なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
そうして向かった食堂車には、変わらず人の波が溢れていた。
……普通の料理と比しても結構上等な部類に入る食事を、この列車への乗車賃以外の追加料金を支払うことなく、かつ自身の体への影響を気にすることなく食べられる……ということ点で、どうにも人気が爆発している様子である。
……いやまぁ、本当に体への影響とかないのか、って言われるとちょっとよくわからないんだけどね?ほら、プラシーボ効果とかあるわけだし。*1
で、そんな風に人のごった返す食堂車の中に、人の少ない箇所が一つあるのであった。それが、
「んー!あまーいおいしーい!やーもう、これ幾らでも食べられるねマジで!」
「止めなさいはしたない。……いや、ホントに止めましょうね、周囲の視線とか気にならないんですか貴方」
「えー?でもさぁ、これだけ美味しいんならちゃんと主張しなきゃダメじゃない?」
そう、件の少女達二人の周りである。
そのテンションの高さゆえか、はたまた華々しさゆえか、もしくはてぇてぇでも感じて壁の花を決め込んでいるのか。
……よくはわからないが、二人が注目を集めに集め、かつ遠巻きにされていることは違いないようだ。
そしてやはり、彼女達はふと見た時にリコリコ主人公組の二人を幻視させるものの、どこか違うという気がしてすぐにそれが霧散する、という空気に変わりはない。
なので、やっぱり『逆憑依』ではないんじゃないかなー、みたいな気持ちが湧いてくるのだけれど……。
「うーん……やっぱり、違和感があるなぁ」
「そうなの?……んー、違和感……違和感ねぇ」
それを見たキリトちゃんは、やっぱりなにかしらの違和感を感じている様子。
……この場合の違和感とは彼女達が『逆憑依』だとするとおかしい、という私たちが感じているそれとは別種のもの、ということになるらしい。
ってことはつまり、それは彼女達が『逆憑依』だと示しているもの、ということになるかと思われるのだけれど……。
んー、わからん。
正直な話、違和感はあってもそれが重ならないという時点で、それを言語化できないことには違いが判別できない、みたいな状態に陥っているというか。
そんな感じで皆で首を傾げて……、
「……ん?」
「どうしたキーア?」
「いや……今なんか……おかしかったような気が……?」
「ホントか?俺の主張をわかってくれたか?!」
「うひゃ、待って待ってまだ確信も確認も取れてないんだから待ってって!?」
なにか、ほんの一瞬些細な違和感を覚えた、ような?
あまりにも一瞬だったため、確証には至らなかったが……確かに、否定するための違和感ではなく、肯定するための違和感があったような気がするような?
……思わずそんなことを口走ったものだから、賛同者が出たと大喜びで近付いてくるキリトちゃんである。……いや待って、まだそんな気がした程度のあれだから、今その残滓を逃すともう二度と掴めない気がするから本当に待って!?
というような感じに、興奮するキリトちゃんを宥めつつ、改めて二人を眺めること暫し。
入り口から中を覗くスタイルの私たちに、中から外へと出てくる人々が不思議そうに首を傾げて行くのを見送りながら、私は二人を眺め続けて……続けて……?
「……どうした、突然振り返って」
「…………エモート…………」*2
「妹?」
「聞き間違いにしても酷すぎんだろ、ノミー。……しかし、エモート?感情表現ってことか?それがなに……あっ」
「えっ、なにか気付いたのかハセヲ?」
今しがた食堂車を離れていった人を振り返る私。
そうして口をついて出た言葉は、大袈裟な感情表現を意味する言葉である
──そしてそれは、基本的に定型化されているものである。
例えば挨拶をするのなら手を振るとか、食事をするのならモノを口に運ぶ動きをするとか。
それらは基本的に、普通の人がするそれより大袈裟な動きとなって表現されている。
それは、咄嗟のチャットができない人ややれない人が、周囲にいる人々に自身の今の感情を正しく伝えるため。もしくは、言語的に別の国の人同士であっても、簡素ながらコミュニケーションを取るため。
とはいえ、それらは進んだネットゲームなどでは廃れるものでもある。
……ところで、この『tri-qualia』というゲームは、他のネットゲームよりも遥かに進んだシステムを持ち合わせている。
自動クエスト作成機能や、自身を自身でアップデートすることすらできるカーディナルシステム。それは、このゲームに革新的な表現を幾つももたらして来た。
その内の一つが、『
目指す先が元となった『ソードアート・オンライン』のようなものであるとはいえ、そのラインに到達するまでにはまだまだ時間が掛かるだろう……ということで、アバターを本当に思う通りに動かすことはできない現状を憂い、システムが作り上げた新たな表現方法。
件の作品から派生した作品である『
それは本当に画期的なシステムで、ある程度のアセット*4を組み合わせるだけでもそれっぽい動きが取れるようになったし、人によっては本当に細かい動きを組み合わせ、より自然な動きを生み出したりもしていたのだが……このシステムの本当に素晴らしいところは、あくまでも既存の動作の組み合わせでできているものであるため、他のプレイヤーにも共有が容易である、というところにある。
そう、例えば現実で有名になったダンスがあった場合、動きを再現したあとパッケージングしてしまえば、容易く他の人にも共有できたのである。
そのため、このゲームを始める際には、そういった有志の作ったオリジナルモーションを一緒にインストールする……という行為が常態化していたわけなのだ。*5
さて、ここまで語ってから話を戻すと。
さっき食堂車をあとにしたプレイヤー達が行っていた、こちらを見て不思議そうに首を傾げるという動き。
あれは、そういうエモートが既に存在するためにできた行動なのだ。言うなればあの動きをするために
……いやまぁ、用意されている有志のエモートは膨大な数に至るため、正確には選択ウインドウから該当のモーションを選択する、みたいな感じだとは思うのだが。
まぁ、よく使うモーションに関しては、ショートカットキーに設定していてもおかしくないかもしれない。このゲーム音声認識機能もあるので、該当する台詞にモーションを紐付ける、みたいなこともできるだろうし。
…………そこらで食事をしている人達も、実際は本当に食事をしているのではなく、食事をするモーションをその都度選んでいる、というのが原理としては正しい。
この場所の効果により、ある程度該当モーションの選択ラグが減ったりはしているだろうが……それでも、取れる動きというのは有志の作ったモーションに準じているはずである。
もっと簡単に言うのであれば、その場その場に応じたモーションを半ば自動的に選んでくれるようになっている、という感じか。
さて、そこまで語ったところで。
改めて、件の少女二人に話を戻してみよう。
この二人、ケーキや飲み物を食べながら会話を行っていた。
一応、これと同じような動きは存在している。具体的には『食事モーション』と『会話モーション』だ。
とはいえ、有志の作ったそれは個別のもの、組み合わせて使えるモノではない。……まぁ、それらに使われているアセットを個別に組み合わせ、新しいモーションを作っておけば問題はないわけなのだが。
実際、こだわる人間は個人用でそういうの作ってたりするし、あの食堂車にもそういうものを使っているとおぼしいプレイヤーは幾つか存在していた。
……存在はするが、しかしそういう人は、得てして
あまりに多岐に渡って特殊モーションが──しかも使用用途が被るようなものを持っていると、悪目立ちをするとでも言うべきか。
有志のサイトに投稿された多種多様なエモートは、いわば彼らが『みんなに使ってほしい』と思って投稿したもの。
その恩恵はこのゲームのプレイヤーのほとんどが受け取っており、翻ってオリジナルエモートの作者は先人にならい・ないし先人からの恩を次に受け継ぐ思いも込め、個人で使いたい一部のモノを除いてサイトに投稿する……という暗黙の了解が生まれている。
……まぁ一種のマナーみたいなものだが、これが結構浸透しているため、それを破っている人への眼差しというのはそれなりに冷たいものになるのだ。
件の二人は──ほぼアウトだろう。
このあと彼女達の動きが投稿されればあれだが、先ほどのやり取りに含まれるオリジナルエモートは片手で数えきれるものではない。
……いやまぁ、以前からあったものに類似しているものもあるようなので、実際には文句は言われない可能性も高いが……少なくとも、『食べながら喋る』部分に関しては言い逃れはできまい。
……他のエモートが問題ないのであれば、この一つだけが特別となって許されることだろう。実は複数のエモートを滅茶苦茶切り替え捲って自然な動きに見せている、なんて可能性もあるわけだし。
そう、複数のエモートの適切な切り替え。
実は、それの実例というものが、私たちのすぐそばにある。──そう、私たち『逆憑依』だ。
私たちのアバターは本来私たちが被っている役がそのまま反映されている、という話だったが。
これは、ゲームシステム的にはそのアバター部分が本来かなりややこしいことになっているシステム稼働の代理を務めている、みたいな部分もあるらしい。
そのため、私たちが自然に動かしている体は、システム的には各種エモートをかなり緻密に動かしている、という扱いになっているようだ。
なので、ネットではヤバイ操作をしているやつらが居る、みたいな都市伝説になっているらしいのだが──それに当てはめると。
あの二人は文字通り、
そしてそれは、努力で到達できはするものの──原則的には、私たち『逆憑依』がする動きのそれである。
「そう、違和感はこれのことだったんだよ。ここでは確かに料理の味を感じたりできるけど。──そもそもの話、あんなに滑らかに動けるようになる理由にはなってない。それができるのはよっぽどのエモート廃人か、私たちのお仲間だけなんだってことになるわけさね」
「……なるほど、簡潔に言うとあやつらだけ
「いや間違ってないけど……」
なんかいきなり俗な話になったなぁ、なんてことをハクさんの発言から思わされてしまった私なのでありましたとさ。