なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~   作:アークフィア

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注射が好きな子供はいません

「……今日はやけに子供達が多いのだな」

「ほとんどがうちの子です」

「ほっほーい、トキのおじさんお元気ぃ~?」

「そういうしんのすけは、元気そうでなによりだ。子供は風の子、元気なのが一番だからな」

 

 

 入り口で店内を見回していたトキさんが、こちらに気付いて近付いてくる。

 

 知らない間柄というわけでもないので、軽く手を挙げて挨拶を返すのだけれど……なんだろう、机の下から昇ってくる気配が、ちょっとぴりぴりしたものに変化したような?

 

 ……そこから考えると、彼女が逃げていた相手というのはトキさん、ということになるのだろうか?

 つまり、以前の朱鷺コストキさん出現の理由は、ここにいるアライさん?

 無論、彼女が暴れたのだと決めつけるのは早計だが……今の大人しい彼女の様子から想像できないかもしれないが、アライグマという動物はとても気性の荒い動物なのである。()()()だけに。

 

 ……冗談はともかく、アライグマの気性が荒い、というのは本当の話。

 子供の時は大人しくとも、大人になると迂闊に触ることすらできなくなるくらいに狂暴になる、というのはとても有名だろう。

 かの名作『あらいぐまラスカル』も、ラスカルが成長するに従い大人としての狂暴性が現れ始め、更にそこに様々な理由が重なった結果、ラスカルを自然に返すことに決めた……というのが終盤の流れだったりするわけだし。*1

 

 なので、以前彼が言ったように『迂闊に触れると怪我をするほど狂暴だった』というのは、確かにそうなってもおかしくない、と考えてしまうだけの理由が彼女にあるということになるわけで。

 そうなってくると、彼女がこうして机の下に隠れているのは、ほぼ確実にトキさんから逃げているんだろうな、という予測が立てられてしまうのだった。

 

 ……となると、今現在どうするのが最善か、ってことが次の問題になるんだけど……。

 

 

「……む、キーア嬢。難しい顔をしてどうしたのかな?」

「……あー、いえ。先ほどなにかを探すような仕草をしていらっしゃったので、なにを探していたのか気になってしまって」

「実は、とある子供を探していてな。以前話したフレンズの子供なのだが……」

「ほう、例の暴れたっていう?」

 

 

 一先ずはトキさんの話を全て聞いてから判断する、ということにする。

 彼がなにか悪いことをしている、だなんて風には思っていないが……注射以外にもアライさんが嫌がるモノがあるのかもしれない。

 その辺りを聞いてから、引き渡すかどうかを決めてもいいのではないか?……と思った次第である。

 

 そうして聞いてみた所によれば、次のようになった。

 

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。そもそもの話、フレンズって存在自体があんまりこっちに居ないこともあって、合わせて色々な身体検査も行っていたら逃げられた、と」

「そういうことになる。……まぁ、一度に詰め込みすぎたことは反省しているが、何分防疫の面から考えると、……な」

「あー……」

 

 

 フレンズ、という存在自体が珍しいこと。

 また、基本的に野生動物が変化した生き物であるため、元々の体内菌類などがどうなっているのかわからないこと。

 ……などなど、色々と調べなければならないことが多く、現状発見例としては一人目となるアライさんは、調査の面でわりと負担を強いられていた、というところがあるらしい。

 

 とはいえ、それらの検査はアライさんのためのモノでもあるし、ひいては私たちのためのモノでもある。

 ウマ娘達とは違い、あくまで元となった動物達が人型になったとされるフレンズ達は、病気などの面からきちんと検査を行わなければいけないのだ。*2

 特に、アライグマは人獣共通感染症である、狂犬病のキャリアーとなることもあるわけだし。

 

 

「きょーけんびょー?」

「狂犬病ウイルスによって引き起こされる病気の一つね。狂()、なんて風に(いぬ)って言葉が付いてるけど、実際には全ての哺乳類に感染する可能性のある怖ーい病気よ」*3

 

 

 クリスの言う通り、狂犬病とはとても怖い病気である。

 以前触れたように、日本は清浄国であるのでその危険度というものがわかり辛いが……一先ずわかりやすい脅威として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということを覚えておくと良いだろう。*4

 日本では『狂犬病』と名が付いているが、海外ではコウモリだったりキツネだったりアライグマだったりと、多種多様な哺乳類達が感染源として警戒されている。

 

 発症すると致死率百パーセント、ということから死亡率の高さに目が行く*5が、この病気の恐ろしさとはすなわち根源的な宿主がコウモリである、ということに尽きるだろう。

 

 コウモリという種族は、哺乳類という生き物の中でもわりと原始的な遺伝子を持つのだとされている。

 それは言い換えれば、彼らは色んな哺乳類に繋がるような遺伝子的特徴を持っている、ということ。

 ……すなわち、コウモリが持つ病原菌というのは、その原始的な遺伝子に適応するため、結果として様々な哺乳類に感染しやすくなってしまうのである。

 

 そしてそんな体質を持っているせい、ということなのか。

 彼らはウイルスの貯水池、などという名前で呼ばれることもある*6にも関わらず、それらのウイルスによって死亡することがほとんどないのだ。

 つまり、彼らの体内のウイルスは、ほぼ彼らと共生しているということ。──そして、彼らの体内から飛び出した時、その脅威を奮い始めるのだ、ということだ。*7

 

 

「狂犬病の場合、主な二種の症状の内『麻痺』を強く示すらしいから、全くウイルスの影響がない……ってわけでもないみたいだけれどね」

「でもそれによって、他の野生動物の餌になりやすくなるんだから、正直ウイルスに上手く使われているって言ってもおかしくないって言うか……」

 

 

 二つの症状の内のもう一つ、『狂暴化』することもあるみたいだが、大抵のコウモリは麻痺して上手く動けなくなる、ということが多いらしい。

 そうなるとキツネや犬、猫などの捕食者達が彼らを捕食し、彼らの体内の狂犬病ウイルスを、自身に取り込んでしまうということになってしまうようだ。

 

 また、発症している動物は唾液などの分泌物などにもウイルスを含むとのことで、これにより直接キャリアーを捕食しない生き物達も、彼らの唾液や血液などから間接的に感染する、という事態に繋がるのだとか。

 

 ……さて、狂犬病の一番の恐ろしさは、哺乳類であればどんな動物にも感染するということだと言ったが、その次に恐ろしいのが『狂暴化』だろう。

 

 先ほど触れたように、狂犬病の主な症状は麻痺と狂暴化である。

 これは、狂犬病のウイルスが脳に行くモノで、そこで増えることによって症状を引き起こしているから、というのが理由になるわけなのだが……。

 麻痺が脳内での増殖によって起きるものだとすれば、狂暴化は新たな感染者を増やすためのもの、ということになるのだろう。

 

 

「そうなん?」

「小さいキツネが、本来なら逃げるだろう自身より大きい人間相手に、執拗に噛み付きに行くようになってしまうように。狂暴化している時の哺乳類は、基本的に相手の強さとか自分の命の危険だとか、そういうものを一切気にしなくなるのよ」*8

「それは怖いってばよ……」

 

 

 狂犬病の感染経路は、先に語った通りのコウモリ由来のものが根源なのだろうが……『狂犬病』と名の付く由来となったのは、まず間違いなく『狂乱した犬に噛まれると噛まれた犬も暫しの後に狂乱し始める』、という事実の方だろう。

 先ほど唾液や血液などにもウイルスが含まれるようになる、と言ったように、狂犬病に罹患して狂暴化した動物に噛まれるというのは、まさしく感染経路として大きなモノの一つなのである。

 

 そして更に恐ろしいことなのだが……こうして噛まれた場合、発症するまで自身が狂犬病に罹患しているかどうか、というのは外からでは判別できないのだ。

 その癖、発症すると致死率百パーセントだというのだから、この病気の殺意の高さ、というものがなんとなくわかって貰えるのではないだろうか?

 

 

「……えっと、ということは噛まれたらどうしようもない、ってこと?」

「一応、発症前にワクチンを打てばどうにかなるよ。……ただまぁ、完全に大丈夫だって言えるまでには、結構な回数ワクチンを打つ必要があるらしいけど」

 

 

 なお、発症するとどうしようもない、とは言ったが、発症する前にどうにもできないのか、とは言っていない。

 ただ、先ほども言ったように『発症するまで感染しているかどうか確かめようがない』ため、野生動物に噛まれた場合は迅速に病院に向かう必要がある、ということになる。

 まぁ、その場合は噛んできた動物が狂犬病に罹患しているかどうか、ということを先に確認してからということにもなるのだが。

 なお、日本国内においては、基本的に狂犬病のキャリアーは存在しないため、暴露後のワクチン接種というものは行われない。……海外渡航歴があり、海外で暴露した場合は別だが。

 

 あと、地味に怖いところだが。

 噛まれるなどして感染したあと、実際に発症するまでに一年近く間が空く、ということもあるので、すぐにすぐ発症しなかったからといって安心するべきではない、ともここで述べておく。

 

 

「あとこれは与太話だけど。有名な人狼伝説の元となったのは、狂犬病に罹患した患者の異常行動が元だ、って話もあるね」

 

 

 あとは、私たちに身近なのは人狼伝説の元になったかもしれない、ということだろうか。

 

 犬に噛まれることで、犬のような動きをし始める。

 水を極度に恐れ、夜に吠え始める。*9人を襲おうとしたり、実際に襲おうとする──。*10

 

 これらの行動は、全て狂犬病のそれと同じである。

 そのため、昔の人々は得体の知れないこの病気を、徐々に狼になる病気──人狼と呼んだのではないか、という話だ。

 

 

「…………」

「おや、こんなところに居たのか」

「アライさん、ちゃんと注射を受けるのだ……」

 

 

 そんな話をしていると。

 顔を真っ青にしたアライさんが、いそいそと机の下から出てきて、トキさんの元に近付いて行ったのだった。

 ……自発的に注射を受けさせるため、とにかく怖がらせる作戦は上手く行ったみたいである。

 

 無理矢理やらせるより、自分から行かせた方があとから問題になりにくいからね、仕方ないね。

 

 

*1
他の理由は、主人公の引っ越しやラスカルにガールフレンドができた、など

*2
サンドスターの影響で人の姿になっているが、サンドスターの影響が消えると元の動物に戻ってしまうのだとか

*3
名前の似ている狂牛病は全く別の病気なので注意。哺乳類だけでなく、一部の鳥類にも感染することがあるとされる病気の一つで、ワクチン接種を必要とする暴露レベルでは、実は『狂犬病に罹患している動物に噛まれる』のと、『単純にコウモリに接触する』のが同じ最大値で危険視されていたりする。下手をするとコウモリが住む洞窟内に入っただけで感染することも(唾液などが蒸発し、空気中に狂犬病ウイルスが多量に含まれる状態になっていると、呼吸するだけで感染する可能性がある)

*4
牛などにも感染するらしいが、そもそもの話経路的に感染し辛い(家畜などが野犬に襲われる、などのパターン。草食動物は基本襲われれば逃げる)ので滅多に見掛けることはない

*5
症状が出ている時点で手遅れだから、ということになるらしい(脳を破壊された結果としての症状である為)

*6
近年物議を醸し出した感染症のほとんどは、コウモリ由来であるとされている(生活環境・食性・体質などがウイルスにとって都合が良いのだとか)。その為、迂闊に触れるのは止めておいた方がいい。なお、害虫を食べる益獣としての性質も持ち合わせる為、狩り尽くすのもおすすめはしない

*7
ウイルスに感染しても炎症反応──すなわち過度な免疫機能が働かないのだとか。その為、ウイルス側も過度に宿主を攻撃せず、結果として共生できているのでは?という説がある

*8
野生動物は基本的に自身より強い者には挑まない(怪我などをすれば自身の死に繋がるので)が、狂犬病による狂暴化はその辺りを無視させてしまう。形振り構わず人に噛み付きに行くキツネの動画などは、人に言い様のない恐ろしさを感じさせたとか

*9
水を怖がるのは、脳へのダメージによって神経過敏になり、水を飲む際に苦痛を伴うようになる為、なのだとか。最終的に水を見ただけで怖がるようになる

*10
人から人に感染することはほとんどないとされるが、一応噛まれるなどした場合はワクチン接種などを受けておいた方が良いとされる

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