なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「さて、時刻ももうすぐ6時を回ろうかって感じなんだけど……」
フィールドでの狩りを終えて、再びカフェに戻ってオーナーさんを待つこと暫し。
……パフェの気分もしっかり解消した私と、話すことがなくなって次第に現実での愚痴に移行したハセヲ君と、それに付き合っているBBちゃんと。
それから、疲れたのかすぅすぅと寝息を立てながら眠ってしまったアグモン(サンジ君は休憩が終わって厨房に戻っていった)。
……いい加減にオーナーさんが来てもおかしくないんじゃないかなー、なんて思いつつ机をトントンと指で叩いていたら、俄に外が騒がしくなった。
どうやら、噂のオーナーが重役出勤をしてきたらしい。
……まぁ、
なんて気分で相手を確認しようとして、思わず椅子ごと倒れてしまった、地味に痛い。
……えー、いやでも、マジで?
「──あら、キーアじゃない。こんばんわ、って言えば良いかしら?」
「え、ええー……侑子じゃん、マジかー……」
現れたのは、黒く長く美しい髪を持った、妖艶な美女。
こちらを見るその瞳は赤く、
それもそのはず、彼女は『次元の魔女』と呼ばれる逸脱者。
──壱原侑子。*1
願いを叶える
「いや、なんでスーツ……?」
「似合うでしょ?」
「いや似合うけども」
思わず問い掛けてしまった私に対し、彼女は自身満々にそう言い放った。……いや、確かに似合うけどさ。
侑子専用仕様で所々に蝶の模様をあしらっている辺り、流石のセンスだと言わざるを得ないけども。*2
……見た目の仕事できそう感に反比例した、結構なズボラさんなんだよなぁこの子。
なんとなくげんなりとしてしまう私の前で、彼女は近くのテーブルの椅子を引いて、そこに座って優雅に足を組んだ。
そして、こちらに向かって告げるのだ。
「それと、この姿だと千夏ちゃん*3っぽくってウケがいいのよね」
「ショムニとか最近の子絶対わかんないってば……」*4
なんてことを、楽しそうに。
いや、彼女の本来の持ちネタ的には、もっと古いものの話をしてたから、そう考えるとまだわかる方ではあるんだけども。*5
……それでも二十年前なんですよそれ、普通にわかるわけないでしょそんなの。
なんて、こちらの呆れは露知らず、彼女は重役出勤そのままにディナーを頼み始めた。
「侑子すわぁんっ!こちら今日のオススメになりまぁすっ!」
「あら、いつもありがとねサンジ君」
「いえいえ侑子すわぁんの為なら例え火の中水の中草の中でぇすっ!!」*6
「うおっ、いきなり原作みたいな事になった!?」
「このサンジ君、自分の
「マジかよ悲しすぎんだろそれ……」
本編のサンジ君みたいな動きをし始めた彼を見て、ハセヲ君が唖然としたように声を漏らす。
……いやまぁ、変な繋がりだなーとは思わなくもない。
けど、祭の日に誕生した即席の組み合わせとしては、結構人気だったと思う。
そもそもの話、自身のスレに他のメンバーが居ない──という悲しみを背負っていたサンジ君にとっては、原作みたいな動きができる動機付けにもなってた彼女との付き合いは、結構得難いものだったみたいで。
後々他のメンバーが揃うようになっても、女性に対しては紳士的
因みに他に祭で有名になった組み合わせというと、私とゆかりんと侑子とあとミサトさん*9も加えた、祭中は酒盛りばっかりしてたメンバーが居たりする。……日を跨ぐとみんなして液○ャベ飲むのは様式美。
まぁ、私の方もその縁で、祭後もちょくちょく交流があったから、結果的にゆかりんと同じくらい仲の良いキャラハンではあると思う。……なので。
「いや、居たんならなんで連絡とかしてくれなかったし」
「私もいろいろ大変だったのよ」
「ゆかりんには?」
「連絡?してなーい」
「ダメだこの子、まるで成長してない……」
わりとズボラな彼女の世話を、名無しとしてあれこれしていたのも良い思い出だったりする。
……いや、名無しの本分を半分くらい逸脱してるから、あんまり褒められた行動ではないのだけれど。
「どうせなら貴方が
「名無しとキャラハンは違うの。……で、貴女がオーナーってことは。……
「んー、願いを叶えるとかはしてないから、ミセと言い張るにはちょっと微妙かしら」
なるほど、彼女が居るからと言ってミセにはならない、と。
……いやまぁ、その辺りなりきり組だと判定よくわかんない……ってのは、毎回言ってるわけなんだけど。
いやだって、ねぇ?
「最新部分に合わせるのなら、普通に消えてるなんてことになりかねないものね?」*11
「……四月一日君がもし仮に居たのなら、貴方消えてたんじゃない?」
「そうかもねぇ」
「軽いな!?」
原作の最新設定を常に再現してたら、彼女はここに居ない可能性が高いわけで。
……うーん、これはまたわかんねぇが積み重なった感。
ネットの世界は現実とは別なので、本来消えるはずのものでもやってこれる、みたいなのがありそうな気もしてくるし、うーん。
「ま、いいや。そこら辺はそのうちわかるでしょ。そろそろ夕ご飯の時間だし、話を聞いて帰……んん?」
まぁ、そもそも私達、現状このゲーム内について一番詳しい人に話を聞くために粘ってただけだし!
先に話を聞いてから考えよー、と思ったところで、ふと気が付いてしまった。
……フルダイブで、実際に味とか感じられるから、腹は膨れずとも気分転換にはなると思ってパフェとか食べてたけど。
食事によるバフ効果とか必要ないのに
その事に気付いた私にふ、と微笑みかけた彼女は、近くで眠っていたアグモンの頭を撫でながら、正解を告げる。
「そ。私も、現実ではなく電脳の住人ということね」
「サンジ君ー!?ログイン待ちって言ってたじゃん君ーっ!?」
「え!?侑子すわぁん未帰還者だったんで?!」
「あれー!?」
彼女の突然のカミングアウトに、俄に騒がしくなる店内なのでした。
「えっとつまり?重役出勤は現実で何かしてて遅れたわけではなく、本当に単なる重役出勤で?サンジ君が知らないのは、普通のプレイヤーに未帰還者*12もどきが居るって事を教えて、無駄な混乱を起こさないためで?」
「ゆかりさんにもキーアさんにも連絡をしていなかったのは、そもそもこのゲームの外への連絡手段がわからなかったから、ということですかぁ?」
「そうそう大正解。もちろん、自分であれこれと調べるのもちょっとダル……私のキャラじゃないかなーってなったのも理由の一つなんだけど」
「……ええい、これだからズボラ組は……っ!」
侑子からの説明を受け、思わず頭を抱える私。
なんでも、彼女の中の人がこのゲームを始めたのはそれなりに古く、その時のアバター作成時にゲーム内に取り込まれるような形でダイブして、以後ずっとゲームの中で過ごしていたらしい。
現実の肉体に関しては不明だが、なんとなく今のデジタルな自分と重ね合わせになっているような気がするとの事で、これに関しては似たような状況のアグモンも同じ状態なのだろうとの事だった。
で、彼女は長いゲーム生活を基本マイルームに籠もることで過ごしていたが、ある時差出人不明のメールとそこに添付されたこのカフェの運営権を受け取って、こうしてオーナーとして、時々店を見に来るようになったのだという。
「だからまぁ、このゲームに何かあるとすれば、メールを送ってきた謎の人物が一番怪しいってわけね」
「差出人不明で、かつ運営側の人間っぽいもんね。……あれ?やっぱり出会い次第運営をぶん殴ればいいのでは?」
「だからせんぱい!脳筋では片付くものも片付きません!!」
「むぅ、マシュがお硬い……」
真っすぐいってぶっとばした方が早いのに……。*13
大丈夫だよ?加減もするからさっきまで命だったものが辺り一面に転がったりはしないよ?*14
と説得しようと思ったんだけど、マシュからはNG判定を出されてしまった。……むぅ、体罰はやはりダメか……。
「いや、アンタの攻撃は体罰じゃすまねぇだろ、俺忘れてねーぞ、さっきの森でモンスターを殴りで爆殺してたの」
「……いや、できるかなーって思ったらできたというか、現実の私のスペックをそのまま引き出せるようにしたBBちゃんが悪いというか……」
「あまりにも清々しい責任転嫁!BBちゃん、そういうのよくないと思います!」
ええいうるさいうるさいうるさい。*15
とりあえず目標が運営相手に定まったんだからいいの!
ってなわけで、そのままアグモンの処遇について話が移っていく。
「ゆかりーん、境界の方はどんな感じー?」
「……んんー、ちょっと理解できないところがあるから、このペースだと一月は掛かるかも……」
「あ、でしたら私もお手伝いしますよ、上級AIですので!」
「……全部貴方がやってくれれb「おっとー!BBちゃんは悪い子ですので!お手伝いまででお願いしまーす!」……今さらなんだけど、それすっごい欺瞞じゃない?」
なんか、BBちゃんとゆかりんが仲よさげ()である。まぁ、喧嘩とかしないようにね……?
……それにしても、現実世界へのサルベージには時間が掛かりそうだ。
それと、それでアグモンがどうにかなっても、侑子に同じ手が使えるかも確認しなきゃいけないだろう。
「と、いいますと?」
「なりきりをしてる
「な、なるほど……」
「個人的な感覚としては、どっちもあり得るとだけ言っておくわね」
マシュに説明をしていたら、当の本人からなんとも言えない情報が飛んでくる。
……止めてよそれどっちでも面倒くさいフラグじゃん……。
なんて事を思いつつ、データだけど冷めてる紅茶を一口。
「……とりあえず、目処が立つまではアグモンの事は侑子に任せるって事でいい?」
「対価がい「そのうちいいトコの日本酒持ってくるから」はいはーい♪」
お決まりの文句を言おうとした侑子に先んじて対価を示す。
……自分のマイルームに間借りさせるだけなんだし、祝い酒で十分でしょ、といった感じだ。
ホントはもうちょっと厳格なんだろうけど、ミセでもないのだから、というところもある。
「とりあえず、明日は現実の方で運営会社に掛け合って見ましょう」
「アポとか大丈夫でしょうか……?」
「あ、そこはBBちゃんが先んじてやっておきました。褒めてくださってもいいんですよ?」
「もう送ったのか!」
「はやい!」
「きた!BBちゃんきた!」
「メインAIきた!」
「「これで勝つる!」」
「そこはかとなくバカにされてる気がするんですけどぉ!?」*16
なんて感じに明日の予定を立てつつ、その日はお開きになるのであった。