なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~   作:アークフィア

191 / 1297
幕間・お別れのあとには

 手癖でぶっ飛ばしてしまったモノの、確りと二人の手が彼女に触れたことは間違いなく。

 初音ミクの姿を象っていた彼女は、その体を端から粒子へと変えていっている。

 

 ──単なる力へと還元され、れんげちゃんの中に戻っているのだ。

 

 

──本当に、これで良かったのですか──

「しつこいなぁ。……いいんだよ。元々終わってたんだから、こうしてあれこれとできただけで十分。それに──思い出は全部、れんげが持ってってくれるって約束したから」

──そう、なのですか?──

 

 

 砕けていく彼女に近付く二人。

 私達が落ちていたはずの空間は、いつの間にか元の家に戻っていて、砂場に倒れた形になっている彼女(ビースト)の周りに、私達は無造作に放り出されていた。

 その時にネガ・シンガーも力を失ったのか、特に暴走していた二人──マシュとゆかりさんは、周囲を見渡して目を白黒させている。

 

 その様子になんとなく苦笑を浮かべながら、三人が別れの言葉を交わすのを、邪魔にならないように観察する私。

 彼女達は猫神様のところでも、似たようなやりとりを行っていた。

 彼は役割としては父親だったから、その背を快く押していたけれど、ここにいる彼女は母親──子に対する情の深い人を模しているからか、この先に……命の先に向かおうとする彼女に、悲しげに顔を歪めていた。

 

 けれど、その顔を見ても、二人の決意は変わらない。

 終わってしまっていた少女(荷葉)は、その思いを少女(蓮華)に託すことを決めたのだから。

 

 

「……そうなん。この騒動が終わったら、うちは他のナーサリー(うち)のように、この想いを抱えて生きていくつもりなん。それが、間に合わなかったうちが、やるべきことなん」

──その辛さを背負って、彼女の祈りを背負って行くと、そう仰るのですか──

 

 

 何度も繰り返し尋ねてくる彼女(ビースト)に、少女(蓮華)は小さく頷きを返す。

 失われたものが、失われていないものを引き摺り込むのは違う。彼女達はそれを自覚して、無自覚に祈った願いを手放すことを決めた。

 

 だから──優しい童話の時間はおしまい。

 辛くても、苦しくても、隣に居て欲しかった人が居なくなったとしても。

 それでも、彼女(蓮華/ナーサリー)は進んでいく。

 

 その決意を聞いて……子を思う母たる彼女は。

 

 

──ああ、まったく。わがままな、娘達だこと──

 

 

 静かに目を閉じて、その姿を四散させた。

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、そろそろ私もお別れ、かな」

「…………」

「そんな顔しないでよ。……泣きたくなってくるじゃない」

 

 

 粒子となって四散した彼女は、そのままれんげちゃんの中に吸い込まれていった。

 それにより、彼女の存在規模が増したのを感じる。

 ……とはいっても、流石にビースト時のような無茶苦茶な状態とは、比較できるようなモノでもないが。

 ともあれ、これで別たれたナーサリー・ライムとしての欠片は全て揃ったので、彼女は元通り、普通のナーサリーとしての顕現も果たすことができる。

 

 ……まぁ、それを選ぶわけがないのが、ナーサリー・ライムという存在なのだが。

 曲がってしまっているとしても、彼女の根幹は子供達の味方、幼き夢を実現するもの。

 その対象たるお友達(荷葉ちゃん)が願っている以上、彼女はその姿を変えることはないだろう。

 少なくとも、彼女(れんげちゃん)がこの世界から居なくなる時までは。

 

 そんな、お友達である少女──荷葉ちゃんの足は、先の方から徐々に薄れ始めている。

 世界を無理矢理にループ・及び維持していたビーストⅡiが消え、猫箱が開こうとしているのである。

 それにより、本来であればとっくに成仏していたはずの彼女は、世界の定めるままに、その命の終わりを向かえようとしていたのだった。

 

 いつの間にか私の隣にやって来ていたマシュが、思わずとばかりに手を伸ばしかけ、そしてそれを降ろす。

 例え引き留めたとしても、彼女を現世に留める手段がない以上、それを口にするのはあまりにも残酷だと、気付いたからだろう。

 

 そりゃあ、誰だって消えたくはない。死にたくはない。

 もっと遊びたかったし、もっと色んなモノを見たかったし、いつか夢が叶う時を見たかったはずだ。

 ──けど、その時はもう来ない。

 失われたものは二度と戻らない。時は遡らず、壊れたものは壊れたまま。

 

 だから、彼女は託すことを選んだ。

 自分が見たかった夢を、祈りを、願いを。

 わざわざ自分のために、どこからかやって来てくれた──物好きな絵本に託すことを決めたのだ。

 そして、その想いを──何度も繰り返して、彼女(れんげちゃん)は受け取った。

 楽しい日々を一緒に体験して、彼女のことをちゃんと知って。

 永遠に思える一年を過ごし、永遠に届かぬ明日を夢見て、永遠に戻らぬ昨日を越えてきた。

 

 

「だから、またね、って言うん。いつかどこかで、また会おうって言うん」

「……そうね。だから、こう言うんでしょ?──今回はここまで、って」

 

 

 今回は、と強調するその言葉。

 それは、また次の機会があると約束する言葉。

 悲しい別れではなく、いつかまた訪れる、再会を願うもの。

 

 少女達は指切りをして、涙でぐちゃぐちゃになった顔でどうにか笑って。

 そうして──一つ、手を振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はー、なるほどなるほど。僕らが帰った後に、そんなことになっていたとはねぇ」

 

 

 なりきり郷、ゆかりんルーム。

 今回の報告書を持ってそこに訪れた私は、なにやらソファーで寛いでいる五条さんと顔を合わせていた。

 どうやらまたお仕事のために外に出るようで、その説明を受けるためにここに足を運んでいたらしい。

 

 なので、彼は私が報告する内容を、横からずーっと聞いていたのだった。

 

 

「『巻き戻しの街』ならぬ、『時の陥穽(かんせい)』ねぇ。結界内の繰り返しにより成長の兆しを内側に留め、それが解放された時に一気に拡大して、世界を覆う……良くできてるね、これ。閉鎖空間内で繰り返してるから、外に自身の所在や、その危険性を知らさずに事を進められるし。仮に中に入って止めようとしても、特別な素養がないと、そもそも繰り返していること自体に気が付けない。……牧瀬ちゃんだっけ?彼女が彼処に入ったのは、一応調査の為だったようだけど。元々この結界自体が他者の目に付き辛い上に、中に入った時点で外との因果関係が断ち切れるのも相まって、そもそも調査に向かわせたこと自体、あの研究者さんも()()()()()()()()みたいだし」

「あー、つまりは外からの救援は、最初から望めなかったってこと?」

「そーいうこと。性質としては帷とか封絶が近いのかな?張られてることに気付けるのは関係者だけで、かつ中に入れば、外にいる関係者もそれを忘れてしまう」

「中は中でループしてる上に記憶リセット付きだから、ほぼ確実に彼女はビーストとして羽化してたって?……ゾッとしかしないんだけどそれ……」

 

 

 聞いた報告から、あれこれと五条さんが予測を立てていく。

 本来であればあからさまな空間の異常、ゆえにそこに()()()()と気付けるもののはずなのだが。

 

 完全に中を観測できない仕様になっていたこと・及びそれにより起きる明らかな異常を、そもそも五分前仮説の如く()()()()()()()()()()と世界に誤認させることにより、周囲に何も気取らせなかったこと……という、わりと意味不明な結界だったために、彼女は周囲に気取られることなく、繰り返しを続けることができたというわけだ。*1

 

 結界には、周囲にその存在を知らしめてしまうものは二流、という不文律がある。*2

 そういう意味で、あの結界は充分に一流と呼べるものだと言えたのだった。

 ……まぁ、()()()()()()、だったのだけれど。

 

 

「あー、ゆかりんゆかりん。多分だけど、そういうことにはなってなかったと思うよ?」

「……?え、でもここには短期決戦を仕掛けた、ってあるけど」

「それは別の理由。……相対した時点で気付いてたけど、あのビーストもどきはそもそもに自己矛盾を起こしてたから、私達がなにかしなくても、その内勝手に崩壊してたと思う」

「……は?」

 

 

 なので、ゆかりんの勘違いを訂正する私。

 あのビーストはイマジナリィ……架空の名の通り、あくまでも空想の中でのみ成立しうるものである。

 それが何故かと言えば、その本質がどこまで行っても『子供達の味方だから』。

 子供の夢から生まれたものであるがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 なので、仮にビーストとして羽化したとしても、その力を外で使えるのはほんの一瞬。

 外に居るはずの荷葉ちゃんの父と母に触れて──それでおしまい。

 なんの被害も出さず、なんにも変えられもせず、ただ立ち消えて終わりである。

 彼女()の方が繰り返しを望んでいたことが、その証明だと言えるだろう。

 

 まぁ、繰り返しを続けることで結界を維持し、いつの日か荷葉ちゃんの父と母があの場所を訪れることを待っていた、という見方もできるだろうが。

 とはいえ、それも気の遠くなるような話。私達が触れずとも、何かの切っ掛けで繰り返しを止めようとする可能性は、充分にあると言えるだろう。

 

 

「ん、んー?ちょっと待って整理させて……えーと、中でのループは世界線の移動タイプで?外の時間経過とは完全に切り離されてて?外からの観測をシャットアウトすることで、擬似的な猫箱と化していて?」

「それでもなお、望むものには届かなかったから、外への門戸を開いた。……逆に言うと、単に中でループさせるだけだったら、もしかしたら周囲への違和感も全て消し去った上で、ずっと展開し続けられたのかもしれない……ってことだよねぇ?」

「そうだね、門戸を開かなかったら永遠に回せたのかもしれないんだから、ある意味では永久機関みたいなもの……だったのかも?」*3

「……あー、それがなんで、破綻前提なの?」

「それこそ、答え(救い)を求めたから、かな?」

「救い?」

 

 

 首を傾げるゆかりんに、小さく頷きを返す。

 そもそもの話、ナーサリー・ライムは『逆憑依』のためにあの場に現れた。

 それが失敗したからこそ、次善の策──すなわち、彼女(荷葉ちゃん)の保護に踏み切った。

 

 本来、外からの観測を、完全にシャットアウトすることはできない。

 それは、『その場所が見ることができない』という違和感によって、間接的に観測されてしまうから。

 要するに、観測と非観測の境界が、外からの視線がある限り削れ続けていくのである。

 

 ゆえに、単に維持するだけではじり貧でしかなく、それ(維持)を続けるには、そもそもに外部からの干渉を一切断ち切るよりほかないのだが……。

 何度も繰り返すように、観察とは意識するだけでも成立するもの。

 そもそも周囲に意識されない結界、という形になるのは必然であり、それゆえに成立したその結界は猫箱と化し、付随して中身が不確定になるという、副次的な恩恵をも与えることとなった。

 

 そうするとどうなるのか。

 ……要するに、余裕ができてしまったのである。

 本来起こり得ない出来事により、結界という箱の中は想定以上に安定──不安定(不確定)すぎるがゆえに逆に安定した形となったが、だからこそその保護した魂──荷葉ちゃんの祈りに、耳を傾ける余裕ができてしまったのだ。

 

 そうなれば、ナーサリー・ライムとしての本能──子供達の味方である、という部分は抑えきれなくなり。

 

 

「結果として、その体を三つに分けることになった。寄り添う友(れんげちゃん)と、見守る母(ミクさん)と、背を押す父(猫神様)の三つにね」

 

 

 ナーサリー・ライムとしての構成要素が、彼女の祈り(落書き)と、その地の土着神と結び付き。

 結果として、その身を三つにわける切っ掛けとなってしまった。

 

 あとはまぁ、報告書に記した通り。

 子供の祈りを叶えようとすれば(外界に門戸を開けば)その子供を守らない結果となり(子供の命は失われ)

 子供を守れば(固く世界を閉じれば)その願いは叶わぬモノとなる(命は守られる)

 その自己矛盾により、彼女(ミクさん)は結果として停滞──猫箱の中の不確定状態を利用した、他の答えを探すという現実逃避──を選んだ。

 そう、彼女は端から矛盾していた、破綻していたのである。

 

 

「だから、ほっといてもその内進退極まって、勝手に瓦解してたはずなのよ。そもそも、ビーストになることを選んだの自体、その自己矛盾の結果として、閉じたままで良いはずの世界に他人を呼んだっていう、自分の失態から生じた苦し紛れの一手なんだから」

「なるほど。彼女の願い(親に会いたい)彼女を危険に晒さ(彼女の保持を諦め)なければ叶わないって、勝手に思い詰めて自爆した結果がキーアさん達の来訪だった……と」

「そーいうこと」

 

 

 まぁ、つまり。

 完全なロジックエラーに嵌まっていたのが、あの時の彼女の状態なのだと言えるのだった。

 

 

*1
『世界五分前仮説』のこと。文字通り、『世界は五分前に突然生み出されたものである』とする仮説。バートランド・ラッセル氏により提唱された思考実験の一つであり、証明も否定もできないもの。それは、この仮説の前提条件が『それができるもの()がやった』ことである為。要するに神の実在に関して語るものになってしまうので、説の是非を問う意味があまりないのである。その為、この説は基本的に、人の知識というものへの問題定義のための序文として語られる。なお、非常に中二心を擽るモノでもあるため、言葉通りのモノとして取り扱う作品もちらほら存在する

*2
前述した『呪術廻戦』の帷や、『灼眼のシャナ』の封絶などは、『中にあるものを隠す』性質の結界としては最高峰にあたる。それは、忌避型の結界だと『そこにこちらを近寄らせまいとする何かがある』という違和感になり、そこから気付かれる可能性があるため。なので、見えているはずなのに見えない、もしくは意識できないという隠蔽型の結界の方が、結界本来の性質である『中にあるものを隠す』という点では優れている、となるのである。まぁ、最近は自分に有利なフィールドにする、という形の結界も増えてきているので一概には言えないのだが

*3
『外部からエネルギーを受け取ることなく、仕事を行い続ける装置』のこと。第一種の場合、外部からのエネルギー供給どころか熱すら受け取らない真の意味での永久機関(無から有を生み出している)であり、熱力学第一法則に反するため実現はしない(エネルギー保存の法則により、外に仕事が取り出せる時点で、仕事を行うためのエネルギーが増えていることになる為)。第二種は熱の仕事への100%変換を前提とするが(正確には装置内に仕事を行う部分も組み込み、発生する熱をエネルギー源として回収する、というもの)、熱力学第二法則(エントロピー増大の原理)により、エネルギーは高い状態から低い状態に変化するのが自然であり、その逆を行うには別のエネルギーが必要である為、否定された(仕事を続ける限り、熱源(高い方)から装置(低い方)へと熱は移動していく。やがてそれらは平均化されてしまうが、それを覆そうとすると装置(低い方)から熱源(高い方)に熱を移動するための別のエネルギーが必要になる、ということ)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。