なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……えっと、なんでしょうか、あの生き物は?」
「んー……ここからじゃよくわかんないけど……というか、アルトリアちゃんはなにを感じ取って、ここまでソリを上昇させたの?」
「……えっ?あれっ?」
下を覗き込んだ二人の、なんとも微妙そうな様子に困惑するアルトリア。
それもそのはず、彼女の直感によれば、先の上昇は
……衝撃が襲ってくるどころか、そもそも敵対者の姿自体が見えないこの状況は、はっきり言って意味のわからない状態なのであった。
……というか、変な生き物とは?
そんな困惑を表情に漏らしながら、ソリより身を乗り出して下を見たアルトリアは。
「……なんですかアレ?」
と、先の二人とほとんど変わらないような、微妙な反応を示すのであった。
「と、言うわけで。上空から地上に降りて、件の謎生物を捕獲してみたわけなのですが……なんなのでしょうか、このどことなく可愛らしい生き物は?」
「……毛玉?」
「いや、それは見たままを答えているだけではないですか?」
ソリを動かし、地上に降り立った三人。
わらわらと地上を闊歩していたのは、体長四十センチ程の小さな物体。
生き物だと明言できないのは、それが端から見ると毛玉の塊のような、不思議なモノにしか見えないからだったりする。
敢えて見た目が近いものをあげるとするのなら……顔のない羊、みたいな感じだろうか?
そんな謎の物体を一つ抱き上げたマシュと、それに近寄って
そうしてしばらく眺めた後、紫はふむと頷いて姿勢を正し、顎に手をやって小さく唸り始めるのだった。
「んー……白い
「けうけげん?」*1
そうして呟かれた言葉にアルトリアが首を傾げ、すかさずマシュが解説を始めた。
そんな彼女に抱かれたままの謎の物体は、わちゃわちゃと四肢らしき場所を動かしている。……暴れているようにも、単にじっとしていられないだけのようにも見えた。
「妖怪の一種ですね。漢字としては一般的に『毛の羽、毛が現れる』と表記されますが、他にも
「実家?……ああ、毛玉*3のこと?……まぁ、正式な名前とかはないみたいだし、人格のない自然そのもの──精霊の一種って言われてるみたいだから、この子達と同じかと言われると、ちょっと疑問……」
そんなマシュの解説の最中、話を振られた紫が声を出している途中で、不自然に動きを止めた。
会話の内容は、『けうけげん』という妖怪について。
……特段動きを止める要素があるとは思えなかったアルトリアは、怪訝そうに彼女に声を掛ける。
「……?どうしましたかユカリ、なにか問題でも?」
「
「胡乱な答え?」
「なりきり郷はいつも胡乱では?」
「……マシュちゃんも大概お疲れみたいだけど、そこについてはまた後でね」
あ、いえ、これはそういうことではなくてですね?
……などと慌てふためくマシュを他所に、紫は自身の考察を語り始める。
そもそもの話、なりきり郷は場としては不安定である。
それが何故かと言われると、この場所がこの世ならざる者達を進んで招き入れているが為。
おかしなものはおかしなものに引き寄せられる、それ故にこの場所においては異常現象が多発する……というのは、最近明らかになったことであり、以前から住民達がなんとなく把握していた事実である。
その一因に、自分の言葉──『何でも受け入れる』というものが関わっている可能性を指摘されたりして、ちょっと寝込んだ事もあるけど、でも今はそんな事はどうでもいいんだ、重要なことじゃない。*4と、紫は咳払いをする。
──ここで重要なのは『異常は連鎖する』ということだ。
「と、言いますと?」
「一つ何かが起こり始めれば、そこから連鎖的に反応が伝播する。……元の現象そのままではなく、何かしらの変質を見せながら、ね」
言いながら、彼女はマシュの腕の内にいる毛玉の長い毛を、そっと掻き分けてみる。紫の予想が正しければ、そこにあるのは恐らく──。
はたして、その予想は正しかったと証明される。
長い毛を掻き分けたその先。顔にあたる部分にあったのは……。
「ゆるされよ ゆるされよ つぼのつみを ゆるされよ」*5
そんな言葉を『(´^`)』みたいな表情で小さく呟く、謎生物の顔なのであった。……あ、眼鏡付きです。*6
「……????」
あ、一応生き物だったんだ?みたいな感情と。
え、なにこれは?……みたいな感情の混じりあった、不可思議な表情を──人によっては左右非対称の奇妙な表情*7と表現しそうな──したアルトリアは、説明を求めるように紫に視線を向けた。
……のだが、当の紫はと言えば「あー、やっぱり……」と片手で顔を覆い、頭痛を堪えるように眉根を寄せるばかりで、彼女の視線に気付く様子はない。
困ったアルトリアが視線を彷徨わせれば、ここにいるもう一人の人物──マシュが視線をほんの少し下に向けて考え込む姿が見えた。
こちらは目敏く?アルトリアからの視線に気付き、視線を上にあげた。
「つまりこれは……
「キーアちゃんも言ってたけど、見立てられるのなら派生する、変化する……そう考えるのなら、
顔を上げたマシュが呟いた言葉に、顔を覆いながらも反応する紫。
確かなことは一つ、そう述べる彼女に「では、その確かなこととは?」とアルトリアが問い掛け、紫は疲れを感じさせる表情で、ぽつりとぼやいた。
「……
そんな紫の言葉に、他二人の視線が集中する。
……意味合い的には、『マジで言ってらっしゃる?』という感じだろうか?無論、そんな視線を向けられた紫は、若干やけっぱちな様子である。
「仕方ないでしょー!?だってなんかヤバいことになってるのは確かだもの!」
「ヤバいこと?……このビワハヤヒデさん?が、いっぱい居ることでしょうか?」
「違うわよっ!というか気付きなさいよマシュちゃん!今それを感じてなきゃいけないのは、貴方なんだから!」
「は、はい?私が?」
効果音が付くとすれば『むきーっ!』と言った状態の紫に、困惑の表情を返すマシュは。
──そこで漸く、自身の頭が重いことに気が付く。
正確には、左右に首を動かすと違和感がある、というか。
一体何事か、そんな困惑を更に重ねた彼女は、視界の端に入る自身の
「あ、あれ?!髪が、
「え?そんなバカな……マシュ!?」
「え、わわっ!?」
ショートカットだったのが、ほんのり伸びている。
そんな異常にようやく気付いた彼女が慌てる中、その言葉に反応を示したアルトリアが、突然鋭い声を上げる。
それに気を取られた彼女は、突然腕の内で暴れだした謎の生物──
すたっ、と見かけに依らず華麗な着地を見せたたぬきは、「ゆるされよ ゆるされよ」と呟きながら、暗い路地の向こうに消えていった。……意外と素早い動きであった。
なお、ビワハヤヒデ?が路地に消える頃には、マシュの髪はすっかり伸びてしまっていた。まさかのロングマシュ、爆誕である。
「……髪の毛だけ伸びてる原理とか、まったくわからないけど。アレを放置するのは危険だわ!」
「……思わず警戒を促してしまいましたが、毛が伸びるだけだというのなら、それほど脅威ではないのでは?」
「甘いわよアルトリアちゃん、チョコラテのように甘いわっ」*9
「ちょ、チョコラテ?」
深刻そうな表情で、暗い路地の向こうを見詰める紫と、口調がすっかり普通の
……その割に、現状が危険なモノに思えないという油断からか、ちょっと抜けてる感じがするのはご愛敬。
ともあれ、そんな周囲に緊張するように促すのも管理者の役目、とばかりに紫は声を上げる。
周りの二人が今一警戒しきれて居ないのを見て、紫は強く主張した。
「意外と素早いみたいだから、早々捕まったりはしないでしょうけど。……もし他の人に捕まってご覧なさい、あの子達の力はすぐに広まるわ。広まって広まって──争奪戦になる。血みどろの争いが始まるわ、きっと」
「は、はい?争奪戦?」
ピンと来ていないアルトリアが、困惑の声を上げる。
だがここにいるもう一人……マシュの方は、事態の深刻さに気付き、震えながら声を絞り出した。
「か、
「その通りよマシュちゃん!これは緊急事態よ、正に『髪の厄災』なのよっ!!」
「……えっと、一体私はどういった反応をすればよいのでしょうか?」
「四十秒でソリに戻るわよ、二人共っ!!」*10
「yes,ma'am!」
「え、ええー……」
一人だけ空気の変化に付いていけていないアルトリア。
そんな彼女を尻目に、二人は今宵のクリスマスは酷いことになるぞ、と確信を持って頷き合うのであった。
BIWAHAYAHIDE