なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「いや、おかしいでしょ。アスナさんは警察への連絡を頼みに行ったけど、樹海だと電波が飛び辛いにしたって長過ぎる。……いやそもそも、『樹海で電波が入らない』ってのも尾ひれのついた噂話だったような……?」
ぶつぶつと呟きながら、現状の考察をする私。
警察への連絡を頼みに行ったアスナさんは、言い換えれば他の観光客を探しに行ったのと同じ。
周囲から見られていたということは近くに人がいたということでもあり、そこまで長い時間が掛かる理由が思い付かない。
自分のスマホで連絡すればいいじゃん、といった風に断られた可能性もなくはないだろうが……それにしたって、アスナさんなら上手いこと言いくるめられるだろう。そもそもに普通のスマホを持っていないことは、持ち物を見せればわかることだし。
次にミラちゃんの方だが……なにかあったら念話を使うように、と言い含めてあったにも関わらず、その様子はない。
単純にそれができる状況にないのか、はたまたなにかしらの要因によって念話を妨害されているのか。
どちらにせよ、こちらに連絡できない状況にあると判断するのが正解だろう。となれば、優先度が高いのはミラちゃんの方、ということになるのだが……。
「……なーんか、嫌な予感がする」
自身の勘とでも言うものが、このままミラちゃん側に行くことを制止しているのである。
それは、私がここに
それは要するに、分身状態ではどうにもならないものが、この先に待っている可能性を示すものである。
全力で当たらねばならない……という自身の勘が示す通りに、このまま森の中へと進んでいきたいのは山々だが、それではアスナさんを放置することになってしまう。
GPSが狂ったりはしないとは言ったものの、ここの三人は私以外スマホを持ってきていない。……念話で賄えるからどうにでもなる、みたいな油断が仇となった形だ。
一応、アスナさんはヘルメット……もといナーヴギアを被れば通信はできるが、流石にそれを一般人の前で被って見せるのは、色々と問題があるためできない行為だろう。
他者を呼びに行ったのにも等しいのだから、現状彼女とスマホで連絡を取ることは……って、あ。
「……アスナさん側には普通に念話すればいいじゃん……」
キーア、痛恨のミス。
念話が届かなさそうなミラちゃんはともかく、普通に森の外に向かって行ったアスナさんには、念話が届かないなんてことはないはず。『伝言』と違って声を出す必要性もないのだし、一般人に囲まれていても問題はないだろう。
状況が状況だけに、気が動転していたのだろう……と内心羞恥で頭を掻きむしりつつ、アスナさんへと念話を飛ばそうとして。
──森の方から聞こえる、僅かな爆発音に目線を奪われた。
「……な、なんだあれ、えっぐい爆発だけど……」
音こそ微かなものだったが、吹き上がる土煙は遥か上空へと舞い上がっていたため、ここからでも確認することができた。
それから察するに、結構な衝撃・ないし爆発があったことは確かだが……。
そんな風に、呆気に取られていたのが悪かったのか。
──土煙に紛れて、空に墨汁を垂らしたような黒い染みが広がり始めたことに、気が付くのが遅れてしまう。
「……えっ?!えっ、ちょっ、なにあれ?!……あっ、
どろりと広がるそれは、夜の闇を押し固めたような色合いをしている。
その広がる様を見て、急性
あれが予想通りに帳であるというのなら、中に入り損ねれば外からの干渉は非常に困難になるからである。*1
アスナさんに連絡を取る、ということも忘れて走り始めた私は、速度的に足りないと空を飛び、──樹海ゆえの木々の多さに
木々を粉砕しながら飛ぶのならいざ知らず、それらを避けて進むのであれば、それは地上を走るのと速度的には大差ない。
幼女の歩幅と比べれば遥かに速いとはいえ、帳が降り切る前に辿り着くことは困難を極めるだろう。
とはいえ、木々を薙ぎ倒すのは気が咎めるし……と私が脳裏であれこれと思考をしていると。
「──キリアちゃん!」
「アスナさん!?」
背後から、先ほどまで待ち続けていた人物──アスナさんの声が。
僅かに振り返ったその先では、普段着ではなく血盟騎士団副長としての鎧を身に纏った、彼女の姿が見受けられた。
周囲に他の人物の姿はないため、何故彼女がその姿なのかについてはわからない状態だったが……彼女は一度表情を引き締めたあと、こちらに向けて叫び声をあげた。
「そのまま飛んでて!すぐに、追い付くから!」
「……えっ、ちょっ、なにをする気です!?」
その気迫の凄まじさに、思わず私が焦って声をあげるも、彼女はそれを聞こえぬとばかりに走り始め。
「『フラッシング・ペネトレイター』!!」
「やっぱり!!」
十分な助走を持って放たれた
森林破壊は気持ちいいZOY!*3……なんて冗談も言えぬままにその首根っこを捕まれた私は、その背後に高速で消えていく、吹き飛ばされた木々を見ながら、報告書になんて書こう……と遠い目をするのだった。
「間に──合った!!」
「ぐえー!?」
「あっ、ごごごめんねキリアちゃん!大丈夫?」
「……顔面紅葉おろし*4になったけど大丈夫」
「それ大丈夫じゃないよね!?」
こちらの言葉にアスナさんが慌てて近付いてくるが、一応顔面からスライディングしただけなので命に別状はない。
顔の傷も放っておけば治るので、彼女の心配は無用の長物なのだが……それをここで言ったところで『大丈夫なわけないじゃない!』と返されるだけなので、大人しく彼女の手当てを受ける私である。
ともあれ、彼女の頑張りによって、帳が降り切る前に中に入ることができた。
なにが起こったのかまでは不明だが、あの状況で突然に発生した帳だ、まさか無関係ということもないだろう。
なので、これ以降については実地で探索するとして……。
「……アスナさん、さっきまでなにしてたんですか?随分遅かったですけど」
「あ、あはは……えっとキリアちゃん、口調」
「む?……いや、ごまかされないからね?」
「あはは……ダメ?」
「ダメです」
いきなり現れたアスナさんが、さっきまでなにをしていたのか?……というのは当然の疑問であり、それを私が尋ねるのもまた当然なのだが……聞かれた方の彼女は視線を泳がせ、私の口調の指摘をしてごまかそうとする始末。
なにかを隠しているのは間違いないようだが……むぅ。様子から察するに、なにか悪いことがあったとか彼女が黒幕だとかではなく、単になにかしょーもない失敗をして、それを隠しているだけ……といった感じか。
「……うん、今回だけですよ?」
「あ、あははは……今度から気を付けるから許してね……」
……ミスなんて誰にでもあるから仕方ないな!(目逸らし)
内心ちょっとドキドキしつつ、表面上は仕方ないなぁとばかりにアスナさんを許す私。……無論、私もさっきミスしてたので、どの口案件なのだがこれ以上触れないから問題なし!閉廷!*5
そんな感じに確認を終えて、改めて周囲を見渡してみる私達。
帳だという予想は的中していたようで、外と内とを切り分ける壁らしき部分は、触れるものの外に出ることは難しそうだった。
「……よくわかんないけど、『逆憑依』は通れない、とかかな?」
「そっか……じゃあ、先に進むしかないってことだね?」
「そうだね。……この場合、これを張った呪術組が
壁から手を離し、アスナさんに声を掛けて奥に進む。
状況的に、誰かが縛りを設けて帳を展開したのだと思われる。
私が外に出られなかった辺り、一応その縛りには複数のパターンが予測されるが……、帳を使ったのが同じ『逆憑依』ないし【顕象】であることに疑いはない以上、それらの干渉を断ったと見るのが普通だろう。
疑問点があるとすれば、さっきまでの念話妨害。
『……おお、やっと通じたか!』
「ミラちゃん?今どこに……」
『連絡早々悪いのじゃが、撤退・もしくは退避じゃ!
「は?えっちょ、ミラちゃん!?一体なに……切れたし」
歩きだしてから間もなく、彼女からの念話が飛んできたためにその可能性は零となる。
ようやくの無事確認に、密かに胸を撫で下ろした私だが……様子がおかしい。
スマホなどの通信と違い、念話の場合は後ろの音声までは聞こえてこない。
それゆえこちらにわかるのは、彼女が切羽詰まった声色をしているということだけ。
思わず首を傾げる私だが、ミラちゃんは言いたいことを言い切ったのち、そのまま念話を切ってしまった。……感覚としては先ほどのものと同じそれは、さっきまでのそれが
「……?」
「どうしたのキリアちゃん?さっきから百面相してるけど」
「いや……ミラちゃんから連絡があったんだけど、なんか緊急事態っぽいと言うか……」
「……まさか、敵!?」
「わからん……とりあえず撤退を提案されたけど、逃げるにしてもミラちゃんが居ないことには……って、ん?」
こちらの様子を怪訝に思ったのか、アスナさんが声を掛けてくる。
それに私は、先ほどまでのミラちゃんとの念話の内容を開示することで答えるが……正直、先ほどまでの会話だけでは、彼女になにが起こっているのかを正確に察知することは不可能だろう。
なので一先ずは、恐らくは走り回っているのであろう、ミラちゃんを探すことから始めるべきだ……と提案しようとして。
「……ぬぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!?」
「えっ、ミラちゃ……ってひぃっ!?」
「え、なにな……ナニアレ!?」
あまりに都合よく……というかタイミングよくというか。
森の奥から爆走してくるのは、件のミラちゃん。必死の形相で走ってくるその姿に、思わずちょっと逃げ腰になった私は──その背後で巻き起こる、破壊の嵐に目を剥くことになった。
地面ごと掘り起こされた木々が舞い、それが頭上で爆ぜるように燃え上がる。
見えない攻撃が飛び交ったかと思えば、辺り一帯を紫電が照らす。
文字通りの破壊行為に、それから逃げるミラちゃんを迎えた私達は。
「撤退!てったいー!」
「ひえええっ!!」
一も二もなく、その場からの退避を強制させられるのだった。