なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……ええと、つまり今の貴方はせんぱいが変身した姿、ということになるのですか……?」
「厳密には違うんだけど……まぁ、概ねその認識でいいと思うわ。
「えっと、と言うことは……?」
「……さっきの質問の答えになるけど。ある意味では乗っ取りみたいなものだから、彼女は決して無事じゃあない。けれど、戻ろうと思えば戻れるのだから、そういう意味では影響は軽微だとも言える……ってところかしら」
「は、はぁ……」
ことのほか軽いキリアの言葉を聞きながら、マシュは小さく安堵の息を吐いた。
気になることはまだまだあれど、元に戻れることが明言されたのならば、不安は一つ解消されたと言って差し支えあるまい。
そんな思いから溢れたマシュのため息を聞きながら、キリアは「愛されてるわねぇ」と小さく笑うのだった。
「……一つ、いいかしら?」
「あら、考え事は終わった感じ?」
そうしてマシュを微笑ましげに眺めていたキリアに、横合いから声が掛けられる。
声を発したのは、先程までうんうんと唸っていた紫。聞くべきことが纏まったらしく、故に改めて発言した形である。
それに一つ返事をして、キリアは彼女の質問を待ち受けていたのだが……。
「キーアちゃんは、自分の事を最弱の魔王だと言っていた。……その奥の手たる貴方は、
「……あー」
ある意味で核心を突くその疑問に、思わず彼女は返答に迷う羽目になるのだった。
「彼女は──あれだけ色々できる癖に、自身を最弱であると言って憚らなかった。そこにはなにかしらの根拠のようなものが見え隠れしていたけど……貴方というオリジナルの存在が明らかになった以上、その根拠は貴方にあると見るのが普通。けれど貴方は──さっき、余りにも容易く
「……え、えええ?!」
「うーむ、流石は境界を操る者。よく見てるわねぇ」
ついで飛び出すのは、
アルトリアも考察していたが、それは転移か創造か?……と判断するのが普通であると思われるほどの、明らかなオーバースペック技能だった。
そこまでやっておいて、まだ自分は弱いのだと宣うのであれば。……それが一体
ただ、それを聞かれた方のキリアはといえば。
どこか気まずそうに、小さく頬を掻くのみ。……あまり語りたくない、と言外に述べているかのような態度だった。
とはいえ、語らねば話が進まないとも思っていたらしく。小さくため息を吐いた彼女は、渋々ながらに話を始めていく。
「──鶏が先か、卵が先か。……って話は聞いたことあるわよね?」*2
「……はい?」
ただ、その語り出しは、まったく関係無さそうなモノから始まったのだった
──鶏が先か、卵が先か。
いわゆる
一見バカバカしい問答にも思えるが、これがまた難しい。
進化論的に言えば、これは卵が先となる。
何故かと言えば、『やがて鶏になる卵を産んだのは、決して最初から鶏だった種ではない』という、突然変異による変化を根拠としているものだからだ。
いきなりどこかから成体の鶏が生えてくるわけではない以上、鶏という種の誕生は他の鳥類からの突然変異によるもの、だとするのが普通である。
故に、鶏という種の誕生は卵から雛が顔を出した瞬間、すなわち『卵が先にあって、そこから鶏が生まれた』ということになるのである。
が、これには反論があり。
鶏の卵の殻を形成する為の一部のたんぱく質は、他の鳥類は持っておらず、成体の鶏にしか持っていないという研究結果があるのだ。……故に、『やがて鶏となる卵を産めるのは、端から鶏である種類だけ』という論説を作ることができてしまうのである。
……まぁ、これはあくまでもそういう風に反論できる、というだけの話であり、実際にそんな反論をした人は居ないとも聞くが。
その他宗教的な話をするのであれば、例えば基督教では神が最初から鶏という種を作り出していたりするし、はたまた他の宗教では『世界は卵から産まれて』いたりもする。
単純そうな議題でありながらも、実はそれらの論争には
ともあれここで重要なのは、その言葉を
「彼は私を小説のキャラクターとして作ったわけだけど。……同時にその時定めた一つの設定によって、先の鶏卵のパラドックスのようなモノを生む可能性を作り出してしまっていた」
「そ、それは一体……」
「よく創作者は世界を作っているのか、はたまた他の世界を見ているのかわからない……なんて話があるけれど、まさにその通り。彼は私を
「すみません!いきなり専門用語を混ぜるのはやめて頂けませんか!?」
「ありゃ、こりゃ失敬。詳しくは枠外を見てね☆」
「わく、がい……?」
「まともに取り合わない方がいいわよ、どこぞの
「は、はぁ……?」
突然の専門用語の連発に、マシュは思わずと言ったばかりに声をあげる。……こちらの常識的には
とはいえ説明しないのもわかり辛いか、と思い直して声をあげる。……あげた途端にそれらの言葉の意味を流し込まれた三人は、情報の奔流に揃って呻き声をあげていたのだが。他の面々は既に同じ事をされている為、ここでは免除である。
「え、ええと。とりあえず、貴方が本来はマーリンさんのような、単独顕現持ちのようなものだというのはわかりました。それが、鶏と卵の話にどう繋がってくるのですか?」
「あら、薄々気付いているんじゃない?──キーアのそれは、キリアをわかりやすくしたもの。……言い換えれば、私を
「──貴方は文字通り、
マシュの結論に、彼女は良くできましたと拍手を送る。
創作者が物語を作る時、それが
文体が幾ら稚拙で荒唐無稽であれど、実際に体験したことを書いている時はあるし。
同じように臨場感に溢れ、リアルだとしか思えない物語であれど、それら全てが豊富な創造力によって生み出された虚構であるということも、同じようにあり得る話である。
そして、これがことファンタジーなどの『非現実的な話』になると、それを『夢かなにかで見ていた』としても、ファンタジーの世界に実際に行くことのできない人々にとっては、それを判別することが殊更に難しくなってしまうのだ。
これが意味するのは、『自身が創造した』と思っていた世界が、実際は並行世界のどこかにあるものをたまたま何かで認知してしまっただけのものである、という可能性を零にできなくなるということ。
すなわち、滅多には起きずともどこかで起きてしまう可能性を、少なからず生み出してしまうということである。
あとはまぁ、キーアが
──結論を言おう。キーアはキーアとしてこの世界に現れた時点で、キリアの実在を半ば証明してしまっていたのである。
「だから、私は『逆憑依』とかじゃなくて、本人。世界のどこかに居た、本物のキリアという存在なのよ」
「……もうめんどうみきれよう」
「八雲さーん!?!?」
「……完全にキャパオーバーしたわね」
創作の存在が何らかの手段によって顕現した存在ではなく、文字通りこの広い宇宙のどこかに居た彼女を呼び寄せた状態。
それが、今ここにいる彼女であると告げられて、八雲紫は思考を手放した。完全にキャパオーバー、というやつである。
それもそのはず、彼女は単にキリアが『最弱の魔王』なのかを確認しようとしただけ。
だが返ってきたのは、彼女がわけのわからない存在である、という証明の為の言葉。……付き合いきれるか、と思考を放り投げるのも仕方ない話である。
何が酷いって、彼女は紫の聞きたいことを意図的に避けている。……要するに、彼女は言外に『これだけできるけど私は確かに最弱の魔王だよ』と告げているのだ。
それを明言することに、何らかの制約があるのだと匂わせながら、である。
クトゥルフ神話の神々が、型月世界では偶然類似したものを明記してしまった、一人の作家によって現実との繋がりを得た……みたいな話があったが、ここにいるキリアはまさにその類い。
であるならば、他のオリジナルな面々もいずれ発生しうると述べているようなものであり、彼女の質問を胃のダメージは限界を越え始め──、
「あ、そこは誤解されそうだから
「……は?」
──ようとしたタイミングで、キリアからの注釈が告げられる。
その内容に反応した紫は、殊更に間抜けた声をあげるのだった……。