なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
衝撃的……というほどのモノではないが、ともあれこちらの思考を一瞬停止させるには十分な言葉に、思わず私が呆けてから暫く。
ようやく再起動を果たした私は、彼女に対して再度の確認を取るのだった。
「ええと、そのトレーナーさんというのは、今の方の?」
「そうですわ。……お休みに入られた彼が、前リーダーの使っていた居室をなんとなく家捜ししてみた結果、この手帳を見付けたのがきっかけなのですわ」
彼女の語るところによれば、アインズさんは諸々の事後処理を終えたのち、暫くの休暇を取ることにしたそうなのだが。
彼の部屋は向こうのゆかりんルーム的なもの──すなわち社長室に相当するものである。そのため、前リーダーが使用していた部屋を、そのまま彼が利用する形になっていたのだという。
その部屋に備え付けられていた、大層立派な机。
その引き出しの中の一つ、正面から見て右上にあるそれが二重底になっていて、そこに隠されていたのがさっきの手帳であったのだそうだ。
「デスノート的な隠し方*1だったそうですわ。……なんとなく試してみたくなるのもまぁ、納得ですわよね?」
「あ、あー……」
紅茶を飲みながら小さく嘆息するマッキーに、思わず首肯してしまう私。
なんでも鍵の掛かっていた引き出しの底に、上からではわからない不自然な穴が空いていたのだという。……そりゃまぁ、なんとなーくボールペンの芯を刺してみたくなるというのも、わからないでもないというか。
まぁ、その結果として折角の休みを返上する羽目になっているというのは、正直好奇心の対価としては重すぎる気がしないでもないが。
ともあれ、前リーダーの隠していた手帳を図らずしも見付けてしまった彼は、その内容を(これまた好奇心から)読み進め……。
「
「……話を聞いている限り、モモンガとして使える魔法はそれなりに使えるようですから……
「あ、いえ。それに関しては具体的な位置がわからなかったみたいですから、普通にタクシーを捕まえてそれに乗って……と言った感じですわね」
「……骨のままの姿で?」
「流石にそこら辺はごまかすに決まっていますわ……」
手帳の中に記されていた言葉『富士の麓』を頼りにして、こちらの止める間もなく飛び出して行ったのだという。……転移も使わずに?とか、ごまかすってまさかモモンさん*4じゃないよね?とか、色々ツッコミどころはなくもなかったが……ともあれ確かなのは、彼が富士山に向けてここを出発したということ。
都合半年近く戻ってきていない辺り、余程捜索が難航しているのか、はたまた……。
そんな風に考え込む私に、マッキーは小さく微笑みを浮かべながら声を掛けてくる。
「まぁ、トレーナーさんの実力については疑う余地もありませんし、余程捜索に難航している……というのが正解だとは思いますが」
「……まぁ、時間停止ができることは確定の様ですし、そう考えると手こずる方がありえませんか……」
彼女の言う通り現リーダーことアインズさんは、話を聞く限りは早々誰かにヤられてしまうような、柔な存在では無いように思われる。
その時点で攻撃はともかく防御に関してはほぼ完璧……みたいなものなので、単純に捜索範囲が広すぎて難航しているとかの方が、予想としては正しいというのは確か。
……まぁ、それをあとから追っ掛けて見付けようとしている、こっち側の難易度も相応に上がっているような気がしないでもないわけだが!
「……どうやら、お役に立てたようですわね。その手帳はお渡ししますわ、私が持っていても仕方ないですし」
「……?リーダーさんから預かっておいてくれ、とか言われたわけではないのですか?」
「慌てて走り去っていく最中、トレーナーさんが落としたのを拾ったというだけですもの。もしかしたら向こうで『あれ!?落っことした?!』とかなんとか騒いでいらっしゃるかもしれませんし、ついでに届けてくださいますか?」
「え、ええー……」
なお、件の手帳はそのまま私預かりとなった。……なんかアインズさんちょっとポンコツ感漂ってない……?
誰かがどこかでくしゃみをしているような気配を感じつつ、私は小さくため息を吐くのだった──。
団長を迎えに行くの?じゃあ、私も付いていこうかな──。
部屋に戻った私が出掛けることを知らせると、そんな言葉を紡ぎながら準備を始めたアスナさん。
今回はパス……と言って部屋を後にしようとしたミラちゃんの首根っこをひっ掴み、悠々と歩く彼女の背をなんとも言えない気分で眺めつつ、出口へと向かっていた私達は。
「ふははは!下郎の皆さん
「あ、お疲れ様ですサウザーさん。……なんで熊本弁なんですか?」
「ふっ、勘違いするでないわ。俺の挨拶は
「……発音だけじゃわからない話をするの止めません?」
その途中、トレーニングルームから戻ってきたサウザーさんにばったりと出くわしていた。
程よく汗を掻いたという彼はこれからシャワーを浴びに行くとかで、ちょっとルンルンとしていた。……イチゴ味出身だからか、原作の彼からは想像できない空気である。
「私達は、今からちょっと外に」
「ほう?なにかしらの仕事と言うわけか。……ではそうだな、一つ頼みたいことがあるのだが……」
そんな彼がこちらの行動を見て頼み込んで来たのは、外に出るのならついでにとあるものを買ってきてほしいというもの。
その頼んだモノというのも、別に重かったり変なものでもなかったので、断る理由もなく承諾することになったのだが……これがちょっとした騒動の火種になることを、今の私達は知らないのであった。
ともあれ、未来のことなど露知らぬ私達は、シャワー室に向かうサウザーさんに別れを告げ、そのまま地上に出たわけなのだが……。
「……アスナさん、それはどうにかならなかったんです……?」
「あー、うん。端的に言っちゃうと私にとっては変身アイテムみたいなものだから、持っていかないっていう選択肢がなくって……」
「一応は単なるヘルメットに見えるように、認識阻害はしておいたが……それはそれでヘルメットを持って歩く不審者としか言えぬし、周囲の視線はいかんともし難いのぅ」
周囲から向けられる好奇の視線に、若干辟易としつつ。
タクシー乗り場で車を待つ私達は、ひそひそと視線を動かさずに会話をしていたのだった。
基本的にはアインズさんの足跡を辿る、という目的も含むためにタクシー乗り場にやって来ていた私達だが。
ミラちゃんの魔法によって、なにかのキャラクターだとは認識されないようになっていたとしても、それでもそもそもの見た目が目を引くモノである……ということまではごまかせないため、相も変わらず野次馬達を引き寄せてしまっている感じである。
仕事扱いされなかったので『認識阻害ブローチ』を貸して貰えなかったのも、問題の一因になっているのは間違いないだろう。
一度、認識阻害の効果を強めて、例えば──誰でもモブ顔に見えるような効果にしてしまえばよいのでは?……という風に提案したことがあるのだけれど。
なにかしらの創作のキャラクターである、という事実をごまかすことはできても、その見た目を悪い方向に大きく誤認させるというのは、どうにもコストが掛かりすぎる……ということが判明したため、以後は諦めたという話があったりする。*6
原理はよくはわからないのだが、どうにも『見た目の大きな変化』はそれが実体であれ非実体であれ、【継ぎ接ぎ】に近い判定をされるらしく。
試しに無理矢理誤認させるように魔法を施したところ、顔が元に戻らなくなる……なんていう悪影響を引き起こしたのである。
その時はまぁ、対象が私だったので無理矢理戻したけども。何気なく使っていたあのブローチや、BBちゃんの認識阻害がいかに凄いのか、ということを思い知らされた私なのであった。
……いやまぁ、多分ちゃんと姿までごまかせる方の手段は、その対象が私達ではなく、周囲の方になっているんだろうとは思うんだけどね?……夏油君がわざわざ特殊メイクを使っていた理由に、全く無関係の所から思い至ってしまったことに気付いた時には、ちょっとだけ唖然としたものだけれど。
まぁ、姿の誤認はやりやすい人とやりにくい人も居るらしいし、単純な言葉では語り尽くせないというのも確かな話なわけで。
……閑話休題。
そんな話は、野次馬達には関係がなく。
仕方がなしに写真は止めてください、とやんわりと周囲に注意しながら車を待つこと暫し。やっとやって来たタクシーに半ば逃げ込むように乗り込んだ私達は、運転手さんに行き先を伝えて席に沈むように凭れ掛かり、ようやく気を緩めることに成功したのだった。
「……仕事申請はキチッとせねば、のぅ」
「おのれ夏油傑……っ!」
「いや、夏油さんは普通に仕事をしただけだからね?」
この苦労も、今回の一件が仕事の一環だと認められていれば、味わう必要のないモノだったことを思い、思わず恨み節を漏らす私とミラちゃんだが。
アスナさんの言う通り、夏油君は自身の職務を果たしただけ。恨むのは筋違いというのも間違いではないため、私とミラちゃんは互いに顔を見合わせたのち、深々とため息を吐くのだった。
「……これも一種の余所者監視、というやつなのでしょうか……」
「さてのぅ。……ところでなんじゃが、流石にもうその口調は止めてもよいのではないか?」
「……すっかり癖になっていました……!?」
「そ、そこまで驚愕せんでも……」
そうして、野次馬が集まってくるのも一種の余所者への警戒の現れなのだろうか、というちょっと胡乱な結論を述べた私は。そこでようやく、キリアとしての体裁を保ち続ける必要がなくなったことにミラちゃんからの指摘で気付き。
余りに長期間、キリアとして過ごしてきた為に、思わず口調が固定化されかけていたことに、戦々恐々とした思いを抱える羽目になるのだった。……習慣って怖いね!