なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「じゃあ、とりあえずはここから。さっきも来たけど、ここは食堂だよ」
「先ほどはあまり気にして見ていませんでしたが、本当に学生寮の食堂のような造りなのですね?」
「内装とかは、他の場所からそのまま貰ってきてたりするからね」
気を取り直した私達が、一番最初に向かったのは食堂。
先ほどは食事と会話に気を取られていたため、あまりちゃんと確認していなかったけれど……。
食券を売っている自販機があったり、食器を返すための棚が置いてあったりと、どことなく学校の食堂を思い出すような造りになっていることが窺えた。
それもそのはず、ここの設備は他の場所で使われなくなったモノを、そのまま譲り受けて使っているもの。
食堂の場合はその設備の大半が、廃校になったとある高校からの譲渡品であるらしく、学校っぽさが滲むのは半ば必然的なものだったのだ。
わりと好き勝手にあれこれ作ったりしている
「ふぉふぉう、ふぉーう」
「あいたたたっ?!……勝手に哀れむな、とでも仰っていらっしゃいます?」
「ふぉうっ」
「ふふっ、当たりみたいだね?」
「むぅ……」
そんな風に、周囲を腕を組みながら確認していると、唐突に飛んでくる黒フォウ君からのドリルダイブ。*1
偉そうに余所様を哀れむんじゃねぇ、的なツッコミだと解釈した私は、華麗に着地した黒フォウ君がアスナさんの肩に戻っていくのを、無言で眺めていたのだった。
……いやまぁ、彼に謝るのも違うだろうし、ねぇ?
「まぁ、『新秩序互助会』があれこれとやりくりしている、っていうのは間違いじゃないし。変に話題にあげなければ、それでいいんじゃないかな?」
「そうします。……
「……あ、そこからシリアスに行くんだ」
「いや、その……茶化すのは止めて頂ければと……」
「ふぉーぅ……」
そんな風にむっとした表情を浮かべていた私だけど、そこから話の軌道を修正しようとしたら、アスナさんから返ってきたのはそんな反応。
……おかしーなー、一応キリアちゃんは生真面目系キャラのはずなんだけどなー?
首を捻る私に向けられるアスナさんからの微笑みに、どうにも釈然としないモノを感じつつ。
そのまま、食堂内の別区画──厨房の方へと足を向ける。
「……ふむ?君は先ほどの……今度は一体なんの用かね?」
「こんにちわ、エミヤさん。今は施設の案内をして貰っている途中です」
「……なるほど。確か君は今日ここに来たばかり、だったか。ではそうだな……お祝いも兼ねて、こちらを贈ることとしよう」
「……?これは……?」
中に居たのは、先ほどと同じくエミヤさん。
他にも数人の人間が、材料に包丁を入れたり食材を煮込んだりしていたが、こちらに気付いたのは彼が一番最初であった。
で、その彼はというと、一度怪訝そうな表情を浮かべたあと、近くの流しで手を洗ったのち、こちらに近付いてくる。
食事は終わっただろうに、食堂になんの用かね?
……というような疑問を含んだ彼の問いには、私が今日ここに来たばかりであることを理由として返す。
その言葉に、小さく頷きを返した彼は、近くの業務用の冷蔵庫の前まで駆けていったかと思えば、そこから一つの皿を取り出して、こちらに差し出してくるのだった。
その皿の上に鎮座していたのは……。
「こういう場所では、食事の楽しみというものは殊の他比重の大きいものだ。……となれば、こういうメニューの一つや二つ、増やしていくのも急務でね。試作品で済まないが、少し味見役を頼まれて貰えないだろうか?」
「なんと、エミヤさんのチーズケーキですと……!?」
「苦いものは大丈夫かね?であれば、コーヒーも一緒に付けておくが」
「あ、はい。大丈夫ですっ」
まさかのエミヤ氏謹製のチーズケーキ!*2
突然の自身の好物登場に、ちょっと興奮を抑えきれない私である。
コーヒーは実はそこまで好きではないのだけれど、このチーズケーキを楽しむために彼が用意してくれるのだとしたら、それは美味しさに微笑むこと間違いない類いのものだろう。
なので若干食い気味に了承の意を伝えつつ、これまた用意して貰った折り畳みの椅子に座る私である。
……そこまでやって、アスナさんがくすくす笑っていることに漸く気付いたのだった。
「あ゛。……いやその、ちが、違うんですよ?折角試食をさせて頂くのですから、気合いを入れねばと思った次第でしてですね?」
「ふふっ……そうだね。エミヤさんのごはんは美味しいから、張り切っちゃうのも仕方ないよね?」
「ソウデスシカタナインデス……」
「……こら、アスナ君。からかうのもそれくらいにしてあげたまえ」
「はい、これくらいにしておきますね」
……うん、ケーキを出されて大喜びする幼女、以外の何物でもないですネ……。
微笑ましいものを見た、とばかりにニコニコしているアスナさんと、小さくため息を吐きつつも、その口元は小さく弧の字になっているエミヤさん。
そうぼやきながら項垂れる私なのであった……。
「……はい、ご馳走さまでした」
「ああ、お粗末様。感想は……まぁ、聞かずともわかるかな」
「まぁ、はい。文句の付けようのない美味しさでした」
数分後、お祝いを兼ねたチーズケーキの試食会は、アスナさんにも同じようにチーズケーキが提供されながら、滞りなく進み。
フォークを置いた私は、口元を拭いつつ味の感想を彼に伝えていた。
……まぁ、どこぞでも厨房を任されている彼の料理である、文句の付け所なんてなかったわけなのだが。
自身の好物であるという贔屓目を差し引いても、普通に専門店で出て来てもおかしくない出来映えのチーズケーキであった。
これなら、チーズケーキが苦手という人以外、ほとんどの人が美味しいと太鼓判を押すことだろう。
「ふむ、予想以上の好評価を貰えたようでなによりだよ」
「……?その口ぶりですと、褒められるとは思っていなかったのですか?」
そんな風に思っていた私なのだけれど、当のエミヤさんの反応は、思いの外安心したようなものだった。
それはなんとなくだが、料理に対してちょっと自身がなかった、みたいな態度に思えて、私は思わず首を捻ってしまう。
そんなこちらの疑問を感じ取ったらしいエミヤさんは、小さく苦笑を浮かべながら次の言葉を紡ぐのだった。
「試食、と言っただろう?……私達は皆『転生』の際に、自身の技能のレベルダウンを経験している。そのレベルダウンしたスキルというのは、なにも戦闘用の技能だけに留まらないわけでね」
「……あー、なるほど。調理技能にも不調が見られた、と?」
彼がなにを言いたいのかを察した私が、その答えを提示すると。
エミヤさんは小さく頷いて、こちらの言葉を肯定してくる。
ここにいる人々は、原則自分の身に起こったことを『転生』だと認識している。
……こちらに産まれた時の記憶は、あくまでも記録でしかなく。そこに実感はないのだから、どちらかと言えば『転移』の方が近いのかもしれないけれど……ともかく、ここの人々が『原作の自分達』を強く意識している、というのは間違いないはずだ。
その結果、『覚醒度』という評価を持ち出さなければならないほどの、
「『覚醒度』などという大仰な名前こそ付いているが、その実それは、己の不甲斐なさを示すものでもある。……かつての己はどこへやら。今の自分は、無謀にも太陽に挑んだ蝋の翼の勇者のよう……などという、些か詩的に過ぎる思いを抱えている者達も多くてね」*4
「……エミヤさんにも、そういう部分が?」
「否定はしない。錆び付いた剣など、折れて砕けるのみ。──
(……思った以上に真剣に捉えていらっしゃる……!?)
そうして語られた、エミヤさんの心情。
……
よもや
そんな風に、泡を食ったような態度となった私に、エミヤさんはむっとしていた表情を崩して、ふっと笑みを浮かべた。
……ちょっと違うけど、『答えを得た』時のような彼の笑みに、思わず慌てていたことも忘れて呆けてしまう私。
「──確かに。今の私は守護者などと言うのも烏滸がましい、もはや亡霊と相違ない存在なのかもしれない。……だが、それはそれでどこか清々しくもあるんだ。答えを得たと言っても、歩んできた道を間違えたのだと感じたことが、なかったことになるわけでもない。そんな私が、こうしてなんの因果か、新しく自分を始める権利を得たのだ。……で、あれば。目指す頂は以前の自身の向こう側。長らく己自身との戦いを続けていた私だ、今度はしっかりと越えてやるつもりなのさ」
まずは、料理の分野でね──。
そんな風なことを、綺麗な笑みで語り続けるエミヤさん。……聞いているこっちとしては、あまりにもポジティブ過ぎる結論で、思わず眩しさに目を
……うん。こんなのエミヤさんじゃねぇ!!爽やかすぎるわ!!
自身を『転生者』だと認識することによる、思いがけない弊害に閉口しつつ、夕食の準備に戻るという彼に別れを告げ、食堂そのものから外に出た私達。
「ふぉう、ふぉふぉふぉ?」
「……私、ここで上手くやっていけるのでしょうか……?」
「えっ?……あ、あはは。大丈夫だよ、多分」
「多分?!」
一応、ここを収めるリーダーとの面会こそがゴール、それ以降ここに残るようなことはないはずだけれど。
そもそもそこにたどり着くまでに、私はどれくらいの精神的ダメージに耐えなければいけないのだろう?
脳裏に浮かぶ、爽やかスマイルエミヤさんになんとも言えない思いを刺激されつつ、私は小さくため息を吐くのだった──。