なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
旅行のしおりを見る人・見ない人
さて、夏も終わりを告げ、そろそろ秋に移ろうかという季節。
私達もそろそろ夏気分を終えて、秋の準備をしようかと思っている最中なわけですが。
……いやね?残暑が厳しいから『もう秋口ですよー』*1とか言われても、全然実感はないのだけれど。そもそも昼間にはあいも変わらず蝉が大合唱してるしさ。
「そのくせ夜になるとコオロギ*2とかが鳴いてるってんだから、なんというか季節感狂うよね」
「そうねぇ、昼はともかく夜になるとちょっと肌寒くもなってきたし」
対面に座るゆかりんに愚痴りつつ、テーブル上のケーキを一口。
……ジェレミアさんの呼び名のせいか、なんか柑橘類を使ったお菓子が多い気がするのはなんなんだろうね?
なんだか毎度お決まりの行事になってきた感のある、
今回こうしてまた集まったのは、なにやら新しく調べて欲しいことがあるとの連絡が来たからである。
なので朝からマシュを連れて、こうして郷の最上階までやって来たわけなのだった。
「で、今回のお話なんだけど」
「はいはい、なぁにゆかりん?」
「キーアちゃん、ちょっと外出てみない?」
「……はい?」
で、いい加減関係のない話を止めて、ゆかりんから今回のお呼ばれの理由を聞いてみたわけなのだけれど。……んん?外に出る、とな?
詳しく話を聞くところによると、この間の三位一体な社長さん、『ドクター・ウェスト・茅場黎斗』との出会いによって、彼女は一つの確信を得たのだという。
「あの人、こっちに合流する気はないって言ってたんでしょう?」
「え?えっと、確か『我輩、自身の城から飛び出すつもりはないのであーる』、だったかな?キャットも似たような事を言ってたような……」
「キャットちゃんはまあ、完全に自由人……というか、そもそも理解できるかすら怪しいから除外するとして」
なんかゆかりんナチュラルに酷くない?
キャットはパッと見わかり辛いだけで、基本的には主人に尽くす忠犬だよ?
……え?そもそも彼女のご主人はここには居ないだろうって?
んー確かに。西博士に関しても、どこぞの腹黒
なので彼女は、あれでもテンションは抑えめな方だった。
……ご主人さま足り得る人物を見付けた時が怖いですね?
「……いや、キャットちゃんの事はいいのよ。問題は社長さんの方なんだから」
「問題児レベルで言えばわりとどっこい……いや、社長さんの方が濃縮してるからヤバめ……?」
「問題児レベルの話は今してないってば!そもそもあの二人はそっち基準だと1にも満たないわよ!」
むぅ、キャットについてはよくわからないけど、確かに社長さんに関しては三人集まって性能を底上げする……とか言うかなり特殊な事例だったし、問題児レベルの区分からすると1になるか否か、というのは道理か……。
まぁ、掛け合い組がそのまま憑依してる事自体が問題児感溢れているので、新たに番外レベルとか制定しても良いんじゃないかと思わなくもないけど。
みたいな事を述べると『彼以外に掛け合い組が見付かったら考えるわよ』とゆかりんからのお言葉が。
そりゃそうか、こっちには居ないんだから考慮するだけ無駄、か。
「で、社長さんの何が問題なのか、と言うと。……そのスペックの方よ、スペックの方っ」
「あー、再現度形式で言うなら全然足りてないのに、あそこまでのモノを作れるようになってるんだもんね」
区分的にはゆかりんと同じく二次創作の面が強いのに、発揮できる能力の最大値的にはゆかりんより遥かに高いわけだもの、そりゃ気になるか。
……的な事を思っていたのだけれど、どうやらそういうことではないらしい。
「うちの活動って基本的に
「【
「なりきり郷は一応政府所属の団体でね。活動資金なんかもお国から貰ってるわけ。……まぁ、郷の内部である程度の自給自足ができるアーコロジー*4と化してるから、そこまで経営とかが厳しいわけじゃないけど」
彼女が語るのは、なりきり郷の活動方針について。
……いつか想像していた通り、なりきり郷のポジションは『GATE』の門のようなものであり、そこにある技術というのはほぼ例外なく超技術である。
ゆえに、見付かったモノに関しては国に報告し、どう活用していくのかを決めたりしているのだそうだ。
とはいえ、なりきりなんてあやふやなモノから得られる技術には確実性がなく、近年ではそっち方面の業績はほとんどなくなっていたらしい。
まぁ、代わりにピカチュウみたいな電気系能力者や、創造系技能持ちによる物品の複製・創造みたいなものは安定している為、なりきり郷が資金難でどうこう……みたいな事は無いみたいだけど。
それと、事情を知っている一部の高官のお子様だとか親戚だとかが、時折郷内の施設に遊びに来ることもあるそうで、そこら辺の収入も意外とあるらしい。
……あくまでもなりきりだけどいいの?みたいなのは、コスプレ*5喫茶的なものとして納得されているようだ。
まぁ、そこら辺を真剣に論じる必要性のあるメンバーなんて、今の所シャナかマシュくらいのものではあるが。
で、お偉いさん方も技術の方に関しては半ば諦めるような形になっていたのが、今回巷でそれなりに噂になっているVRMMOゲーム【tri-qualia】の製作者がなりきり勢であることが明るみになり、議題として再燃してしまったのだという。
「似たような方向性のキャラを重ねられれば、無理やりスペックを上げられるんじゃないか?っていう人体実験一歩手前な話題まであがっちゃってね。まぁ、それに関してはホントに一部の人間が、可能性の一端を口にしたってだけなんだけど。……人の欲には際限がない、なんて言うでしょう?」
「あー、つまり?」
「
「……なんか、いきなりきな臭い*7事になって来たような気が」
……要するに、複数人の憑依によるスペック上昇も、再現性の限りなく低いものであり、人為的に起こせるようなものではないという確証が欲しいのだという。
で、現状原作を持たない唯一の存在である私と、お国から派遣されてきたエージェントの人と一緒に、ちょっと全国行脚に出て欲しい、との事だった。
「出掛けるのは別に構わないんだけど、なんで全国を巡る事に?」
「今までは五条君が外のなりきり組探しを担当してたんだけど。……どこかの誰かが彼に眼鏡を渡したお陰で、暫く休みまーすなんて言われちゃってねぇ?」
「お、おうっ?」
え、もしかして最初に私達のところに五条さんが来たあれ?
詳しく話を聞くと、予言とか予知系の能力を持っている人達が、時折なりきり組の出現を予測する事があるらしい。
ゆかりんは自分が知っているモノ・場所にしかスキマを開けないので、実際に現地に行く担当として、五条さんを筆頭とした何人かのメンバーが、そうして予測された場所に実際に赴いているのだそうだ。
……が、その五条さんが眼精疲労軽減眼鏡を入手したからさぁ大変。
今まで見て回れなかった郷の内部とか、そこに住む人達とかを訪ねる事に全力を出し始めたらしい。……五条悟、まさかの反抗期である。
「まぁ、実際には何か目的があってやってるんでしょうけど、それは置いといて。……で、彼に眼鏡を提供した本人さん。──先輩の業務の引き継ぎ、してくれるわよね?」
「り、りょうかいでーす……」
彼の行動の原因の一端を担うものとして、勤めを果たせ。
つまりゆかりんは、そういう事を言っているわけで。
「……いえーい、キーアんお勤めを果たしまーす……」
「よろしくー♡」
「とまぁ、そんな感じでね?」
「それはまた、なんともご苦労さまなことね」
時は戻って侑子の家。
あらかたの事情を説明し終えた私は、いい加減ログアウトしようかと思いながらメニューウインドウを開いて。
「ああ、ちょっと待ちなさい」
「ん?なぁに侑子、なにかある?」
ふと、何かを思いついた様子の侑子に引き止められて、椅子に座り直した。
まぁ、準備と言っても財布と最低限の着替えがあれば、特に問題のない身だ。
そこまで急いでいるわけでもないので、もうちょっとくらい彼女に付き合っても余裕はある。
そんな事を脳内でぼやきつつ、椅子から離れて奥に引っ込んだ侑子を待つこと暫し。
戻ってきた彼女は、謎の箱を一つ私に差し出してきた。
「えっと、これは?」
「とりあえず、メニューから受け取りなさい。話はそれから」
「はい?……よくわかんないけど、はい」
仕方ないのでウインドウを開いて『拾う』を選択して入手。……したら、光の粒になって箱は消えてしまった。
……え、なにこれ?
説明を求めて侑子の方を見るが、彼女はニコリと笑みを浮かべるだけ。
……一応、土産話の対価だとは述べていたが、中身とか仔細については一切話す気がないらしい。
「まぁ、別に悪いものではないわ、遠慮せずに持っていきなさい」
「……いやまぁ、侑子の好意を疑うつもりはないけども」
でもこう、ちょっと出掛けるって時に謎の物体を渡されると、なんと言うか変なフラグが立ったんじゃないかとちょっと怖くなるわけでですね?
「貴方、フラグは全部踏み潰すタイプでしょうに」
「その物言いはすごく語弊があると思うな私はっ」
「そりゃそうよ、語弊があるように言ったんだもの」
「ええい、ああ言えばこう言う……」
「ふふふ、友達の無事を祈るのに、暗い言葉は似合わない──でしょう?」
……朗らかに笑う侑子の言葉に、なんとも言えない気分になる私。
まぁ、こういうやり取りもらしい、か。
小さくため息を吐いて、今度こそログアウトボタンをタッチする私。
ログアウトによって視界が白く染まっていくのを見ながら、侑子の方に声を掛ける。
「まぁ、また土産話しにくるわ」
「はぁい、その時まで元気で、ね」
その顔は見えないけれど、きっと変わらず笑みを浮かべているのだろうな、と思いながら、私の視界は完全に白に染まるのだった。