なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
さて、それが自身を自覚したのはいつの時だったか。
彼が無念に沈んだ時だったか。はたまた、彼女が生まれた時だっただろうか?……いや、それらよりもっと昔のことだったような気がする。
そう、例えば──。
「お祖父様!」
彼が、その人の笑みと、その場所を愛した瞬間……だったような。
『わかりませんわかりませんなぜですかどうしてですかなぜわたしのじゃまをするのですか』
「ぐっ!?」
「きゃあっ!?」
相手が何者であるのかを指摘した途端、脳内に響いて来るのはあまりに甲高く、意味を理解することの叶わない謎の言語。
この列車が意思を持ってこちらに話し掛けているのだ、ということはわかる。わかるが、なにを主張しているのかまではわからない。
とはいえ、相手が暴走している【顕象】であるのならば、それ相応の対処をせねばならぬというのも確かな話。
特に、この列車が『魔列車』の性質を得ているのであるとするならば、それはすなわち無関係の乗客をも巻き込み兼ねない、死の逃避行を敢行しかねない状態であるということでもある。
もし仮にその仮説が真実であるならば、是が非でも止めなければならないと言えるだろう。
「えっ!?ど、どういうことコナン君!」
「『魔列車』ってのは、死者をあの世に連れていく霊柩車でもあるんだ!それゆえに、本来なら死者しか乗ることができないんだよ!」
「ええっ?!」
コナンがこの『幽霊列車』の正体と見込んだ『魔列車』とは、ファイナルファンタジーⅥが初出とされる存在である。
冥界へと死者の魂を送り届ける役割を持つこの列車には、本来であれば
恐らくは娘の願いを聞き入れた、この列車の元となったイマジンが、その『願いを叶えるモノ』という性質があまりにも
もはやその意識はイマジンとしてではなく、『魔列車』そのものと化しているが……それゆえに、融通が一切利かなくなっているのだと思わしい。
結果、この列車は原作のそれと同じ制約を、己に敷いている可能性があるのだ。
本来は死者しか乗り込むことができないからこそ、乗り込んだ者が例え死者ではなかったとしても、それらも含めて全てを冥界に
「そ、それじゃあ私達、冥界に向かってるの!?」
「これからそうなるかもしれない、ってこと!単純に『魔列車』をなぞっているにしては変なところが多いから、もしかしたらもうちょっと複雑な理由かもしれないけれど!」
よもや現在の自分達が生か死かの境目に立っているとは思いもよらず、微かに震えた声をあげる蘭。
動揺しながらも社長親子から警戒を外さないのは流石だが、現状注意するべき相手としては、ちょっとずれているとも言えなくもない。
今回の事件において、彼らは被害者としての面の方が強い。
幾つもの偶然が噛み合ってここに立っているという方が正しく、ゆえに彼らを警戒しても、こちらに対して悪意あるリアクションを起こしてくることはまずないだろう。
……そう、今彼らがここにいるのは、寧ろこちらを逃がすためなのだ。
そのような感じのことを、コナンは蘭に説明する。
「えっ?!」
「……その通りですよ。私は、確かに無念を抱きました。ですがそれは死したことにではなく、この列車を静かに終わらせることができなかった、ということについて。……こんな形で周囲を巻き込むつもりは、私には一切なかったのですから」
「え、じゃあなんで貴方は、鈴木さんの真似を……?」
「
そう、彼らは
役割を被せられた彼らは、その役割から外れた行動を行うことは出来なかったのである。
それが、なんらかの理由によって
「で、でもそれだと、この二人が!」
「私達については、お構いなく。……私に関しては、そもそもに死人です。娘も、不可抗力とはいえ妻を手に掛けたようなもの。お咎めなしとはいかないでしょう?」
「そ、それは……」
「話は後だ、蘭!とりあえず、外に出ないと!」
蘭は目の前の二人を気にしているが、コナンとしてはそれよりもまず脱出を先に考えるべきだと彼女を諭す。
この列車が暴走を始めた、というのは最初に示した通り。──その暴走が、終点までの急行だとするのであれば、こうして悠長に話している時間はないはずなのである。
「そ、それならそう言ってよ!」
「悪いな蘭。……言わなかった理由があるんだけど、聞く?」
「え、なによその、含みのある言い方……」
要するに、バイオの終盤でよくあるタイマー始動状態*3が現状だ、というようなことを説明されて、顔を真っ赤にして怒り始める蘭だが……。
対するコナンは苦い顔をしながら、辺りを見渡していた。
……そう、現状は爆発し始めた施設の中に居るようなもので、一刻も早い外への脱出が推奨される状況である。あるのだが……。
「……出られるのか、これ」
思わず口をついて出てきたのは、脱出口が見付からないということについてのもの。
そう、先ほどまで外の景色を写していたはずの窓ガラスは、今や黒い靄に覆われ外界を見ることは叶わない。
要するに、単純に窓をぶち破ったところで、外に出られる保証がないのである。
かといって、無闇に先頭車両を目指したところで、本質が『幽霊』であるこの列車に、こちらの攻撃が通用するかはわからない。
最悪、再び思考誘導でもされて、なにも知らないままにあの世行き……なんて可能性もあり得るだろう。
要するに、現在コナンは必死にこの状況の打開方法を、脳内で演算中なのである。演算して、それでも見付けられていないのである。
「……あーくそっ!こうなりゃ一か八かだ!」*4
「えっ、ちょっ、コナン君?!」
乱雑に頭を掻き毟ったコナンは、突然地面にしゃがみこんだ。
なにをするつもりなのかはわからないが、なんとなく宜しくないことが起きそうだと思った蘭が声をあげるが……対するコナンは止まらない。
考えすぎでちょっと頭に血が上ってしまった彼は、最早この列車を笑うことができないくらいの暴走列車と化しているのである。
「社長さん!ちょっと荒っぽくなるけど許してね!」
「──ええ。構いませんよ」
なにをするつもりなのかは知りませんが、と嘯く社長だが、彼はなんとなく、現状を打破する一番の方法に気付いていた。……自分からそれを言い出したくはなかったので、決して口にはしなかったが。
コナンが今から行おうとしているのは、恐らく彼が思っていることと同じだろう。ゆえに彼は娘を手招きして、コナンの背後へと退避する。
そんな彼の行動に、コナンがなにをしようとしているのかを察した蘭は、慌てて彼の後を追ってコナンの背後に回る。
そんな周囲の状況など露知らず、思考のし過ぎでオーバーヒートし始めたコナンは、しゃがんだ体勢で足下──正確には、自身の履いているスニーカーに手を伸ばしていた。
(元々は単なる形だけのアイテムだったけど。……タイミングが良いというか、だからこそここに居るというか)
「なんにせよ、使わせて貰うぜ琥珀さん!」
そうしてバックル部分から射出されるのは、圧縮されていたサッカーボール。
そう、『どこでもボール射出ベルト』と『キック力増強シューズ』。
もし、
時間は掛かるが、これが一番の方法であることに疑いはない。
故に、彼はダイヤルを
〈ブレード・シューティングスターモードへ移行〉
「……ゑ?」*6
スニーカーから響いてきた無機質な音声に、思わず時が止まった。……止まったと感じたのはコナン達だけで、音声は無情に進み続けているのだが。
〈エネルギーライン、全段直結〉
〈イマジナリ・アセンション、正常実行〉
〈概念保護、物理保護、オールクリア〉
〈モーションアシスト、開始〉
「えっちょっ、ま、待って!ホントに待って!!?」
先ほどまでの熱狂はどこへやら、本気で焦り始めるコナンと、よくわからないけどヤバそうだと感じた蘭が、社長親子をその背後に庇いながら。
やがて機械音声は、決定的なその一言を告げた。
〈──発射します〉
「待っ」
コナンの意思とは裏腹に、体は勝手に動く。
それは
現状できる全てを注ぎ込み、
すなわち、『イナイレシューズ』。