なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「よーし、腹ごなしもしたし、さやかちゃんも付いていくぞー!!」
「あら、いいの?あっちの私と一緒だと、もしかしたらゴブリンが出てくるかもしれないわよ?」
「大丈夫大丈夫、そういう時はオクタヴィアるから」
「軽率に魔女になろうとするのやめない?」
「というか、なんだいその動詞。オクタヴィアるって。……いやいい、説明はいい。意味がわからないわけじゃないから説明はいいって!」
いやまぁ、ここのさやかちゃんの場合は、そっちが本体なわけだけど。
パンケーキ屋を出た私たちを待っていたのは、食後の運動と称して付いてこようとするさやかちゃんの姿。
戦力的には心強いにもほどがあるので、付いてきてくれる分には文句はないのだが……なんというかこう、彼女の属性的に本当に付いてきても大丈夫なのか?みたいな懸念があるというか。
「そうなの?」
「ハクさんとか、そのせいで酷い目にあった筆頭だからなぁ……」
首を傾げるさやかちゃんに、去年のクリスマスの騒動を思い出しながら頷く私。
去年のハクさんの例から考えると……オクタヴィアの使い魔達が勝手に成長して魔女になって暴れ始める、なんて可能性も少なくはないというか。
その本質が魔のモノであればあるほど、溜まっている負念による変な影響がありそう、というか。……いやまぁ、それを言うと一番危ないの私なんだけどね?
「キーアお姉さん、種族魔王だもんねー」
「ねー。生粋の魔のモノだから、本来こんなことしてちゃいけないんだよねー」
「「ねー」」
「……つまり、言うほど危ないわけじゃないってことだね?」
「あ、しまったやぶ蛇だった」
なお、だったら大丈夫じゃん、みたいな反応が返ってきたため、結局さやかちゃんの同行を止めることはできなかったのでしたとさ。
……本気で危ないと思ってるなら、もっと真剣に止めてたはず……ってのはまさにその通りなので然もありなん、って感じである。
「それにしても……その、ダンジョン・コア?っての、いつの間にそんなに流行ったの?」
「今年の八月辺り、らしいんだけどね?」
次のダンジョンに向かう最中、そろそろ日も傾き始める頃かな、などと空を眺めていると、横合いからさやかちゃんの言葉が飛んでくる。
どうやら、いつの間にやら広まっていた企業ダンジョン、というものに興味がある様子。……とはいえ、こちらもこのダンジョンについては知らないことが多すぎるため、語れるのはごく一部のこととなってしまうわけだが。
「誰が作ったかわからないものを使ってるの……?」
「まぁ、作りは昨今のそういう話に出てくるもの、みたいな感じだったらしいからねぇ」*1
出所の知れぬ技術を使うのはどうなの?……みたいなツッコミがさやかちゃんから飛んでくるものの、実際にそれの導入を決めたのが私ではない以上、正直首を振るくらいしかできない私である。
一応、ゆかりんや琥珀さんが最低限の確認はしているらしい、とは聞いたが……ブラックボックスめいたモノであることも確かであり、危険性が一切ない、とまでは断言できないようだ。
まぁ、それを踏まえてもなお、集まってくる負念を浄化できる……という点に魅力があった、ということになるみたいだが。
このなりきり郷に様々な念──【兆し】の餌とでも呼ぶべきものが転がり落ちてくるのは、以前も言ったように偏にここが
周囲の環境より、この場所の方が概念的に低地になってしまっているためである。
そしてその理由とは、ここに『逆憑依』達が集まっていることにあるのだから、それを解消することは難しい。よもや、今更世間に放逐するなんてことはできないだろう。
人が減ることはなく、増えていく一方である以上、それに附随して場としての重さもまた増えていき、周囲の念が転がり落ちてくる頻度や量というものも増えていく。
ゆえに例え裏取りができずとも、『念を浄化する』という喉から手が出るほど必要とされている機能を持つアイテムを、捨て去ることなんてできないというのもまた真理なのである。
あとはまぁ、職にもモチベーションは必要、みたいなところもあるというか。
「あー、ここでの仕事はどっちかというと、趣味に近いんだっけ?」
「お金が関わるってことは、競争社会になるってこと。それが悪いわけじゃないけど、それを放置すると争いになる……ってのは歴史が証明してるからね」
本来、労働というのは生きるために行うものである。
古くは狩りに始まり、農耕、建築、運搬、加工エトセトラエトセトラ……。
それらは始め直接的に糧を得るためのモノであり、やがて間接的に糧を得るためのモノとして変化して行った。
だが、結局根本のところで、それらが求めるモノは変わっていない。
労働の対価としての金銭は、結局それによって衣食住などの、生きるために必要なモノを交換するために与えられるモノ。
いわば、人の労働とはつまるところ生きるためのモノなのである。
ゆえに、人の労働というのはある程度方向性を整理しておかないと、そのうち他者の利権を蹴落とす方へと傾いてしまうのだ。
全てのものは無限ではなく、限りがある以上。
生きるために必要な糧もまた、それには限りがある。
それを安全に、確実に手に入れようとすれば、確かに他者の存在と言うのは邪魔なもの、ということになってしまう。
……まぁ、それは極端も極端、糧だけではなく労働力にも限界がある以上、他者を蹴落とすというのは、即ち自身のできない仕事をしてくれるであろう誰かを蹴落とすことにも繋がり、回りに回って自身の首をも絞める結果をもたらすわけだが……それが目に見えるほど世間は狭くなく、またそれがまったく影響しないほど、世界は広くもない。
このなりきり郷の場合、それらの問題は一般的な世間のそれよりも、さらに重く難しいモノとなる。
労働力に限りがあると言っても、世間一般のそれらを纏めても敵わないほどの力があるモノもいるし、糧がいると言ってもほとんど霞と変わらないほどの量で生きていける者も居る。
想定される事態の幅が広すぎて、画一的なルールを作ることが不可能に等しいのだ。
──だから、いっそのこととばかりに共産主義めいた制度を生み出した。
生きるための労働というものを、完全に無くしたのである。
そこにはまぁ、涙ぐましい様々な努力と知恵の投入があったらしいが……その時私はここに居なかったので割愛。
ともあれ、このなりきり郷の中でだけ、という限定的な成功ではあるものの、共産主義は確かに世界に勝利の旗を掲げることとなったのであった。*2
「……いや、話がずれてないか?」
「いんや、ずれてないずれてない。ハラショー」
「話を赤くしようとするんじゃない!」*3
ダメ?……まぁじゃあ、話を戻して。
本来労働とは生きるためのもの、それゆえに争いを引き起こす可能性のあるものであり、引き起こす争いの規模がこのなりきり郷においては大きくなりすぎる可能性を考慮し、ここでのみ通用する共産主義的なものを採用した……というのが、ここまでの話。
ただ、この共産主義的なもの──混ざるとややこしいので『郷制度』とでも名付けるが、この『郷制度』もまた完璧とは言い辛いところがあった。
そも、この制度が曲がりなりにも上手く回っているのは、働きたくて働いている人がいること、それを確りと承知していること、そして多くを求めないからこそ、というところが大きい。
まず、働きたくて働いている人。
これは、先の『労働とは生きるためのモノ』という原則に逆行する人達である。いわば趣味人に近しいモノであり、別の意味で『働かないと死ぬ』人々である。
例えばアイドル。彼女達はそれが仕事であるが、同時にやりたいことである。それゆえ、それを止めたら彼女達はアイドルではなくなり、ゆっくりと死を迎えていくことだろう(※誇張表現です)。
他にも『作ったもので誰かが喜んでくれるのが好き』みたいな人は、働くことを止めると人として死んでいく、みたいなことになることもあるだろう。
そういう人達から労働を奪うことは、即ち命を奪うことに等しい。
これ単体だと『他の仕事も彼らに集中し過労死する』とか、微妙に問題が払拭されないのだが……あと二つ、彼らへの理解ある人々と多くを求めないこと、これらによってその問題は解消されることとなる。
「この場合の理解ってのは、『この人は働くことが好きなんだな』で認識が止まる人、ってこと。そのあとに『だから幾らでも好きなことを詰め込んであげよう』って感じに、いわゆるやりがい搾取をしようとしない人ってこと」
「あー、コロンブスとか?」
「……ここにいない人なのになんかしっくり来るけど、一応風評被害だからやめてあげてね」
まぁ、多くを求めないに関しては、今のなりきり郷だと多くを求めても問題ない、って方が近いのだが。
この辺りはトップ層の頑張りの結果、とでもいうか。
品種改良や機具の進化により、生産性を大幅に上昇させた、という風に言い換えてもよい。
まぁ要するに、趣味で作るもので全ての人を賄えるくらいになった、というような感じだろうか。
寧ろそれだけではなく外に輸出?的なこともできるくらいなので、普通の農家とかなら作りすぎて腐る、くらいの話になってくるのだが。
「その辺りはまぁ、ゆかりんとかが居るからねぇ」
「保存技術に関してはお手のもの、というやつだね」
ライネスのとこでも使っているような、時停式冷蔵庫のような、保管手段が発達した結果。
それらの作りすぎたモノも常に鮮度を保って保存できるようになり、結果として生産の過程で競う必要、というものは完全に消え去ったわけである。
……まぁ、今回のダンジョン云々の話からわかるように、それはそれでちょっと張り合いがない、みたいな気分を抱いた人々も居たようだが。
「ダンジョン・コアがリソースを必要とする、って言っても、それって結局一人でも賄えるくらいだからねぇ」
感覚的には、自宅で電気自動車を充電する……みたいな感じだろうか?
できなくもないしやれなくもない、個人での管理もできるくらいの規模。それでいて、並みのダンジョンもかくやという広さを展開することもできる……。
言うなれば、娯楽として持ってこいなのである。そりゃまぁ、働くことに張り合いを求めていた人達がこぞって導入するわ、みたいな?
「この間のクリスマスみたいなことを事前に防止できる、ってこともあって大人気になったみたいだねぇ」
「ちょっと前のハサミみたいなのを産む可能性もあるけどね」
……なので、最終的にはやっぱり出所不明、ってところが響いてくるのよ。
みたいな話で会話は終わり、私たちは次のダンジョンの受け付けに向かうこととなったのだった。