なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……ん、……リア……ん、……きて」
「……んん、あと二分待って……」
微睡みの中で微かに聞こえる声。
いつものように寝ぼけ眼で、もう少し待って欲しいと声をあげる私と、微かに揺らされる体。
軽やかな少女の声……
「どなた様っ!?」
「ぬぉっ!?……お、おお。噂には聞いていたが、ここまでとは。……先が思いやられるというか、なんというか」
「……えっと、どちら様でしょうか?」
がばりと布団を吹っ飛ばしながら起き上がった私は、ベッドの傍らに居た人影……特徴のあまりない、普通の人としか言い様のない人物の姿に気が付いた。
乙女の寝室に忍び込むとは、曲者!……的な気分も無くはなかったのだけど、隣のベッドにアスナさんの姿は見えず。
……つまり、ここに乙女は居ないということになるな!
「なぁんだ、じゃあ変質者ではないですね。良かった良かった」
「……えっ、これツッコミ入れた方がいいのか……?……あ、あー、おほんおほん。話をしたいのだが、構わないかね?」
「あ、はい。朝も早くからご苦労様です。紅茶飲みますか?」
「は?……あー、いや。私は
「ふむ?……あ~、ホントだ~。足透けてるやひゃっひゃっひゃっ!」
「ね、寝ぼけているのか……!?」
不届き者ではない事がわかったので、露骨に気を抜く私である。
それならば朝はバナナ、朝食抜きは五輪燕。*2
モーニングにティーをしばいて*3清々しい朝を迎えようではないか!……的なノリで声を掛けたのだけれど、お相手さんは足が透けてて、飲み物は飲めないとのこと。
えー、でもさっき私を揺すってたじゃーん。有り金寄越せって言ってたじゃーん。……その
すかすかと当たらない右手で、相手の背中を気分だけぶっ叩きつつ、私は上機嫌で笑い続け。
「……きゅう」
「寝たぁーっ!!?」
男性の驚愕の声を子守唄にしながら、そのままベッドに倒れ込むのだった。
「ツッコミどころしかないのじゃが、わしはどこから説明を求めればよいのかのぅ……?」
「確かに寝起きが酷いとは聞いてたけど、そんなに酷いだなんて……」
「仕方ないでしょう、低血圧なんですよ私はっ」
「低血圧で寝起きが悪くなることの、医学的根拠はないはずじゃが……」*4
「あー!あー!うるさいですうるさいです!朝は苦手なんですよ文句ありますかっ!」
「逆ギレしおったぞこいつ……」
それから暫くして、どうにかこうにかベッドから起きてきた私は、枕元に謎の封筒が置かれていたことに気付き、その中身を読んだわけなのだが……それによりさっきまでのあれこれが、夢の中の出来事ではなかったと気付き、思わず悶絶していたわけである。
で、それを
その結果、ミラちゃんからは呆れの視線を、アスナさんからは哀れみの視線を向けられることとなったのでしたとさ。
……特にアスナさんに関しては、昨日の夜に「私、朝がとても弱いので、できれば起こして頂けると有難いです」と言い置いていたため、謝罪的な空気も混ざって非常に居た堪れないことになっている。
……いや、ちゃうねん。
アスナさんにモーニングコールをお願いしてたから、それが睡眠中の脳に影響を及ぼして、変な夢を見たんだなって思ってただけやねん。
よもや全部リアルに喋ってたとか思わへんやん。恥の上塗り建築株式会社になってるとは思わへんやん。
「せやからうちは悪くねぇ!」*5
「落ち着け、わけわからんことになっておるぞ」
そうした思いの丈を言葉に乗せて投げてみるものの、ミラちゃんにはハイハイとスルーされる始末。……私の扱いが上手くなってきてるなこの人……。
「えと……とりあえず、朝御飯食べに行かない?余裕があんまりあるわけでもないし……ね?」
「……そうですね。私の恥など常のこと。今さら話題にあげるまでもないのです、はい」
「開き直るのはどうかと思うが……まぁ、朝はしっかり摂るべき、というのも確かな話ではあるのぅ」*6
そんな私達に、おずおずと声を掛けてくるのはアスナさんである。昨日の夜とは違い、彼女がこちら側に注意を促してくる立場になっていることに、若干の面白さを感じつつ。
そのまま、着替えなどの準備を経て食堂へと向かう。
朝に関しては食べない人もそれなりにいるからなのか、食堂の賑わいはほどほど、といった感じだった。
そのせいなのか、朝の厨房担当も昼や夜とは違うようで。
「おや、あんたが噂の新人かい?」
「あ、はい。キリアと申します。えっと、そちらは……」
「ああ、ごめんねぇ。私には名乗るほどの名前がないんだよ。だから私のことは『食堂のおばちゃん』とでも呼んでおくれ?」*7
「アッハイ,ヨロシクオネガイシマス」
「……?この子、どうしたんだい?」
「行く先々で同じような反応を示しておるでな、あまり気にせずともよい」
「はぁ、なるほど?……まぁ、私から言えることは一つだけだよ。お残しは、許しまへんでー!」
昼や夜よりも少ない厨房内の面々の中で特に目立っていたのは、恰幅のよい割烹着姿の妙齢の女性。
頭のはちまきがトレードマークのその女性に、ここに来て何度目かわからない片言対応で挨拶を返しつつ、彼女のお決まりの台詞を背に朝食のトレーを受け取って席に向かう。
「エミヤさんが居ることにも驚きましたが……あの方もいらっしゃるのですね」
「お主の驚き方からすると、
「ええまぁ。お食事処の概念の結晶とか、料理人的な技が多かったから本当に料理屋をやっている呪霊の王とか、はたまたスピンオフでカレー作りが趣味になっていたからそのままカレーショップを経営している第六天魔王とか、そんな方しかいらっしゃいませんし……」
「……いや待て。ちょっと発言内容が理解できんのじゃが、なんて???」
ミラちゃんから告げられたのは、正にその辺りの話についてだった。
なので、片手で指折り数えつつ、自身のよく知る料理人達を数えていったわけなのだが……。……波旬君とこっちのメルクリウスさんを引き合わせると、やっぱり殴りあいになるんだろうか……なんて、しょーもないことしか思い付かない私なのであった。
……え?下手すりゃ殺しあいになるのでは、ですって?
どうなんだろ?こっちのメルクリウスさんは、一応本編を基盤とした感じのタイプだけど。
向こうの波旬君は、大まかに言えばスピンオフとなる、ドラマCDの方の彼を基準にしたタイプの人物である。
メルクリウスさんが本人の近似、ということも相まって、精々彼の側が殴り掛かる程度で終わるんじゃないかなー、と思うんだけど……。
いや、これがメルクリウスさんが【泥身】じゃないとか、波旬君が確り原作の方だったとか、そういうことになるのであれば、どう足掻いても
実際は微妙に食い違っている以上、メルクリウスさん側がちょっと過激な行動を起こすだけで済むんじゃないかなー、と思う私なのでした。
まー、この二人に関しては枝違いの画面違い、例え原作準拠でも大したことにはならないかもしれないんだけども。
「……よくわからないけど、とりあえずすぐにすぐ問題はない、ってこと?」
「『覚醒者』全般に言えますが、世界観規模の能力者がその力を十全に奮えるのであれば、その時点で時間の壁は破壊されるはずです。……その兆候がない以上、本人そのものと呼べるほどにまで
「……???」
「あー、つまりは
「説明が煩雑になってしまうのは仕方ありませんが……概ねそんな感じかと。未来で神様になっているのであれば、彼のようなタイプの能力者は
首を傾げるアスナさんに、心配がないという理由を述べていく私達。
メルクリウスさんの場合は【泥身】である以前に、そもそもこちらに『神座』のシステムがないであろう*9ことから、達成できるレベルそのものに上限が定められているはず……という理由もあるわけだが……。
そこら辺を抜かしても、因果律に干渉できるような存在が、そのままこちらに現れるというのは考えにくい。
程度の差はあるとは言え、
時間の流れを無視できるということは、なにかしらの行動を達成した時点で、過去からそこに至るまでの流れを掌握できる、ということでもある。
すなわち、未来に神になっているのだから、過去の時点で彼が神であるということになっていても、別におかしくはないのだ。
刻が未来に進むと決めたのが神であるのならば、神はそれを無視してもおかしくはない。
なので、今神となる兆候のない者は、
屁理屈染みた話だが、それゆえにある程度気を抜いて動いている、というのも確かな話なわけで。
(……ん?神……?)
そうして話をする中で、浮かび上がる一つの影。
そういえば、最終到達点が
「……おい」
「はい?なんでしょ……ぶふっ!!?」
「ぬぉわっ!?」
そうして思考の海に潜っていきそうになった私に、掛けられる声。
振り向いた私はその声の主を目にして、思わず噴き出してしまう。
そう、そこにいたのは。
先ほど思い浮かべた、最終到達点が『神』に等しい存在となる者達。
ハジメ君と、ソルさんという二人の姿だったのだから。