なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……知らん天井だ」
寝ぼけ眼でそう呟いた私は、暫く無地の天井を眺めたのち、漸く立ち上がったキーア.OS*1により、現在自分がどこに居るのかを思い出した。
そうだったそうだった、今私達は列車旅の途中だったんだ。家のベッドよりふかふかな布団だったものだから、色々と前後不覚になってたんだわ。
……今度、他の人の分も含めて布団を新調しようかなぁ。
「せんぱい、おはようございます。聞いた話によりますと、食堂車ではビュッフェ形式の朝食が用意されているようですよ?」
「うーん、元義通り*2……とりあえず、おはようマシュ」
「はい♪」
帰宅後にするべきこととして、布団についてのあれこれを心に書き留めつつ。
こちらを覗き込むようにしながら、私を揺すっていたマシュに軽く挨拶を返し、そのまま上半身を起こして周囲を眺める。
二人分のベッドが並べられた客室は、列車の中だとは思えないほどにしっかりとした造りになっていて、思わず
向こうに残ったルイズ達は元気だろうか?……なんていう感傷が胸を過るので、ちょっと苦笑してしまったり。
ともあれ、旅行は一日目の行程を終え、二日目の朝を迎えていた。
現在のこの列車は、最寄りの駅に停車して点検や補給を行っており、再出発を待つ乗客達はそれぞれ食堂車に向かったり、はたまた朝の内から空いている駅近くの店に立ち寄ったりするなどして、各々好きに朝食を摂っている最中……らしい。
なお、今回の私達は列車の外に出るつもりはないので、これから向かうのは食堂車……ということになる。
いつかのように着替えを手渡してくるマシュに、彼女も向こうでの生活を思い出したりしているのかな、なんて感想を覚えつつ。
手早く着替えを終えた私は、そのまま隣の客室に泊まっている銀ちゃん達に、扉の外から声を掛けた。
「おーい、一緒に朝飯行こうぜー。ラ・フランスのジュース飲みまくろうぜー」
「おー、いいなラ・フランス。そんな名前なのに日本にしか現存してないのもいいよな」*3
「喜び方が斜め上~」
こちらの誘いの言葉に、数秒もしない内に飛び出してくる銀ちゃん。……きっちり着替えは終わっている辺り、実はもう起きていてこちらの誘いを待っていたのか、はたまたホントに数秒で支度したのか。
甘いものが関わっている時の銀ちゃんなら、後者も十分あり得るな……なんて感想は口にしないまま、他の二人が出てくるのを待つ私。
……男女混合で同じ部屋に居たのこの人達?みたいな疑問を抱く人も居るかもしれないが、そもそも我等はなりきり組。
そこら辺は気にしないみたいな話は、以前の海水浴の時に述べた通りである。なのでまぁ、問題はないです。
……え?『お前今回この列車に乗った目的を思い出してみろよ』?私なんのことだかわかんなーい。
「欺瞞ですねおはようございます!」
「はい、おはようXちゃん。桃香さんは?」
「髪型が決まらないとのことで、先に食堂車に向かって構わないとのことです」
「なるほど。私は毎回マシュ任せだからなぁ」
「……いや、そこは自分でやりましょうよ?」
「めんどい眠いわからんダルい!」
「まさかの即答」
こちらの言葉に反応して、客室から現れたのはXちゃん。
その格好は、なりきり郷での普段着──要するにシンフォギアめいた部分アーマーではなく、いわゆるセイバーさんの普段着である、白いブラウスと青いスカートという出で立ちであった。
真面目な顔をしていれば、ちょっと背丈(と一部)が大きいだけのセイバーさんにしか見えない感じの姿である。
実際、聞き込みの最中は言葉の通じなさそうな外国のお嬢様、みたいに思われていたような節があったりしたので、周囲からの印象はそう間違ってもいないだろう。
「……あれ?待っていて下さったんですか?先に行っても構わなかったのに」
「能動的に待ったというよりは、なし崩し的に待った形かな……」
「なる、ほど?」
続いて出てきたのは桃香さん。
郷の中では改造チャイナ服、みたいな原作の彼女ともまた違う服を着ている彼女だが、今回は地味めの色の服で纏めた、比較的大人しい姿となっている。
……髪の結い方が
元の彼女と比べると落ち着きに満ちているのもあって、なんだか歳上感が凄い。
「うふふ、十七歳です♡」
「おいおい」*5
「……今の奴に通じんのか、それ」
あらあらうふふまで完備している桃香さんに、戦慄を覚えつつ。ボソッと呟いた銀ちゃんが、腕ひしぎ逆十字*6を極められているのを流して、そのまま食堂車に向かう私達。
後ろでなんか首を絞められた鶏のような絶叫が上がっていたが、私からはナニモイウコトハナイ……。
「……いや、なんだ今の声?」
「気にしないでコナン君。郷でなら変な声とか、日常茶飯事でしょ?」
「そう……だったか……?」
なお、途中で合流したコナン君は、頻りに後ろを気にしていたのだった、優しいね♡
「焼きたてのクロワッサンに切れ目をいれて、そこにポテサラを挟むッ」
「あ、美味しそう。私もなにか挟んでみようかな……?」
朝の食堂車はどうにも人気がないのか、私達以外に人の姿は見当たらなかった。
……まぁ、一週間近く列車に乗りっぱなしになることもあり、外に出られる時には外に出たい、という人が多いのかもしれない。
そこら辺は運営側も織り込み済みなのか、用意されている料理も、量はそこまで多くはない感じだった。
種類は普通に多いので、選ぶ楽しみは存分にあるわけなのだけれど。
選んだ結果、こうして
「ふむ。ところで昨日の話、検討はして貰えたかな?」
「まぁ、気が向いたらってことで。安売りはしないよー?」
「なんと。……いやいや、前向きに検討して貰えるだけでも、私にとっては有難いことだよ」
そうして焼きたてクロワッサンに舌鼓を打っていると、対面に座ってスープを啜っていたバソから、昨日彼と話した件について返事を求められる。
特に断る理由もなかったため、検討させて貰います*7と返してあげると、彼は嬉しそうな空気を滲ませながら、残りのスープを優雅に飲み干していた。
……え、なに銀ちゃん。隣のマシュが凄い顔をしてる?ってうわマシュ目怖っ!?
「あーいやマシュ?別に変な話じゃなくてね。バソからメカクレウィッグ付けてみないか、ってお誘いを受けたってだけでだね?」
「ぶぉぉぉぉぉっ!!ぶぉぉぉぉぉっ!!」
「サイレンならぬ法螺貝警報!?いや待って流石に盾で物理はダメだって!」
こちらの解説を聞いたマシュは、即座に盾を顕現させてバソに殴り掛かろうとした。
別に彼が悪い訳でもないので必死で止める私と、微妙な顔でこちらを見詰める銀ちゃん。
幸いにして、朝で人が少ない時間帯だったこともあり、特に周囲に見咎められることもなかったが……なんというか、マシュらしからぬ暴走である。
今回BBちゃんは居ないのだから、あまり危ない橋を渡るのは止めてほしいところなのだが……。
「で、ですがせんぱいっ!?」
「だーかーらー、変な話じゃないんだってば。さっきはバソから誘われたみたいな言い方したけど、実際には趣味の話になった時に、流れで目隠れってどんな感じなのかな、って聞いてみた結果だし」
心血を注いで趣味に邁進するバソの姿に、ちょっとばかり興味を抱いた私が、彼に『そんなに目隠れって良いものなの?』って聞いた結果、『体験してみるかい?わかるかもしれないよ、秘境に挑む私の気持ちが……ね?』と誘われたので、その返事を今したというだけの話なのである。
感覚的にはこっちからお願いしたようなもの……なので、それが原因でバソがぼこぼこになるのは、流石に気が咎めるのである。
「はっはっはっ。だからあれだろう?今この場でそこの銀髪パーマ君にメカクレをお薦めすると、漏れなく君に血祭りに上げられるってことだろう?」
「私がやらずとも他二人にやられると思うけどね」
「はっはっはっ。見えてる地雷だなぁ」
なので、私以外の誰かに彼が
というようなことを説明したところ、漸くマシュは落ち着きを取り戻すのだった。
「……いや、騒ぎすぎだろ」
「そうだね、反省してます……。それにしても、ホントに人居ないんだねぇ」
呆れたような声をあげるコナン君に小さく謝罪の言葉を返し、改めて食堂車の中を眺める私。
結構な騒ぎだったと思うのだが、生憎と他の誰かから文句を言われる……というようなことにはなっていない。
車掌とかシェフとかすら現れないあたり、文字通り現在食堂車には人が居ないのかも?
「……妙だな」
「おっと再びの『妙だなカウント』。やっぱり人が居ないってのは気になる感じ?」
そんな感じのことを口にしたところ、彼から返ってきたのは『妙だな』の一言。
……順調にコナン君力を高めているその姿に、思わず軽口を叩いてしまうが。それを聞いた彼は、料理を指差しながら口を開いた。
「料理、出来立てだろ?」
「ん?……そうだね、クロワッサンとかカリフワアッチッチ、って感じだったし」
「……その擬音はどうでもいいとして。量を多めに作っていない以上、粗熱が取れるまではそんなに時間が掛からないはずだ。だけど」
彼が指差しているのは、スープカレーの入った鍋。
その鍋の大きさは業務用のそれではなく、精々が家庭で使うような、ちょっとだけ大きいくらいのサイズのもの。
……一般に、モノが冷める時に一番影響が大きいのは、気化熱と外気との温度差による熱の移動だとされる。
大きな風呂になるとボイラーによる加熱が必要になる……というのは、空気に触れる水面が広くなることで、それらの熱が奪われる速度が上昇するため。
なので、蓋を閉めた鍋というのは……蒸気の逃げ場がなくなることによって、鍋の中の僅かな隙間では飽和水蒸気量にその内引っ掛かってしまうため、結果として外気との温度差による熱の放射が、冷める時の一番の要因……ということになる。
また、液体のような流動性のある物体の場合は中で対流が起きるため、冷えた部分は下に・熱い部分は上にという風に、自然にかき混ぜられることとなる。
コーヒーなどをかき混ぜると冷めるのが早いのは、空気の方が温度が低いのが普通であるから。
容器から逃げる熱よりも、水面から逃げる熱の方が総量が多いのが普通であるため、結果としてその
なので、私達が来る前から
下がIHのコンロというわけでもないのだから、この鍋は本当にただ外気に晒されているだけであり、蓋も空いている以上は少なくとも、息を吹き掛けて冷まさなければならないような熱さでい続けるためには、本当に
……説明が長い?じゃあ、結論だけ。
「……シェフが近くに居ないのはおかしい、ってこと?」
「そういうこと。食堂車は一番最後尾の車両だ。更に、この車両そのものからホームに降りられる出口は一ヶ所、キッチン側にある勝手口のみ。さっきからホームを見てたが、シェフらしき人間がホームを歩く姿は見られなかった」
「ホームの方も出口が食堂車とは離れた位置にありますから、私達に見られずに移動するのは不可能……というわけですね?」
要するに、料理を用意したシェフが居なくなるための時間が、まったく足りていないのである。
あれだけ大声で騒いでいたのだから、食堂車内に居るのであればなにかしらの反応を示すのが普通だろう。
だが、先ほどから今に至るまで、シェフが反応を示してくることはなかった。
じゃあ、もう中には居ないのでは、という話になるのだが……コナン君や桃香さんの言う通り、私達の視界に入らず移動する、というのはほぼ不可能。
すなわち、ここで導き出される答えとは。
皆で顔を見合わせるのは、なんとなくこれからの展開が思い浮かんでしまったため。
気不味い空気を滲ませながら、全員でキッチン──食堂部分とは壁と扉で隔てられているその場所に移動する。
そうして、私達が目にしたのは。
「そ、そんな……平川さん……」
大きなチョコケーキに顔を突っ込み、微動だにしない男性──パティシエの平川さんの姿だったのだ。
そういえばいつの間にか200話到達しました。
今後もお付き合い頂ければ幸いです。