げ込んだ場所について考える余裕が生まれたわけで。
「……えーっと、洋食屋?」
「その通りだ、
「……BBちゃん、空間転移用意」
『無理でーす☆縛りとかなんとかで影響範囲が狭い代わりに、本来の
「うへぇ……」
内装は、分かりやすいくらいの洋食屋。
扉をくぐった時に鈴──ドアベルが鳴っていたような気がするし、わりとオーソドックスな店、なのだと言えるだろう。
背後から聞こえてくる声は柔らかい。……柔らかいのだが、どうにも喋り方が傲岸不遜な気がしてならない。
広いなりきり郷、そして数ある創作物の中において、
……ええ、今は選べない──端的に言って無理な対処法しか提示されないあたり、どれだけ範囲と縛りを付けて
……ともあれ、この状況において頼れるのは己のみ。
横のゆかりんは相変わらずポケポケだし、BBちゃんはサイバー的な対処ができない以上は頼りにできないし。
仕方ないので意を決して、背後にバッと振り返ってみれば。
「ようこそ、我が厨房・『宿儺'sキッチン』もとい『
「宿儺、お前は言葉が強すぎるぞ。客に対してにしろ友に対してにしろ、もうちょっと優しくしないと。ほら、俺みたいにな」
「ぐわあああーーーーッ!!?」
『せ、せんぱいが血を吐いた!……はい、胃潰瘍とかですね。素直にお休みくださいね、せんぱい?』
「……えっ?あ、宿儺くんっ!?」
──ピンポイントで一番来たくない店じゃねぇか!!
「ここだけの話、この街が私を謀殺しようとしているんじゃないか、って思う時があるんだ」
『せんぱいは些細なことでも気に病みますからねぇ。ファイト☆』
「他人事過ぎる……」
なし崩し的にテーブル席まで通され、注文まで聞かれてしまったために今さら抜け出すこともできず。……いやそもそも客として店に入ると飯を食べ終わるまで外に出れない、みたいな縛りが付いてるらしいので出ようにも出られないのだけども。
ともあれ、恐怖の『宿儺'sキッチン』にまんまと踏み込んでしまった私達である。……猫うんたらかんたらは、また別の作品では?
そんなツッコミは、中の人が一緒だから、の一言でにべもなく片付けられてしまうのであった。
……いや、確かに一緒だけどもさ。そんなことを言うのなら、他の同一ボイス料理人である、某錬鉄の英雄も混じってないとおかしくないか、ってなるというかだね?
「ふっ、安心したまえ。別にそれによってなにか変わるわけでもないが、
「うわぁ爽やかボイスだこわっ!!」
「……君、それは流石に『うざっ』と言われても仕方ないのではないかね?」*6
にこやかな──それこそキャンプに行っていた
いやね、考えてみて欲しいのだけれども。
私の目の前にいるのは、少なくとも容姿に関しては、作中にて彼が全盛期だったと思しき姿……即ち四腕四瞳持つ怪人、まさに両面宿儺と呼ばれるに相応しい状態なわけで。*7
そんなラスボス以外の何者でもない見た目から、こちらを慮るような言葉が飛んできたとしたら。
まず始めにすることと言えば、己の正気を疑うことでしょう。
なので私はなにも間違えていない。即ち『私は悪くない』。*8
「……それもそれで、大概悪役の台詞だと思うのだがな」
「あ、戻った」
「戯け、俺が
「あー、大体いつもの宿儺君って感じで安心する~」
「……仮にも呪いの王を元にした人物相手に『安心した』などと言う者は、この世広しと言えどお前くらいだろうよ、虚無の姫」
ふぅ、とため息を吐く宿儺君。
……ため息とか吐くくらいなら目の前の雑事をそのまま踏み潰す、みたいな感じなのが本来の宿儺だと思っているので、これもこれで違和感が強いが。
まぁ、優しげな雰囲気出されるよりは遥かにマシ、というやつである。
BBちゃんが絶句してる気がするけど、スルーだスルー。
ともあれ、ご飯を食べなくば出られま10……違った出られませんとのことなので、さっくりとお昼を頼んで早々に立ち去るとしよう。*9
……今は自分の店に戻ってるけど、うかうかしているとまた波旬君が戻って来かねないし。
あと、横のゆかりんが何故か
「え、あ、ち、違うのよっ!結構有名だけど、来る機会というか勇気がなかったから、こうして店に入った以上はしっかりと楽しみたいだけって言うか!」
「……ほぅ、境界の姫にそこまで言われては、こちらも昂る他ないな。待っていろ、最高の一品を持ってきてやる」
「え、ひひひ姫っ!??」
「……えー、もしかしてこっちの宿儺君、夢主系のノリも持ち合わせてたり?」*11
「ばばばばば誰が個人サイト経営してそう、よ!!」
「いやそこまで言ってないっていうか、自爆してるというか」
私からの呆れたような視線に、傷付いたような驚いたような表情を見せるゆかりん。……どこのゲダツ様だ、どこの。*12
しかしまぁ、なんというか。……大本の本人が見たら切れそうだなぁ、ここの宿儺君。
原作の彼って、女子供を鏖殺するの大好き……みたいな普通に危険人物だったわけだし。
それがまぁ、なんと歯の浮くような台詞を述べるものか。……さっきとは違う意味で、心臓に悪いわ。
まぁ、波旬君しかり宿儺君しかり、そういう危険のない人物像に変化しているというのは、なりきり郷の平和を思う上ではとてもありがたいことなのだけれども。
……みたいなことをつらつらと思い浮かべている内に、四本の腕で器用に調理を進めていた宿儺君が、料理の乗った皿を一枚持ってこちらに帰ってくる。
彼がゆかりんの前に置いた皿には、日本人が大好きなあの洋食──カレーライスが盛り付けられていた。
「様々な具材の坩堝、甘味と辛みの融合、和と洋の折衷……カレーライスほどに混沌とした料理を、俺は知らん。故に、俺が一番と認めるモノはカレーとなる。……奴と同じ結論と言うのは、いささか癪だがな」
「なるほど、さっきの波旬君は料理の切磋琢磨のために来てたんだね」
「……もう……喰ったさ。ハラァ……いっぱいだ」*13
『うわっ、八雲さんがいい笑顔を浮かべて昇天をっ!?』
「えっ、なんで!?」
なお、ゆかりんはカレーに口を付ける前に、何故か昇天していた。……いやなんでさ。