なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「『なりきり郷』……スレ名があまりにも単純すぎる……」
「シンプルイズベスト*1、というやつよ。……変に捻ってつけるのも……ほら、なんというかこう、恥ずかしいでしょう?」
「あー、うん。わからんでもない」
張り切ってタイトル付けたのに、人の入りが微妙だった時*2とか泣きたくなるもんね。
微妙に視線を反らすゆかりんに同情の視線を返しつつ、俺達は近くのソファーに移動するのだった。
「──と、言うような感じなのだけれど」
「あーなるほど、だいたいわかった」
「それ、後ろにカッコ付きで『わかってない』とかくっついてないでしょうね?」
「はははなんのことやらははは」*3
汚いなさすが大賢者きたない。*4
こっちの思考を読むのは反則だろぉっ!?……読むまでもなく顔に書いてある*5?そいつは失敬。
いやまぁ?
「ええと、現状確かなことは……
1、名前の思い出せないあのなりきり板の住人に関係している。
2、原則として版権キャラクターのみがこの現象に巻き込まれている。
3、思考は主にキャラの方が優勢であり、元の人格はキャラの影響を受けて変質してしまっている。
4、キャラクターの能力や思考・知識を使うことができるが、その範囲は自身が参加していたスレでの、再現度や人気によって左右される。
5、一つのスレからこちらに憑依しているのは原則一人だけ。
……などでしょうか?」
「おお、流石みんなの後輩マシュちゃん、まとめ上手ー」
「きょ、恐縮です……」
五条さん(とりあえず他に呼びようもないのでそのままで行くことになった)がパチパチと手を叩き、楯がほんのり頬を染めながら小さく言葉を返す。
……ふむ、見た目は完璧にマシュだから、なんというか和むねこれは。
「で、うちにも被害者?が何人か集まっているんだけど。……まぁ、見て貰った方が早いかしら?」
「え、なにゆかりん、すっごい不穏な雰囲気なんだけど」
「ふふふふふ……」
うわぁ笑い方のせいで不穏さの倍率がドンだよこれ……。
ドン引きする俺達の前で、ゆかりんが右手を上から下に振り下ろす。
いつもの音と共にスキマが開いて、その口がこちらに向き。
「はい、では問題児レベル1の子達からー」
「おいちょっと待て」
レベル分け?!レベルで分けなきゃいけないくらいに居るの!?っていうかレベルの基準もわからない内からそのまま流そうとするのやめない!?嫌だよ俺罷り間違って『汚い仮面ライダーW』*6のなりきりとか飛んできたら!?センシティブ判定*7で消されたらどうすんのさ!?
「はーいごあんなーい♪」
「ああああちょっと待てぇ心の準備がぁああっ!?」*8
慌てる俺の前で、スキマから現れたのは──、
「……えっと、アシタカ?」
「そのようですね、ジブリ映画『もののけ姫』の主人公。本名はアシタカヒコと言い、弓の名手にして高い身体能力の持ち主だったそうです。*9……アーラシュ*10さんを思い出してしまいますね、せんぱい」
特徴的な模様の入った赤い頭巾こそ被っていないものの、青い上着と精悍な顔立ち・強い意志の籠った眼は、子供の頃に見た名作の主人公、そのものだと言える姿をしていた。……イケメン力はアーラシュさんとどっこいやね。
とはいえ……んんん?アシタカって、問題児要素ほとんどないような……?
困惑する俺に微笑み掛けながら、ゆかりんが彼を促す。──そして。
「鎮まれ!鎮まりたまえ!さぞかし名のあるスレの主と見受けたが、何故そのように荒ぶるのか!?」
「………んんんんん?」
うん、アシタカと言えば、って感じの名言だ。*11
……でも、この場で飛び出す言葉としては、不適切なような?
俺がさらに困惑を深めていると、彼は口を閉じ、背中に背負っていた布袋の中から、白いスケッチブックを取り出した。……なんで?
「えっと、『私は、この文章を基礎にしたものしか喋れないのだ』、だそうですよ、せんぱい?」
「………はぁ?」
いやなんで?
彼が手前に掲げたスケッチブックには、彼がペンで書いた言葉が載っている。……内容は、さっき楯の言った通り。
……なんでこんなことになってるんだ?
という意味を込めながらゆかりんに視線を向ければ、彼女は苦笑を交えつつ説明をしてくれた。
「スレにも色々あるでしょう?全うに演じるもの、ネタに振り切ったもの、八割方荒らしみたいなもの*12、とか。……彼の場合、一発ネタで進めていくスレだったのよね」
「な、なんだってー!?」
そんなんありかよ?!と思わずMMR*13してしまう俺。……いやこれも大概古いな?
なんにせよ、つまりはこういうことらしい。
一口になりきりと言っても、どんな感じの運営をしているのか、というのは場所によって違う。
とはいえ、キャラハンだけで集まって会話を楽しむチャット形式と、名無しからの質問を受け、それに対する返答でスレを進めていく
その質雑形式の中で、一芸特化で強引に突き進むストロングスタイルのスレが存在する。それが『場面の使い回し型』だ。……命名俺なので余所で使っても通じないので注意。
さて、その内容だが。
難しいことは一切なく、『演じているキャラクターが一番輝く場所だけをやる』という、それだけだ。
……もうちょっと詳しく説明すると、例えば仮面ライダーエグゼイドの
この時、普通に彼を(できるかどうかは別として)模倣するのが、普通のなりきりである。
対し、このストロングスタイルでは、極論を言うと有名な『宝生永夢ゥ!』以下の流れを、ひたすら改変して使い回すのである。
例えば(長いので注意)、
スレの名無しィ!何故君が簡単な質問しかできないのか。
何故似たようなセク質しかできないのか、何故スルーされるような質問しかできないのかァ!
その答えはただ一つ………!
アハァァァ………スレの名無しィ!
君が!このスレで初めて………!まともな質問が………!!
一つもできない奴だからだぁぁあ゛────!!*15
……みたいな感じに改変する。
これを、質問一つに対して、毎回やるのが、『使い回し型』。
パッと見では楽そうに見える反面、人の入りが激しいところだと、単純に回数をこなす必要がでたり。
はたまた文中の
意外と労力を食うスタイルであると言えるので、正直わりに合ってるとは思えなかったりする*16。……そもそもの話、絶対途中で飽きるしねこれ。
まぁつまり。そのストロングスタイルを、このアシタカさんは貫いていた、ということらしい。
……いやでも、尋ねることしかできないとか、普通の返答も辛くなかったですそれ?*17
「レベル1はこんな感じで、人気はあったけどなりきりとしては下の下、みたいなやり方をしてたせいで、能力・人格・記憶みたいな憑依部分が、かなり半端になってしまっている人達の集まりだと言えるわね」
「彼以外にも、願いを聞いた後に『その願いは私の力を越えている』って返すだけの
「……まさか五条さんが、幾分マトモな部類に入る方だったとは思いませんでした……」
「ああ、楯がマシュらしからぬ遠い目をしている!?タイム!タイム要求!このノリで続けられると楯が壊れる!」
「心が折れたら負けだものねぇ」
視点の定まらなくなってしまった楯を落ち着かせる為にソファーに座らせながら、てへへと頭を掻くゆかりんにツッコミを入れる俺なのであった。
「……先輩がエリザベート*21さんを見ている時の気持ちが、ようやく分かりました」
「楯、それ多分わかんない方がいいやつや」
いやね、確かにどこぞの
どうにか楯が持ち直してきたので、説明の続きをお願いする。
今度は華麗に指パッチンしてスキマを開くゆかりん。いやんスタイリッシュ。
なんて感想と共に、その向こうからやってきたのは──、
「わ、わ!せんぱい見てください!あれはもしかして、ピカチュウ*23さんではないでしょうか?!」
「さあ、なんでしょうね?……あいや、なんとなくフレーズがポケットにファンタジー突っ込んでそうだった*24から、思わず言っちゃったけど。……うん、紛れもなくピカチュウだねこれ」
現れたのは、俺達の膝よりも背の低い生き物達。
先頭に居るのは黄色い体に赤いほっぺと、ぎざぎざしっぽのにくいやつ。──みんな大好きねずみポケモンのピカチュウだ。
耳を頻りに前後左右に動かしているのは、周囲を警戒しているからなのだろうか?……って、ん?
「いや待て?なんでこの子フツーの野生っぽい動きをして……ってまさか?!」
「そのまさかー。問題児レベルその2は『人外なりきり、特に獣系』ね」
「うへぁ!?」
とんでもねぇ地雷が飛んできやがった!?
「え?せんぱいは、何をそんなに驚いていらっしゃるのでしょうか?」
「いいか楯、動物なりきり系ってのはな、主に二種類に別れるんだ。……色々無視して人語を話す奴と、設定に忠実に獣語しか話さない奴*25がな」
「はい?……え、あ、まさか!?」
楯も事の重大さに気付いてしまったらしい。
……この逆憑依、憑依されている現実の人々の意思は原則隅に追いやられる。すなわち、ここにいる彼らは──。
「彼に関しては、変に『サトシのピカチュウ』*26とか『ポケスペのピカチュウ』*27とかの特定個体を指定していなかったから、寧ろ被害は少ない方よ。ここにいる他の子達もまぁ、似たようなものね。
「ぴか、ぴかぴかぴーか*29」
「うわぁぴかぴか可愛いのに中身の悲哀がひどーい……」
元が人なのに獣化している彼等の胸中やいかに。
……いや、後腐れ無い分普通に特定個体の方がマシなのでは……?
「そこは微妙なところね。私みたいに能力は大本と同じだけど、意識とか知識はスレでのモノが基礎になっているみたいだから、その分自由に動ける……と言うのも間違いないみたいだし」
「……半オリジナルみたいなものになってるから、元となったキャラクターと憑依されてる側のズレが少ないってこと?」
「そういうことだねー。俺なんかはズレが酷いから、呪術を使っても影響規模が全然広がらないし定まらないけど。少なくとも内と外の不和が少ない、ゆかりんやそこの黄色い子なんかは、最大値はともかく能力使用に変な不自由は起きないみたいだし」
「……ふむ?」
まーた新情報が出たなこれ?
五条さんの言葉を脳内で反芻し、理解を深める。
ゆかりんみたいな、半分オリジナルに近いなりきりをしていた人は、憑依しているのも
代わりに、本人から外れてもいるので、本来出せるだろう最大出力には程遠い、と。
……つまり、そこのピカチュウが
その代わり、噛み合ってない五条さんみたいに、技の
「そういう意味で、今ここにいる人の中で一番戦力が高いのはマシュちゃんだろうね」
「……え?わ、私がですか?!」
五条さんの言葉に、思わず自身を指差して驚く楯。
……んまぁ、確かに。
キャラクターの再現度が最高である為、ほぼ原作のマシュと同じスペックになっているだろうことは想像だに難くない。
……まぁ、それはつまり、ここにいる彼女はほぼほぼマシュだ、ということでもあるのだけれど。……うーん、早く問題解決の糸口を見付けないと、普通の男子である楯が完全にマシュ化してしまうぞこれ。
「……あれ、ってことはゆかりん、スキマ開くくらいしかできないの?」
「ご明察、『境界を操る程度の能力』はスキマの開閉と、私の年齢の操作とかみたいな細々としたものにしか使えないわ。……この状態で月からの使者とか来たら、私はお手上げ以外にできることはないわね」
「……いや、あれ、まさか」
ゆかりんと話しながら、とあることに思い至る俺。
……再現度が、キャラとしての強度・憑依度に関わると言うのなら。
「……
「なん、ですって……?!」
思わぬ問題にぶつかってしまい、言葉を無くす俺達なのだった───。