なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「──!これは……」
不自然に立ち止まった私の背後から、ひょっこりと顔を出したパイセンが、目の前に広がる光景に息を呑む。
赤い液体の中に沈む人影は、微動だにせず。……彼女がなにを思ったのか、察することは容易い。
彼女を真似て私の背後から顔を出そうとしたアスナちゃんの、視界を塞ぐように手を伸ばしている辺りからも、その心情を察することは難しくないだろう。
とはいえ、
そうして、実は結構動揺している私が、口を開こうとした瞬間。
「──家に帰ると?」
「妻が必ず死んだふりを……ってあれ?どなた様?」*1
唯一この面々の中では冷静だったのか、パイセンが目を塞ぎ損ねて現場を目撃してしまったアスナちゃんから、一つの言葉が飛び出し。
それにあわせて目の前の人物──端的に言って血の海に沈んでいる死体、としか言い様がなかったモノが起き上がって返事をしてきたことに、パイセンが声にならない悲鳴をあげることになるのだった。……た、多分まだセーフ!
「はい、粗茶ですが」*2
「どうも、有難う御座います」
居間へと通された私達は、そのままテーブルの前に座り、出されたお茶に手を付けていた。……無論、そのお茶を出しているのは先程死んでたはずの……もとい、
なお、私の左隣で座っているパイセンはといえば、ムスッとした顔で肩肘を付いてそっぽを向いているのだった。
……端的に言って、不貞腐れている様子。いやまぁ、よもや悲鳴を上げさせられることになるとは思わなかった、ということなのだろうけども。
で、お茶を出した彼女はといえば、血糊こそ落としているものの、その服装は軍服かつ頭に矢が刺さったまま。……ここまで言われればわかるかもしれないが、これはいわゆる
「それで──聞きそびれていましたけれど、皆様はどういった御一同様で……?」
──私、もとい俺の母である彼女は、私達を順番に眺めたのち、小首を傾げてこちらに問い掛けて来るのだった。
「──あー、息子様にご連絡頂きました件で、職員代表として説明のために出向かせて頂きました。私、こういう者でございます」
「あら、これはご丁寧に。ふむふむ……国立研究所、ねぇ。あの子、そんなに良くないんです?」
「命に別状はありません。ですが──ほら、アス
「はーい」
それを受けた私は、事前に打ち合わせた通りに名刺を彼女に渡し、アスナちゃん──もとい偽名・アスカちゃんに合図を出す。
……正直、先程のあれこれのせいで、
「──これは地毛なのですか?」
「そうですね、地毛になります。感染者ごとに症状も様々となれば、二次感染がどうなるかも不明。幸いにして、彼女に関してはその辺りの危険性はない、ということになっていますが……」
「うちの息子は違う、と?」
「まぁ、そうなりますね」
で、その作戦というのが、アスカちゃんに変装を解いて貰って、その地毛を晒すというもの。
……何度も言う通り、人間の頭髪が自然に赤髪になるということはまずあり得ない*4ため、それが現実に目の前にあるということ自体が、ある程度信憑性の担保となり得る。
その信憑性を元に、突拍子もない説を如何にも起こり得るモノだと説明する……というのが、この作戦の要である。
人は少しでも現実味が見えてくれば、それがどれほどあり得ないことであれ、ともすれば信じてしまう生き物である。
これは『わからないことをわからないままにしておけない』という、人間の特性から来るものなわけだが……ともあれ、下手な説明でもしっかりやればなんとかなる、ということに違いはなく。
そういう意味で、アスカちゃんの真っ赤な髪というのは、色んな嘘を本当にするのに丁度良いのだった。
……この辺りを見越して同行させるように、ということだったのだろうか?
ただ、この作戦には一つ問題がある。……目の前にいるという確証があってもなお、あまりに馬鹿馬鹿しい話だとやっぱり疑われる、ということだ。
髪の色が奇抜なモノに変化する、という病が存在しうるか?……という部分に関してはまぁ、ある程度騙すのも難しくないだろうが。
それと同じ原因を持ちつつ、症状がまったく違う病気を証明できるか?……と言われると、首を捻らざるを得ないだろう。
なので、その説を補強するのにはパイセンの助力が必要、ということになるのだけれど……。
「その、
「…………(つーん)」
「あらあら」
……うん、さっきのあれこれのせいで、パイセンのテンションは絶賛下降中。
うーん、そこに触れられると、こっちとしてもボロが出かねないから、できればスルーして欲しかったのだけれど……かといって尋ねないというわけにもいくまい。
……気は進まないのだが、仕方あるまい。こちらもアスカちゃんを起点にして、話に斬り込んで行くとしよう。
「ええと、先程のあれはなんだったのでしょう?アスカちゃんはなにか気付いたようだったのですが……」
「あー、すみませんねホントに。連絡してからはや数日、そろそろうちの子も戻ってくるだろうなー、と歓迎の準備をしていたものですから……」
(ですよねー!あぶねー!)
「ちょっと古い作品ですし、うちの子くらいしかわからないだろうなー、と思っていたのですけど……」
「お兄さんに聞いてた。お母さんとは仲が良いとかなんとか」
「なるほど、
そうして、素知らぬ顔でアスカちゃんを話題に出して、話を進めていく私である。
……アスカちゃんも察して話を合わせてくれた辺り、今のところ問題は無さげ。
そう、先程玄関先で血の海に沈んでいたアレ。
あれは、初音ミクの楽曲の一つ・『家に帰ると必ず妻が死んだふりをしています』の歌詞から引用されたもの。雑に言ってしまえば『軍服で銃抱えてたり』を再現したものだったのである。
この母親──見た目は普通に二十後半でも通じそうな感じの彼女は、サブカルに精通した我が師と呼べるような存在。
あくまで趣味として嗜むだけであり、そこからコミケに出たりはしないもののの……こうして子供とのコミュニケーション手段として、普通に漫画やアニメ・ボカロ楽曲を再現することになんの抵抗もないタイプの人である。
ある意味どこの創作の人物だよ、と言いたくなるようなタイプの人物だが……生憎と実在の人物である。わけがわからない。*5
まぁそんな感じなので、やはりどこの創作物から抜け出てきたのか?……みたいな勘の良さをも持ち合わせていることもあり、極力ボロを出さずにことを済ませる必要があったのだが……うん、完全に向こうのペースなので、どうにかしなきゃヤベーという感じなのであった。
そういう意味で、アス
私が矢面に立つと、下手すると『その目が息子に似ている……』とかなんとか言われて気付かれそうなので、余計に。
……いやまぁ、別にバレたからなんなんだ、と言われるとちょっと言葉に窮するのだけれど。
規則の上ではバレない方が良いとはなっているけれど、こんな片田舎のたかが一人にバレたところで、ってのは疑問だし。
無論、火のないところに煙は立たぬと言うように、噂の火種になるものを無闇にばら蒔くべきではないとか、一人を許すと他の人も許さなきゃいけなくなって、それこそ雪だるま式に対応しなきゃいけない案件が膨れ上がりかねない……なんて懸念もあるのだろうけども。……自己弁護が重なり始めてるのも、母からのプレッシャーってことで許してほしい。だってさ?
「それにしても、アスカちゃんねぇ。……
「……?私、神話になるの?」
「あ、そっかー。こっちはわかんないかー。……いや単にこっちの歌を聞いたことないだけかも?アレ、普通にちょっと前に映画やってたもんねー」
アスカちゃんは、純粋に
……サブカル畑の人だから、未知の病気による後遺症って説明を受けても、思考がそっちに寄っていくから侮れないんだよなぁ……。
これもうバレるの時間の問題では?
そんな想いを秘めながら、相変わらず不貞腐れているパイセンにアイコンタクト。貴女が補助してくれないと、私の作戦全部パーになるんですよお願いしますなんでもしまむら!*7
そんな私の願いが通じたのか、彼女は深々とため息を吐くと、居住まいを正して母と向き合い。
「予想は付くと思うけど。貴女の息子とは同じ病院に──」
「あ、もしかしてその姿って虞美人さん?良く似てるわねー。……ん?声も似てる?」
「──いたって言おうと思ったけど自爆するわ。いいわね?」
「よくない!!お願いだから諦めないで芥さん!?」
第一声の時点で明確にキャラを見抜かれ、次善の策を引っ張り出される羽目になるのだった。……もう終わりだよこの旅!*8