なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「それで、そちらの方は……?」
「ああ、こちらはヘスティア様。別世界の女神様ってところかな」
「なんと、女神様?!んんっ、失礼致しました。私はキーア、キーア・ビジュー・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌと申します。どうか宜しくお願い致しますね、ヘスティア様?」
「うぇ?!……え、ええと、宜しく……?」
私とビジューちゃんの感動?の再会もそこそこに、彼女からは私が連れてきた二人……正確には一柱と一匹の紹介を求められる。
CP君については、どうにもこちらでは喋る気がなさそうなので置いておくとして。
もう片方、ヘスティア様に関しては特に話すことに問題があるわけでもないため、そのまま彼女の素性を説明する私。
……
これに微妙な態度を返していたのが、そうして挨拶をされた側のヘスティア様である。
どうにも無図痒いのか、はたまた照れ臭いのか。
ともかく様付けまでされて畏まられるのが、些か居心地が悪い様子で。
彼女は暫しプルプルと震えていたかと思うと、その後にアカリちゃんにもやっていたこと──もっと砕けた口調で話してくれて構わないという『お願い』を、同じようにビジューちゃんにもしていたのだった。
「はぁ、ヘスティア様がそれで構わないのでしたら、こちらも特に対応を変えることは吝かではありませんけど……ええと、シル?不敬な対応、ということで後で外交問題になったりだとかは……?」
「ご心配無く。そもそもその論法で言うのであれば、私が一番外交問題誘発存在ですので」
「……ああ、それはなるほどですね」
「いやその納得の仕方はどうかと思うんだけど!?」
なおその時ビジューちゃんからは、この対応の変更が後々外交問題を引き起こすようなことはないだろうな?(異郷の神様への不敬な態度云々で)……というような疑問をぶつけられたわけなのだが。
そこが問題になるのなら、そもそもここにいる私が一番問題児でしょうと返せば、彼女は納得したように頷いていたのだった。……ヘスティア様からの抗議は華麗にスルーである。
まぁ、そんな感じで話をしたのち。
私達は宮殿の中を、目的地に向かって歩き始めたわけなのだが。……その城の中は、どこか騒がしく。
「ええと、この騒がしさはいつものことなのかい?」
「いいえ、ヘスティア様。この忙しさは今の時期だからこそ、と言う方が正しいかと。何せ今は、アクア・アルタに向けての対策と対処に追われていますので」
「あくああるた?……ってなんだい?」
貴族も平民もなく、慌ただしく駆けていくその姿を見て、ヘスティア様がビジューちゃんに疑問を溢す。
それを受けた彼女は、その問いに対しての答えを端的に述べるのだが……ヘスティア様はアクア・アルタについてはご存知無かった様子。
一応、現実にも存在する現象なのだが……まぁ、海外に興味がないのであれば、知らないのは無理もないか。
「ええとヘスティア様。このトリスタニアが『ネオ・ヴェネツィア』と混ざっている、というのは理解されていらっしゃいますよね?」
「ん?いやまぁ、さっきまで乗ってたゴンドラとか、それを漕いでいたアリシアとか、本来はそっちの人なんだろう?そういう意味でいいなら、ある程度は理解してると思うけど」
「……聞き方が悪かったですね。『AQUA』とか『ARIA』とかをお読みになったことは?」
「んん?……いや、無いかな。知識としてはゴンドラ乗りの女の子達の話、ってくらいしか知らないと思うけど……それが?」
「なるほど……。ええとですね?それらの作品の舞台は、本来火星なわけなのですが。それは単に火星をテラフォーミングしたというだけの話ではなく、その過程で地表の約九割が海に覆われてしまったため、結果として
「んー?……あー、
こちらの言葉に、ヘスティア様はポンっと手を打つ。
彼女の言う通り、『AQUA』『ARIA』の舞台となる火星──その地表の九割が海に覆われているがゆえに『アクア』の名前を持つその星は、地球において特に海と関わりの深い場所……イタリア北部にある百を越える島々からなる州都・ヴェネツィアをモチーフとした都市を中心として、どこか牧羊的な空気を醸し出しながら四季を過ごしている。*2
この作品内の地球では、本来のヴェネツィアなどは気候変動などの影響から既に水没してしまっており、そこにあった数々の建造物などを人為的に移動させていたりもするのだが……。*3
その一環なのかなんなのか、はたまた単に発生条件が整っているだけなのか。
ともあれ、現実のヴェネツィアでも起きていた自然現象が、ネオ・ヴェネツィアでも起こるものになっていたりするのである。
その内の一つが、アクア・アルタ──元々はイタリア語で『満潮』を意味する言葉だったのが、ヴェネツィア付近で定期的に発生する異常潮位現象を指す言葉になった、という謂れを持つ自然現象だ。
これはその名の通り、周囲の水位が高くなるというモノなのだが、街の至るところに水路の張り巡らされたヴェネツィアでは、ともすれば死活問題ともなる現象だとも言える。
なにせこのアクア・アルタ、水位の上昇は九十センチ以上になった時にしかそう呼ばれないこともあり、起きた場合には一階部分の浸水はほぼ免れない上、場合によっては二階まで水没しかける、なんてこともあるのだ。
公的な記録としては一メートル九十四センチが最高水位とされるが、調査によって過去には二百五十四センチ以上の水位変動があった可能性も示唆されており、このアクア・アルタが単なる高潮でないことは、なんとなくわかって貰えるだろう。
ワンピースに登場する大津波『アクア・ラグナ』のモチーフであるというのも、納得の水位変動である。
この他にも、単なる水位変動ならまだしも水路の底の汚れごと競り上がって来るため、終わったあとの掃除が大変などの問題もなくはないが……まぁ、その辺りは今回のあれこれには関係ないので割愛。
改めて、ネオ・ヴェネツィアでのアクア・アルタについての話に移ると。
水位の上昇は、ヴェネツィアでのそれに比べれば遥かに低く、それでいて海が汚れていないこともあり、上がってくる水も綺麗なモノで。
結果として、確かに一階部分が浸水することはあるものの、それでも現実のアクア・アルタに比べれば、休むための理由に使われるくらいの行事でしかない……というのが、ネオ・ヴェネツィアでのアクア・アルタである。
水位が上がる関係でゴンドラなどの運行は基本禁止となっているが、作中においてはアリシアのような操舵技術の高い人物であれば、特に問題はないようでもあるので、厳密に禁止されているわけではないのだろう……というようなことを読み取れるくらいで、本格的な夏の到来を告げるためのモノ、という側面の方が強いことは否めないだろう。
ここまで聞いて、ヘスティア様は小さく首を傾げた。
……ビジューちゃんの話ぶり的に、アクア・アルタという現象はこのトリスタニアでは有名なモノである、と読み取れたからだ。
そして、それにしてはやけに周囲の雰囲気が、切羽詰まっているようにも思えるな……とも。
ここでもう一つ説明すると──アクア・アルタとは
潮の満ち引き、風の影響、気圧の変化……。
そういった様々な要因が重なり、結果として水位が上がるという自然現象なわけだが。──大前提として、これらは海に面しているからこそ起きることでもある。
基本的に満潮・干潮というのは、主に月の引力によって引き起こされるモノである。
故に、湖や池のような小さな水辺であっても、その影響自体は受けている。これが満潮や干潮のような大きな変化を起こさないのは、単にそれらの水の総量が少ないから。
──海は地球上どこに行っても繋がっているため、結果としてどこかの海が月に引っ張られれば、他方はその分量が減る。
その規模が大きいからこそ、水面が大きく変動するということになるのである。
で、あるならば。
所詮は海にも繋がっていない、単に国に張り巡らされただけの水路が、何故その水位を上げるなどと言うことになるのか?
その答えになりうるモノが、『ゼロの使い魔』の世界には存在しているわけで。
「……海から遠く離れた、トリスタニアに水の都を作るに際し、それを賄うに適したモノといえば、ただ一つ」
「……ええと、ゼロ使の方もよく知らないんだけど、それって?」
「──ラグドリアン湖に住まう、水の精霊。誓約を司るとされる彼の精霊との約定により、このトリスタニアは水の都となったのですよ」
ビジューちゃんはそう告げながら、目的地──会議室への扉を開き、その中へと進んでいく。
ヘスティア様からの「え、僕たちも入るのかい?」という視線に笑みを返しながら、私は彼女の手を引いてビジューちゃんの背を追うのだった。
「静粛に!シルが戻りました、改めて対策を練り直します、宜しいですね!?」
「おお、シル殿。ようやっと戻られましたか」
「ああはい、この通りにございます。……マザリーニ殿も、お変わりなく」
「ははは、皮肉であれば後にして頂きたい!水精霊とまともに交渉できるのはシル殿だけなのだ、ほら早く!」
「うわっとと!?……あー、ヘスティア様はビジュー様に着いていて頂ければ!」
「うぇ!?え、ちょっ、シルー!?……行っちゃった」
部屋の中に入ったビジューが行っていたのは、てんやわんやと騒ぎ続ける貴族達を静粛にさせる為の一喝であった。
その声に真っ先に反応したのは、頭髪も真っ白で老人に見えるような細さの男性。
彼は度々話題に出ていたマザリーニ卿であり、シルの姿を見た途端に彼女の腕を引き、そのまま会議室から出ていってしまう。
これに慌てるのはヘスティアである。
完全に部外者な彼女は、一人(正確には肩にはキャタピーが居る)で放り出されて、完全に困惑しきっている。
そんな彼女の様子に、ビジューは小さく苦笑を溢したのち、彼女を手招きしながらこう告げるのだった。
「ヘスティア様は、どうぞこちらに。どうにも長い話になりそうですから」
そんな彼女の言葉に、ヘスティアは小さく頭を掻きながら頷くのであった。