なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「そんなわけで、ちょっと向こうから救援を呼んできたわけなのでございますが……」
場所を廊下から私の部屋に移し、再びの作戦会議。
丸椅子に座ったエミヤさんは、なんとも居心地の悪そうな表情を浮かべている。……それもそのはず、
「ふぅーん?なるほどなるほど。……へーぇ、ほぉー?」
「……その、マス……キーア」
「なんですかエミヤさん?」
「……君は私に、一体何の恨みがあると言うんだ……」
カジュアルな格好をした彼の周囲を、興味深そうに眺めながら動き回る少女が一人。
……ぶっちゃけて言えば。
当の彼女はと言えば、本来であれば彼女とはなんの関わりもないハズの
「なるほどなるほど。これはこれで良いものね、エミヤ
「……勘弁してくれ……」
そうして、一通り彼の姿を確認し終えた凛ちゃんは、『あくまのえみ』*1としか言い様のない、とても良い笑顔でこちらにサムズアップ*2を返してくる。
無論、そんな彼女の様子にエミヤさんはタジタジ。
顔を両手で覆って、椅子の上で項垂れるその姿には、なんというか面白……悲痛なモノを感じざるをえない。
なんか睨まれてるような気がするけど、別にこの人選とか時間とかが無意味なわけではないので、そこは勘違いしないで欲しい私である。
「……面白がっている以外に、どんな理由があると?」
「いやね?エミヤさんに関心を持っているとなると、やっぱり原作が同じとか、声が知り合いに似ているとか……そういう、なにかしらの繋がりがある人の仕業、って可能性が高いわけでしょ?だったらエミヤさん……もとい、アーチャーと一番関わりの深い凛ちゃんを連れてくれば、なにかしらのアクションが見られるんじゃないかなーって」
「探しているのは貴方のストーカー、なんでしょう?生憎と私は貴方の知っている『遠坂凛』じゃないけれど、それでも姿形の似通っている人物が貴方の隣に立っていたら、向こうの気が気じゃなくなる……なんて可能性は高いと思わない?」
「……まぁ、それはそうだが」
私達の言葉に、渋々と頷くエミヤさん。
エミヤ……もとい、アーチャーという存在にとって、遠坂凛という人物は特に大きい意味を持つ人物である。
彼を召喚するための触媒として、彼女の持っていた赤い宝石がよく取り沙汰されるように。
その道が交わるにしろ離れるにしろ、エミヤと言う英霊にとっての遠坂凛とは、まさにターニングポイントの一つとも言える存在なのである。*3
それゆえに、彼の隣に凛ちゃんを置いておけば、
……もう一つの理由?見た目がロリに近い凛ちゃんが隣に居ることに、『アーチャーさん、血迷ったんですか!?』みたいな反応を示しながら相手が出てくるんじゃないかなー、って思っちゃったというかね??
「
「……小さかろうと別世界の住人だろうと、凛はやはり凛なのだな……」
にしし、と笑う凛ちゃんに対し、エミヤさんは沈痛な面持ちのまま、小さくため息を吐いていたのだった。
「ふーん……特に反応はなかったみたいね?単純にここの人達に群がられたりはしたけど」
「まぁ、普通はびっくりするさ!*4……ってやつかな。……アーチャーの隣に遠坂凛が居るのは許容できても、その凛ちゃんが小さいことについては、一瞬現実として許容できないだろうし」
午前の間、施設の中を連れ立って練り歩いた(私だけちょっと遠巻きにしていたけど)私達であったが。
件の視線の主とやらの姿は、何時まで立っても見受けることができず。
代わりに、エミヤさんが『凛ちゃんによく似た小さい子を連れて歩いている』という、ある意味不名誉の極みな噂のみが施設内を駆け巡り、結果としてエミヤさんはたどり着いた食堂において、精神的に疲れ果てて机にダウンしてしまっているのだった。
基本的にキリッとしている彼にしては、とても珍しい姿だと言えるだろう。
……まぁ一応、
本来ならば、この騒ぎによってストーカー犯が炙り出されていたハズ……だったのにも関わらず、そっちに関しては影も形も無い状態のままであるため、結果として骨折り損のくたびれ儲け*5以外の何物でもない状態となってしまっているのだった。
そりゃまぁ、彼がグロッキー*6になるのも宜なるかな、というか。
「ふーむ……私がイリヤっぽい格好をして、凛ちゃんと二人で両サイドからエミヤさんを挟み込む……とかしてればよかったのかな?」
「……勘弁してくれ。私はロリコンでもなんでもないんだぞ……」
「……え?『イリヤに一番ドキドキした』って言ってなかったです?」*7
「…………おのれエミヤシロウ!貴様のせいで私の
「周年記念かなにか?……ともあれ、私達がもっとイチャイチャしたとしても、相手が表に出てくるとは限らない……ってことになるのよね?これって」
もしかして、ラブコメ力が足りてなかったのかな?
なんてことを思いつつ、私と凛ちゃんでエミヤさんをサンドすれば良かったのかも?……という(半分冗談の)提案をしてみるも、当のエミヤさんは机に突っ伏したまま、否定の言葉を投げ掛けてくる。
……厳密には原作のイリヤスフィールは彼よりも歳上──区分としては義理の姉になるとは言え、見た目がロリっ子以外の何者でもない彼女相手に『一番ドキドキした』と言ってのけたのは、なにを隠そう紛れもない
結果として彼はなんとも微妙な恨み節を、ここではないどこかへとぶちまけていたのだった。
ともあれ、凛ちゃんの言う通り、こっちがイチャイチャすることで、嫉妬した犯人を炙り出す……というやり方は、ちょっと難しいのかもしれない。
件のストーカー行為がの発端が、エミヤさんに対しての好意から来たものであるとすると、横に居る誰かと彼がイチャイチャしている……というのは、目障り以外の何物でもないハズ……という理論から、導きだされた今回の作戦だが。
さっきまでの二人の夫婦漫才のようなやり取りを見て、それでもなおなんのリアクションも返ってこない辺り、前提条件が間違っている……と考えた方が良い気がしてくるのである。
即ち件のストーカー犯は、単純な恋慕の感情からストーカー行為を行っているわけではない……という予測だ。
「恋慕ではない?……いやしかし、動機が思慕の方からだというのであれば、影からこそこそとこちらを窺う必要はないのではないかね?」
「単純な思慕なら、そうなるかもしれませんね」
「……
私の言葉に、エミヤさんが困惑の声をあげる。
彼からしてみれば、誰かをストーカーする理由とは恋慕か、はたまたなにかしらの事件の目撃者の抹殺、というのがほとんどの印象なのだろう。
それゆえに、単純な思慕でないのであれば、姿を隠す必要性が生まれる……というところにまで、思考が及んでいない様子である。
「エミヤさん。……憧れとは、理解から最も遠い感情なんですよ?」
「何故いきなり眼鏡を割りそうな台詞になったのかは知らないが……ふむ、君が言いたいのは、相手が抱いているのは私に対しての
「
まぁ、そんなエミヤさんでも有名な一文を引用したら、得心したように小さく頷いていたわけなのだけれど。
そう、憧れの人。尊敬が行き過ぎて、単に会うことにすら畏れを抱くほどまでに、思いの丈を募らせ過ぎた者。
相手がその類いだとすれば、恋愛関係の釣り餌に引っ掛からないのも納得であるし、影からこそこそと相手を窺う……という行動も、いざ顔を見せようとするとテンパってしまう──即ち恥ずかしくなって逃げてしまう、という風に解釈することができる。
ゆえにこその台詞だったわけだが。
エミヤさんは頷いたのは頷いたのだが、暫くして微妙そうな表情でこちらを見てきたのだった。
「……いや待てキーア。よくよく考えたらおかしいぞ、その理論は」
「なにがです?ストーカー染みた行為をする人の感情なんて、基本的には執着を元にしたもの。その執着を生むのは基本的に、好きとか興味とか恨みとか憎しみとか、そういった類いのものしかないはずですが?」
「いや、おかしいだろう。
「……はい?」
首を傾げる私に、彼は次のようなことを説明してくる。
確かに、ストーカー行為の原因となる感情なんて、好意か敬意、憎悪か嫉妬によるものが大半を占めるだろう。
その内後者の二つに関しては、視線に悪意が見受けられなかったため除外。
残った二つに関しても、凛ちゃんを導入してなおなんのリアクションも見受けられない以上、好意の方は今回は対象外だと考えるのが正解だろうし。
敬意に関しても、正義の味方としては切り捨てるやり方しか出来なかった自分には、少しばかり荷の重い感情だ。
そもそもに、自分は敬意を抱かれるような人間ではないのだから、思慕で相手が動いていると断定するのは時期尚早、もう少し情報を集めるべきでは?……というような、怒涛の説明を彼は一息に発してみせたのだった。
ふむ……?
「え、もしかしてエミヤお兄さん、照れてるの?」
「ばっ、ふざけたことを言うな凛。誰が照れているなどと……」
「うわっ、なんだこの露骨な照れ方。あざといなぁ」
「だからっ、照れてなどいないと……」
「なるほどなるほど。へーぇ、ふーん?……意外と可愛いところもあるじゃない、ねぇ?」
「ねー」
「二人とも、話を聞きたまえ!」
こちらからの指摘に、ほんのりと頬を染めるエミヤさん。
誰かに尊敬されているかもしれない……という情報は、彼にとっては新鮮なものだったらしく。
慌てている彼の姿を見て、私と凛ちゃんは顔を見合わせ、思わず破顔してしまうのでした。