なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「わからん…まったくわからん……」
思わずそう溢す私を、サウザーさんが心配そうな顔で見ているが……、正直そっちに構っている余裕がない。
いやだって、ねぇ?
目の前に鎮座するその物体を横目で見つつ、私達はなんとも言えない緊張感に包まれているのだった──。
昼食も終わり、食べ終えた皿も厨房に戻し。
長話を怒られることもなく、無事に食堂から外に出た私達。
今は着替えのために部屋に戻ったサウザーさんを廊下で待ちながら、ミラちゃんと件の物体について、あれこれと予想を話し合っているのだった。
「変なものって、一体なんでしょうねぇ?」
「さてのぅ。面白いものじゃったらよいのじゃが」
「……止めてくださいよ、そういうのって大概こっちが酷い目に合うんですよ?」
「なんか、随分と実感の籠った台詞じゃのぅ」
ミラちゃんの主張としては、なにか面白いものが出て来ることを期待しているようだが……、こういう状況で出てくる『面白いもの』とやらが、数々の創作において、周囲に迷惑をもたらさないものであった試しがないと思っている私としては、どうにも渋い顔になってしまう。
よく言われている徳川の埋蔵金*1……とかですら、それを巡っての骨肉の争いを招く可能性を鑑みるに、どこぞのラインの黄金*2のような厄物扱いをされても文句を言えないわけで。
なので個人的には、どうか大したことのないものでありますように……と願わざるをえないのであった。
要領を得ないサウザーさんの説明だけでは、発掘物の全容は判別できない以上、警戒はし過ぎるに越したことはない……ということでもある。
まぁ、こうして杞憂であるというフラグを積み立て、安全性を高めているという風にも言えなくはないわけだが。口は災いの元の反対、というやつである。
「……それを口にしては台無し、というやつではないのかのぅ?」
「…………」
なお、横のミラちゃんにツッコまれたが、視線を逸らしてスルーする私なのであった。
ともかく、着替えから戻ってきた(いつものタンクトップっぽいやつではなく、ちゃんとした作業着になっていた。筋肉ではち切れそう)サウザーさんの後ろを、カルガモの親子のようについて回ること暫し。
建築途中なので通路が整備されていない凸凹道を、えっちらおっちら*3と歩きながら、彼の話に耳を傾ける私達である。
「日本の法において、土地の所有権における『上下の限界』は定められていない……という話は知っているか?」*4
「ええと確か……民法においては、土地の所有権は上空と地下にも及ぶ……と記されてはいるものの、その厳密な範囲については書かれていないのでしたか?」
「うむ、その通りだ。……まぁ常識的に考えて、遥か上空を飛ぶ民間の飛行機にまで、領空に侵入した云々の文句を言う奴は居ないとは思うが。地下にしても、幾ら真下にあるとはいえ、真反対のブラジルにまで所有権を主張する者はいまい」
「そんな奴が居たとしたら、迷惑防止条例違反としか言えぬのぅ」
地下に降りるまでの暇潰し、といった感じの会話の内容は、土地の所有権とその範囲について。
建築基準法や景観法、それから大深度地下使用法などの法律によって、結果として限度が定まっていることこそあるものの。*5
基本的に土地の所有権とは、その土地の上下の全てに及んでいるとされる。
なので、一応は勝手に地下室を増設したとしても、民法的には問題はなかったりするわけである。……まぁ、建築基準法とか固定資産税とかの別口で引っ掛かるので、結果的には違法になるのだろうけど。*6
ともあれ、『新秩序互助会』の場合はさっき話していた通り、
公共の施設扱いの場合、さっきちょっと話題に出ていた『大深度地下使用法』により、地下四十メートル以深で作業をすることが条件となるものの、周囲の土地所有権を気にすることなく作業を行うことができるのだそうだ。
まぁ法律的に問題はなくても、目立つと余計なトラブルを招くのは目に見えているので、できうる限り周囲への影響を抑えるように立ち回っているとも言っていたが。……そもそもの話、書類の上では現在工事は『近隣住民の抗議』によりストップ中、という建前なのだし。
そんな地下拡張工事だが、やはりとても重労働なようで。
大型の機械は周囲へのごまかしを考えると使用できない、ということもあり、基本的には手作業になる。
……そりゃまぁ、普通の人に工事を頼むよりは早いだろうが、それでも生身の人間が行うモノである以上、迂闊なこともできないようで。
「よもや技や武器などで、無理に切り開くわけにもいくまい?」
「まぁ、そうですね。下手なことをすると上層ごと崩落しますし、慎重にならざるを得ないのは仕方のないことではないかと」
ため息を吐きながら呟かれたサウザーさんの言葉に、小さく頷く私。
地下への拡張工事となれば、地上部分が崩れ落ちて来ないようにしなければいけない、というのは当たり前のこと。
なし崩し的に現場監督となっているサウザーさんは、その辺りの勉強も平行して部下達に教えているらしく、わりと忙しい区分の人なのだそうだ。
そんな状況下で、見付かった謎の物体。
見れば不発弾だとか鉱石だとか、そういうわかりやすいものではなかったらしいのだが、だからこそ安全を確認できるまでは工事を中止する、という判断を取らざるを得なかったそうで。
意外と真面目に仕事してるんだなぁ、なんてちょっと失礼な感想を抱きつつ、丁度話が終わるくらいで私達は目的の場所にたどり着いた。
そこはまさに採掘現場、といった風情の場所。
地下の作業において一番気にするべきであること……換気のために稼働するファンと風管を脇に、露出した茶色の地面と、その傍らに置かれたピッケルやスコップ達。
視界の確保のために天井に据え付けられた明かりが、ほのかに空間を照らすそんな場所で、件の物体はその空間の中心部に、まるで安置するかのように佇んでいたのだった。
──それは、確かに説明の難しいものだった。
話によれば触った感触は固く、そして軽いのだそうで。
いきなり土の中から現れたこの謎の物体を見付けた者達は、とりあえず掘り起こして地面に置いたあと、現場監督であるサウザーさんに指示を求めて来たのだという。……まぁ、それを話に来た数名は、『よくわからないものに迂闊に触るんじゃない』と怒られたそうなのだが。
確かに、
見ただけではすぐに判別できないこれが、人にとって良くないなにかを発している可能性は、十分にある。
特に虹色に輝くモノなんて、自然界では鉱石だとかオーロラだとか、ごく限られたものしか存在しない。
輝くという部分に目を瞑ったとしても、一部の樹木がカラフルな色の樹皮をしている……とかの、よっぽど限定された状況でしか発生しない色。それが、自然界における
人と同じくらいの大きさなのに明らかに軽くて固く、その上虹色に輝いて糸っぽいものが集まってできている物体……なんて、どう考えても危険物、良くて
そんなものをあまつさえ素手で触れて移動させた、というのだから、それを初めて聞いた時のサウザーさんの驚きは幾ばくのものか。
「うむ。生憎とこうして相対してもなお、これがなんなのかは皆目見当も付かぬが……わからぬものであれば危険なもの、と判断するのは普通であろう?」
「ああはい、そうですね。未知を恐れ、それを警戒する……とても正しい行動だと思います」
「……褒めているにしては、やけに口調が重くないか?」
「そりゃそうですよ。確かに、未知を恐れ警戒するという、その判断は間違っていませんが。──警戒の具合がまるで足りていません、最早極刑すら考えるレベルです」
「ぬ、ぬぁにぃ~っ?!」
だからまぁ、彼の判断そのものは、私は褒めたいと思う。……思うけど、同時に彼を怒りたくもなっていた。
なんでこんなものを、そのまま放置していたのか。どうして、これがなんであるのかを気が付けなかったのか。どうして、見付けてすぐに私に知らせてくれなかったのか。
多重の意味でふつふつと沸き上がる、怒りというか困惑というか焦燥というか、そういった感情に心を乱されつつ、思わず右手で髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしってしまう私。
そんな私の行動に、流石の二人もただ事ではないと気が付いたのか、表情を引き締めたわけなのだが……。
正直、目の前に鎮座するこれが、もし私の想像通りのものだとすれば。……彼らはなんの役にも立たないだろう、文字通りの役立たずである。
「……それはまた、なんとも穏やかではないな。仮にもこの聖帝サウザーを捕まえておいて、雑兵にすら劣るとそう言うのか?」
「別に喧嘩を売るわけでは無いのですが……正直、これに関してはそう断言せざるを得ません。……というか、
「……ぬ?
その役立たず発言を受けた二人は、露骨に機嫌が悪くなっていたが……とんでもない。これがなんなのか、その予想(とはいえ、ほぼ断定に近いのだが)を聞けば、二人も尻尾を巻いて逃げ出すことを優先するだろう。
唯一、なんで
……勿体付けてなくていいからさっさと答えを言えって?
じゃあ、端的に答えを。──これは、
「……繭?」
「……なんで!?
「……げぇ!?
私の言葉に、流石に理解したのか驚愕の表情を見せる二人。
そうして騒ぐ私達の前で、月の繭は静かに脈動を続けていたのだった。