なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「ひでー目にあった」
「……そういう台詞は、自分の顔についたチョコレートを舐めるだなんて、みっともない真似を止めてからにしなさいよ」
「おおっと、わりーわりー」
「……いや、味わうのを止めて、一気に舐め取れって意味じゃなくてね?」
店員?からのツッコミにより、往年のコメディの如く、顔面からチョコケーキに突っ込んで行った銀ちゃんが再起動を果たし。
それから、顔中に塗りたくられた形となったチョコを、べろんべろんと舐め取る彼の姿に、周囲が若干引いているのを見つつ。
近付きたくないなぁ……なんていう内心を抑えに抑え、彼に話し掛けることに成功した私である。
……叩かれてからチョコケーキに顔を突っ込むまでの短い間に、マスクを外して準備万端になっていたあたり、彼もまたギャグ漫画の住人なんだなぁ、などとよく分からない感慨を浮かべつつ。
汚いので止めなさいと言い置いて、彼の顔についている、残ったチョコを拭き取ってやる。……まぁ、大体舐め終わってしまったあとなので、拭いたのはほとんど彼の唾液なのだが。千年の恋も冷めそうなほどの意地汚さである。*1
数分後、すっかり綺麗になった顔を外気に晒しながら、彼は小さくため息をついた。
「甘いもの食い放題の言葉に誘われて来てみりゃ、待ってたのはこの仕打ちだよ。……銀さんの気持ち、わかって貰える?」
「ははは、男友達としての
「まさかの今世は手遅れ宣言?!」
ふぅ、と被害者めいた言葉を呟く銀ちゃんだが、元はと言えば彼がラブコメ漫画の主人公達みたいな鈍感力……いやさ、ハーレムゲーの主人公のような鬼畜力を発揮したのが原因である。
なので、彼の親友ポジションA的な立ち位置の私としましては、『もげろ』と返す以外にないわけでしてね?
「人聞きの悪いこと言うの止めて貰えますぅー?!銀さんはなぁ、ただ甘いものに向かって前進しているだけなんだよ。
「頭進撃かよ、まずは止まれよ、んでもって周囲を省みろ、禍根はいつまでも残るんだよ、微妙に後ろ髪引かれてんじゃねーよ」*4
「いやあの、キーアさん?多分話がずれていらっしゃいますよね、それ」
「おっと失敬。ついつい老婆心が」*5
「キーアさん中身二十代でしたよね?!」
「なにを言いますやら桃香さん。二十代にもなれば身長が伸びるし、判断がシビアになるし、なんだったら宇宙から来た前世からの宿業と、超☆融合だってするってもんですよ?」*6
「ぜっ……たい話がずれてますよねそれ!?」
なお、男友達的な変な距離感により、いつも通り会話は明後日の方向*7に転がっていくのだった。
数分後、そもそもここが一般人も普通に居る、寝台列車の食堂車だったことを思いだし、しゅんとなる私。……電車旅行とか初めてだから、意外と舞い上がっていたのかもしれない、猛省である。
……え?銀ちゃん?相変わらず反省の色が見られなかったから、Xちゃんによる百トンハンマー*8の刑に処されてますよ?
「……いてててて、首が変な方向に……」
「あれを受けて首が変になった、で済んでるのは、銀ちゃんが凄いのかはたまたXちゃんが手加減をしたのか。……どっちだと思うコナン君?」
「あ、あはははは……僕子供だからよくわかんないや……(いや、俺に振るんじゃねーよ……)」
椅子に座り直し、首を擦る銀ちゃん。
ギャグ漫画の住人特有の頑丈さなのか、はたまたXちゃんが単なるギャグ表現に済ましたのか。
どっちが主体だろうなぁ、という思いと共にコナン君に問い掛けたのだけど、彼から返ってきたのはお決まりの台詞。*9
……めんどくさがってるだけなのは一目瞭然だが、流石にもう一度周囲の晒し者になるのもあれかと思い直して、追求するのは中止。
謎の寒気に身震いを感じ、困惑の表情を見せたコナン君に満足しつつ、改めて話を戻す。
「で、さっきは聞きそびれたんですけど、
「それなんですけど……」
さっきの話の中で、彼女達は今回
なりきり組が駆り出される時点で、厄介事の匂いがする以上、情報共有は必要だろうと話を聞いたのだが……。
その最中、外──正確には食堂車と他の車両を繋ぐ扉の向こうが、なにやら騒がしくなっていることに気が付いた。
「だーかーらー!儂は
「いえ、ですからお客様、お食事でしたらお部屋までお運びしますので……」
「シャラップ!話にならん!!この食堂車が、お前のところの旅行会社オススメのスポットだろうが!だったら儂がそこに向かうのは必然必須必死であろうが!」
「え、ええと……」
「申し訳ありませぬ麗しき貴婦人。この男、原則人の話を聞き申さぬ愚人故」
「は、はぁ……?」
「お主は相変わらず儂に対しての敬意が足らんな!?」
「一昨日来やがれハゲ頭。七光りを自ら放つバカが何処に居る」
「儂が親なんだが!?」
「そうか、御愁傷様だドラ親父」
「ぐぬぬぬぬ……ああ言えばこういう……!」
(だ、誰か助けてぇー……)
「……なんだありゃ?」
「鈴木財閥?妙だな……」*10
「えっと、最近日本で勢力を伸ばしている金融関連の財閥……だったはずです。『tri-qualia』の制作会社への出資を行っているのも、鈴木財閥なのだとか」
「へぇ、あの会社にねぇ……」
現れたのは、落語家のように着物と羽織を纏った、恰幅の良い(登頂部の寂しい)男性と、それに付き従う美人だけど性格のキツそうな秘書っぽい人の二人と、恐らくはこの列車の車掌と思わしき人の計三人。
マシュの言によれば、CP君のアニメへの出資を行っていた場所と同一。
いつの間にやら勢力を拡大し、日本有数の財閥と化していたのが、彼等の言う鈴木財閥なのだという。
……コナン君が
名探偵コナンという作品には、準レギュラーとして『鈴木』の名字を持つ人物が存在する。
──それが、鈴木園子。
毛利蘭の親友であり、毛利小五郎が居ない状況下において、彼の代わりに
そんな彼女は、日本でも有数の財閥のご令嬢でもある。
……故に、二人が訝しげというか、ちょっと驚いた顔というか。そういう、違和感を覚えた表情をするのというのも、仕方のない話なのだった。
「……雰囲気的には、園子のおじいちゃんに似てるね」
「ああ、けどあの人は副会長。園子の爺さんは相談役だから、全く同じって訳でもねー。……気になるな」
「……ええっと、あっちも気になるっちゃぁ気になるけど、できれば噂の方の詳細を聞きたいかなー、と言うか……」
「あっ、ごごごめんねキーアさん!ついうっかりしてて……」
……まぁ、突然の訪問者のせいで、話が逸れてしまったってことの方が、私にとっては大事なのだけれど。
こちらの言葉に、あたふたとした様子を見せる蘭さん。
横のコナン君が微妙な顔をしているのに対し、『コナン君も同罪だからね』とデコピンによる制裁が発動し、彼が痛みに
「『幽霊列車』?」
こちらの聞き返した言葉に、蘭さんは小さく頷きを返す。
なんでも、この先のとある場所でカーブに差し掛かった時、本来ならば運行していないはずの対向車が、時々すれ違うという目撃証言があるのだという。
最初の内は、単なる見間違いだと思われていたのだけれど、日が経つごとにその見間違いの頻度は増していったのだという。
そしてつい先日、この列車とはまた別の列車が件の列車とすれ違った時、無線で聞こえてくる声があったのだという。……だというだという言い過ぎだという()
「『バレンタイン……急行……死……』みたいな音声だったそうで。不気味に思った車掌さんが上司に報告した結果、紆余曲折あって私達の所に話が転がってきた……みたいな感じらしくて」
「ええ……どう考えてもオカルトじゃん……ってあ、だから鬼太郎君なのか」
「そういうこと」
ともあれ、噂の内容を聞いて『これは探偵が出張るような話ではないのでは?』と首を捻った私だったのだが。……よくよく考えたら此処に居ましたよ、オカルトのスペシャリスト。
こちらの視線を受けた鬼太郎君は、照れ臭そうに頭を掻いていた。
「まぁ噂が幽霊だからと言って、実際にはなりきり関連の話である……ってパターンもあり得るわけだろう?──単なるオカルトでは片付けられない話であるのなら、別の手が必要になる。……というわけで、私達も同乗を願い出たっていうわけさ」
「なるほど、適当な寄せ集めメンバーなのかとちょっと疑ってたけど、一応考えがあっての人選だったんだね」
横合いからライネスが発した言葉に、むむむと唸る私。
確かに、すれ違う列車が本当に幽霊列車ならば、鬼太郎君をサポートするだけで話は解決するだろう。
が、これがなんらかの手段を持って、列車を半実体にしているのだとすると話が違ってくる。
オカルトはオカルトでも霊的なモノではなく、超科学や超能力に端を発するモノであるのならば、鬼太郎君には荷が重い。
そういうものを判別するために、魔術的な知識を持っているライネスも参加した……というわけのようだ。
ついでに舞台が列車の中……すなわち密室であるため、普通に事件が起きる可能性も考慮した探偵達が、事態が悪い方向に転がり切らないように、物事の方向性をギャグに持っていけるしんちゃんを同行させるように進言した……と。
……前回も似たようなことを言ってた?ちゃんと理解できたからもう一度確認した、って面もあるんだよ!
ともあれ、意外と考え抜かれた人選だったことに思わず唸ってしまった私。
そうなると、『幽霊列車』の正体は未だわからずとも、やるべきことは自然と定まってきたように思えてくる。
「と、言うと?」
「銀ちゃん達よろず屋も巻き込んでの大捕物ってことよ。ついでに銀ちゃん矯正大作戦もスタートだ」
「……きょ、矯正?」
「ははは……(なんか、また意味のわかんねーことになってんな……)」
事件を解決し、銀ちゃんの鈍感さも矯正する。
どっちもやらなきゃいけないのが辛いとこだな。覚悟はいいか、私はできてる。*11
……みたいな、謎の決意を漲らせ。
私達は、ついにバレンタインの旅をスタートさせるのだった。