なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
さて、話は前回から引き続き、山に入ってイノシシ狩りをしよう、ということになった場面からとなるわけなのですが。
私達みたいな、いわゆる『転生者』と呼ばれる存在に、こういう仕事が回ってきた理由の一つに、狩猟者の数が年々減ってきている……というものがある。
理由としては狩猟者の高齢化や、『狩猟』という行為そのもののイメージの悪化などがあるが……、なにより一番大きな理由が、いわゆる『ジビエ』*1と呼ばれるモノが美味しくない……というよりは、それらを食用に加工する際の手間暇が多すぎる、というのが大きいだろう。
具体例としてウサギについての話をすると、彼等は肉の熟成期間が必要になるタイプのジビエになる。
腹部を冷やしながら三日ほど置いておかないと、ガスが発生して肉に匂いが付いてしまうのである。食肉加工に共通となる血抜き工程を怠っても、肉が獣臭くなってしまうというのだから、中々辛いものがあると言えるだろう。
更に、ウサギの場合はその見た目の愛らしさから、食用に殺傷することを殊更に厭う、という人も多い。
また、適切な処理を行ったとしても、その肉の味には癖があるとされている。
それらの諸問題から、仮にウサギを狩ったとしても、それを食肉として売る……というような工程にまで至らない狩猟者というのは、それなりに多いだろう。
結果として、自身の家族や親しい人間にわける程度の量しか狩猟しない、ということになるわけである。
ここでは例としてウサギの話をあげたが、対象がイノシシやシカになったとしても、そこに発生する問題というものに大差はない。
山中を駆け回る類いの動物であれば、毛にマダニが付いていてることもあり、それらに噛まれれば重篤な感染症を罹患することもあるし、そもそもに衛生管理されている家畜とは違って、寄生虫などの問題も強く関わってくる。
また、雑食・肉食性の動物の肉には独特の臭みがあることが多く、それらの適切な処理法を知っていない場合、とてもではないが食べられたモノではない……というものになってしまうこともしばしば発生する上、更には獲物の成長具合によっては、肉が固くてろくに食べられる部分がない……なんてことも起こりうる。
そうしたジビエというものの処理の難しさ、野生動物であるがゆえの個体差や寄生虫・病気の有無、動物を殺傷するという行為に対しての、一般層からのイメージ……。
それらのマイナス要素が重なり、狩猟した生き物を売って生計を立てる、というのは難しくなっていったわけで。
結果、狩猟という職は、半ば趣味に近いものとして認知されるようになったのだった。
で、そうして狩猟が年々行われなくなっていった結果、三十年の間にイノシシはおよそ四倍、シカに至ってはおよそ八倍にまで増加、などという事態を招いてしまったわけである。
……そもそもそうして雑食・ないし草食動物が増えた理由は、彼等を狩る肉食動物がいないから、というところに行き着くし、じゃあなんでオオカミに代表される肉食動物が居ないのかとなれば、家畜を守るために彼等を駆逐したから……という、ある意味人間の自業自得論に帰ってくるわけなのだけれど、その辺りは更に長くなるので割愛。*2
端的に言ってしまえば、すでに自然界のバランスは崩れてしまっているのだから、そこら辺の調整にちゃんと手を掛けなさい、ということになるのだろうか。*3
野生動物は所詮野生動物、人間が完全な形で寄り添うことはできないのだから、その距離感に関してはちゃんと考えるべき、というか。
「……そういう意味でも、私達はわりと都合がよいのですよね」
「……なんか言ったか?」
「あとで慰霊碑に手を合わせましょうね、と」
「……ああ、そうだな」
イノシシを追い掛けながらポツリと呟いた言葉を、ソルさんが耳聡く聞き付けたようだが。
あとで山の麓にある慰霊碑に参拝しておきましょう、とごまかして、そのまま前を向かせる。
単純な狩猟の問題点に関しては、先の説明の通りだが。
こと、イノシシやクマなどの大型の動物に関しての場合、より問題となるのは彼等が思った以上にタフである、ということに尽きるだろう。
イノシシの場合、例え七十キロ近く体重があったとしても、その最高速度は時速にして五十キロほどになるというし、クマに至ってはそれよりも重い上にそれよりも速いとされている。
そんな速度で動けるということは、オス同士の戦いもそれを前提としている、ということになり。……結果として、車とぶつかっても
頭を撃ち抜いても一発では仕留めきれなかった、なんて話もあるのだから、彼等を相手取るのがどれほど危険かわかるというものだろう。
それゆえに、基本クマやイノシシ相手の狩猟の場合、罠を仕掛けるか複数人で対応するか、というのが普通のこととなる。
全体数が少ないにも関わらず、それでいて複数で当たらなければならないというのは、狩猟をする側としても中々難しい話で。
結果として、本来必要だとされる七割程度の駆除に届かず、じりじりと個体総数が増えてしまうことになったのだとか。
七割、というのがどこ調べなのかがよくわからないので、本当に単に聞き齧っただけの感想になるのだが……軍隊的にはほぼ壊滅状態*4に追い込まなければ、持ち直してくる可能性がある……というのは、彼等の生殖能力の高さを感じざるを得ない、とでもいうか。
話を戻して。
クマより難度は落ちるけれど、それでも相当数の駆除を行わなければ、街や人・農作物への被害を抑えられないイノシシという生き物。
その駆除の難しさは、彼等がうり坊などの可愛らしいイメージに反し、驚くほどにタフで繁殖力が高いことにあるわけだが。
その辺りの問題を、『転生者』達はほとんど無視してしまえるのである。
単純なタフさに関しては、そのほとんどがクマを殴り倒せるような個人戦力を持つ私達には、基本的に問題にはならず。
速力や攻撃力の高さに関しても、それより速い者や強い者・そもそも彼等に反撃や逃走を許さないような対処を取れる者も多く。
一般層からの風聞に関しても、世俗から切り離されている私達には、さほど問題にはならない。……いやまぁ、正義の味方とか美少女戦士とか、その辺りの人物がイノシシ駆除とかしてたら、弱いものイジメ感がでなくもないかもしれないけども。
その辺りに関しても、認識阻害などの対応が取れてしまう以上、大きな問題にはなり辛いだろう。
そう、狩猟の許可とかの問題を抜きにすれば、私達みたいなのはこういう仕事にうってつけの人材だ、と言えてしまえるのである。……創作物でとりあえず冒険者、という職業に付く者が多いのも納得である。腕っぷしさえ強ければどうにかなるのだから、これほど楽なものもないだろう。
敢えて問題点をあげるとすれば、一般の狩猟者と違い、大概の手段が過剰火力になる、ということだろうか?
……というようなことを、草むらから飛び出したイノシシを、グランドヴァイパーで宙に打ち上げるソルさんの姿を見ながら、漠然と思う私である。
多分手加減とかはしてると思うんだけど、それにしたって成人男性と同じくらいの重さの生き物を、軽々と宙に打ち上げる彼のパンチ力には、思わず舌を巻かざるをえないというか。
なお、綺麗に顎にアッパーが入ったからなのか、気絶した状態で吹っ飛ばされたイノシシはというと。
そのまま放置すると、地面に激突して真っ赤な花を咲かせる羽目になってしまうため、追い付いてきたミラちゃんが召喚したダークナイトやホーリーナイト達が、せっせとキャッチして用意した檻へと放り投げているのだった。
……なんというか、内容は別として、絵面がちょっとギャグめいてる感すらあるような?
「ドンナー*5をぶっぱなすわけにもいかねぇ、ってのはわかるんだけどよ……」
「はい、口を動かす前に手を動かしましょう南雲さん。具体的には親玉が出てくるまでハンティングですよ?」
「マジかよ……」
流石に火力が高過ぎるのと音まではごまかせない、とのことから、
私はと言えば、彼が殴りやすいように周囲のイノシシ達の足を止める、という補助を行っているのだった。……翼さん直伝『影縫い』である。*6
「一応は単なる技術であること、それから直接的に相手を傷付ける技でもないことから、アニメ作中にて風鳴翼に教わった技……じゃったかの?」
「まぁ、そうなりますね」
ミラちゃんの言葉に頷きつつ、手の内のそれ──数本の釘を弄びながら、小さく言葉を返す。
アニメ『マジカル聖裁キリアちゃん』において、主役である
基本的にクロスオーバー作品であることから、主人公でありながら補助に回ることがほとんどの
そんな
……という話があったことを思い出したことによる、唐突な新技?である。なお、実際に
まぁ、ともかく。
相手が動き回らない以上、手加減をするのも楽になっている、というのは確かなようで。……その手応えのなさが、余計にハジメ君の虚無感を増加させているというのだから、なんともままならない話だなー、なんて風に思ってしまう私である。
ともあれ、こうして基本的に気絶で済ませつつ、イノシシ達をボコっているのにはわけがある。
ここに来た理由は、イノシシの駆除。
とはいえ、それだけならば彼等二人が顔……というか態度?を知られるほどに、依頼者と馴染み深くなる、というのもおかしな話。
と、なれば。彼等がここに
「……いよいよお出ましか」
「ちっ、手間を掛けさせやがって」
「……有名なイノシシについて、ちょっと思いを馳せたりもしましたが……」
「全く……つくづく面倒な話よな、この手の存在というのは、のぅ!」
山の奥より、響いてくる地響きのような足音。
気絶させられたイノシシ達の主、その登場を悟った私達は、それぞれ思い思いに準備をし、その相手を待ち構える。
駆除しても駆除しても、一向に減る気配のないイノシシ達。
それを引き起こしていた元凶──久方ぶりの敵対的な【顕象】の出現に、小さく気を引き締める私なのであった。