なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
ヘスティアは部屋の片隅に用意された椅子に座り、所在なさげに視線を惑わせていた。
彼女をここに連れてきたシル……もといキーアに関しては、先程マザリーニに連れられて外に出ていったきり、未だに戻ってきていない。
彼女をここに座らせたビジューにしても、他の貴族達と話を続けているため、こちらに戻ってくる気配はない。
そうなれば部外者であるヘスティアが、手持ち無沙汰になるのは半ば必然。
現状においては何をできるわけでもない彼女は、仕方なしに人々の喧騒を眺めているのだった。
……とはいえ、彼女はこれでも神様である。
単に人々の様子を眺めているだけであれど、彼等の発言から現状がどのような状況なのか、それを見極めることは特に難しい話でもなく。
そうして一通りの情報を脳内で纏め終えた彼女は、傍らの一匹の大きな芋虫──もといキャタピーへと、周囲に聞こえない程度の声量で話しかけるのだった。
「……さっきキーアは、ビジューの能力の暴走云々で起きた事態の解決の為に、こっちに来ようとしていた……みたいなことを言っていただろう?」
「そうだね。今の状況との繋がりだとか、肝心の
「それだよ、それとなくさっきさ、ビジューに体調について訪ねてみたんだけど──
「へぇ?……ってことは、本人は気付いてないってパターンかな?」
「多分ね。図らずしも『心理学の避け方』、みたいなことになっているのには、ちょっと文句がないわけでもないけどさ」
話す内容は、キーアが
彼女はそれを、こちらの世界でルイズの代わりに虚無に目覚めた、ビジューの力が暴走しているから……という風に自分達に説明していたが、ヘスティアが聞く限りその言葉に
そしてそれを真実だとするのならば、傍目には暴走している気配のないビジューの姿は、どうにも奇妙に思えてしまう。
現状、このトリスタニアで一番問題となっているのは、アクア・アルタ──ラグドリアン湖からトリスタニアに豊富な水量を供給しているのだという、水の精霊の動きの方だ。
件のビジューはそれの解決に追われる立場であり、彼女が原因だとは一切思われていないし、そもそも原因である水の精霊のなにかしらに繋がる気がしない。
無論、このアクア・アルタとゲートの暴走には関係性がないのであれば、それで終わる話でもあるのだが……。
「それにしては、キーアが素直にあのマザリーニ?って人に付いていったのが腑に落ちないんだよ」*1
「無関係なら放置する……ってのはまぁ、キーアの性格的にあり得ないけど。それならそれで、ちょっとは抵抗しようとしそうなもの……ってことかい?」
「そうそう」
自身の言葉に望む返答が返ってきた為、首を縦に振るヘスティア。
キャタピーの言う通り、先程のキーアは大した抵抗も見せず、そのままマザリーニに連れられて外に出ていってしまったわけだが。
そこにほとんど抵抗の意志が見られなかった辺り、どうにも『アクア・アルタ』と『虚無の暴走』、その両者には何らかの繋がりがあるように思えてならないのである。
「たださ……ゼロの使い魔での虚無って、どっちかというと破壊方面に強いモノなんだろう?」
「イリュージョンとか
「だろう?……だからまぁ、水の精霊?とやらの行動に繋がるだろう理由ってやつが、皆目検討もつかないんだよ」
だが、そこまで語ったところで、ヘスティアは体をぐでっ、と背もたれに倒して塞ぎこんでしまう。
関係性がある、というのは自身の勘であり、そこに外れはないとは踏んでいるものの。……その勘を真実だと謳うには、どうにも物証が足りていないのである。
虚無の魔法に、もっと直接的に洗脳する技能とかでもあるのなら楽なのだろうが。……ヘスティアの知る限り、虚無の魔法はどちらかといえば戦闘向けのモノであり、ゼロの使い魔についてそれなりに詳しいキャタピーからしてみても、洗脳のような技能はどちらかといえば『水』の領分。──水の精霊相手に効くのか、と言われると疑問符を浮かべてしまうところである。*2
つまりは八方塞がり。得られた情報を元に推理してみたものの、どうにも手詰まり感が見えてしまった為、ヘスティアはこうしてぐでっとしているわけである。
……結局のところ、暇を持て余して推理し始めた面も少なくないので、端からどこかで行き止まる可能性は十分にあったわけだが。
そうしてぐだぐだし始めたヘスティアに苦笑を返したキャタピーは、そのまま思考の海へと潜る。
(──ラグドリアン湖に住まう水の精霊。彼が水位を増やす……というと一つ、思い当たるイベントがある)
ヘスティアよりはゼロの使い魔に詳しい彼女は、原作の流れを現状に照らし合わせながら、その原因を探っていく。
以前キーアから聞いていた通り、このハルケギニアは
何せ、この世界には『ゼロの使い魔』序盤の敵役であるレコンキスタ*3……及びその背後にて糸を引く無能王ジョゼフ、という構図自体が存在していない。
無能と蔑まれたジョゼフは居らず、また作中にて既に故人であるはずの弟シャルルも存命。
なんかフュージョンしたりしてる……とかいうのはノイズだから置いておくとしても、このハルケギニアを覆うはずの戦乱の気配……というものは、現時点でその一切が見受けられないわけで。
と、なれば。レコンキスタが無い以上、その首領に祭り上げられた者も居らず。
その首領の指に填められているはずの指輪も──アンドバリの指輪*4と呼ばれるその秘宝も、元あった場所から移動していないはず。
これが何を意味するのかと言えば……。
(……この世界でのアクア・アルタの原因となっている、水の精霊による水位の嵩増し。……その理由が、よくわからないということになる)
キャタピーはそう脳内で呟く。
ゼロの使い魔原作において、水の精霊がその水位を増していたのは、自身の元より失われた秘宝・アンドバリの指輪を取り戻す為。
その為に自身の体でもある湖を徐々に徐々に肥大化させ、いずれハルケギニア全土をも覆い尽くそうとしていた……というのが、水の精霊のしようとしていたことである。
とはいえ増える水量はさほど多いわけではなく、全てが飲み込まれる前に人は別の場所にでも逃げられるだろうが……それにしたって気の長い話であるし、その上でおぞましい話でもある。
何せ、この水の精霊。原作では
ラグドリアン湖はガリアにも面している為、その行為がタバサの動く理由にもなっていたりする辺りもまた、なんとも言えない気分を醸し出させるだろう。*5
ともあれ、かの水の精霊がその水位を上げるというのであれば、こちらからしてみれば気の遠くなるような、なんらかの意図を持ったものであるとするのが普通であり。
しかして彼が動く理由など──それこそアンドバリの指輪の紛失くらいしかなく、さりとてこのハルケギニアにその原因となるレコンキスタはいない……という感じで、この世界におけるアクア・アルタの理由である水の精霊、その行動の理由を推測することが、殊更に難しくなってしまっているのである。
だからこそ──
要は、こちらの視点……迂闊に原作を知っているからこそ、思考の陥穽に嵌まっている所もあるわけなのだから、水の精霊の立場になって改めて考えてみれば良いのである。
さて、そうして彼の立場になって考えてみるのであれば──小難しいことを考える必要はなく、答えはただ一つとなる。
(アクア・アルタが毎年起きるものなのであれば、それは恐らくそれで届く範囲に
──それこそ、今年が特別だというだけのこと。
恐らくは、アンドバリの指輪が無くなってしまった……というのが正解だろう。
原作において、アンドバリの指輪は奪われてしまっている。
であるならば、秘宝と称する割には管理は杜撰、というのはなんとなく想像が付く。
また、指輪に到達するまで、自身の水位を嵩増しする……などという迂遠な方法を取っている辺り、彼の動きが緩慢なものである、というのもまた想像が付く。
もし機敏に動けるのであれば、そもそも最初の盗難時にすぐさま取り返せていたはずだ。エルフ達の言う『精霊』とはまた別種らしいとの話ではあるが、それでも精霊は精霊。普通の魔法使いとの戦力差というのは、恐らくこちらが思うよりも大きいはずだ。
そこから察するに、水の精霊は戦力値は高いものの、敏捷などはそこまで高くないのだと思われる。故に、咄嗟の出来事に対する対処力というのもまた、同じく高くはないと見積ることができる。
で、あるならば、後は簡単。
水の精霊の秘宝が、突然失われたとするのであれば。
それを為すのに丁度よく向いている現象を、キーアは追っているし知っている。
……それが是であるのならば、なるほど確かに無視はできまい。
何せそれは彼女の今の主が、
『……どうだろうキーア?ボクとしては、結構上手く推理できたんじゃないかなー、と思うんだけど?』
『……あー、うん。詳細な事情を知らない割に、よくそこまで推理したもんだねっていうか……まぁ、抜けてるところもあるけど、大体間違ってないよ。──今回のこれはね、いわゆる歴史の修正力ってやつなのさ』*7
そんな感じのことを、念話でキーアに語って見せたキャタピーは。彼女から返ってきた言葉にやはり、と小さく頷くのであった。