なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~   作:アークフィア

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転生モノではありません

「……ええと、つまり?貴方は今の自分が、この世界の誰かに憑依するという形で転生してきたのだと思っていた、と言うことですか?」

「ぬぐっ……そ、そういうことに、なるかのぅ」

 

 

 土下座を止めた少女は、それでも正座を維持したまま、マシュからの質問に受け答えしている。

 先ほどまで彼女が召喚していた二つの騎士も、今は送還され姿形もなく、その瞳もまた普通の彼女の瞳の色(ただの青)に戻っていた。

 まぁ、話し合いをするのに武器を向けたまま、というのは礼を欠くのというのも確かなので、彼女なりの誠意というやつなのかもしれないが。

 ……今の自分は丸腰だ、と見た目で示す意味もあるのかもしれない。

 

 さて、改めて彼女がなにを勘違いしていたのか、という話に戻ると。

 

 私達なりきり組に降り掛かっている現象の名前は『逆憑依』。

 現実世界に存在する人物に、創作世界の存在がその意識ごと上書きされる……という形で成立する、謎の多い現象。

 まぁ、憶測でモノを語っている部分が多く、その全容は未だ解明されていないわけなのだが。……先の説明にしろ、本当にそういうモノなのかは、はっきりとはわかっていないわけだし。

 恐らくこの日本、どころか世界で一番『逆憑依』というものに造詣が深いと思われるなりきり郷ですら、その程度の知識しか持っていないのが、『逆憑依』という現象なのである。

 

 ──と、なれば。

 詳しい現状説明を誰かにされることもなく、在野で一人自身の状況に疑念を抱きつつ、普通の生活を送っていた者が居たとして。

 その人物が、自身の現状の考察の結果として思い至るもの……というと、一体なんになるだろうか?

 

 ──答えは単純。今流行りの()()()()()だと思う、である。*1

 

 私達の中身の人格は、憑依してきた存在の人格(それ)に覆い隠されてしまっており、基本的に表層に浮上することはない。

 ゆえに、基本的にはその人格の持つ知識だけが、憑依してきた側にもたらされている……という風に認識されている。

 

 その様が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()『憑依』という現象の逆。

 創作から現実世界に放り込まれ、そこにいる何者かを内に呑み込んで、自身の存在を安定させている……という形に見えるからこそ、この現象は『逆憑依(手順が逆の憑依)』という名を与えられている……というわけなのであるが。

 

 それを踏まえると、創作世界の時点で既に憑依や転生を行っている人物達──言い方は悪いが敢えてこう纏めよう。

 いわゆるなろう系の主人公*2と呼ばれる人物達が、仮にこの『逆憑依』という現象に巻き込まれた時、かつ近くに詳細な説明をしてくれる誰かが居なかった時。

 彼らが現状の考察のために参考にするのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になる、というわけだ。

 

 それにより『なりきり(ごっこ遊び)』というある種の儀式を以て、自分達を呼び寄せた者の人格を塗り潰して憑依したのが今の自分……という認識になり。

 結果として彼らは、微妙に別ジャンルである『現代入り』*3と混同した形で現状を理解してしまう、という事態に陥ってしまうのである。

 

 この認知の差、というものは意外と大きいもので。

 自分達が『逆憑依』──すなわち現状が、単に誰かの居場所を間借りしているだけに過ぎない……ということを正しく認識しているのであれば。

 元々ここにいるはずの誰かの迷惑になるようなことは、極力しないようにと自重することを考えられるかもしれないが。

 

 自分達が『現代入り』のようなもの──すなわち、本来ここにいた誰かは、既にもういない誰かである……という認知である場合。

 俗にいう『現代入り』とは、異世界の人物達がその思考のギャップを以て、現実を引っ掻き回すことを主体とするジャンル。*4

 ゆえに、本来の誰かを押し退けて、ここにいる自分に望まれていることとは。

 この世界で彼らの代わりに好きに生きることだ……なんて、とんでもない思い違いをしてしまう可能性は、否定しきれないはずだ。

 結果として、周囲にとんでもない禍根をもたらすことだって、ないとは言い切れないだろう。*5

 

 ……まぁ、そういう意味では、ここにいる彼女は随分とマシな方だったわけなのだが。

 いわゆるざまぁ系*6の作品の主人公とかが、罷り間違って同じような状況に放り込まれ、同じような勘違いをした場合。

 彼らが自身の中に知識として存在する人物──すなわち本来現実で生きている彼らの意思を汲んで、自身と同じようにざまぁを仕掛けていく……なんて、目も当てられないような事態に陥ってしまっていたかもしれないのだから。

 

 とはいえ、本来はこんなことにはならないはずなのである。

 この『逆憑依』という現象は、どこまで行っても再現度との戦いを避けられないもの。

 すなわち普通のなりきり組は、どこかで()()()()()()()()()という認知を抱くはずなのである。完全に元の自分(原作)を再現できる者なんて、いるはずがないのだから。*7

 その自己の不一致こそが、これが『現代入り』であるという認識を阻むのが普通であり、事実今まで出会ってきた人々は、大なり小なりその認識を抱えた者ばかりだった。

 

 ……なにが言いたいのかと言うと。

 彼女の再現度がある程度高かったからこそ、彼女がそもそも転生や転移のような事態に関わったことがあったからこそ。*8

 彼女は自分の現状を、転生や憑依の際の一時的な不調と捉え、そこに付随するこちら側(現実)の知識を、さほど重要視しなかった。

 結果、彼女は白昼夢を見続けているような状態になっていた、というわけである。

 自分が主人公で、周囲は自分を中心にして回っているのだと。……雑に言うのなら『強くてニューゲーム』である。*9

 

 

「ぬあああ……わしと、わしとしたことがこんな、こんなこっ恥ずかしい勘違いをするなど、ぬ、ぬぐぐぐ……ぬああああっ!!」

「わ、わわわわっ!?おおお落ち着いてください!額を列車の天井に打ち付けるのは止めて下さい!?」

 

 

 要するに自分に酔っていたようなものなので、そりゃまぁ厚顔無恥*10とは行かず。

 こうして彼女は、羞恥から地面に頭を打ち続けて記憶を失おうとする、という奇っ怪な行動を取り始めたわけなのでした☆

 ……どうしたもんかね、これ?

 

 

*1
文字通り『異世界に転生する』もの。だが、大枠のジャンルとしては『転移』なども含む。『現実での知識を、他世界に持ち込む』ことで何かしらの成功を掴む、というパターンが比較的多く散見される為、とも。無論、その知識こそが失敗を生むパターンも存在はするが。流行の起源を辿れば『ゼロの使い魔』の二次創作に至るとか、元祖を探ると『聖戦士ダンバイン』やら『天空戦士シュラト』になるとか、深く探ってみると意外と奥深かったりする。昔話などの『外から来た人間が何かしらの恵みをそこにもたらす』ようなモノも、分類としては転移に近いとも言えなくもないわけなのだし

*2
ここでは『異世界転生』系のキャラ、の意味。なろう系と揶揄されるのは、そのサイトでの小説の大半が『異世界転生』系列だから。その為、厳密にはそこ出身でなくとも『なろう系』という風に括られることがある。最早ジャンルだと言うことか

*3
元々は『東方Project』シリーズの用語。そちらの世界に他作品やオリジナルのキャラクターを投入することを『幻想入り』と言うが、それの反対のパターン……すなわち『東方Project』のキャラクターを現代に持ってくるもの、というタイプの作品のことをこう呼ぶ。『東方Project』の根幹設定として、妖怪達は現代においてはまさしく『幻想』、消えるしかない存在である為、どれほど強大な存在であれ、外では等しく弱体化するのが普通?であるので、大体彼女達は元の幻想郷に戻る為に悪戦苦闘することになる、というような話が基本。なお、そこから『創作世界の人物が、現代にやってくること』を『現代入り』と呼ぶこともあるとかないとか(このサイトにも『東方Project』以外の『現代入り』作品が何点か存在する)。一応作品の区分としては『異世界転移』にも含まれていると言える

*4
元義である『東方Project』のものではなく、それ以外の作品で使われる時の話の流れ。郷に入っては郷に従えと言うが、生活習慣などのギャップは意外と馬鹿にしたモノではない、とも言えるか。基本的に元の世界に戻る為に悪戦苦闘するのは同じだが、その過程で価値観の違いなどから騒動を起こす、というパターンも多い

*5
一度『転生』や『転移』を経験してしまうと、次も()()なる可能性を思考してしまう、というもの。要するに一回神様とかに会っている為に、悪い意味で自分が創作のキャラである、という自覚を持ってしまうということでもある。反逆者気質なら無茶苦茶やり始めるし、従順な気質でも居もしない神の思惑通りに動く、などの事態に陥りかねないという懸念とも。どちらにせよ、生に対して若干いい加減になる可能性は否定できない

*6
他者を見返す、という行為に特化した作品ジャンル。『追放系』などもこのジャンルの一種になるだろう。他者の悪意に対して悪意を以て返すという形からして、復讐譚の一種とも言えるだろうが、正当な復讐であれやり過ぎれば周囲から忌避される……という復讐の悲嘆を描かないものが多い為、人によっては違和感を覚える場合もあったり。──一線を越えた(新たな知識を得た)ものが、また一線を越えないとは限らない。無関係の他者からはその線引きがわからない以上、些細な間違いで復讐される(また一線を越える)可能性は常に付き纏う。その恐ろしさから、復讐が過激であったのならばあっただけ、周囲から排斥される可能性は高まっていく……ということでもある。復讐譚はあくまでも離れて見るからこそ楽しんでいられるわけで、身近で起きたのであれば人間の恐ろしさを実感するだけだ、とも。まぁ、全ての作品がそういうもの、というわけでもないのだが

*7
例え原作者であっても、人である以上はいつまでも同じではない。故に、最初に書いたキャラと最後の方のキャラが違う、ということは往々にして起きることである。そもそもキャラが成長するのも道理である為、『原作が解釈違い』などという意味不明な事になったりするわけである。ある意味、『原作者が書いているのだから間違いない』という風に見るのが普通だ、という受け取り方もできなくもない

*8
なお、厳密には彼女の場合は『ゲーム世界に入り込む』タイプであり、『転生』や『転移』とは微妙に違ったりする

*9
RPGなどにおいて、ゲームクリア時の能力を引き継いで物語を最初から始められる機能。物語の進行と同期してキャラを成長させて行くRPGにおいては、序盤の敵はなんであれ弱く、後半につれて強くなっていく……という形になっているのが普通である。その為、序盤で勝てない敵に当たったとしても、設定された能力としては終盤の敵よりも弱い、ということもザラにあるわけで。……結果、終盤まで進んだキャラで最初からやり直すと、そこら辺のストーリー展開を無視したりできるようになるわけである。ゲームによっては、そうして無理矢理勝つことで新しいルートが開けるモノもあったりする

*10
要するに恥知らず。面の皮が厚いので顔色が変わらない、という意味も含む


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