なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
手癖でぶっ飛ばしてしまったモノの、確りと二人の手が彼女に触れたことは間違いなく。
初音ミクの姿を象っていた彼女は、その体を端から粒子へと変えていっている。
──単なる力へと還元され、れんげちゃんの中に戻っているのだ。
──本当に、これで良かったのですか──
「しつこいなぁ。……いいんだよ。元々終わってたんだから、こうしてあれこれとできただけで十分。それに──思い出は全部、れんげが持ってってくれるって約束したから」
──そう、なのですか?──
砕けていく彼女に近付く二人。
私達が落ちていたはずの空間は、いつの間にか元の家に戻っていて、砂場に倒れた形になっている
その時にネガ・シンガーも力を失ったのか、特に暴走していた二人──マシュとゆかりさんは、周囲を見渡して目を白黒させている。
その様子になんとなく苦笑を浮かべながら、三人が別れの言葉を交わすのを、邪魔にならないように観察する私。
彼女達は猫神様のところでも、似たようなやりとりを行っていた。
彼は役割としては父親だったから、その背を快く押していたけれど、ここにいる彼女は母親──子に対する情の深い人を模しているからか、この先に……命の先に向かおうとする彼女に、悲しげに顔を歪めていた。
けれど、その顔を見ても、二人の決意は変わらない。
終わってしまっていた
「……そうなん。この騒動が終わったら、うちは他の
──その辛さを背負って、彼女の祈りを背負って行くと、そう仰るのですか──
何度も繰り返し尋ねてくる
失われたものが、失われていないものを引き摺り込むのは違う。彼女達はそれを自覚して、無自覚に祈った願いを手放すことを決めた。
だから──優しい童話の時間はおしまい。
辛くても、苦しくても、隣に居て欲しかった人が居なくなったとしても。
それでも、
その決意を聞いて……子を思う母たる彼女は。
──ああ、まったく。わがままな、娘達だこと──
静かに目を閉じて、その姿を四散させた。
「……じゃあ、そろそろ私もお別れ、かな」
「…………」
「そんな顔しないでよ。……泣きたくなってくるじゃない」
粒子となって四散した彼女は、そのままれんげちゃんの中に吸い込まれていった。
それにより、彼女の存在規模が増したのを感じる。
……とはいっても、流石にビースト時のような無茶苦茶な状態とは、比較できるようなモノでもないが。
ともあれ、これで別たれたナーサリー・ライムとしての欠片は全て揃ったので、彼女は元通り、普通のナーサリーとしての顕現も果たすことができる。
……まぁ、それを選ぶわけがないのが、ナーサリー・ライムという存在なのだが。
曲がってしまっているとしても、彼女の根幹は子供達の味方、幼き夢を実現するもの。
その対象たる
少なくとも、
そんな、お友達である少女──荷葉ちゃんの足は、先の方から徐々に薄れ始めている。
世界を無理矢理にループ・及び維持していたビーストⅡiが消え、猫箱が開こうとしているのである。
それにより、本来であればとっくに成仏していたはずの彼女は、世界の定めるままに、その命の終わりを向かえようとしていたのだった。
いつの間にか私の隣にやって来ていたマシュが、思わずとばかりに手を伸ばしかけ、そしてそれを降ろす。
例え引き留めたとしても、彼女を現世に留める手段がない以上、それを口にするのはあまりにも残酷だと、気付いたからだろう。
そりゃあ、誰だって消えたくはない。死にたくはない。
もっと遊びたかったし、もっと色んなモノを見たかったし、いつか夢が叶う時を見たかったはずだ。
──けど、その時はもう来ない。
失われたものは二度と戻らない。時は遡らず、壊れたものは壊れたまま。
だから、彼女は託すことを選んだ。
自分が見たかった夢を、祈りを、願いを。
わざわざ自分のために、どこからかやって来てくれた──物好きな絵本に託すことを決めたのだ。
そして、その想いを──何度も繰り返して、
楽しい日々を一緒に体験して、彼女のことをちゃんと知って。
永遠に思える一年を過ごし、永遠に届かぬ明日を夢見て、永遠に戻らぬ昨日を越えてきた。
「だから、またね、って言うん。いつかどこかで、また会おうって言うん」
「……そうね。だから、こう言うんでしょ?──今回はここまで、って」
今回は、と強調するその言葉。
それは、また次の機会があると約束する言葉。
悲しい別れではなく、いつかまた訪れる、再会を願うもの。
少女達は指切りをして、涙でぐちゃぐちゃになった顔でどうにか笑って。
そうして──一つ、手を振ったのだった。
「はー、なるほどなるほど。僕らが帰った後に、そんなことになっていたとはねぇ」
なりきり郷、ゆかりんルーム。
今回の報告書を持ってそこに訪れた私は、なにやらソファーで寛いでいる五条さんと顔を合わせていた。
どうやらまたお仕事のために外に出るようで、その説明を受けるためにここに足を運んでいたらしい。
なので、彼は私が報告する内容を、横からずーっと聞いていたのだった。
「『巻き戻しの街』ならぬ、『時の
「あー、つまりは外からの救援は、最初から望めなかったってこと?」
「そーいうこと。性質としては帷とか封絶が近いのかな?張られてることに気付けるのは関係者だけで、かつ中に入れば、外にいる関係者もそれを忘れてしまう」
「中は中でループしてる上に記憶リセット付きだから、ほぼ確実に彼女はビーストとして羽化してたって?……ゾッとしかしないんだけどそれ……」
聞いた報告から、あれこれと五条さんが予測を立てていく。
本来であればあからさまな空間の異常、ゆえにそこに
完全に中を観測できない仕様になっていたこと・及びそれにより起きる明らかな異常を、そもそも五分前仮説の如く
結界には、周囲にその存在を知らしめてしまうものは二流、という不文律がある。*2
そういう意味で、あの結界は充分に一流と呼べるものだと言えたのだった。
……まぁ、
「あー、ゆかりんゆかりん。多分だけど、そういうことにはなってなかったと思うよ?」
「……?え、でもここには短期決戦を仕掛けた、ってあるけど」
「それは別の理由。……相対した時点で気付いてたけど、あのビーストもどきはそもそもに自己矛盾を起こしてたから、私達がなにかしなくても、その内勝手に崩壊してたと思う」
「……は?」
なので、ゆかりんの勘違いを訂正する私。
あのビーストはイマジナリィ……架空の名の通り、あくまでも空想の中でのみ成立しうるものである。
それが何故かと言えば、その本質がどこまで行っても『子供達の味方だから』。
子供の夢から生まれたものであるがゆえに、
なので、仮にビーストとして羽化したとしても、その力を外で使えるのはほんの一瞬。
外に居るはずの荷葉ちゃんの父と母に触れて──それでおしまい。
なんの被害も出さず、なんにも変えられもせず、ただ立ち消えて終わりである。
まぁ、繰り返しを続けることで結界を維持し、いつの日か荷葉ちゃんの父と母があの場所を訪れることを待っていた、という見方もできるだろうが。
とはいえ、それも気の遠くなるような話。私達が触れずとも、何かの切っ掛けで繰り返しを止めようとする可能性は、充分にあると言えるだろう。
「ん、んー?ちょっと待って整理させて……えーと、中でのループは世界線の移動タイプで?外の時間経過とは完全に切り離されてて?外からの観測をシャットアウトすることで、擬似的な猫箱と化していて?」
「それでもなお、望むものには届かなかったから、外への門戸を開いた。……逆に言うと、単に中でループさせるだけだったら、もしかしたら周囲への違和感も全て消し去った上で、ずっと展開し続けられたのかもしれない……ってことだよねぇ?」
「そうだね、門戸を開かなかったら永遠に回せたのかもしれないんだから、ある意味では永久機関みたいなもの……だったのかも?」*3
「……あー、それがなんで、破綻前提なの?」
「それこそ、
「救い?」
首を傾げるゆかりんに、小さく頷きを返す。
そもそもの話、ナーサリー・ライムは『逆憑依』のためにあの場に現れた。
それが失敗したからこそ、次善の策──すなわち、
本来、外からの観測を、完全にシャットアウトすることはできない。
それは、『その場所が見ることができない』という違和感によって、間接的に観測されてしまうから。
要するに、観測と非観測の境界が、外からの視線がある限り削れ続けていくのである。
ゆえに、単に維持するだけではじり貧でしかなく、
何度も繰り返すように、観察とは意識するだけでも成立するもの。
そもそも周囲に意識されない結界、という形になるのは必然であり、それゆえに成立したその結界は猫箱と化し、付随して中身が不確定になるという、副次的な恩恵をも与えることとなった。
そうするとどうなるのか。
……要するに、余裕ができてしまったのである。
本来起こり得ない出来事により、結界という箱の中は想定以上に安定──
そうなれば、ナーサリー・ライムとしての本能──子供達の味方である、という部分は抑えきれなくなり。
「結果として、その体を三つに分けることになった。
ナーサリー・ライムとしての構成要素が、彼女の
結果として、その身を三つにわける切っ掛けとなってしまった。
あとはまぁ、報告書に記した通り。
その自己矛盾により、
そう、彼女は端から矛盾していた、破綻していたのである。
「だから、ほっといてもその内進退極まって、勝手に瓦解してたはずなのよ。そもそも、ビーストになることを選んだの自体、その自己矛盾の結果として、閉じたままで良いはずの世界に他人を呼んだっていう、自分の失態から生じた苦し紛れの一手なんだから」
「なるほど。
「そーいうこと」
まぁ、つまり。
完全なロジックエラーに嵌まっていたのが、あの時の彼女の状態なのだと言えるのだった。