なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……その姿で
相手を指差して半ば怒鳴るように声を上げる後輩。
……落ち着いて落ち着いて、素出し*1はご法度でしょ落ち着いて。
「はっはっはっ。マシュちゃんひどーい。いやまぁ、俺がにわか*2なのは確かなんだけどね?」
「やっぱり!せんぱい、敵性個体・五条悟*3……いいえ、あの方を五条さんと呼ぶのはもはや冒涜です!仮称六条、対象の沈黙を目的とした戦闘行動、何時でも開始できます!」
「落ち着け言うとるやろがいっ」
「あたっ!?せ、せんぱい!?なんで『
キーアちゃんツッコミブレードは落ち着きを司る聖剣。叩かれたものに落ち着きを与える……。
ぶっちゃけてしまうとこれ使ったら落ち着きましょう、というお約束の物体化みたいなものである。
……いわゆるところの場面転換を強制的に起こさせるため、獰猛な猪も叩いた瞬間無害な豚に大変身というわけだ。
スレ運営には時に非情な判断も必要、その非情さを示すアイテムというわけである。……ただのハリセン一つに大仰な説明付けすぎでは?*4
「落ち着いて貰えたようで何より。……いやまぁ、俺が挨拶に来たのがそもそも間違いなんだけどね!」
「……なんなのでしょう、この絶妙に合ってないけれど、雰囲気だけは似せようとしている不可思議クオリティのお方は……」
「落ち着くんだマシュ、他者に引っ張られてはいけない。それではなりきりトップ勢の名が泣くぞ……」
「せ、せんぱい……!」
五条擬きの台詞に惑わされまくっている後輩に、落ち着けともう一度、今度は彼女の今までの頑張りを添えて言い含める。
……よくわからんけど感極まったっぽい感嘆の言葉を漏らした後輩は、一度咳を吐いて気持ちを整えたのち、完璧なマシュスマイルでニヤニヤしている仮五条君に話しかけた。
「先ほど貴方は『答えが聞きたいか?』と問い掛けて下さいました。……貴方は、私達が何に巻き込まれたのかを知っているのですか?」
「答えはイエス、そしてノーだね。俺も正直全貌が掴めているわけじゃないんだ。──そもそも、俺ってば使いっ走りだからね?」
「……!?仮にも五条悟を名乗る奴を、使い走りだと……!?」
彼から飛び出した言葉に思わず愕然とする。
五条悟と言えば、呪術廻戦を囓ってる程度の知識の俺でも知っている最強キャラだ。
創作では割と簡単に飛び出してくる無限だけど、それがもし実際に使えたのなら、世界に与える影響は計り知れない。
……少なくとも、世界の電力事情は彼一人居れば解決してしまうだろう。世に溢れた数式は、
なので、無限を持ち出した時点であらゆる物理は崩壊する*5のだ。彼の力をうまく利用すれば、永久機関*6だって余裕で生み出せてしまえるだろう。
そんな、どう考えてもぶっ壊れ。──それが五条悟なのだ。
そんな人物を使い走りに使う、だと?どうなってんだよ一体、相手の規模どんだけだよ?
なんてことを思っていたら、彼から爆弾発言が飛び出した。
「
「……なるほど、確かに私もマシュになりきっていました。せんぱいも」
「オリキャラとはいえ、キーアになりきっていた。……で?それがどう繋がるの?」
「──憑依の度合い。これが、そのキャラハンの評価と関わってるみたいでね」
「……なんか嫌な予感がするけど聞こうか?」
「俺、スレでも全然似てないって叩かれてたんだよね。で、結果として──術式順転『蒼』・術式反転『赫』」
「ちょっ!?」
いきなりの攻撃宣言に、慌てて立ち上がる俺。
無防備な俺の前に、決死の覚悟でマシュが盾を構えて立ち塞がり、
「──虚式『茈』。……とまぁ、こんな感じ」
飛んできた、なんか生暖かい空気に、思わず目が点になった。
……いや、は?これが、『茈』?
仮想の質量を押し出すことで射線上の全てを消し飛ばす、彼の最大火力、だと……?
「いや、これ……」
「良くて空気弾、下手すると段ボール砲のが威力あるかもね。……まぁ、そういうこと。キャラハンとしての再現力が低い場合、俺達の
「え、ええ……?」
下手をすると、団扇で思いっきり仰がれた方が強いかもしれない、という微妙な威力の『茈』。
一応、見た感じ原理は元の無下限術式*7に則ったものみたいだけど、それによって起きる現象の規模が小さすぎる。
……これ楯が動く必要、一切なかったんじゃなかろうか?
「ご、五条さんどころか
「ははは面目ない。そういうわけで、俺ってば使い走りくらいにしか役に立たないんだよねー」
「……憑依っぽいって言ってたのに、そこら辺いいので?」
「──まぁ、ここは
「……ええー……」
……憑依部分もなんか緩くなってるんですがそれは。
いやまぁ、本人?が別に良いならいいんだけど、なんだこれ?
なんでなりきり板出身者だけ対象なのかもわからんし、こうして能力が使える理由も分からんし、なりきり再現度で強さが変わるとかもう意味不だし!
わからん尽くしでどうしろってんですこれぇ?!
「ま、とりあえず。俺達と似たような人が集まってる場所があるんだ、ついてきて貰える?」
「えー、あー、うん。こっちもよくわからんし、ついてくことは吝かじゃないよ」
「はい、それじゃサクサク行こっか」
彼が手を叩くと、突然室内に謎の裂け目が現れる。
……切れ端の両端にリボンが結ばれていて、裂け目の内部からは、無数の目がこちらを見返している。
……あまりにも冒涜*8的なスキマを見た貴方は、成功で1・失敗で1D3のSAN値*9減少を──、
「落ち着いて下さいせんぱい!なりきり板でTRPGとか、自殺行為にも程がありますよ!?」
「──はっ!?」
楯に肩を揺さぶられて意識を取り戻す。
……いかんいかん、あんまりにもお決まりな場面に立ち合ったものだから、一瞬意識が飛んでいたぞ……。
……いやでも、仕方なくない?
みんな大好き東方の胡散臭い大賢者、八雲紫*10さんの操るスキマ*11じゃないすかこれ。
東方project、いわゆる弾幕ゲーの
同人ゲームとしては異例の知名度を持つ、オタク文化に触れていれば一度は目にしたことがあるだろう……とまで言われる有名作である。……二次創作だと先代録*14とか人気だったね、ほんと。
というかね?二次創作が大きくなりすぎて、本家では真逆になっている設定*15まであるとか言うんだから、懐が大きすぎる気もするわけなんだけど。
……二次創作が大きすぎる。
これ、なりきりする時も問題になる点だった。
ユーザー間でもイメージに差があるものだから、真面目にやってる人でも、変にアンチに絡まれたり過剰に誉められたりなどするせいで、全うな評価が難しい作品だったのだ。
場合によってはやたらと紅魔館が爆発したり*16、咲夜さんが忠誠心を鼻からどばーって*17したり、メイリンはずっと寝てたり*18……みたいに、かなりステレオタイプに侵食されていたりもした。
……なりきりですらTAS*19的に
まぁ、東方についてはこの辺りにしておいて。
八雲紫、八雲紫かぁ……。
「境界を操る程度の能力*21」を持ち、幻想郷を維持する為ならば何でもして見せる妖怪の賢者。
……んー、
いやまぁ、もし相手が俺の思ってる通りのゆかりんなら、心配する必要とかゼロなんだけども。……ここからじゃわからんからなぁ……。
「あの、せんぱい……?」
「あ、ごめんごめん。……虎穴に入らずんば虎児を得ず*22、か。しゃあなし、いくよ楯!」
「は、はい!
「おー。元気だねぇ、っと」
楯に急かされ、意を決してスキマに飛び込む。
風を切る音を聞きながら、俺達は落ちるように先に進んでいくのだった。
「───来たようね」
スキマを抜け、久方ぶりの地面に足を付ける俺達。
視界を下に向けていた為に、上から振ってきた言葉に反応して、俺達は頭を上げる。
……そこは、どこかの社長室のような場所。
立派な机の上に、腰掛ける金髪の幼女の姿。
大きなリボンが目立つ、いわゆるZUN帽*23を被り。
毛先をいくつか束にして、リボンで可愛く結んでいて。
ふわふわの、ゴスロリのような服を着た可憐な少女。
「ふふふ……」
「あ、貴方が……!」
隣で楯が息を呑んでいる。
確かに。彼女が発する威圧感は、とても見た目通りの少女から発せられるものだとは思えない。
彼女的には、女神ロンゴミニアド*24とか、あの辺りを思い起こさせる威圧感だと言えるだろう。
……だが同時に、俺には彼女がその背に隠しているものが
「──やだもうキーアちゃんじゃなーい♪」
「やっぱりゆかりんじゃーん♪この前ぶりー♪」
「……え、は?!」
記念祭で決闘を肴にしながら酒呑みしていた時以来の邂逅に、二人してきゃいきゃいと騒ぐ。……なお、後ろに隠してたのはお酒である。
そうして騒ぐ俺達の横で、楯が思わず素出しした、としか言えないような声を上げていた。……いやまぁ、気持ちは分かる。
幻想郷を支える賢者、腹黒女、その他色々中傷めいたあだ名がぽんぽん飛び出すのが、八雲紫というキャラクターなのである。
……が。同時に、割とキャラ付けに自由が効くキャラでもあった。
少なくとも、主人公の霊夢に比べたら、天と地くらいには。
「【酒呑みの】八雲紫とお話しましょ♪【駄弁り場】はスレが三十近く続いた人気スレだもの。そこまで続いてれば、普通にキャラ強度も上がってるってものだよね?」
「まぁ、私も最初はびっくりしたけどねぇ。スキマが使えるし、頭脳も明晰だし。……それでいて酒呑みであることくらいしか、八雲紫としての縛りが無かったというのだから、そりゃもうびっくり驚きというものですわ」
「え、ええ?それは流石に無茶苦茶だと思うのですが!?」
「──なりきりは全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ*25」
「名言を言えばごまかせると思っていませんか?!」
困惑マシュ顔で叫ぶ楯に、思わず苦笑を返す。
いやまぁ、東方自体の二次創作に対する姿勢というかなんというかが、そもそもその名言に近いところがあるから仕方ないと言うか……。
さっきもちょっと話したけれど、東方の設定というものは、二次創作が正式なものだと勘違いされている場合が非常に多い。
それは逆に言うと、二次創作であることを明言していれば解釈はほぼ無限なのだ、ともいえる。
だからこそ。この呑んだくれゆかりんも、八雲紫の
「いやー、そういうとこ東方系はずるいよねー。俺なんか能力的にはほぼモブレベルになってるのに、呑んだくれゆかりんは普通にスキマとか使えちゃうんだもん、不公平だって言いたくなるのもおかしくないよね」
「だから貴方には、スキマ便を無償利用可能にしているでしょう?そんなんじゃ最強の呪術師が聞いて呆れるわよー」
「そこは感謝してるよ、こういう時に便利だしね」
「……内容や場所によっては、酷い争いになりそうなお二人ですが。ここでは仲が宜しいみたいですね、せんぱい」
「まぁ、ゆかりんも実態は俺に似たようなもんだったからなぁ」
共に最強扱いされるタイプのキャラである二人だが、その間の空気は緩く柔らかなものだった。……まぁ、争う気が最初から無いんだからさもありなん。
最近のキャラである『
……決して上手いとは言えないけれど、毎日来てあれこれ話してくれる彼女は。
なりきり板では、皆に広く愛されたキャラハンだったのだ。
──すなわち、愛されゆかりん!マジかよババア結婚してくれ*27!
「わ、その挨拶も懐かしいわね」
「大体十五番目くらいで流行ってたねー。いやー、まさかこうして現実になるとはねー」
「……と、東方五大老*28……」
「楯、それもそれで古いと思う」
今時知ってる奴いるのかなそのネタ?
まぁ、そんな感じで再びキャイキャイしていた俺達。
暫くして、ゆかりんがこちらに手を差し出し、にっこりと笑って。
「とりあえず。──ようこそ『なりきり郷』へ。私八雲紫は、貴方達を歓迎いたしますわ」
彼女はまるで幻想郷に誘うかのごとく、俺達へと優雅に言葉を告げるのだった。