なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「まぁ、既に予想は付いているかと思うが。水銀──メルクリウスの
「余の方も似たようなモノ。マスターテリオンの
「ああはい、宜しくお願いします……」
サクッと告げられた言葉に、半ば拍子抜けのような感想を抱く私。
それもそのはず、危険人物だと思っていた二人こそが、この場所では一番頼りになる人物だったのだから。……アスナさん?あの人時々暴走するし……。
ねーねーわしはー?*1という幻聴を聞き流しつつ、改めて室内を見渡してみる。
場所としては、とてもホコリっぽい……多分元々は倉庫かなにかだった場所だろうか?
薄暗いその場所に、先の二人がダンボールを椅子にして座っているわけである。……違和感凄いなこの光景。
想像してみて頂きたい。
ここにいる二人は、共にラスボス級の強者(の、姿をしている者)である。
仮に彼等が腰を下ろしている姿を描くのであれば、それは豪奢で華美な椅子に頬杖を付いて座る……とかのような、その威風を強調するようなモノが普通だろう。
対し、ここにいる二人。……ダンボールに座ってこちらを不思議そうに見ている。『座らないの?』とでも言いたげなその表情は、ギャグ空間ですら早々御目にかかれそうにないモノだ。
そりゃまぁ、なんというか最初からクライマックス*2、疲労値の加算速度二倍……みたいなテンションに、こちらがなってしまうのも仕方ないというか。
「言われているぞ、背徳の」
「それは貴様の方だろう、水銀の」
それと、外に居た時とは違い、露骨に仲が悪そうなのも胃に悪いというか。
……会話の内容がどうであれ、見た目は『コズミックラスボス*3達が、バチバチと睨みあっている』以外の何物でもないため、非常に心臓に悪いのである、複数の意味で。*4
なので、できればやめて貰おうと思い、声を出そうとした私は。
「──止めんか、
「……君に言われたのならば、仕方ないな」
「貴様の言に頷くのは癪だが……まぁ、仕方あるまい」
「まったく……すまんの、お若いの」
部屋の奥──暗くて見えないその場所から、別の男性の声が聞こえたことでそれを中断する。
声の主は二人を窘め、渋々ながらも彼等はその忠告を受け入れ、居住まいを正した。
その流れに、ここの主が誰であるのか、なんとなく察した私だが……聞こえてきた声が、
脳内で漏らした軽口に、小さく口元を歪ませるものの、頬を滑り落ちる冷や汗はごまかせない。
相対する闇の向こう、こちらを静かに見据えるその人物の、あまりにも鋭い眼光。
ごくりと生唾を飲む私の前で、件の声の主はゆっくりと、その姿を暗がりから現していく。
「──自己紹介が、まだじゃったな。儂は山本元柳斎重國。宜しく頼む」*5
「アッハイ,ヨロシクオネガイシマス」
現れたその人物の姿を見て、気絶しなかった自分を褒めたくなった私なのでした。
「ここはいわば、儂らのような『事実』を知ったものの溜まり場、のようなモノと言うわけじゃ。……まぁ、自ずからそこにたどり着いたわけではなく、半ば強制的にそれを知らされた、という方が近いようじゃが」
「はぁ、なるほど?」
ダンボールの椅子とダンボールの机。
そこにちょこんと着席した私は、山本元柳斎重國──もとい、山じいより進められた緑茶と羊羮に、手を付けるに付けられないまま彼等の話に耳を傾けていた。
ここにいる彼等は、とある共通点を持つ者達である。
その共通点というのが、言動や見た目こそなにかしらの創作物のキャラクターの姿を模しているが、その実内面は
──正しく『なりきり』であるのが、ここにいる者達なのだ。*6
「『その姿は君に貸すが、それ以上は自分でやりたまえ』……まぁ、その様な感じの言葉を投げられたのだったかな?気が付けば私は、この姿と幾ばくかの力を得て、この世界に意識を表出させていた」
「余も似たようなモノ。『盤外の視界か。稀人としてその地を眺むるも、中々に興味をそそる道程ではあるが──止めておこう。そちらには余が真に求めるモノは、どうやら有り得ぬようであるからな』という言葉と共に、余はこの世界に放り出されていたのだ」
「……ウワー,タイヘンデスネー」
「……ふむ。ちと休憩とするかのう。この娘にも、情報を整理する時間が必要じゃろう」
「ふむ、それもそうか」
情報の洪水で溺れている私を気遣って、山じいが暫しの休憩を告げるものの……こちらとしては休憩なんぞしている暇はないわけで。
以前、タマモや沙慈君の話題に上がった、
それと類似した事例となるのが、ここにいる人物達ということになるらしい。
本来『逆憑依』というものは、特定のキャラクターを複写し、それを型の上に投射する……というような方式で形成されていると思わしい。
服だけあっても、それを着せる人形が無ければ意味がなく。
服を着せた人形があっても、それを動かす誰かが居なければ、それは単なる『服を着た人形』でしかない。
その人形にどういう役割を持たせるのか、という
今までの事例は、三つの要素がしっかり満たされている『逆憑依』・
とはいえ、人形を動かすための『設定』だけは存在しているため、最低限体裁を整えることだけはできている。
結果、凄まじく
姿形が同じで、かつ本物と同じように振る舞うのであれば、それは偽物と言い切れるのか否か……という、スワンプマンと似たような意義を抱えた者達……。
「さながら【
「……ふぅむ?」
「ひゃわっ!?ややや、山本さん!?……あ、今のなし!今のなしです!呼び方として酷すぎるので!!」
思わずとばかりに呟いた言葉は、いつの間にか隣に立っていた山じいの耳に入ってしまったらしく。
こちらが適当に付けた名前に、彼は少なくない共感を得たようで。
「いや、それが良かろう。儂らはこれ以上の成長を為せぬ者。自身が生まれた沼地に、留まり続けることしか出来ぬ者。──我等を言い表すに、これ以上のモノもあるまい」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
こちらの悲鳴などお構い無し、山じいは勝手に自身達を【泥身】と自称するようになってしまうのだった。……口は災いの元ぉーっ!!
「……まぁ、過ぎたことを気にしすぎても仕方がないので、別の話をしましょう」
「それでこそ我が華。君は苦難を乗り越える姿こそ美しい……」
「……マスターテリオンさん、さっきから思っていたのですが、なんでこの人私のことを『華』扱いしてくるのですか?……ニュアンスがどことなく違う気がするので、『
私の口がトラブルメイカーなのは今に始まったことではないため、気持ちを切り替えて別の話をすることに。……しようと思った矢先、メルクリウスさんから飛んできた言葉に、思わず眉を顰める私。
ドラマCDなどでの暴挙から、彼が『コズミック変態』などと呼ばれているのは知っているが、その対象はあくまでもただ一人。
それ以外は有象無象、例外たる獣殿以外に、彼が執着を見せることなど無いはずなのだが……。
そんな疑問を込めてマスターテリオンさんの方に声を掛けて見たところ、返ってきたのは至極単純な答えであった。
「なに、単純なこと。余達は本人ではないが、本人であることを定められたもの。それゆえにその行動原理もまた、違えず引き継いでいるというわけだ」
「ええと……彼が永き生を歩んだのは、全て愛しき『
「然り。されども余達は本人ならざる者。……で、あるならば、その目的を
「えーと……?」
「小難しい言い方をするでないわ、この
「えぇ……」
メルクリウスという存在にとって、ある一人の少女への恋心は、その存在を支える支柱ですらある。
ゆえに、メルクリウスである限り、その愛は必ず抱え続けなければならない業、のようなモノだとも言えてしまう。
即ち、『メルクリウスであるならば、『
出会えない
それは『逆憑依』にしても同じこと。『彼女』に出会えないのであれば、例えそれが座の強制であっても拒否するし、従う以外に無かったとしても、絶対に彼から進んで首を縦に振ることはあるまい。
その結果が、【泥身】となってここにいるメルクリウスさん、というわけである。
……のだが。『彼女』がこの世界に居るのならばいざ知らず、確実に居ないことが分かっている世界で『彼女』を愛することを……例え姿形、そのあり方に至るまで近似するとはいえ、一度自身から切り離した者にそれを認めるほど、
息子はオッケーだったじゃん*9、という不満は聞き入れられず。
結果としてここのメルクリウスさんは、『彼女:なし』という、なんとも言えない状況で日々を過ごしていたらしい。
そこに現れたのが──。
「そう、君だ我が華よ。『花』と述べるは叶わずとも、『華』と愛でるは叶う君。我が愛の全てを受け、そして彼方の『彼女』のように
「怒られなさい!なんというか、もう、その、色んな人に怒られなさい!!」
「まさかのふみふみ……ふ、ふふふ。昂って来た、昂って来たぞぉ……!!」*11
「ひぃっ!!?対応間違えたっ!?」
「……やれやれ」
こちらに傅き、まるで美術品でも触っているかのように、恭しく私の足の裏を持って、頭上へと掲げ始めるメルクリウスさん。……思わず総毛立った私は、彼の口走った言葉にツッコミを入れつつ、その脳天を上から踏みつけた……のだけれど。
対する彼は恍惚の笑みを浮かべて、気のせいか存在感が高まっていく始末。
やべぇやらかした、と私がビビると同時、山じいの拳骨が落ちたメルクリウスさんは、そのまま地面に沈むのであった。
……なぁにこれぇ?