なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「キリア、ですか」
「そう、キリア。……あー、
アルトリアの呟きのような言葉に頷き返しながら、彼女は少し悩むように首を傾げる。
その所作は、キーアのそれと比べると、格段に女性らしいもので。
姿は全く同じなのにも関わらず、見るものに小さくない違和感を抱かせる。
それは記憶喪失*1などというものとは、全く違うものに見え。
話が違うのでは?……というような抗議を含めた視線をマシュから受け取った荷葉は、小さく背筋を震わせて怯えていた。
それを横目にしながら、彼女は小さく苦笑を浮かべる。
「その子の名誉の為に言っておくけど……ズルして色々見てはいるけど、
「……それは流石に、詭弁にもほどがあるんじゃないかしら?」
「あらやだ怖い。笑顔が笑顔じゃなくなってるわよ、楽園の管理人」
「……私は確かに八雲紫だけど、そう呼ばれることはないわよ」
「ふむ?……なるほど、ご免なさいね八雲さん?」
(いきなり空気が悪くなったんだけど!?)
(大人の争いは怖いん……)
言ってしまえばここにいる彼女は、キーアの姿をしてはいるものの中身は別人。
そうなった理由がわからない以上、紫の反応が厳しいモノになるのは、半ば必定。
故にその言動は些か刺々しいものになるし──それを見た
話の渦中にありながらも微妙に蚊帳の外、みたいな状態になってしまった少女二人は、涙目でお互いをこそこそと見合いながら、ボソボソと話をしているのだった。
「……とりあえず、お聞かせ下さいキリアさん。──せんぱいは、無事なのですか?そもそも、何故貴方がせんぱいの体を使っているのですか?」
「──ふむ」
「え、えと、あの?」
可哀想な少女二人については、一先ず置いておいて。
敬愛するせんぱいが、何者かに憑依されている……とでも言うべき状態にあるのだと理解したマシュは、仄かな警戒を滲ませながら彼女へと問い掛ける。
代表して声をあげたのが彼女と言うだけで、他の面々も似たようなことを聞きたがってはいただろう。
だから彼女の言葉は、相手にも予想できて然るべきものだったのだが。
問われた方の彼女はといえば、改めて視線をマシュに向けたのち、物珍しげな表情を浮かべながら、彼女の周囲を観察するように回り始めるのだった。
突然の奇行にマシュが困惑すること暫し。
満足したのか元の席に戻った彼女は、小さく頷きながら空気感を──ほんのりと柔らかいモノに変え。
人好きのする笑みを浮かべながら、口を開く。
「なるほどねー。よくわからない繋がりだなー、って思ってたけど。……この世界、随分とややこしいことになってるみたいねー。
「……なにを仰りたいのかわかりませんが、質問のこ
「質問の答えはノー、それからイエス。……それなりにややこしいけど、聞く気はあるかしら?」
「……お願いします」
「そ。じゃあまぁ、長くなるし──」
なにかを納得したのか、染々と呟かれるその言葉は、彼女の求めたモノではなく。
故に少々苛立ちながらマシュは声をあげようとしたのだが……彼女はそれを煙に巻くような、答えになっていない物言いをして。
更に苛立ちを募らせるマシュ達を微笑ましげに眺めながら、一つ軽く指を鳴らす。
「───!?」
「好きなもの取っていいわよ?全部私のお手製だから、味には自信があるわ。……あ、毒とかは入ってないから心配しないでね?毒入りの方が良いってことなら、一応別で用意もするけど」
「え、は、え?」
「空間転移……?いや、空間の創造……?!」
「いやいや、いやいやいや……」
呆然とするマシュと、周囲を見渡し考察を述べるアルトリア。
境界を操る紫だけは、
「あ、じゃあこのチーズケーキ貰いまーす」
「はいどうぞ。れんげちゃんは飲み物梅昆布茶だから──煎餅とかにしとく?」*2
「ありがとなん、キリアん」
「───ぷっ。……ふふっ、懐かしい名前ね。こんなところで呼ばれるだなんて思ってなかったけど……懐かしついでに、羊羮もサービスしちゃう」
「わーいなん!」
「……はぁ。とりあえず、アンタ達も選びなさい。こうなるとホントに長いわよ」
そんな中、この状況に出会すのは
星の海を空に望む、そよそよと風がそよぐ草原。
そこに無数に備えられた、机と椅子とティーセット。
明らかに先程まで居た場所とは違う場所に招かれた彼女達は、それぞれに困惑し、それぞれに動き始めていたのだった──。
「それじゃあまぁ、改めまして。『キルフィッシュ・アーティレイヤー』というキャラクター像の元となった
「え、ええと……色々聞きたいことはあるのでしゅが、まずは一つ。……その、原型というのは……?」
そんな感情を、顔面にこれでもかと塗りたくったマシュは、半ば諦めの気持ちを抱きながら周囲のティーセットからショートケーキを一つ選び、席に戻ってきていた。……一口食べて「お、美味しい……っ」と驚愕もしていたが。
対するキリアは最初から変わらず、椅子に座ったまま笑みを浮かべている。
その表情に対しての既視感が、友達を家に連れてきた時の母親を見た時のものとそっくりだと気付いたマシュは、とりあえず無意味に警戒を続けるのを止めるのだった。……どういう反応をしても、微笑ましげに見つめられるだけだとわかったからである。
それでもまぁ、自身のせんぱいがどうなっているのか、というのは不明である以上、そこを尋ねないわけにはいかない……ということで、とりあえず彼女のことを知ろうとしたわけなのだが……。
返ってきた言葉に、彼女は困惑を深めることになる。
彼女のせんぱい、『キルフィッシュ・アーティレイヤー』はオリジナルなキャラクターであるはずだ。
で、あるならば。普通の『なりきり』のような、
「彼の思考の中では、という注釈は付くけれど。私というキャラクターを作ったのちに、それを
「……あ、あー!!そういえばそんなことを言ってたわキーアちゃん!」
「ちょっ、八雲さん!?なんでそんな重要なことを黙っていらっしゃったのですか?!」
「え、だってまさか重要な話だとは思ってなかったというか……」
彼女の話を要約すると、元々『キリア』というのは彼が昔書いていた小説の主人公の名前、だったのだという。
言うなれば、
故に彼女はキーアの元ネタとなった存在であり、表に出てはいないものの
その辺りが彼女が唯一『オリジナル』であるにも関わらず、彼女がこの『逆憑依』に巻き込まれる要因になったのではないか?……というようなことも、合わせて説明されたのだった。
で、それを聞いた紫は、食べていたイチゴのムースを口からポロポロ溢しながら、何かを思い出したように大声をあげる。
それは、今聞いたこととほぼ同じ内容の話を、掲示板でのなりきりの時に聞いた覚えがある、というもので。
要するに、紫はこの辺りの騒動の原因となるモノを予め知っていた、という風にも言えてしまうわけで、マシュがそれに食い付かないわけもなく。
キリアが穏やかに仲裁の言葉を挟むまで、二人はトムとジェリー*3のように追いかけっこをすることになるのだった。
「もうなにもありませんね八雲さん!?」
「ないないないですぅ!仮にあったとしても私は聞いたことないですぅ!!」
「うーん、こうしてみるとマシュはマシュでも、元の
「……あっ、すみませんキリアさん!えっと、続きを!続きをお願い致します!」
「はーい。……ええと、とりあえず挨拶をしたところ、だったかしら?」
仕切り直しとなった会話は、再び彼女の子細についてのものへと移っていく。
マイルドにした、というように。キーアの元となる彼女は、色々と濃ゆいモノを持っている。
先程の空間転移?もそうだろう。あの規模のモノをキーアが行うには、それなりに準備をする必要がある。
しかしそのオリジナルであるキリアはどうか。
ご覧の通り、指を鳴らすという一手順のみ──型月的に言うのであれば一工程*4で世界を塗り替えた彼女は、明らかにキーアよりも強化されていると言えるだろう。それもそのはず、
「ええと、記憶を探るに第二形態がー、とか言ってたみたいね、彼女。……それ、簡単に言えば
「……はい?」
文字通り、
そんなことを述べた彼女に対し、周囲は呆然と言葉を吐くのだった。