なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
ことあるごとにタクシーで移動している気がする……なんて戯れ言を呟きつつ、駅に到着した私はそのまま二人を引き連れて新幹線へゴー。
さっくりチケットを買ってさっくり乗り込んでざっくり途中経過は省略して、その結果我が故郷となる片田舎へと足を踏み入れていた私達なのであった。……過程を省略すんな?イヤだって、とにかく問題を起こさせないように二人に注意する、私一人が大変な旅……みたいなもんだったし、別に省略してもよくない?
まぁともかく。
省略しても問題ない程度には、特になにかが起こることもなく、平穏無事に新幹線の旅は終わりを告げたわけなのです。……途中でアスナちゃんが『シンカンセンスゴイカタイアイス』*1に悪戦苦闘していたけれど、本当にそれくらいのもんです、はい。
「なんと見事な田園風景。実はお米所?」
「別に有名なブランドとかはやってないよ。普通に稲作してるってだけ」
主に近隣に出回る程度の小作量、とでもいうか。
そんな言葉を、疑問を呈してきたアスナちゃんに返しつつ。駅舎の中から、外へと歩を踏み出す私である。
空から降ってくる日差しは強く、まさに照り付けるかのよう。
……九月に入ってから突然滝の如く下がっていた気温も、今となっては残暑として見ても普通に厳しいモノに逆戻りしつつあるとかで。
夏がそこまで好き、というわけでもない私としては、さっさと用事を済ませて郷に戻りたい気分でいっぱいなのでありました。
……まぁ、そんなに簡単に済むのであれば、苦労なんてしないわけなんですけどね?
「とりあえず多目的トイレ*2を目指すとしようか」
「……いや、なんでいきなりトイレ?」
「幾らなんでも、君らのその格好で行動するのはないわ」
とりあえず、最初にするべきことは
……特にパイセンに関しては、例え快適な温度に内部が調製されているのだとしても、それは結局のところコート──
すなわち、家の中に入れば必然的に脱がなければならないもの、ということになるわけで……自分の家ならまだしも、他人の家の中で
そうでなくとも、私の方もちょっと服装を整えておきたい気分であるので、何処かで服を着替える必要がある、ということに違いはなく。……で、田舎でそれをしようとすると……。
「それを許される場所が、自分の家の中か、はたまた多目的トイレか……って話になるってわけ?」
「そういうことですね……」
必然、都会に比べて場所が限られてくる。……服屋もほとんどないし、そもそも服を頻繁に着替えることもないし……というわけで、服装を整えるのなら自宅か、はたまた広めのスペースが確保できる多目的ホールトイレか……という話になってくるのである。
一応、新幹線に乗る前にパイセン用のスーツは購入してあるため、着替えそのものの心配は必要ない。
「……アンタの
「さっきも言いましたけど、田舎の井戸端ネットワークを嘗めちゃいけませんよパイセン。思わぬところで見られてる、なんてことはままあるんですから。……死角だと思ったら家の中から見られてた、なんてことごまんとあるんですよ?」
そこまで説明すれば、パイセンから反論が。
曰く、虚無でも使って服を着替える場所を用意すればいいのでは?……とのことだったが。
田舎において、話の広まるスピードは早い……みたいなことを出発した時に述べたように、人の口に戸を立てようとするのは無謀の極み。
それは、こちらが思っている以上に、街の中に死角が存在しないから。隠れたつもりでも、何処からか視線を向けられている可能性が高いから、である。
まぁ、元を辿れば
特に、変装に限度があるアスナちゃんの、その赤い髪が既に衆目に触れてしまっている以上、こちらがこそこそと行動すれば、それだけで周囲の監視網が強固になってしまう……という段階に移行しつつあるわけで。
そうなってくると、私の方でごまかすにしても労力が掛かりすぎる、ということにも繋がってくるのである。
「……でもそれだと、着替えようとするのも目立つんじゃ?」
「そうそう、そうなんだよねアスナちゃん。──だからそこにちょっとした労力を掛けようか、みたいなことになるわけなんだよ」
「……???」
……ただまぁ、アスナちゃんの言う通り、結局監視の目が付いたまま着替える必要がある、ということに違いはなく。
だからこそそこが、こちらが手間隙を掛ける必要のある場所なのだと説けば、彼女はよくわからないとばかりに首を傾げていたのだった。
「……なるほどねぇ、言われてみれば確かに、って感じだけど」
「噂が広まるということは、人相などについても一緒に広まるということ。……裏を返せば、噂の相手の姿というのは、あくまでも噂として広がるモノだってことでもある……ってわけですよ、パイセン」
先程の会話より、少し経った辺り。
周囲からの視線は目立つものの、特に気にすることもなく歩いている私達。……さっきと言ってること違くない?みたいな感想を持つ人もいるかもしれないが……これには理由がある。
「不思議な感じ。見る角度で色が変わるんだね、これ」
「琥珀さん考案、試作段階の【顕象】でも使える変装手段……って触れ込みだったけど、どうにかなりそうで良かったよ」
隣を歩くもう一人、アスナちゃんは自身の髪の毛の先を手で弄りながら、その色が見る角度を変えることで、綺麗な赤色から黒髪へと変化していく様を見て、ほぅと感心のため息を吐いている。
これは『一時的な変身』であれば、【顕象】でも変装として利用できるのではないか?……という予測から生まれた、琥珀さん謹製の変装アイテム『万華鏡』によるもの。
実際に変身させているのではなく、髪の上から色を投影するという、いわゆる
それだけなら今までのごまかし系の道具と、あまり変わらない……ということになりかねないが、そこにあれこれと新技術が使われているのだとかなんとか。……詳しいことはよくわからないが、とりあえず『カチューシャを付けること=変身』みたいな定義付けが行われているのは確かである。
まぁともかく、
結果、今現在街を歩いているのは、金髪の少女一人と、黒髪の姉妹二人……みたいに認識されている、ということになるのだった。
で、お次は種明かしの番となるわけだが……パイセンが謎の変質者から敏腕秘書にクラスチェンジしていることからわかる通り、さっきまでの私達の姿と、今の私達の姿をイコールで結ぶことは、とても難しいモノになっている。
ともすれば、まったく別の旅行者が、田舎にやって来たのだと錯覚するほどに。
無論、普通に着替えて出てきたのであれば、両者が連続した存在であることは明白であり、周囲からの目線の意味もまた変わってくるのだが……。
「そりゃそうよね。幾ら周囲からの視線がキツいとは言っても、まさかトイレの中まで覗き込んでくる、なんてことは普通ないわよね……」
「田舎のおばちゃんとかだと、平気で覗いたりもしてきますけど……多目的トイレにそういうことができるような隙間はないですからね、普通」*3
なにをしたのかと言えば、答えは単純。予め駅から出る前に扉を施錠しておいた、駅のトイレから服装を変えたあと出てきた……という、たったそれだけのことである。
要するに、多目的トイレに入って施錠をし、中で着替えや変装を終えたのち、駅のトイレにワープして何食わぬ顔で外に出たというわけだ。
最初の監視の目は、それとなく・けれど確実に多目的トイレに注がれたまま。
ゆえにこそ、二番目にやって来たことになる私達は──一人外国人らしき人物がいるけれども、その程度。
最初にやって来た
なので、私達はある程度周囲の視線を気にせずに動けるようになった、というわけなのだった。……二度手間すぎる?大目立ちするパイセンがいる時点で必要経費なんだよなぁ(ため息)。
まぁともかく、ようやく自由に行動できるようになったわけなので、さっさと自宅に向かうことにする私なのでありました。
……あ、施錠しっぱなしの多目的トイレに関しては、あとで適当に鍵を開けようと思います。すっからかんの中身を見た町民達は、別の噂を勝手にでっちあげてくれることでしょう。
──そして私は、久方ぶりの自宅へとたどり着き。
チャイムを鳴らしても返答のないことに疑問を覚え、玄関の戸を直接ノックして。
それでもなお、返答のないことに首を傾げながら、ふとノブに手を掛け。……不用心にも施錠がされていないことに嫌な予感を覚えつつ、そっと戸を開いて。
玄関に入ってすぐ、廊下の中心部。──赤い液体の海の中に沈む、人影が──軍服を来たその人物が、何故か銃を抱えたままで伏せている姿を見て、小さく息を呑むことになるのだった。