なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「極小の宇宙のモデルケース……」
「そうそう、極小ってのは忘れないでねー。それないと無闇にヤバい奴に思われるから」
「今のでも十分大概でしょ、お前」
その存在のでたらめさ加減に、痛む頭もなくなってきたと苦笑いする紫。なお、少女組二人に関してはもう話に付いていけていない為、話を無視して草原で追いかけっこをしている。
満天の星空を写しながら、周囲は昼間のように明るいという謎空間。
その場所を改めて見渡してみれば、それはどうやら小さな星のようなものであるらしく。
駆け回る彼女達はまるでドラクエか何かかのように、右に走っていったかと思えば左から現れたりしている。*1
そんな姿を眺めながら現実逃避をしている紫の肩を、マシュが小さく揺すっているのだった。
「気持ちはわかりますが、そろそろ話も終点です。気力を振り絞ってください八雲さん」
「……私これ報告書に纏められる気がしないんだけど……特に世界がヤバいの辺り……」
「ああ、大丈夫大丈夫。この辺りの話、全部
「……はい?」
そうして再度話に戻った彼女は、キリアからのいきなりのちゃぶ台返し*2に固まり、唖然とした声を漏らすのだった。
無論、横で聞いていた他の面々も(荷葉達以外)、似たような表情と声を晒していたわけなのだが。
「だーかーらー、最初に黒歴史だって言ったでしょ?……あの子は上を目指し続けることに疑問を抱いて、その設定を作ったみたいだけど──律儀に私がそれを遵守する必要はないわけだし」
「……あ、あははは……なるほど、それはそうよね。幾らなんでも現れただけで世界がヤバいとかナイナイ……ん?
あははと笑いながらさっきまでの話を軽率に放り投げる彼女に、思わず安堵する紫。よかった、可哀想な賢者はいなかったんですね*3、というやつである。……不穏な台詞?知らんな、そんなことは俺の管轄外だ。*4
ともあれ、ある程度
最弱を標榜し続けるのも、その存在のスケールの小ささを由来とするものなのはわかったわけなのだし。
ただまぁ──、
(負けを殊更に強調する彼女が、それを元にしたせんぱいが。──
マシュは一人、内心でそうごちる。*5
──無限。
それを
単純にその総数を思うのであれば、それは確かに感覚的な無限、としか言い様がないからだ。
ただ、マシュはなんとなく、この
話す気がないのか、はたまた話すこと自体が何か宜しくないのか。
ともあれ、どことなく避けているような気がするその話題に、彼女は何らかの意味があるのだろうと察したものの──。
(……いえ、追求するのはやめておきましょう)
そこを追求する意味が今はない、と思考を切り替える。
長々と彼女達についての説明を受けたものの、結局重要なのはその一点のみ。
──不可逆ではないと示されているのであれば、彼女がするべきことは一つなのだ。
「……一回死んでる、ってのは冗談でもなんでもなくて、今まで貴方がせんぱいと慕った人は、既に貴方の知る人じゃないのかもしれないけど、それはいいの?」
「ご冗談を。──せんぱいはせんぱいです。
「……まぁ、いいんならいいけど」
微細な粒子が集まって人の姿となっている
──で、あるならば。そこから生まれたキーアもまた、その本質は微粒子ということになるのだろう。
再現度がいらないとは、そういうこと。
再現するまでもなく、森羅万象は須く彼女を含む。そこにあるだけで、
故に必要なのは、どれだけの
キーアの言っていた事の真意を、遅まきながらに理解しながら。それでも、マシュは毅然とした態度で答えを述べる。
例えそれが、まやかしや既に失われたものなのだとしても。
自身のせんぱいとして振る舞い続ける彼女を、偽物だと笑うつもりはないと。
そんな言葉を告げながら、彼女はキリアに笑みを見せる。
……強すぎない?この子。
なんて感想を彼女が抱いたかは不明だが、ともかくマシュの言葉を受けたキリアは肩を竦めた後、次の話題を口にするのだった。
「ええと、とりあえずは元に戻すにはどうしたらいいの?」
「……端的に言うと、彼女の認識を
「ほう、なるほど叩いて砕く……ってん?」
その内容は、キーアに戻って貰うにはどうすればいいのか、というもの。
キーアという存在が成立する事自体が、キリアという存在の実在を証明してしまうモノでもある為、例え再現度という『逆憑依』の壁が立ち塞がろうとも、
何故なら彼女は万物に含まれるモノである。
目覚めた彼女が一つあれば、他のモノから彼女を目覚めさせることは息をするよりも容易く。
結果として細胞片から完全に復活したセル*7のように、
……元を正せば設定魔なところのある彼が、調子にのって設定を盛りに持った結果のモノでもあるわけだが。
逆に言えば、そうして『自身が作ったものが、実在した』という驚きに一番染まっているのは彼自身でもある、と言えてしまうわけで。
「たった一つの命を捨てて、生まれ変わったのは自身の作った物語のキャラクター。設定したことが実際にできてしまった以上、自身の現状に抱く思いと言うのは、ある意味で重すぎて理解を拒むようなモノ。──自分の妄想を自分の行動で否定できないのなら、それは最早何よりも強固なリアルでしかない。故に、自分で決めた設定に何よりも縛られてるのは彼自身、ってこと」*8
「……ええと、一応聞いておきたいのだけれど。その説明は素なの?それともからかってるの?」
「……?いや、そんなこと私が説明しなくてもわかるでしょ?」
「ああなるほど、素なの
つまり、彼自身が『自分は生け贄になったので戻れません』と
……ところどころに何やら
返ってきたのは、そんなこと言わなくてもわかるでしょ?──もとい、基本ふざけているキーアの元ネタなのだから、私がふざけてないわけないでしょう、という言葉。
……あの子の時点で時々頭痛いのに、この人それに輪を掛けてめんどくさい奴ね!?と紫が叫ぶのを見ながら、彼女は愉しげに笑う。
ほんのり愉悦部*9の空気を滲ませるその姿に、それを見たマシュはと言うと。
「……なるほど魔王……」
「ねぇ、アンタの感想それでいいの……?」
隣の虞美人の呆れたような声も聞こえていないのか、彼女は真剣そうな表情でそう頷いていたのだった。
『あー、そういえばちょっとだけ、小耳に挟んだ覚えがあるかも知れませんねー。せんぱいの小説、実際に見たわけではありませんが……だーいぶわけのわからないモノが並んでいたような?』
「……絶対ありえないようなモノだったからこそ、その一端であるキーアになってしまったことに、必要以上に動揺してたってこと?」
『かも知れませんね。有り得ないことが有り得てしまった時、それに抱く印象というのは必要以上に大きくなるモノですし』*10
現実空間に戻ってきた一行は、時間が先程から一秒たりとも動いていないことに小さく驚愕しつつ。
改めて、キーアにどうやって戻って貰うかを話し合う為、一路ラットハウスに向かったのだった。
そこでいつもの面々──ライネスやらウッドロウやらと合流した彼女達は、ココアと一緒に遊んでいたBBが『おや、どこかで見たようなお姿の方が?』と述べたのを皮切りに、彼女から話を聞いていたのだが……。
「……ほら、元気だしなさいよ。設定とかネタとか、他人には話さないなんてことは幾らでもあるわけなんだし」
「…………でもBBさんには話してました…………」
『いやその、私もたまたませんぱいのノートを見付けて、ちょっとだけ話を聞いたってだけですよ?詳しい内容とか、そこまで聞いてないですし』
「…………でもBBさんには話してました…………」
「完全に拗ねちゃったわねぇ」
カラカラ笑うキリアの視線の先、部屋の隅で『の』の字を地面に描くのは、どんよりとした空気を纏ったマシュ。
BBが僅かとはいえ、せんぱいから自身の創作物の設定を聞いていた、ということに驚き傷付きふて寝した、その結果の姿である。
初めは「ラットハウス?ラビットじゃなくて?」なんて事を言っていたキリアは、すっかり場の空気に慣れてコーヒーを嗜む始末。
しんちゃんも居るんだ、なんて風にしんのすけに声を掛けながら、時折マシュをからかうように声をあげている。
「……キリアお姉さん、趣味が悪いゾ……」
「私ってば魔王ですもの。恨まれるのが仕事、憎まれるのが仕事。その末で私を
「めんどくさい人、ってことはよくわかったゾ……」
「褒め言葉ね、ありがたく受け取っておくわ」
傍らのしんのすけは、疲れたように息を吐く。
堅苦しい話も終わった為か、徐々にギアの上がってきたキリアなのであった。