なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「いや、舐めとったかもしれんなこれは」
額の汗を拭うタマモちゃん。
その体のあちこちには、白くモチつくなにかがベッタリと。……無論怪しいもの(?)ではなく、ケフィア……もといトリモチなわけなのだけれど。*1
よもや、外に出たその最初の一歩で、トリモチに突っ込むことになるとは思っていなかった彼女は、モノの見事に罠の餌食になっていたのです。
そしてそれは、他の面々にしても同じこと。
「頭に血が昇るぅー……」
「わわわ、かようさん今お助けしま、きゃああああっ!?」
「うわっ、マシュお姉さんが落とし穴に?!」
「慌てて盾を壁に突き刺して止まったけど……それ、一人で出られる?」
「……救助をお願いします……」
「あーうん、先にかようの方を助けてからでもいい?」
「構いません……」
こんな感じで、私以外のみんなは悉く罠にはまっている始末。
今は平気そうな顔をしているシャナちゃんも、さっきは足元に仕掛けられていた縄に引っ掛かって、思いっきりこけていたし。
幸い大した怪我とかはしていなかったみたいだけど、よもやそんな古典的な罠に引っ掛かるとは思っていなかったのか、とても恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていたりもしたわねー。
ともあれ、この森に罠が仕掛けられているかも?……というタマモちゃんの主張は、こうして現実のモノとなったわけで。
こうも罠にはまり続けている彼女達を見ていると、私も信条を曲げて手助けしてあげるべきかなー、なんて風に思ってしまうのでした。
「そりゃまた、どういう風の吹き回しなんや?」
「幾ら足元が疎かになっていた、と言ってもシャナちゃんなら顔面から地面にダイブ、なんてことには普通ならないはずでしょ?」
「ん?……んー、せやな。そないなことになったら、シャナなら飛べばええもんな」
「そうそう」
そうして前言を撤回しようとする私に、服についていたトリモチを全て取り終えたタマモちゃんが、疑問の声をかけてくる。
確かに、口約束なのだから幾らでも無下にする口実なんてあるわよ……なんてことを私も言いはしたけど、ここまであっさりと翻すようなものでもなかっただろう、という言い分もわからなくはない。
なればその理由は、ここに仕掛けられている罠の性質にある、と言って良いでしょう。
そうして例にあげたのは、先んじて罠にかかっていたシャナちゃんの様子。
いっそ殺して、みたいな感じに顔を覆う彼女は一先ず置いとくとして……普段であれば、彼女がそんな罠に引っ掛かるとは思えない。仮に引っ掛かったとしても、そこから地面にキスをする羽目になる……なんてことにはならないはず。
なにせ彼女は
被験者二人──タマモちゃんやかようちゃんのように
彼女はレベル5なので、再現度が足りないと言うこともない。ならば何故、彼女は無様にも地面に激突する羽目になったのか。
無論、周囲が木々に囲まれているため、炎の翼なんて出したら燃えてしまうから、という危惧もわからないではない。……が、彼女の炎は存在の力によるもの。物理的な熱量も持ち合わせているが、それを周囲に伝播させないように変じさせるのは、寧ろできて然るべきなのが彼女達フレイムヘイズなのである。*2
──要するに、周囲を気にして炎の翼を出さなかった、という考えは間違いだ、ということ。
ならば何故、と同じ問いをもう一度繰り返し──その答えとして、こう答えよう。
「……悪辣?」
「彼女は炎の翼を出
「……なんやそのクソゲー!?」
私の出した結論に、思わずとばかりに絶叫するタマモちゃん。
それもそのはず、この森に仕掛けられた罠というのは、実際に引っ掛かってみるまでそれがある、ということに気付けない性質のモノだと言ったのだから。
いわば必中の罠。避けるも躱すもできないのであれば、それはもう素直に引っ掛かるしかないということ。できる対処が常に後出しにされる、というのはあまりにも恐ろしいことだと言える。
幸いにして、命を直接奪うようなモノはない……というか、仮に重症確定の罠であっても、このなりきり郷のフィールド特性……もとい、性質である非殺傷を受け継いでいるらしいのだけれど、それが朗報かどうかは微妙なところ。
殺傷性があるのであれば、ある程度諦めて別の方法を探す、という対処を取るのが自然となるけど、この状況においては多少無理にでもゴリ押した方がよい、ということになってしまう。……死にはしないけどすっごく疲れる、というのは如何ともし難いところでしょう。
あと、今のところ郷のルールに従ってくれているから、非殺傷になっているけれど。……もし向こうの支配力が高まった場合、突然殺傷力のある罠が飛んでくる、なんてことにもなりかねない。
そうなってしまうと、必ず引っ掛かるという性質を持つこの罠達、まさに回避不可避のデストラップになってしまうわけで……うーんこれはひどいクソゲー。
まぁともかく、シャナちゃんが引っ掛かってしまったのは、彼女が油断していたわけでなく、罠の方が一枚上手だったから。
今のところは子供騙しなトラップが多いけど、それが先の方まで同じだとは限らない……というのが、今回私が言いたかったこと、ということになるのかしら。
「……こうなってくると、できうる限り地面には降りない方がいい、ってことになるのかしら?」
「んー、それもどうでしょうねぇ。足元に縄ー、みたいな感じに木々の間に縄でも張り巡らされてたら、下手すると首とか酷いことになるわよ?」
「うわっ、怖いよキリアお姉さん!?」
ならば、罠の仕掛けられている地面に降りなければいいのでは?……とシャナちゃんが提案するけど、なにも落とし穴ばかりが罠の華、というわけでもない。
ワイヤートラップ*3のようなモノが張り巡らされていた場合、死にはしないだろうけど……ボンレスハム*4みたいなことになるわよ、みたいな。縄が食い込んで酷いことになるわね、多分。
その状況を想像してしまったのか、かようちゃんが顔を青くして叫んでいるけれど……単なるワイヤーじゃなく、クモの巣みたいなタイプでも酷いことになるわよねー、と言えばさらにキャーキャー叫んでいた。
「……ん、かようはクモ嫌いなんか?」
「嫌いというか、嫌になったというか……」
「そらまた、なんで?」
「だって、
「あー……」
なお、その理由は彼女の半身……もとい四身?であるうちの一人が蚕──クモに捕食される側の存在であるから、という至極真っ当なモノだったのでした。
「お相手の罠が悪辣、ということは理解できました。……ですが、それでも私達にできることは前進だけ、なのですよね?」
落とし穴からどうにか這い上がってきたマシュちゃんが、これまでの話を踏まえたうえで声をあげる。
確かに、彼女達の目的はこの異常の解決。それを為すためには、一先ずこの道の先にある配電室へと到達し、装置への電源供給を断つことが必要となる。
……いやまぁ、なりふり構わないのであれば、周辺施設ごと粉砕する、というのが一番早いのかもしれないけれど……それ、下手するとみんな生き埋めよね?流石に郷そのものが崩落するとは思わないけども。
階層ごとに空間が別となっているからこそ、思い付く最後の手段というやつなのだけれど……文字通り最後の手段なうえ、それで問題が解決する保証もないのであまり取りたくない手段でもある。
なのでまぁ、特に対処法が思い浮かばないのであれば、このまま罠を踏みながら先に進む、という方法以外ないわけなのだけれど……。
「……守護兵装アヴァロンの稼働時間って、どんくらいやったっけ」
「およそ一日、ですね。それ以上はシステムの冷却期間を挟むため、およそ三日ほど再起動は不可能となるはずです」
「うーん、一応まだ時間は経ってへんけど……そないに余裕があるかはわかれへんなぁ」
マシュちゃんの言葉に、タマモちゃんが腕組みをしながら唸っている。
例のアヴァロンの起動は私達が出立してからなので、まだ残り時間は半日以上ある。……けれど、罠に時間を取られていては、その余裕もどれほど持つものか。
隔離から復帰したからといって、すぐにすぐ紫ちゃんが酷い目にあうとも限らないけれど……どちらにせよ可能性の話をする限り、最初から
いやまぁ、実際に罠に引っ掛かってみて、命に危険が無いことがわかったわけだし、バリア解除後に紫ちゃんを襲うモノも、言うほど大したモノではない可能性はあるわけだけれども。
「……逆に、確実に行動不能にしてくるようななにかを用意している、という可能性もありますし」
「時間停止とか空間隔離とか、そういうこっちに対処できないようなものが使われる可能性もあるものね……」
嘆息するシャナちゃん。……彼女の言う通り、殺傷系はどうにかなれども、封印系はどうにもならないわけで。
単に『六芒星の呪縛』*5とかされるだけでも結構致命的なので、結局後手に回り続けるのは望ましくないのだ。
電源を無事カットしたあとも事態が解決を見なければ、そのまま彼女達は次の場所へと向かわねばならない。
そういう点から見ても、解決の序の口である今の状況で時間を取られるのは得策ではない。
と、なれば……。
「ふぅむ……。よーし、じゃあちょっとしたゲームをしましょう。魔王の手を借りられるかどうかの、ゲームをね?」
「ゲーム、ですか?」
足りないものは、よそから持ってくるしかない。
この場合は、静観を決め込んでいる私から、ある程度の協力を引き出すことがそれに当たるだろう。
そんなことを自分から言い出した私は──無償で手伝う気はさらさらないので、せめて私を愉しませてみなさいと、ニヤニヤ笑いながら告げるのでした。