なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~   作:アークフィア

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頂点を目指すのは疲れませんか

「もう驚き過ぎてどうしようもない感じなんだけど、なんですって?」

「簡単に説明すると、私が顕現するということはすなわち、今の世界が終わりかけているってことを示すものなのよ。──現行の物理法則によって支えられている世界が終わり、私という新しい法則を中心に据えた次の世界が産まれようとしているってことの証左だ、っていう話ね」

「ねぇ?あの子そんなの書いてたの?そんなの見付けちゃったの?本当にどこぞの狂気作家と一緒じゃないのそれぇ!???」

「おおおゆかりんストップストップ、揺れる揺れるぅぅうぅ」

「お、落ち着いてください八雲さん!」

 

 

 そろそろ驚き過ぎて思考停止、暫く寝込みたい衝動に抗えなくなってきた紫だが、ここまでわけのわからない話をされれば、最早相手の襟首を掴んで前後に揺らすくらいしかできず。

 基本的にはスペック弱者であるキリアは目を回し、慌ててマシュが止めに入る羽目になるのだった。

 

 そんな些細な諍いより数分後。

 とかくセンセーションな物言い*1を恥じたキリアが、まともに話をすることを約束し。

 それを周囲が受け入れた後、再び話が再開されたわけなのだが……。

 

 

「ええと、話を纏めると……貴方は砕かれた星(スター・ダスト)って区分の能力者で?そのスター・ダストってのは基本的に小さいもの──先の理論的に言うのであれば、なんにでも含まれている可能性のあるもので?そういう意味ではオカルト方面ではなく科学方面の存在なんだ、ってことを言ってるわけよね?」

「そうそう。さっきの紐云々の話での『紐』が私、って思っておくとわかりやすいんじゃないかしら」

 

 

 先程まで聞いていた話を纏めつつ喋る紫と、星の海を眺めながら、紅茶に口を付けつつ述べるキリア。

 

 正確には私はその紐よりも更に細かいものなんだけど、まぁわかりにくいだろうからその認識で良いと思うわ──なんて風に添えられた言葉に頭を痛めながら、紫は彼女の正体とでも呼ぶべきものに思考を巡らせる。

 

 彼女の正体と言うのは、本当は微細な粒なのだという。

 さっきの『最小単位が粒だとすると、量子力学的にブラックホールになってしまう』という現実の物理法則に沿っている為、この場では『紐』と言い換えても良いようだが……。

 ともあれ、彼女という存在が科学の果ての果て──限りなくゼロに近付いていく極小の世界の住人、ということに間違いはないようで。

 

 ここで問題となるのが、真実今の世界において、極小の世界は未知の場所であるということ。

 以前キーアも述べていたことがあるが、現代の科学で作成できるミクロの世界を紐解く機械というのは、おおよそ粒子加速器のことになる。

 

 これは文字通り粒子を加速させる機械なのだが、量子の世界では粒子とは波でもある。

 すなわち、粒子を加速させて打ち出すというのは、過大な運動エネルギーを粒子に与えることと同じであり、同時にその粒子が波である時、その波長の間隔を短くするものとも言えるわけだ。*2

 小さいものを観測する時は、その物体の全長と同じかそれよりも短い波長の波を当てる必要がある。

 これは、大きい波ではその波長の間隔に、観測しようとしているものが綺麗に収まってしまう可能性があるからなのだが。それゆえにミクロの世界の観測には、強力な粒子加速器が必要となってくるとも言えるわけで。

 まぁ、それが故に変な陰謀論なども招くことになるのだが……今は割愛。*3

 

 ともあれ、小さい世界を観測するのには膨大なエネルギーがいる、というのは確かな話だ。が、ここで問題になるのが『E=mc2』──エネルギーと質量の関係を示す法則である。

 この式の示す通り、大きな質量を持つものは、それ相応のエネルギーを持っていると言えるわけだが──それは順番をひっくり返しても同じ。

 大きなエネルギーを持っているものは、より大きな質量を持っていることと同義になるのだ。

 

 あとはまぁ、簡単な話。

 粒子という微細なモノに、余りにも大きなエネルギーを加えると、質量が増大したのと同じ扱いになり、結果としてブラックホールと化すわけである。

 こうなってしまうと小さいものの観測、だなんて悠長なことは言っていられなくなってしまう。

 結果、粒子加速器どころか、短い波長の波を観測物に当ててそれを観測する……というやり方には、どう足掻いても越えられない壁と言うものがあると判明してしまったわけだ。……もっとも、そこまで小さいものだと大抵の計算には関わってこないので、特に問題はないと捉えられているわけなのだが。

 

 ところが、ここにいるキリアという存在は、その限界の長さ──プランク長さよりもミクロな世界にあるものを、その由来としているのだという。

 それは科学の面に立ちながらも、現行の科学ではどう足掻いても確かめようのない場所にあるもの。

 確かめられない以上は『あり得ない』と言いきれない彼女は、それ故に悪魔の証明を引き起こしている。*4

 

 

「けどまぁ、現代の科学には『予測』というものがある。……計算とかちゃんとした結果、プランク長さよりも小さい世界ってのは()()()()()()()()って風に認められてるのよね。──つまり、私という存在が現実に出てくることはありえない。──それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」

「……なるほど、だからこそ貴方が現れる、ということが世界の滅びと結び付くわけですか」

「どういうこと……?」

()()()()()と証明されているモノを()()()()モノにしようとするのなら、一番手っ取り早いのはその証明の根拠となるものをひっくり返すことでしょう?──雑に言えば光の速さを歪めるとか、質量とエネルギーの関係を弄るとか。そういう今の常識(物理法則)が無茶苦茶になった状態でなら、こいつの存在も認められてしまうってことよ」

 

 

 無いものの証明はできない、という意味で使われがちな『悪魔の証明』だが、それは同時に()()()()()()()()()()()()モノであることは意識されないことが多い。

 歴とした証拠があるのなら、単に証明すればよい。

 それができないからこそ悪魔という架空の存在まで持ち出しているのだから、結局は議論をうやむやにする為の詭弁にしか過ぎないのだ。

 

 例え本当に全てのモノに含まれているのだとしても、それが表に出ないのなら無いのも同じ。

 証明ができない世界にあるものなのだから、結局は架空でしかない彼女は、現行の物理法則が健在な間は、表に出てくることはありえない。

 ──故に、今の世界が滅びようとしている時──彼女の存在をあやふやにしている軛が壊れた時、彼女は大手を振って外に出てくることができるようになる。

 

 つまり。彼女が現れる時世界は滅ぶというのは、実は逆。

 彼女が現れることができるくらい、今の世界の基盤が壊れてしまっているというのが、彼女の出現に纏わる話の真実なのだった。

 

 

「まぁ、そんな風に書いた(見た)ものだから、実際に私に連なるモノであるあの子(キーア)になった時に、彼女は色々と悟ることになったんでしょうけど。……でもまぁ、完全に認めちゃうと今の世界ヤバくね?……ってなるから、目を逸らしてた部分もあるんでしょうけどねぇ?」

「……創作物が本物だった時の対処法、的なものがあったら食い付いてたでしょうね、多分」

 

 

 まぁ、そんな方法があったら私達も食い付いてたでしょうけど、と虞美人は嘯き、その言葉にキリアはカラカラと笑みを返す。

 ともあれ、彼女がとんだ厄物だという話はわかったわけだが、しかしてまだ明かされていないことがある。──何故、彼女が最弱を標榜しながらも、明らかに何でもできているのかだ。

 

 が、これに関してはマシュはなんとなく答えを見出だしつつあった。ヒントは『何にでも含まれている』『基本的に彼女は物理法則が健在な間は出てこない』だ。

 

 

「……ええと……?」

「ありとあらゆるモノに()()()為に、とかく小さなモノを求めた結果がキリアさんという存在です。──ですがどうでしょう?その言葉とは裏腹に、ここにいるキリアさんは普通の少女の姿をしている。……とてもではありませんが、()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。それから、先程の八雲さんへのちょっかい……それらが示す答えは、ただ一つです」

「そ、それは……!?」

 

 

 彼女があげていく一つ一つの事例に、次第に紫も真相に近付いていく。

 それはマシュの推理を聞く周囲も同じであり、固唾を飲んで見守る周囲と、その中心で話す彼女の姿は、ともすれば推理モノの終盤を見るようですらあり……。

 それを楽しげに見ながら、キリアはその答えを待つ。

 

 

「彼女は、本当に何にでも含まれている。個人を覆う物理法則──心の壁、ATフィールドとでも呼ぶべきモノ*5が正常に機能している間は、決して目覚めもしませんが──それでも、その由来が素粒子よりも小さいのであれば、含まれないモノを見付けることすら困難。これは比喩でもなんでもなく──細胞の一つ一つに、彼女という存在を構成する最小単位が含まれていても、なんらおかしくはないのです。その存在を、否定しきれない以上は」

「──うん、大正解!今ここにいる私は、それこそ数多の世界、その中に含まれる星の数よりも多くの()が集まったようなものでもある。……つまりは世界の内包者。()(キリア)という形を取れるほど集まれるっていうのも、さっきの世界の滅び云々の条件とも言えるわね」

 

 

 告げられた答えに、彼女は満足げに笑う。

 全身をナノマシンで構成したエメラダというキャラがいるが、彼女はそれを更に推し進めたような存在。

 

 砕けた星(プランク長さよりも小さい者達)の中でも、その入れ子構造を繰り返しに繰り返して至った下限──の、一歩手前。

 細胞一つ埋めるのにすら、無限を集めてもなお足りぬ数をかき集める必要があるのにも関わらず、それを人の姿……三十七兆個程とされるそれ*6を纏めあげたもの。

 

 その莫大な数により、その内側に世界を──数多の平行・並立・壁差に至るほどの長大なるモノを納めるのに至った者。

 既にその裡に、数多の命を抱くに至った者。*7

 

 それが、魔王・キリアに与えられたものなのだと、彼女は薄く笑うのだった。

 

 

*1
『sensation』。世間の目や耳を自身に集めるような、大きな事件や事柄を指す言葉だが、この場合は『周囲の耳目を引くために殊更に強調された物言い』のことを指す。英語の『センセーショナル(sensational)』(=人騒がせな、興味本意の)とほぼ同じ

*2
E=hc/λという式から。それぞれEはエネルギー、hはプランク定数、cは光速、それからλは波長の間隔を指す。hとcは定数であり変化しない為、エネルギーの総量が増すほど波長は短くなる、ということになる

*3
『Steins;Gate』の敵方組織『SERN(セルン)』の元ネタである現実の組織『CERN』のこと。『欧州原子核研究機構』の略称を冠するこの組織は、素粒子物理学の研究所としては世界最大規模であるとされる。さっきから述べている通り、素粒子を観測しようとする・および新しい原子を作り出そうとする時には必須の機械である粒子加速器も(世界最大規模のものを)この組織は持ち合わせているのだが、後に述べる通り粒子加速器は、地球上でブラックホールを生成するのに一番向いている機械とも言える。その為、『Steins;Gate』のネタに使われたようだ。なお、当の『CERN』は『Steins;Gate』のことを知っており、作者との対談というファンサービスをしたこともある

*4
証明することが困難な物事を悪魔に例えた言葉。中世ヨーロッパの法学者達が、土地の所有権の帰属を過去に遡って証明することは難しい、ということを説明する為に用いたのが最初だとされる。『無いことの証明は難しい』が主題であり、『無いことを証明することはできないのだから、あると扱ってもよい』とか『(◯◯はないと)議題を出した側が、相手に無いことの証明を求められる』などの意味ではない

*5
『エヴァンゲリオン』シリーズより。人の形を保たせているとされる心の壁。これがほどかれると、人は単なる(LCL)になってしまう

*6
成人の人間を形作るとされる細胞の数。昔は60兆個だと言われていたが、根拠も何もないかなりアバウトな試算だった模様

*7
錬金術的な感覚『一は全、全は一』から。また、図形の一部を切り出した時、その形が全体の形と相似するという『フラクタル』という数学的概念にも通じる。自身の姿を宇宙と例えるが故に、実際にはどうあれ宇宙をその身に抱いているのと同じような状態になっている、の意味。どこぞのコズミック変態さんが興味を抱いたのはこのせい


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