なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「うわぁ、こりゃすごいや。ゴンドラそのものは乗ったことも無くはないけど、こんなに揺れもしないしすいすい進むのは、もしかしたら生まれて初めてかも」
「ですよねですよね!アリシアさんのゴンドラ捌きは私達
「もう、アカリちゃん?嬉しいのはわかるけど、お客様を困らせちゃダメよ?」
「は、はひ。ごめんなさいアリシアさん……お客様も、失礼致しました……」
「いやいや、別に構わないよ。最初に気楽に話し掛けてくれ、って言ったのは僕の方だしね」
アリシアが操舵を行う、ゴンドラの上。
以前トリスタニアに来た時に、私もといビジューちゃん達を乗せてくれていたアカリちゃんは、今回は単なる同乗者である。
これは、彼女達の原作である『ARIA』での
原作において
これは恐らく、ゴンドラの行き先を決める道具である
見習いは、ペア。
両手に手袋をしていることを示すそれは、その操舵がたどたどしく、まだ人を乗せる様なものではないことを示すモノ。
半人前は、シングル。
片手──基本的には利き手──にのみ手袋をして、その操舵がそれなりのものになってきたことを示すモノ。
単なるトラジット……渡し船としてなら、お客を乗せられるようになった証でもある。
それから、一人前であるプリマ。
もう片方の手袋すら取り払われ、その素肌を晒すこととなるモノ。
それは即ち、手を痛めるなどの怪我などをすれば、すぐに周囲に知られてしまう……ということにも繋がるモノである。
そうしてできた傷は、
仮にもプリマに数えられる者が、そんなみっともないミスをすればどうなるのか。……待ち受けるのは、周囲からの嘲笑の視線だろう。
故に、
で、その辺りのランク付けの大まかなところは、こちらでも変わりはない。
が、それに加えて別の側面とでもいうのが存在している。──それが
以前、私達はアカリちゃんの漕ぐゴンドラに乗って武器屋に向かい、そこで
ともあれ、貴族を乗せるのに制限が存在しないのであれば、結局原作と変わりがないように見えてくるわけなのだが。
実はここに、『
要するに、
単なる渡し船としての利用ならばその限りではないが、そうでないのならば、貴族が乗るのはプリマの操舵するゴンドラのみ。
逆に言うと、客が平民であるのならば、
ともあれ、それがこのハルケギニアでの
それと、更に一つ。
これは先のランク付けとは、微妙に違うところの話になるのだが──アリシアを含む、プリマの中でも指折りの存在。
俗にトップ・ウンディーネと呼ばれる、彼女達にのみ許された仕事がある。それが、
「見えて来ましたよ、あれが我が国が誇る白亜の宮殿です」
「おおー、綺麗なお城だぁ」
宮殿に直接乗り付けられる、王族やそれに連なる貴族達御用達の
「アンリエッタ様をお乗せしたこともあるのよ、私」
そう笑うアリシアは、トップ・ウンディーネとして王候達を何度もゴンドラに乗せている、歴戦の強者?である。
このハルケギニアでは流石に原作みたいな、貴族が平民に対し横柄な態度を取ることはそうないものの。
それでもまぁ、気位の高い諸国の貴族等を頻繁に運ぶことになる彼女の立場というのは、心臓に毛が生えている*4ような人物でなければ、足が震えてしまってもおかしくないような職場環境だと言えてしまうわけで。
それをあくまで軽やかに、それでいて優雅にこなす彼女の姿と言うのは、同じ
「……だからこそ、原作みたいに寿退社……なんてことになったとしたら、どれだけの規模の暴動が起こることやら、って心配になっちゃうんだけどね……」*5
「……?シル、なにか言った?」
「いいえ、なんにも。それよりありがとうね、アリシア。用事が終わったら、また一緒に飲みましょう?」
「ええ、喜んで。晃ちゃんも寂しそうにしてたから、できれば近い内に、ね?」
波すら立てず、静かに王宮併設の船着き場にゴンドラを停めたアリシアを、それとはなしに見つめてしまう私。
……ここの彼女達は
だからまぁ、彼女が結婚するのだとしても、それはまだまだ先の話。
私が心配することでは、ないのかもしれないのだが。
……原作でも作中リアル含めて結構紛糾していたというのに、こっちで同じ事態になった時にどうなることか、ちょっとわからないなぁなんて風に戦々恐々としてしまうのも、宜なるかなと思わなくもなく。
無論、そんなことを彼女に聞かせても仕方ないので、私の胸の内に秘めておくだけにしとくのだけれども。……どうにも視線がジトッとしたモノになるのは止められない、というか。
ともあれ、ここで一先ずアリシアとアカリちゃんとは、お別れとなる。
アカリちゃんの操舵練習に付き合うとのことで、船着き場から優雅に離れていくアリシア達に手を振りつつ。
王宮に降り立った私達は、改めてその白亜の城を見上げてみる。
巨大な湖の上に浮く白く大きな城、といった感じのビジュアルとなっているトリステイン王宮は、その立地ゆえに要塞としての機能を持ち合わせている。
基本的には船での乗り付けしかできないようになっているため、陸路から攻めることは叶わず。
空路に関しても、原作のような悲劇が起こってないために職務に忠実な、ワルド子爵の率いるグリフォン隊による警備が常に行き渡っている。
水路に関しては言わずもがな、そもそもトップ・ウンディーネでなければ城の近くには寄ることができない──彼女達のゴンドラにだけ施された特殊な魔法によってのみ、城に近寄る許可が降りる形になっているため、無理矢理に彼女達の船を奪うとかでもしない限り、そちらもまた難しいと言わざるをえないだろう。
……と、言うかだ。
そんな乱暴な真似をしたが最後、ともすれば平民貴族問わず周囲の──彼女達のファンによるフルボッコの憂き目に合うというのは、最早目に見えている惨事でしかなく。
そのため、いわゆる船のジャックをするというのは、
まぁそんな感じで、陸海空……正確には海ではないが、城に繋がる全ての道に対し、鉄壁の防御を誇るのがこのトリステイン王宮なのである。
で、そんな王宮で我が主・ビジューちゃんがなにをしているのかというと……。
「……シル!!」
「ああ、ビジュー様。数日ぶりになりますね、お体にお変わりはありませんか?」
「ええ、大丈夫。……それとシル、ここにはマザリーニ卿はいらっしゃらないから、普通にして大丈夫ですよ?」
「ふむ?……ではお言葉に甘えて……うん、思ったよりは元気そうでなにより、ビジュー」
「……うん、変に畏まられるより、そっちの方が貴方らしいですよ、シル」
噂をすれば影、ということで。
こちらに声を掛けながら、走り寄ってくる小柄な少女。
こちらの胸元に飛び込むように駆けてきた彼女を抱き止めながら、その息災を喜ぶ私。……勢いを殺すためにターンしたけど、この動きどことなく芝居掛かってる気がするな?
まぁ、このトリステインだとそういう大袈裟な所作の方が、貴族達からのウケはいいのだが。
……なんて打算を織り込みつつ、改めて彼女と視線を合わせる。
そこに居たのは、あの時私が憑依していた人物。
──キーア・ビジュー・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。
憑依していた時に強制されていた、敬語混じりの言葉のままに。彼女は私への親愛を紡ぎ、それからちょっとだけ悪戯っぽく笑みを浮かべるのだった。
……なお私の方だが、彼女の言葉によって肩肘を張る必要がなくなったため、騎士めいた口調を雑に崩したため、ヘスティア様からは呆れられることになったりしていた。
いや、マザリーニ卿が居ると色々とですね?
「そのマザリーニ何某のことを僕はよく知らないけど。君がその人に迷惑を掛けている、ってのは今のやり取りでなんとなーく理解したよ」
「……解せぬ」
……なんか、次第に私の扱いが雑になっている気がする……。