なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
地下千階。*1
下の下、誰もが見逃す底の底。
罪人でも無いのにそこに繋がれているのは、己を見失った哀れな子供達。
……なーんてことを嘯きつつ、ゆかりんの背をマシュと共に追う。
地下空間にあって太陽を抱く空を擁するこの場所*2は、明るい筈なのにも関わらず、どうにも暗さを抑えきれていないような気がする。……気分の問題なんだろうな、というのはなんとなく分かるが。
「ごめんなさいね?私のスキマでパッと行ければ良かったんだけど、この辺りはそういうの使っちゃダメって事になってるから」
「い、いえ。この場所が重要な場所だと言うのは、肌で感じ取れます。無用な混乱は避けるべき、というのは間違いでは無いかと」
「だからって歩きというか、まさかの移動床……
背を追うと言いつつ、ずっと同じ背を眺め続けてるだけなのはどう言うことなのか、と思わなくもないような、自然の中を突き抜けていく動く床は、なんというか若干ギャグ染みていると言うか。
なんとも言えない気分を抱えつつ、私達は一路凍結塔へと向かっている。
「なんだったら帰る時にでも隔離塔の方も寄ってみる?」
「いやー、物見遊山*4で向かうような場所でもないでしょ?流石に自重するよ」
「そう?まぁいいけど。おっと、ここで隣のレーンに乗り換えてね」
「歩道の乗り換えとは……?」
複数の場所に向かうための移動床が立ち並んでいるが、勝手に行き先が切り替わったりはしないらしいので乗り換える。……アナログ*5なんだかハイテク*6なんだがわかんなくなるなこれ。
そうして暫し道を行き、たどり着いた凍結塔。
外からの見た目は……なんというか、ラストダンジョン感あふれる風情と言うか……。
「で?ここまで連れてきて、ゆかりんは何を確かめたいの?」
「レベル5及び4相手に、貴方のハリセンがどの程度効果があるのかの実験♪」
「……んー?すまない聞き取れなかったなー。……なんて?」
「言い方が悪かったわね。貴方の力で治療ができるのか、それを確かめたいって言えば分かる?」
「うわー、突然の重大案件……」
塔の前でゆかりんが言うのは、つまりはマシュと同じ事ができるのかどうか、というもの。……同じ事ができるのなら、凍結塔内の人はその処理を解除できるのではないか、ということらしい。
……いきなり重たい話が飛んできたけど、うーむ。
隣のマシュに視線を向けると、彼女は真剣な表情でこちらを見ていた。
……できることはやっておきたい、とでも言うか、どうにかできるのであればやるべきだ、とでも言うか。……端的に言うと凄く期待されている感じである。……うへー、その信頼はちと重いっすよマシュ……。
「とりあえず、4と5を一人ずつ試して欲しいのよね」
「……先に断って置きますけど、連続使用は無理ですからね」
「あら、それはなんでまた?」
「なんでって……なんでもです、なんでもっ」
「ふーん……?」
ゆかりんがこちらの様子を伺いながら、塔の扉を開く。
中は普通の塔と言った感じで、仰々しい名前の割には拍子抜けしてしまう感じ。
中に通された廊下を通り、奥へ奥へと進む。突き当たったところに階段があったので、それを上へ。……地下で一つの階層内に居るのに上に階段を登るってなんだよ?
真面目に考えると頭が痛くなってくる建物を進みに進んで、ようやく目的地にたどり着いた。
特殊収容区画凍結塔内の一角、焔の間。……凍結塔なのに焔の間とはこれいかに?いや、焔系の誰かが封印されているんでしょうけども。
「そういうこと。──彼女が仮に表に出てこれるなら、色々とできることも増えると思うの。だから、頑張ってね♪」
「え?頑張るってなに……わたぁっ!?」
「せ、せんぱいっ!?」
扉の前で話をしていたら、突然の落ちるような感覚。──足下にスキマを開かれたのだと気付いた時にはもう遅く、私はそのまま何処かへと落下してしまう。
着いたのは、背後の扉を見るに焔の間の中だろう。
迂闊に扉は開けられないということなのか、私だけを送り込んだようだ。……なんかイヤな予感がするんだけど、大丈夫だよねこれ?
「……起こすなって、言ったでしょ、『
──奥から聞こえてきた声に、動きを止める。
鈴を転がすような、可愛らしい声。けれど、その声に乗る感情は重く、暗い。
何も見ず、何も聞かず、何も思わず。
そうして微睡む事こそが最善であり。──けれどそれは
燻り、猛り、ただそこにある焔。
『審判』と『断罪』を体現する天罰神、"
その似姿である演者が、そこに立っていた。
「ふっざけんなよゆかりんあんた後で覚えてなさいよぉぉぉおっ!!!?」
飛んでくる炎の刃やら塊やらを必死で避けつつ、扉の向こうで呑気に観戦しているのであろう相手に罵声を浴びせる。
余裕があるように見えるけどそんなもん全然ない。
そもそも長時間相手をあのままにしておくとどうなるかわかったモノではないってのもあって、どうにかならないかと隙を窺っているのだけれど。
相手は
「ほらほらキーアちゃん、がんばれ♡がんばれ♡」*9
「ここぞとばかりに煽るの止めてくれるぅ!?っていうかなりきりでバトルは御法度で、ってああもう!!」*10
足を止めると正確に炎がこちらを捉えて飛んでくるので、おちおち会話もできないんですけど?!
って言うか向こう全然本気出してないし出せてないのにこれっておかしい!!戦力差がおかしい!!*11
対面の彼女は、一歩も動いていない。
体から白い煙の様なものを立ち昇らせながら、苦しみにその美しい相貌を歪めながら、ただここから立ち去れとだけ呟いて、おざなりな炎弾や炎刃を飛ばして来ているだけだ。
……そもそもに非殺傷設定になってることもあって、その攻撃に遠慮は一切感じられないが、同時に殺意も一切感じられない。
こんないい加減な──それこそ周囲を飛ぶ羽虫を払うような動きでしかないようなものでも、近付くための隙というものが見えやしない。
……グレイズ*12するにしても弾が大きくて速いから隙間もないし!なんじゃこれクソゲーか!?私の装備ハリセンしか無いんですけど!?
「他にも色々あるんでしょうに、使わないの?」
「使いたくないって言ったでしょうがぁ!!……ああもう、そうも言ってらんないか!」
痺れを切らしたのか五つの炎弾*13がこちらに纏めて襲い掛かってくる。ええい、是非もなし!
右手のハリセンに意識を集中、ハリセンの形を残したまま、その概念に手を加えていく。──求めるは、あらゆる異端を祓う武器。
普くを謡い、普くを纏う我が業にて、此処に一つの宿業を結ぶ。
「……ああぁぁあぁもうっ!!黒歴史過ぎる!!」
チートオリキャラ的なパワーなんか使いたくないんだってば!……的な事を叫びつつ、右手のハリセンを振り抜けば。
「疑装『ハマノツルギ・改』!自在法がぁー、なんぼのもんじゃいっ!!!」*14
「───っ!!?」
腕の長さ程度の紙のハリセンだったそれが、身の丈程もある巨大な鉄製のハリセンへと変わる。……結局ハリセンじゃねぇか?そうだよハリセンだよ悪いか!
気合一閃、振り抜いたハリセンに触れた炎弾が掻き消えたのを見て、ようやく相手に隙が見えた。それを逃さず彼女に飛び掛かり、
「正気にぃー、戻れぃっ!!」
「ひゃんっ!?」
その脳天に、
スパンッ、という軽やかな音。
炎の色に染まっていた彼女の髪の色は元の黒色に戻り、その瞳もまた、灼熱の赤から黒く落ち着いたモノに戻っていた。……ついでに、立ち昇っていた白い煙もどこかに行っている。
……あれは、やっぱり魔力とかではないのか?
なんて事を思う私の前で、彼女は腰を抜かしたように尻餅をついていた。
「流石チートオリ主的スレ主!やってみせたわね、キーアちゃん!」
「なんとでもなったわ」
「即答ですか!?」*15
……なんかカボチャを被って踊んなきゃいけないような気がした*16けど、そんなことは無かったわ!ハロウィンでもないのにカボチャ*17とかナイナイ。
扉が開いて中に入ってきたゆかりんとマシュに微笑み返す。……短い攻防ではあったが、まぁ多分勝ったのでよしとする。で、その上で──。
「ごめん限界、ばたんきゅー」*18
「え、は、ちょ、せんぱいーっ!?」
「あらまぁ」
色々と限界だったので、意識を手放す私なのでした、きゅう。
「……む、ここは」
知らない天井だ*19、なんてお決まりの言葉を述べつつ上半身を起こす。ふむ、病室的な何かっぽい場所のようだ。
ベッドから飛び降りて、部屋の中を見て回る。……うん、私に医療器具の知識はないのでよくわからん。
「起きたか」
「おっと、はい起きましたよっていうか、えっと?」
見知らぬ男性が部屋に入ってきたので、姿勢を正して言葉を待つ。……ん?いや、この人、まさか?
白と黒の混じった髪、同じように肌も青と普通の色がつぎはぎのようになっていて、顔には大きな手術跡、そんでもって黒いコート……いやいやいや、マジで?
こちらの困惑を感じ取ったのか、男性は口元を歪め、皮肉げに言葉を発した。
「……まぁ、顔で分かるか。お察しの通り、ブラック・ジャック*20のなりそこないだよ、私は。この病棟の専門医を務めている、宜しくとでも言っておこう」
「あ、は、はい、よろしくおねがいします……」
まさかのビッグスターに驚きつつ、彼もまたなりきりなのか、と少し驚く。
……雰囲気だけなら完全に彼だったが、退廃感というか厭世感というかが酷く漂っていた。……いや待て、ここ病棟って言った?
「せんぱい!!」
「わっと、マシュ?」
「いきなり倒れるのは止めて頂戴ね、流石に焦るから」
考えを纏める前に、先生が出ていった扉からマシュとゆかりんが入ってくる。
倒れたって……ああ、ちょっと慣れないことしたから気を失ったんだっけか……。
「心因性の失神だろう、別に大したことはないはずだ。経過観察も必要あるまい」
「んー、キーアちゃんそんなに嫌だったのアレ?」
「いやそりゃ嫌でしょう、ただでさえチートオリ主みたいでアレなのに、その上借り物まで使うとかもうボコボコじゃん私……」
外に二人を呼びに出ていたらしい先生が戻ってきて、ゆかりんに説明をしていた。
……そのままこっちに疑問が飛んできたので、イヤに決まってるじゃんと一蹴。……実際にやらされて分かるこっ恥ずかしさよ、これは私にしかわからんのだ……。
「ところで、ここ……」
「ああ、そうそう。貴方がサクッと気を失っちゃったから、予定を変更して隔離塔の一つである病棟にちょっと診察して貰いに来たのよ、物見遊山気分でね?」
「その、すみませんせんぱい!ここが一番近くて、一番頼りになると言われては、反対することもできず……」
自分のことは置いといて、現在地について尋ねて見たところ。案の定な場所だったことを聞かされて、少しばかりげんなりする。……マシュは悪くないよ、全然悪くない。
──立ち寄るつもりの無かった隔離塔。
そこに今いるということに、どうにもゆかりんに誘導されているような気がしてならない私なのだった。