なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
さて準備も万端、後はお国からの同行者を待つばかり……といったところだろうか?
なりきり郷の正面ロビーという、人が滅多に寄り付かない場所で、朝の早い内から相手方を待っている私。
向こうの担当者もそれなりに早い内から動く人だって言ってたから、こっちも余裕を持って待っているのだけれど。……うーむ、流石に早すぎたかな?
途中のコンビニで、おにぎりと飲み物を買っておいてよかった。……働いてる人になんか
流石になんにもなしに人を待ち続けるというのは、ちょっと気力が持たない。エビマヨおにぎりでも食べながら、気長に待つとしよう。
そんな事を思いながら、おにぎりの封を開けようとして。
「どわぁああぁっ!!?申し訳ありません遅れましたぁああっ!!」
「べふっ」
突然ロビー内に響いた大声に、思わずおにぎりを手放してしまって。……結果、飛んだおにぎりが頭に着地、という変な状態になってしまった。
まぁ、食べてる最中でなくてよかった、とポジティブシンキング。改めて、声の主を見ようと視線をずらして。……地面と熱烈なキスをしている、スーツ姿の誰かを発見した。
……えっと。その、まさか?
いやーな予感が襲ってくる中で、倒れていた人物がガバッと顔をあげた。む、意外に綺麗な人だ。……鼻を擦ったらしく、滅茶苦茶涙目だったけど。
「あ、すみません。もしかして貴方が今日の同行者でしょうか?」
「そうですね……えっと、キーアとでもお呼びください」
「……むー、これだけの美少女。ホントにどこかのキャラクターだったりしないんでしょうか……?」
「えっと……」
「あ、すみません申し遅れました!【異界憑依事件対策係】より派遣されて来ました、
「わたぬき、ですか?」
黒髪ポニテの元気っ子、といった風情の彼女が、今回の同行者らしい。
……ふーむ、『わたぬき』で『はるか』、ねぇ?
なんて風に彼女を見詰めていたら、なんだか勘違いされたらしい。彼女は若干慌てつつ、自身について弁明を始めてしまった。
「わたぬきと言ってもホリックでもない*1ですし、はるかと言ってもアイマスでもない*2んです信じてください!」
「……えっと、別に疑ってたりはしないので、どうか落ち着いて……」
「え、あ、その、すみません……上司に『お前実は【複合憑依】の被験者じゃないよなー?』なんて事を言われ続けていたものでつい……」
「そ、それはなんというか、御愁傷様というか……」
彼女に手を貸して立ち上がらせつつ、これからの予定に思いを馳せる───。
「今回は私だけ、と?」
ゆかりんから今回の仕事の詳細を聞く私。
五条さんからの業務の引き継ぎに関してはわかったのだけれど、国から派遣されてくるエージェントと私の二人を基本として動く……という事の理由の部分が今一よくわかっていない。
なので、そこの部分についてもう一度聞き直して居るのだけれど……。
「んー、私の直接の上司さんね?彼に関しては問題ないんだけど、さっきのあわや人体実験、みたいな事を言ってた派閥の人達って、結構な急進派なのよね」
「……なんか嫌な予感しかしないけど、続けて?」
ひしひしと嫌な予感がするので、正直続きを聞きたくないのだけれど。……聞かないことには話が進まないので、我慢して続きを促す私。
そんな私の様子に苦笑を浮かべつつ、ゆかりんは答えを述べていく。
「あわよくば、自分の派閥になりきり勢を引き込みたい、って結構息を巻いてるみたいでね?……できれば、あんまり合わせたくないのよね。そこら辺の大人の距離感というか、掴める人早々居ないし」
そこも含めて五条君に頼もうかと思ってたんだけど、まんまと逃げられちゃうし、なんてことをため息と共に呟くゆかりん。
……私の責任だけなのかと思ってたけど、ゆかりんも地味に理由の一旦担っとるやんけ、という非難の視線を向ける。
「え?何か……あ゛」
「……後で五条さんに謝っときなさいよ」
「そうするわ……。う゛ー、上司からの無茶振りとかそりゃ嫌がるわよねぇ……」*4
……うん、再現度低いとは言え、五条悟という人間にとって無能な上司とかストレスの元だもの。……逃げられるのも宜なるかな、というか。
いやまぁ、確かにそこら辺の折衝とか得意かもしれないけれどさ?
「あう~、私が悪かったわよぅ……」
「はいはい。……で、つまりは『元ネタが無いからなりきり組だと思われない』私が、なりきりだと気付かれないように同行者と一緒に他の子達を探す、ってことよね?」
未だにガチで凹んでるゆかりんに、今回の仕事内容についてもう一度確認。
……基本的にはあちこち動き回る形になるらしい。まぁ、それが先の【複合憑依】、だっけ?の否定にどう繋がるのかはちょっとよく分からないのだけれど。
「まぁ、単純に言うとサンプリングよね。なりきり勢を見付けたら、【複合憑依】じゃないかの確認をする。違ったらそれでよし、違わなかったら……まぁ、ちょっとややこしくなるけど、とりあえず捜索は続行。で、もし仮に今回の仕事中になりきり勢を見付けられなくても、それはそれで構わない……って感じ」
「……えっと、つまり回数を重ねて、そもそものなりきり組の発生件数の低さと、その低さの内【複合憑依】の発生件数は更に低いということを証明できれば良い……ということでしょうか?」
「流石ねマシュちゃん!そーいうこと、とりあえず相手に付き合ってあちこち回るだけで仕事としては成り立つってことね!」
なんて言っていたら、マシュが簡潔に説明してくれた。
なるほど、基本的には回数を重ねるだけでいい、と。
それで遭遇率そのものの低さ*6と、その低い遭遇率の中で【複合憑依】の発生確率は更に低いのだ、と相手方に思わせればいい、と。
ただ、相手方が敵対派閥の息の掛かった人物である可能性があるので、その辺りの駆け引きがある程度できる人物か、そもそも向こうが引き入れようと思わない人物であることが今回の仕事には望ましい……と。
前者は五条さんで、後者が私、というわけか。
ってことはつまり……?
「はい、本当はせんぱいと同行したいのですが……」
「マシュちゃんは特にダメよね。再現度的に確保したい人物ナンバーワン、って感じだろうし」
『同じく、BBちゃんも今回はお留守番なのです!』
「あー、目立つもんねBBちゃん……」
どうやら今回は私一人のようである。
マシュは言わずもがな、BBちゃんもごまかし力的には問題ないのだけれど、流石に日本全土を纏めてごまかす、とかはできない。
……向こうのエージェントをごまかせたとしても、その人の上司まで一度にごまかせない以上、変に危ない橋を渡ることもできない、か。
まぁ、そもそもそこまでBBちゃんに頼るのもなぁ、というのもなくはないけど。
「代わりに、食事とか宿泊とかに掛かる費用は全部経費で落ちるから、そこら辺は気にしなくていいわよ?」
「お、そりゃ嬉しいね。……ん?ちょっと待った」
「え?何かまだある?」
ほう、飲食に宿泊料は全部お国持ち、と。……なんか悪い大人になった気分だなこれ。
なんて思っていたのだけれど、そこではたとあることに気付いてしまった。
いや、そのね?
「私の戸籍とか容姿とか、大丈夫なん?」
「……あー、どっからどう見ても小学生くらいにしか見えない、ってこと?」
「……はっ!!そういえばそうでした!今のせんぱいのご容姿は大変愛らしいものですが、それでは威厳と言うものを相手の方に伝えられません!」
『マシュさーん?ちょっと話がずれてますよー?』
元がわからない以上、なりきりとは思われないとは言うものの。……私の容姿、身長的にもほとんどお子様なわけで。
そこら辺疑われるとちょっと辛いんだけど?みたいな事をゆかりんに伝えると、何故かマシュが暴走を始めてしまった。
……大丈夫かな、うちの後輩……。
「まぁ、そこに関してはちょっと用意しとくわね」
「用意、ねぇ……?」
「ほうほう、なるほどなるほど……失礼しました、成人なさっているとは露しらず……」
「お気になさらず。よく言われますので」
あの後はるかさんと改めて挨拶をしなおしたのだが。
……ふーむ。まさかこの姿で名刺交換とかすることになろうとは。なんて事を思いつつ、渡された名刺をチラッと見る。
書いてあることは、先ほど彼女が自己紹介していたことと大差ない。せいぜい、彼女の連絡先が追加されたくらいだ。
で、私が渡した名刺の方には、私の今回の肩書きとかが簡潔に記載されている。
「八雲さん付きの秘書、ですか……」
「新入りも新入りですけどね。私がこの容姿なもので、ちょっと勘違いでスカウトされた……というところもあるのですが」
よくもまぁこんな出任せが口から出るなぁ、なんて我が事ながらちょっと苦笑しそうになるのを抑えつつ、はるかさんに偽りのバックストーリーを語っていく私。
……今更ながらに後悔が浮かんでくるが、そもそも私の容姿自体が割りと目立つものである。
この間のゲーム会社訪問でも一般人に囲まれるはめになったように、基本的に一目見たら一度は必ず振り返る、そんな美少女が私である。
……うん、身長の低さも合わせて
というか場合によっては『
なのでまぁ、前回の訪問の事は微妙に
そこはごまかし様がないので、逆に『必要があって出掛けた』のだとすることにした。
その結果が、ゆかりん付きの新人秘書、という肩書きだ。
今回はその設定に合わせて、眼鏡にポニテにかっちりとしたスーツ、という社会人らしい服装の私である。
……まぁ、向こうもポニテだったので、ポニテとポニテがダブってしまったのだが。*8
でもいいよね、ポニテは素晴らしいのだから。
「……えと、私の顔に何か付いて居るでしょうか?」
「いえ。お若いのに大変そうだな、と思いまして」
「……いや、若さで言うとそちらの方が……いえなんでも。とりあえず、空港まで行きましょうか?」
「はい、そうしましょう」
おっと、見詰めていたら不審がられてしまった。
なんでもないと返しつつ、傍らのキャリーケースに手を掛けて、椅子から立ち上がる。
さて、確か一番最初の目的地は──。
なんて事を考えつつ、はるかさんを伴ってロビーから外に出る私達なのだった。