なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「え、ど、どういうことなのコナン君?」
「……事の起こりはクリスマスよりも前。とある
当時、経営難からあらゆる手を模索していた、社長であるかの男性は、藁にもすがる思いでなりきり郷の存在を嗅ぎ付けた。
曰く、創作の世界の人物達が、堂々と闊歩する異界。
今の日本において、少しずつ影響力を持ち始めているその場所は、言うなればお宝の山。
それゆえに関わり合いになるには、厳しい検査などを受ける必要があったが、元より善人気質の彼にとってそれらの項目はさしたる障害とは成り得なかった。
それもそのはず、彼は金儲けがしたいのではなく、家族の思い出を守りたかっただけだったのだから。
「……思い出?」
「そう。彼が赤字を推してまでクルーズトレインという、金食い虫とも言われかねない事業を続けていたのは、それが祖父から続く思い出の場所だったからだったんだ。……例え彼方に至る倒産という着地点から変わらずとも、『良い思い出だった』と終わらせたかったからこそ、彼は郷での調査に対して『問題なし』という太鼓判を得ることができたんだ」
祖父の代より引き継いできた、クルーズトレインという事業。
元々は単なる寝台特急だったそれを、時代のニーズに合わせて旅行プランとして確立して行き、その結果として一財を築き上げた彼の父。
そしてそれを更に受け継いだ男性は……それでも、この事業が徐々に小さくなっていかざるをえないものだということを、薄々と感じていた。
富裕層向けに考案される旅行プランというものには、それに見合った質や格と言うものが求められる。
そしてその質や格を維持するために、相応の時間や費用を必要とするものでもある。……庶民に手の届かない商売と言うのは、それだけ儲けに関してはシビアと成らざるを得ないのだ。*1
結果、どこかで些細なつまづきを迎えた途端に、経営は火の車となっていったのだろう。バブル期が終わり、中間層が娯楽への出費を削り始めたことも、一種の向かい風として働いたはずだ。
けれど、それは時代の流れゆえに仕方のないこと。
終わらないモノなどありはしないのだから、せめて思い出は綺麗なままにしておきたい……と、彼が最後に向けて準備するのもまた、ある意味では必然だったのである。
そのための最後のイベントとなるのが『怪盗』。
クルーズトレインは経営難から廃業になるのではなく、『怪盗』という存在によって奪われていったのだ……ということにしてしまうことで、せめて人々の記憶の中にだけでも残そうとしたのだ。
「八雲さんがその話を受けた時、丁度アルトリアさんが居たらしいんだよ」
「ああ、なるほどね。彼女自身が体験したことではないとは言っても、その境遇には思うところがあったんだ……」
そしてその話を八雲が聞いていた時、たまたまアルトリアが同席していたのだという。
彼女は本来であれば
ゆえに彼の境遇には共感を抱く部分があり*2、八雲に対して彼の手伝いをできないだろうか?……と、ある種の
社長自身の人柄の良さもあり、八雲はアルトリアのその願いを受諾。
クルーズトレインの最後の運行には、こちらからできうる限りのお手伝いをします……という約束を両者は交わすこととなる。
──その約束で定められた日というのが、バレンタイン。
そう、すなわちこの列車が運行する時のことを、約束していたわけだ。
「だが、その約束を交わしたあとに事件が起きた。……会社の経営の悪化が思ったより早く、倒産が二ヶ月ほど前倒しになったんだ」
最後の時を迎えるために、各地を奔走した男性。
しかし、その願いも空しく、会社の経営は急悪化を続け。
約束の期限となるバレンタインには、遥かに届かない十二月。そこで、彼の会社は倒産を迎えることとなり、同時にクルーズトレインの最終運行日も、予定よりも遥かに前倒しされた、クリスマスイブの日になってしまった。
……が、その事を八雲に伝えようとした彼は、クリスマスという日がなりきり郷の中でも特に忙しい日だということを知らず、結果としてその報告は八雲の耳に入ることなく、時間の経過と諸々の事件によって忘却されてしまったのだった。
ゆえに、八雲達はその男性が、今から
「亡くなった、って……」
「前倒しされたクルーズトレインの最終運行日の当日。彼は、いつの間にか愛の冷めてしまっていた妻によって殺害されている。……実行したのは、彼女の愛人だったそうだけど」
恐らく、倒産が決まってもなお軟着陸を願い続けた彼と、その妻との間では、余程の軋轢があったのだろう。
今まで散々贅沢に暮らしてきた癖に、こっちの願いは聞かないのかとか。
二人の間にどんなやり取りがあったのか、それを知らない第三者には想像するより他ないが。
目に見える結果として、妻が夫を自殺に見せ掛けて殺したのは事実。
男は偽物の遺書と共に、彼が父や祖父との思い出の場所と語っていた客室の一室にて、首を吊った状態で発見されることとなる。
……それだけならば、言い方は悪いがコナンや金田一などで描かれる一エピソードと、大した差はなかっただろう。
だが、その日はクリスマスイブ。
丁度なりきり郷においては、『白面の者』の顕現が差し迫ったタイミング。
ゆえに、無念の想いは形を以て、報復の刃を彼らに届かせることとなる。
「実行犯である愛人と、妻。……その二人の魂を生け贄にして、『幽霊列車』は形を持った。そして、その
「……いやはや。見事な推理です。それを私の列車でやって貰えれば、きっとよい思い出となったでしょうに」
聞き返したコナンの目の前に居たのは、
「えっ!?ど、どういうことなのコナン君!この人、さっきと姿が……!」
「こっちが本当の姿なんだよ。……さっきのは、この『幽霊列車』が辻褄を合わせるために彼に被せたアバターだったんだ」
「……そっちの小さな探偵さんの言う通り。私は彼の姿を被せられ、宝石を運ぶ者として扱われていた」
そう、彼こそが八雲に『怪盗の派遣』を頼んだ張本人。
このクルーズトレイン『エメ』の本当の所有者である男性だ。
彼がバレンタインに想定していたのは、
なりきり郷から派遣された『怪盗』による、会社の終わりを華やかに盛り上げる、最後の大花火。
そう、先ほどまでの彼は、その筋書きをなぞっていただけに過ぎないのである。
「……あれ?でもちょっと待ってコナン君、確かなりきり郷には、
「発想の転換だよ、蘭。さっき、
「う、うん。そんな感じのことを言ってたよね。……って、もしかして……?」
そこで疑念となるのが、『怪盗』の所在。
そう、なりきり郷には怪盗が居ない。正確には、こういった場所で派手な演出を交えられて、かつ殊更に悪人ではないタイプの怪盗──例えば怪盗キッドや、かのルパン三世*4のような者は存在しない。
それなのに何故、八雲紫は彼の話を承諾し、その手伝いをしようとしたのか。
──その答えこそが、
『後から再現度が上げられると言っても、それには限度があるのではないか』。
元となるのが【顕象】のような、端から無限の成長性を持つものならばいざ知らず。
器の大小に左右されると思わしき普通の『逆憑依』において、彼らの
また、場面による成長にしても、どこまで上げられたものかわかったものではないはず。
なにせ、
完全に同じ場面など、どう足掻いても用意することはできない。つまり、こちらにも限度はあるはずである。
それらの不可解な要素を、確かめる手段はないだろうか?
そう考えた彼女の前に、転がり込んできた絶好の機会。
そうして検証しようと張り切ったのが、『再現度が上がった際に、本当に場面の変化を引き起こすのか否か』。
再現度の上昇による世界法則のねじ曲げは、起こりうるものであるのか否か。
相手方が
双方の利害が一致した結果、
無論、危なくなりそうならすぐに止めるからね?という、八雲紫からの忠告付きではあったが。
──すなわち。
コナンがこの列車に居るのは、そもそもに
再現度の上昇を確認することで、後々同一の現象が起きた時に対処する手段を研究するため……という、
「俺がコナンらしくなって怪盗の一人でも呼べれば儲けもの。人為的に【兆し】を発生させられたってことで、後の研究にも繋がる。……ついでに、なにかしらパラメーターの変化を観測できたなら、『逆憑依』をひっぺがす方法だって見付かるかも知れない……みたいなことを、琥珀さんは言ってたっけな」
「あ、あー!思い出した!なんだかすっごい危ないことしてるって、私心配になって!それで、ライネスちゃん達を連れて、慌てて追い掛けて来たんだ!」
コナンの言葉に蘭が思い出した、とばかりに大声を出す。
勝手に危険なことを始めたコナンに、憤りながらその後を追い掛ける──。
そんなやり取りを交わしたことを、今更になって記憶の底から掘り当てたのである。
そして、それに驚いたような表情を向けた人物が一人──。
「……社長さんは、別に犯人でもなんでもない。彼はどこまで行っても被害者だ。けれど、彼が交わした約束を果たすため、彼の無念を晴らすため。
静かなコナンの言葉に、諦めたように眉根を下げる一人──彼の隣で秘書の姿をしていた