なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「ナーサリーさん、だったのですね」
「童話は全て子供達のためのものなん。だからうちは、かようのためにやってきたん」
見た目こそれんげちゃんのままだが、その内面は微妙に違う。
元々はナーサリー・ライムではなかったのかもしれないが、荷葉ちゃんの事情により『逆憑依』が不成立となり、少女の夢を兆しとして現れた彼女は、その夢を感じ取って姿を作り変えて行った。
結果、『れんげちゃんの姿になったナーサリー・ライム』という、ある種の歪みを抱えた存在になってしまったのである。
「……可能なのか?それは」
「ナーサリーの言う童話の区分ってかなり広いらしくてね。子供が願う夢であるのならば、実際に叶えられてもおかしくはないんだ」*1
ナーサリー・ライムの本質は、マスターとなった人物の心を反映し、その望みの通りの形となるものである。
ゆえに、既存の童話に含まれないモノであっても、それがマスターの望むモノであれば変化は可能なのだ。
……ただ、恐らくだが。
彼女は『逆憑依』という、英霊召喚とは別口で呼ばれた存在であるため、素直に荷葉ちゃんの
結果として、
これがきちんと『逆憑依』として成立していたのなら、彼女は単に『アリス』……もとい、『fgo』などで見られるナーサリー・ライムの姿として現れていたのだろうが、ここではそれに失敗したため、こんな迂遠なやり方になったのではないだろうか。
──じゃあ、なんで憑依に失敗したのか、とか。
憑依も出来ていないのに、荷葉ちゃんの姿を変えられたのは何故なのか、とか。
その理由に当たるのが、今ここにいる荷葉ちゃんが幽霊──すなわち、霊魂だけの存在であるということになるわけである。
──肉体というくさびを持たない彼女に、核となる力は無かった。故に、その祈りは破却され、周囲を漂う力場となった──
「無垢なる力、ってわけでもなく。既に少女の祈りを受けてその方向性を変えた後だったから、周辺地域を巻き込んで帰らずの街と化していた、ってわけね」
肉体を持たなければ、
そんな理由から、荷葉ちゃんへの『逆憑依』は不成立。
結果として、彼女は兆しから形を得る途中の中途半端な状態で、その場に捨て置かれることになってしまった。
無論、他の【顕象】などと同じく、一度現れた兆しは自然に立ち消えたりはしないため、その場に残された彼女の原型は
だが、それによって事態はややこしくなってしまう。
閉ざされた世界となってしまったがために、内部の時間の流れがあやふやになってしまったのである。
それにより、本来は霊魂となり、いつしか霧散するはずだった荷葉ちゃんは『死の直前』を永遠に引き伸ばしたような状態となり、結果として
つまり、半分だけ『逆憑依』の条件が成立してしまったわけである。
その結果、彼女の元に集っていた気質は『【顕象】として成立しようとしているモノ』と『【逆憑依】として成立したモノ』の二つに別れてしまった。
その内の【顕象】の方が、あっちの猫神様やこっちのミクさんであり、【逆憑依】側がれんげちゃんと荷葉ちゃんの二人、というわけである。
「魂の双子、ってのはここに関わっていた元凶全員に言えたこと、だったと言うわけね」
「……?とすると、クリスは?どういう扱いなの貴方?」
この前れんげちゃんと荷葉ちゃんの二人を称して述べた『魂の双子』という単語が、猫神様とミクさん、それからそもそもの成り立ち自体にも当てはまる、という指摘をするクリスと、今の説明には含まれて居なかった彼女が一体なんなのか、ということを疑問に思ったシャナが声をあげる。
……それに関しては、もっと簡単である。
「──貴方達の一つ前。この子達をどうにかできないかな、って無謀にもこの場所に突っ込んだお馬鹿さん。……ってところかしら」
私達が来るよりも前から、この場所が繰り返しを続けていたのだとすれば。
当然、異変に気付いて調査しようとする者も居るだろう。
中身を観測できないのだとしても、外見は幾らでも目に付くはずなのだから、私達とは別口で探索に来た人が居てもおかしくはない。
その内の一人が、クリスだったと言うだけの話なのだ。
「まぁ、元々『逆憑依』でもなんでもなかったんだけどね」
「え、そうなのですか?」
「ええ、元々は単なる研究員。……ちょっと頭のおかしい上司に『あー、すみませんがちょーっとお仕事をお願いしたいんですけどいいですか?いいですよね?よぉし言質取りました!ではレッツラゴーですよモンブランさん!……え、違う?私はそんな甘そうな名前じゃない?いいじゃないですか細かいことは!ささっ、他所の方々に見付かる前に、パパっと行ってきてささっと帰って来てください!サンプルは忘れずにお願いしますね!』……とかなんとか言われて放り出されたってだけだから」
「ウワー、スゴイキキオボエガアルシャベリカタダー、イッタイダレダロウナー」
「せんぱいの目が虚ろなものに!?」
『あー、どう考えてもあの人ですもんねぇ……』
「え、なんやなんや、いきなりどうしたんや三人共?」
「タマ、あの人だあの人。健康診断の」
「……あー……」
なお、彼女の話した内容により、空気は瞬く間に弛緩。
ラストバトル直前の緊張感は薄れ去り、あたりに漂うのはぐだぐだした空気となっていた。
……琥珀さん、貴方はド畜生だ。*2
ともあれ、種明かしとしてはほぼ終了。
この場所でのあれこれは、全て少女の今際の際に間に合わなかった『逆憑依』が、それゆえに暴走したもの。
悪意で編まれた檻ではなく、善意で作られた揺りかごだった。
ただ、そこの中心部──荷葉ちゃんの願いを半ば無視したモノだった、という点を除けばだが。
──その口ぶりからすると、彼女はもう決めてしまったのですね──
「そうだよ。……うん。またお父さんとお母さんと、一緒に暮らしたかったって願いは否定しない。けど、だから
厳かな声で告げるミクさんに対し、荷葉ちゃんが決意を抱いた瞳で以て彼女を見返している。
これは、猫神様のところでも行われたやりとりだ。
また家族で暮らしたいと願ったことは否定しない。けど、そのために周囲の人々を巻き込んでいくのはよくない。
れんげちゃんは、
ともかく、止めるに止められなかったわけで。
それはこの世界の終わりが、荷葉ちゃんの命の終わりと同じだからだけど、それを本人は構わないと笑って見せた。
最後に貴方に見付けて貰えたのだから、その時点で私の祈りは叶っていたようなものだったのだ、と。
それをわかって貰うために、都合一年近い時間を、あの時の止まった世界で過ごしたのだ。
時には桜の木を眺めながらお団子を食べて、時には夏の川をみんなで泳いで、秋には紅葉を眺めながらお風呂に浸かり、冬には真っ白になった竹林を駆け回った。
止まっていながら動き出した季節を、皆で過ごし。
その思い出を作るためだけに無理をする猫神様を労りながら、そうしてれんげちゃんを説得した私達は。
こうして今、止まっていた世界を先に進めるために、ここにいる。
──命の終わりを嘆くことを、止めたと言うのですか──
「そうなん。いつかは失うって知ってるから、当たり前の日々は美しい……うちは、かようが居なくなるんが良くないって思ってたん。けど、お別れは誰にだってあるん。またね、って、言わなきゃいけないん!」
──それでも、涙は変わらない。落ちる悲しみは終わらない。だからこそ、私は何度でも言いましょう。もう一回、もう一回と──*3
「……!対象の存在規模、増大!対象クラス解析……クラス・ビースト?!」*4
「
「無茶苦茶過ぎやろそれぇっ!?」
そうしてれんげちゃんが答えを告げるも、ミクさん側の頑なさは変わらない。
それは、彼女がここで母の役割を被せられたが故のもの。
子に求められ、彼らを庇護するモノとしての属性を得たがゆえのもの。
それは、電子の歌姫──すなわち彼女の歌を聞いたモノ達のある種の信仰を、今この場にて無理やりに纏め上げた器。
そう、初音ミク……電子の歌姫など単なる外殻。
其は一人の少女の夢想を核とした、たった一人を護り育てる揺りかご。
子の意思など無視して、永遠に安穏たる世界に閉じ込めるエゴの塊。
その名をビーストⅡ・
七つの人類悪を騙るモノ、今ここだけの限定霊基。
A D V E N T B E A ST
人類悪 模倣
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