なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
炎髪灼眼の討ち手が意識を取り戻した、という一報が届いたのは、彼女を打ち倒してから一週間ほど経ってからの事であった。
寝耳に水*1とまではいかないけれど、推論の検証を行う機会がこんなに早く来るとも思ってなかった私達は、わりと大慌てでゆかりんの元に向かったわけである。
「はーい、おはようキーアちゃん」
「おはようってそんなゆっるい挨拶貰ってどうしろと……」
まぁ、向かった先で返ってきたのは、滅茶苦茶ゆるーい挨拶だったわけなのだけれど。
……いやまぁ、変に緊張してるよりはいいのかも知れないけど、ねぇ?
「まぁ、今回はホントに話を聞きに行くだけ、という感じだし。キーアちゃんも、対応ミスってないか気になるでしょ?」
「……まぁね。やらかしてたら目覚めない可能性もあったわけだし、目覚めてくれたのはこっちとしても肩の荷が降りた感じで、ありがたくはあるよ」
「……ねぇマシュちゃん?何か恐ろしい単語が聞こえたのだけれど……?」
「その、八雲さん。聞き間違いでもなんでもなく、せんぱいは貴方の聞いた通りの事を仰っています……」
「……目先のゴールに飛び付くのは悪い癖、ということね。まぁ、結果オーライだということにしておきましょう」
……その、ゆかりん。声滅茶苦茶震えてるので説得力無いよ……?
なんてやり取りを経て、やって来ました再びの地下千階!
……実際にそこまでの距離を移動してたら時間が結構掛かるので、降りる時だけはスキマ移動なんだけど。
これ、スキマ使えない人は素直にエレベーターで降りるしかないの?
「使えない人?……ああ、上条くん*2とか神楽坂*3さんとか?」
「おっと物理的に使えない組。……というか居るのその二人?」
「いや居ないけど。……居たらややこしいというか意味わからなくなるから、居ないのはある意味でありがたかったりするけど」
「……あー、能力無効系に引っ掛からない異変なのか、そもそも能力の枠組みの外なのか的な?……検証を考えるなら居てくれた方がいいんじゃない?」
「そもそもこのなりきり郷が壊れます」
「もっと切実な理由だった!?」
ゆかりんの言葉に確かに、と頷く。
……そもそもこの建物自体がわりと不思議物件になってるから、下手すると来ただけで倒壊、みんな生き埋め……ならマシか。
空間拡張がどういう判定されるのかよく分からないけど、無効化された結果謎の空間に永遠に放置される、なんてことになる可能性も無くはないだろう。
……仮に彼等が憑依者になったとしても、原則ここには入れない、ということだけは確かなようだった。……って、ん?
「……もしかして、疑装でよかった感じ?」
「え?……ってあ、ハマノツルギ!?」
煽られた結果、危うく死にかけて居たのかもしれない事に気付いて、私達はなんとも言えない空気に包まれるのでした。
「お前達か。彼女なら今はリハビリ室だ」
相変わらずぶっきらぼうなブラック・ジャック先生に連れられて、廊下をぞろぞろと歩いていく。……ん?ぞろぞろ?*4
「せんぱい、気軽に虚無を呼び込もうとするのはやめて下さい」
「おっと失敬。お詫びに草シミュ*5を「いりません!」にょろーん*6……」
むぅ、移動中の暇な皆様の為に何か用意しようかと思ったのだけど。……まぁ、その内フィリピン爆竹*7でも持ってくることにしましょう。
「そんなこと言ってると名状し難き放火魔が出てくるわよ」*8
「流石にあれのなりきりは居ないでしょー。……居ないよね?」
「私の酒呑み状態の台詞のリスペクト先あそこよ」
「キャラ違うじゃん!?」
って言うかそのキャラだと吐くじゃん!
なんて、わかる人にしかわからない(実際マシュはキョトンとしていた)会話を投げ合いつつ、しばらく歩いて五分ほど。
件のリハビリ室には、幾つかの人影が見えた。……見えたのはいいんだけどさ。
「……なんでテニヌしてるの?」
「能力を確かめつつ、適度に動き、それでいてあくまでもスポーツである。……合理的では?」
「あれ死人とか出そうなんだけど!?」
テニスコート二枚分とちょっとくらいの広さのリハビリ室の中では、本当にテニス──テニヌとしか呼べない謎のアクロバティック球技が執り行われていた。
稲光が迸り、炎熱が宙を舞い、濁流が地を駆け、疾風が思うままに暴れまわる。
……特殊な補強とかしてあるんだろうけど、それにしたってよく壊れないなこのリハビリ室、みたいな技の応酬が繰り広げられているのが、ガラス越しの外からでもよく見える。
若干腰が引けてきたが、ここまで来て確認しないわけにもいかず、ゆかりんとマシュと顔を合わせ、意を決して室内に続く扉に手を掛ける。
「……ふぅ。いい汗かけたわ、ありがと」
「うん、ボクも体の調子を確かめるのにいい運動になったよ、ありがとう」
ちょうど試合が終わったらしく、ネット越しに握手を交わす人影が見える。
……なんか、背丈と横幅が結構違うような気がするけど?
「おい、君に客だ」
「なによ、
「はぁい、久しぶりね。……えっと」
「シャナでいいわよ。今更他の呼び方されるのもアレだし」
ちょっとためらっている間に先生が彼女に声を掛けて、相手と握手をしていた彼女……炎髪灼眼の討ち手がこちらに振り返る。
わりとフランクな呼び方で先生を読んだ彼女は、そのまま後ろに居た私達に気付いて、納得したように頷いた。
代表してゆかりんが挨拶をしようとして──呼び方は原作通りのものでいいと告げられて、ようやく彼女をシャナと、堂々と呼べるようになった。
「……なに?そんなこと気にしてたの?」
「いやまぁ、レベル5相当の人との対応経験とか、ほとんど無いからねぇ」
「マシュは物腰丁寧だけど、シャナはわりと超然としてるからね、彼が絡まないと」
「あ、虞美人さんを思い出したのは、ある意味間違いじゃなかったのですね」
「虞美人?ああ、たまに見掛けるわね。……アイツ、ちょっと不思議な空気をしてるけど、どういう人なの?」
「たまに」
「見掛ける?」
普通の時のシャナちゃんの雰囲気が、普通の時の虞美人さんに似てるな、なんてマシュが呟いたことで明かされた、パイセンの謎の行動範囲。
……いや、あの人何やってるんだ?なんて風に思っていると、シャナとテニスをしていたらしいもう一人が、こちらにおずおずと声を掛けてくる。
「あの、シャナ。そっちの人は?」
「ああ、コイツら?八雲のお仲間、でいいの?」
「ゆかりんの仲間扱いはちょっと……」
「それ悪い意味で言ってるわけじゃないわよねキーアちゃん!?」
「あ、なるほど。噂の八雲さんだね」
ふむ。背丈がおっきいから威圧感はあるけど、別に悪い人ではないようで。……うん、悪い人なわけないんだけどね。だってさ?
「じゃあ、知ってるかもだけど。こっちはアルよ」
「こんにちわ、アルフォンス・エルリックです。宜しく」*10
「……なんじゃこのくぎみーくぎみーくぎみー、くぎみーをきいーたらーみたいな集まりは」*11
「せんぱい、色々混じってます……」
でっかい西洋鎧が釘宮ボイスで喋ってるとか、一人しか居ないじゃんね?
「いやいやいや、わりと真面目にどうなってんのこれ……」
「うーん、ボクにはなんとも。とりあえず、どうなるかわからないから鎧の中の印には触らないでね」
「触らないわよ誰がそんなおっそろしいことするもんですか!?」
兜を外して貰って、内部を確認。
……原作と同じようにネックガード部分に描かれた血印を見付けて、思わず「なにこれ」と呟きつつ、鎧から這い出る。
外ではシャナとゆかりんがなにやら話していて、そんな二人から離れた位置で、他の患者らしき人の検診を行う先生の姿が見えた。
「せんぱい、どうでしたか?」
「いや、なんというか。……わりと真面目に訳わかんなくなってきた気がする」
「憑依に憑依が重なってるからねー。でも、そこまで難しく考える必要は無いかも知れないよ?」
「と、言うと?」
思わずわけわかんねぇ、と呟く私に、当事者のアル君が推論を語ってくれる。
「憑依者・名無し・演者の三者が重なってるって推論だったんでしょ?なら憑依者は多分、『原作のまま』で憑依させてるんだよ」
「……まっさらな原作開始時点の私たちを被せて、そこからの知識の調整などは名無しによって行っている、と?」
「うん、多分だけど。だから、ボクなんかは終わったあとの記憶もあるのに、微妙にボヤけてるんだ」
「……聞けば聞くほど、なんか英霊の座システムに似てないこれ?」
「だよねぇ」
英霊の座の本体は、分霊がどのような経験をしようと変わることはない。そこに
なので、仮に憑依者が英霊に近しいものなら。
単に憑依させただけでは、原作通りの状態で、原作通りの知識しか持っていないのだろうと考えられる。
……ただまぁ、そうだとすると。
「……アラヤ的なものが、今回の黒幕?」
「集合無意識だっけ?……どうなんだろね?ボクは型月は詳しくないんだけど、こういうことするようなものなの?」
「う、うーん。……意味もなくは動かないはずだから、仮にあれに近いものが動いてるなら何か意味があるってことになるけど……」
「そもそも、アラヤがこの世界に存在するのか?と言うことから議論しないといけませんね」
少なくとも、あのアラヤそのものがこっちにあるとは考え辛い。……あれ、結構動きに容赦がないというか、滅びが関わらないところで動いてるイメージが無いというか。
まぁ、規模的には同じなのだろう、そう思っておいた方が色々心構えもしておけるし。
「……あ、シャナ達終わったみたい」
「ん、じゃあ合流しよっか」
ゆかりんとシャナの会話が終わったらしく、二人がこっちに歩いてくる。
……表情はゆかりんは笑顔、シャナは普通。
話が拗れたりとか、変に紛糾したりとかは無かったらしい。
まぁ、二人で話したいとか言ってたので、内容を追及したりとかはしないけど。
「えっと、貴方がキーアでいいのよね?」
「え?あ、はい。私がキーアですはい」
「そっか。ありがと、お陰で助かった」
なんて考えてたら、唐突にシャナさんから頭を下げられて、ちょっと困惑する私。
……ってあ、あの時の話か?こっち的にはちょっと黒歴史に片足突っ込んでるので、感謝とかされるとちょっとむず痒かったりするのだが。
「そういうわけなので、あんまり気にしないで頂けると……」
「……謙虚なのかなんなのか。まぁ、そっちがそう言うなら、私としては特に文句はないけど」
怪訝そうにこっちを見るシャナさんに恐縮しつつ、リハビリ室から外に出る私達なのだった。