なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……来ないわね」
「あれー!?」
先ほどまでの緊張感はどこへやら。
数分もしないうちにやって来るだろうと思われていた襲撃は、それから何分経ってもやってくることはなく。
最初はビシッと構えて待ち受ける姿勢を見せていた荷葉ちゃん達も、今は気の抜けた感じですっかり構えを解いてしまっている。
そうして緊張感が失われたタイミングで、仕掛けてくるのでは?……なんて風に密かに警戒していたのだけれど、実際にはそれすらもなく。
結果私達は渋々といった感じに、当初の予定通り荷葉ちゃんのおばあちゃんの家へと向かうことになったのだった。
「はぁ、蜂……ねぇ?向こうの方ではそんなことになってるのかい?」
「あれー?!」
で、やって来たのが荷葉ちゃんのおばあちゃんの家。
以前と変わらぬ様子で佇むその家屋に入った私達は、元気そうに暮らしていたおばあちゃんに、街に広がっている噂について尋ねてみたわけなのだけれど……返ってきたのはそんな感じの、あまりにも予想外な反応なのであった。
……ええと、噂の広まってる範囲が結構狭い……ってことなんです?
「もしくは狂言か*1、ってところだけど……まぁ、住民達の様子からするとそれはないわね」
「それこそ催眠を受けてる、とかでもないとあの切羽詰まった感じは出ないよね……」
反論としてパイセンが告げた言葉も、そのまま本人に否定されるように論拠としては弱い。
実行犯と市民がグルである……というような迂遠な予想にしかならないため、今一信憑性が足りないのである。
特に、街の中心部から離れた場所に住んでいるとはいえ、同じ住民には変わりがないはずの荷葉ちゃんのおばあちゃんが
なにせここは前回の異変の中心部、であるならば
「……
「まぁ、そうなりますねぇ」
パイセンの仰る通りなので頷く私。
噂の場所が場所なだけに、以前の騒動から繋がる話なのだろうと決めうちをしてきた私達だが。……ここに来て、それが崩れようとしている。
となれば、相手が『比較的弱い』モノであるという予想すらも覆されかねないわけで。
こうなってくると
この面々だけで対処しようとするのは、ちょっと早まったかな?……なんて空気が私達の間に広まり掛けた時、
「……悲鳴?」
「外からだね、距離はよくわかんないけど……」
「とりあえず外に出よう、探してる相手かも知れないし」
それは、いわゆる絹を裂くような悲鳴*2と言われるもので。
聞こえ方から察するに、発生源はここから少し離れた位置。現場に向かうにしても、ある程度急がねば間に合わなくなるだろう。
現状ではやっと見付けた貴重な手掛かりである、絶対に捕まえなければ……!
というような気持ちを抱きながら、現場に向かった私達は。
「ウェヒヒヒwwいきなり秘密がバレちゃったねww」*3
「……はい?」
その現場に居た少女──
「その特徴的な笑い方は……」
「マシュにはその人物に心当たりがあるのですか?」
「え、ええ。恐らくは最近検査の為にこちらにいらっしゃっていた、美樹さやかさんのご友人であり。彼女の登場する作品の主人公でもある人物……
「まどかちゃんに蜂を操れるような逸話はない。このタイミングで出てくる人物としては、関連性が見当たらない……ということね?」
「や、八雲さん!?いきなり出てこないでください!」
荷葉の話を聞いていたマシュは、その特徴的な笑い方から現れた人物を推測してみせる。
その答えに被せるように声を上げながら、空間を割き現れる少女が一人。
このなりきり郷の管理者足る存在である少女・八雲紫は、いつものちょっと緩んだ空気を感じさせないような、キリリとした表情を浮かべ。
マシュからの抗議の声を、軽く受け流していたのだった。
「とりあえず、そのまま話を続けて貰える?今回はちょっと気になることがあるから、確かめておきたいの」
「……まぁ、話すけどね?」
それが今の私には求められているんだろうし、と半ば投げやりに告げながら、荷葉は話の続きを紡ぎ始めるのだった……。
……え、なんでまどかちゃん?
目の前に現れた予想外の人物に、思わず唖然とする私達。
今そこにいるのは、ほぼ間違いなく鹿目まどか──つい最近
一つ、おかしい点があるとすれば。その腰辺りから半透明の羽が四枚広がっている……ということになるのだろうか。……正確には下二枚の羽は、リボンのような質感になっているわけだが。
ともあれ、外見上の違いはその程度のもの。
それ以外はほぼ間違いなく、魔法少女であるはずの鹿目まどかのものとしか言い様がなく……いや訂正、笑い方がなんか『ネットのまどか』めいてる気がする!
どうにもこっちを煽ってるように聞こえるというか!*5
「そんなことないよww私はいつだって、みんなのことを考えてるよww」
「……ねぇ後輩、これは爆散していいところなのよね?」
「お、落ち着いてパイセン!流石にパイセンの爆発は不味い!っていうかまだ制限時間終わってないでしょうに!」
「……ちっ!」
その微細な不快感とでも言うものは、パイセンも同じように感じていたらしく。
こちらに青筋を立てながら問い掛けてくるその姿は、ここで止めなければ確実に(諸共の自爆を)実行していただろう……と推測できるほどの苛立ちを、こちらに感じさせてくるのだった。……いやまぁ気持ちはわかるけどもね!
ともあれ、彼女はこっちに来てから始めて出会った手掛かりでもある。
そして会話ができる相手である以上、まずは口で情報を集めようとするのが道理というものだろう。
そう結論付けながら、こちらが口を開こうとすれば。
「クラスのみんなには──内緒だよっww」*6
「ぬぉわぁっ!?」
先んじて返ってきたのは、相手からの攻撃。
弓ではなく彼女の周囲の蜂達を突進させる、という形で行われたそれを、私達は散開することで避けたのだが……いや口封じかよ!?
ダイナミック口封じ的なその行動に驚く間にも、相手の行動は止まらない。……前言撤回、話し合いの余地なしだこれ!?
「ちょっ、ストップ!話し合おう!平和的に!」
「希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくないww」
「おいこら、名言で煽ってくるんじゃねぇ!?」
蜂達の突進を避けながら声を掛けるも、相手はこちらの言葉を聞く気が一切見えない。……それどころか明らかに半笑いで台詞を述べているため、煽っているだけでしかなさそうだ。
これ【顕象】は【顕象】でも、以前見えたノッブとかと同じで倒すしかない奴なのでは?……なんて風に思い始めてしまう始末である。
……いやまぁ、正確には名言を垂れ流しているだけ、というわけではなさそうな辺り、会話そのものの余地はまだ失われたわけではなさそうなのだけれども……。
「ホントに?!ホントにそう思ってるのキーアお姉さん!?」
「……いやその、一応バーサクしてるわけでもなさそう*7な知性のある相手を、そのままぶっ倒すのは気が引けるというか……」
「今更なに言ってんのよお前!?いつも平気でぶっ倒して……いや待ちなさい、お前……?」
「あ、隙見っけwwおーきろーwwww」
「……っち、鬱陶しい!」
そんな私の言葉に正気か?と尋ねてくる荷葉ちゃんとパイセン。……まぁうん、わりと敵対者には容赦なく攻撃を仕掛けてきた私が、今日に限って様子がおかしいというのは、流石の二人にもバレてしまったようで。
言ってしまえば単なる体調不良なのだが、これがまたなんとも言い難いことに、
「……今更こんなに気持ち悪い、って感覚が来るとは思ってなかったから、正常な判断ががが」
「ええと、よくわからないけど、キーアお姉さんピンチなん?」
「そうみたいね!……一時下がるわよ、いいわね!」
「わかった!ごめん二人とも、お願い!」
急激によわよわになった私を見て、パイセンが荷葉ちゃんに告げる。
それを受けた彼女は二人──蚕と猫に向かって指示を出す。
待ってましたとばかりに飛び出した二人は、そのまま飛んでくる蜂達を羽で叩き落としたり、はたまた爪で引き裂いたりと獅子奮迅の活躍を見せ始めた。
「あ、あれwww意外と強い、のかなwww」
「……ええぃ、イラつくわねお前!あとで覚えてなさい、きっちりかっちり滅ぼしてやるわ!」
そんな二人の活躍には、流石の相手も肝を冷やしたのか。
半笑いの口調こそ変わらぬものの、まどかの言葉はどことなく驚きが混じったものになっていた。……まぁ、パイセンは変わらずイライラしていたわけなのだが……。
「うえぇ……気持ち悪い……」
「た、大変なん!キーアお姉さんが死にかけなん!」
「えええ!?なんでいきなりそんなことに!?」
「……ああもう、時間稼ぎはこれくらいでいいでしょう!とりあえず一旦家に……」
「───いや、お前達はここまでだ」
「……!?」
状況は目まぐるしく動いていく。
私が完全にグロッキーになって地面にへたり込み、それを周囲が異常だと感じて撤退を急ぐ中。
──その流星は、文字通りの音速でその戦場に突っ込んできたのだった。
間一髪、気配に気付いたパイセンが私達を掴まえて飛び退くが……その代償は彼女の右足一本。
宙を舞う彼女の右足を見た子供達二人が息を呑む中、現れた流星はまどかの隣へと音もなく降り立ち、こちらにその得物──刀を向け、こう告げるのだった。
「──新選組一番隊隊長、沖田総司。御用改めである、神妙にお縄に付くがいい」
「お、沖田総司、だと……!?」
痛みに顔を顰めながら、パイセンが言う。
まどかの隣に降り立った少女──沖田総司は、熱のない視線でこちらを見下ろしながら、その