なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「ところで、ルドルフはさっきので足りてたわけ?」
「うむ、十二分だ。これなら少なくとも今日の夕食までは持つだろう」
「ぴかっぴー……」*1
次の場所に向かう途中、ルドルフに調子を尋ねた私。
返答は上々、といった感じだったが……その言葉を聞いたピカチュウは遠い目をしていた。
……まぁ、人型で馬のスペック出そうとしたら燃費が悪くなるのは……ね?
個人的には、人の足の構造で馬の速度を出して大丈夫なのか?……みたいな気持ちも無くはないが。
「その辺りは普通の馬とそこまで変わらんよ。無理をすれば痛めるし、大規模な転倒ともなれば選手生命が断たれることもある。……まぁ、走れなければ生きられない、という競走馬よりはある程度先がある、とも言えてしまうのかもしれないが」
「……走らないと生きられない?」
「あれ、
「……あー、あまり詳しくはないかも。次のとこに着くまでに聞いても?」
「まぁ、特に話題もないし……」
と、いうわけで。唐突な馬のお勉強である。
「馬には野生の馬はいない、って話は聞いたことある?」
「……ないわね。っていうか、それって本当なの?」
「そうだよー。野生馬、って触れ込みの馬の種類も幾つかあるけど、純粋な野生ではなく人に飼われていた馬が自然に帰化した、って感じだからね」*2
まず一つ目。馬という動物には、野生の種類はいないということ。
……これは正確なことを言うと『過去人によって家畜化・ないし品種改良をされたことがない』馬はいない、という意味となる。*3
つまり、昔飼育されていた馬が逃げ出し野生化したモノはいる、ということになるわけだ。
時は二千十八年、千九百年初頭に絶滅した野生の馬・ターパンについで唯一の野生種だと思われていた『モウコノウマ』という品種が、ゲノム解析により『五千五百年前に飼育されていた馬が野生化したモノ』であると判明したのである。
それにより、既に他の野生種は現存していないことが判明していたため、同時に完全な野生の馬はどこにもいないことが判明した……と。
一応、半野生とでも言うべき品種の馬も存在はしているようだが……やはり、完全な野生種が既に絶滅している、ということに違いはない。
これは、馬という生き物が人と密接に関わってきた、というところが大きい。
「一番初めは食肉用として家畜化された、っていう風に言われてるね。その理由は単純で、冬でも飼育しやすかったってのがポイントらしいんだとか」
「……冬でも飼育しやすい、ってのがよくわからないんだけど」
「その当時の家畜って言うと、牛とか羊とかなんだけど……今でも牧場とかに行くと、干し草が大きな丸太みたいに纏められてるところ、見たりしない?」
「あーうん、たまに見かけるわね」
「あれ、冬の飼料として貯めてるもので、ロールベールって言うんだけど……ああいう風に準備しとかないと、牛とか羊とかって冬に餓死しちゃうのよね」
「……それって普通なんじゃないの?」
「馬の場合はそうでもなかったみたいだな。なにせ、馬は木の葉も普通に食べるそうだから」*4
「へぇー……」
馬の家畜化が始まったのは、およそ紀元前四千年前だとされる。
これは、他の家畜──牛や羊、山羊や豚などと比べると遅めのタイミングなのだとか。
その理由は、家畜──特に食肉用として見た時に、馬は肥え辛く適していなかったから、だとされている。
ところが、一部地域──冬に雪の積もる降雪地帯であるその場所では、草が雪の下に隠れてしまうため、牛や羊の世話に相応の負担が掛かっていた。
彼らは雪下の草を上に積もった雪を掻き分けて食べる、という習慣がない。それゆえ、夏や秋の余裕のある内に牧草を蓄えておく、というプロセスを踏む必要性があった。
そこで馬が家畜としての有用性を示してくる、というわけである。
彼らは冬場でも自分で餌を探そうとする生き物だ。
なんだったら常緑樹の葉っぱだって食べるし、雪の下の草だって上の雪を掻き分けて食べていく。
……つまり、その分世話の手間隙が掛からない、ということになるのだ。
こうして、人類は馬を家畜として飼うことを選択するようになっていった。
そうして行くうちに、馬という動物の利点を人類は体感して行くことになるのである。
「と、いうと?」
「まず、人に従順だってところだね。犬なんかもそうだけど、人の言うことを聞いてくれる動物、っていうのはそれだけで魅力的なんだよ」
「そしてその従順さと体格の良さから、人が騎乗して移動するのに向いていた……というのもポイントだろうな」
その大きな利点の一つが、馬という動物が人に従順であり、その背に人を乗せても機動力が損なわれない──すなわち騎乗に向いていた、という点である。
家畜の中でその背に乗れる、となると他には牛くらいのものとなるわけだが、こちらは頑丈さはともかく、速度については比べ物にならない。
一応、野生種の中には速度的に優れるものもいるが……そういうものは得てして気性が荒く、とてもではないが人が乗れたものではない。
それを思えば、人より遥かに優れた速度を持ちながら、人に対して攻撃的ではない馬という動物が、どれほど人の暮らしを変え得る力を持っているのかがわかるだろう。
ゆえに、馬は食肉用だけではなく移動用・さらには荷物の運搬用の家畜として、重宝されていくことになる。
さて、馬という動物は病気に強く、頑丈であるわけなのだが。
それでも一つ、その身体の構造上どうしても弱点となりうる部分が存在する。それが、
「蹄、だね」
「蹄……っていうと、馬とか牛とかの足の先の?」
「そう、それだな。私達ウマ娘も、靴に蹄鉄という形でその影響が残っているわけだが」
彼らにとっての第二の心臓である、蹄だろう。
因みに人間でいうところの『中指の爪』に相当するそうな。
……なんで中指なのかって?どうにも進化の過程で速度の確保を目的とするうちに、他の指が退化・ないし融合した結果なのだとか。
まぁともかく、この蹄。
馬に限らず四足歩行の大型動物にとっては、とても重要な部位として知られている。
「馬や牛くらいの大型動物になると、心臓の働きだけじゃ末端まで血液が送れない、なんてことになるみたいでね。それをどうにかするために彼らに備わっているシステムが『蹄機作用』なんだ」
「ていきさよう?」
「簡単にいうと、歩行が心臓のポンプ作用と同等の効果を持つようになるシステムだな」
そう、文字通りの第二の心臓。
大型の動物である彼らは、心臓の働きだけでは末端にまで血液を送れず、かつ古い血を心臓まで戻すことができない。
それを助けるために生み出したのが、『足踏みをすることをポンプの代わりにする』という『蹄機作用』である。
仕組みとしては蹄が着地・離陸の際に伸縮する、というものなのだが……これにより、彼らはその大きな身体の隅々にまで血液を巡らせることができるようになったのだ。
……だがそれは同時に、蹄がダメになるとその生に関わるレベルの重症となる、ということでもある。
「指であり爪である……というように、蹄の生育には日々の食事や歩く際の環境なども関係してくる。野生であれば自然と磨かれるものが、飼育下ではどうしても多様性を持ち辛い……ということで、重要な器官である蹄を保護するための蹄鉄、というものが生まれたわけだな」
「まぁ、野生種は野生種で環境変化に付いていけなかった、みたいなところもあるみたいだけど」
飼育下にある馬は、どうしても餌が片寄ったり自由に歩けなかったり、という面で蹄の健康に問題を抱えるパターンがある。
それを解消するため、人は人間の靴に相当する蹄鉄を生み出すなどして対応して来たのであった。
……飼育下にある馬がそうして問題を抱えていたのなら、野生種の馬は問題なかった……かと言えばそういうわけでもない。
事実、野生の馬は絶滅してしまっている以上、そちらにもそちらの問題があった、ということは簡単に想像できることだろう。
で、そちらの問題というのが、蹄になんらかの問題を負った時に、野生種では自然治癒を待つしかないことと。
それから、馬の住みやすい場所が減ってしまったことの二点である。
「飼育下なら蹄鉄とか貰えるけど、野生にはそんなのないからね。あと、森林開発とか平地に人が住み始めたとか、馬が自由に動ける環境が減っていったのも問題だったみたい」
「そもそもの話、野生と飼育下のどちらが安全か、という部分もあったようだがな」
馬は草食動物であり、肉食動物からしてみれば餌の一種である。
そもそも彼らが早く走れるようになったのは、それらの捕食者から逃げられるようにするため。
つまり、走れなくなった馬はそれらの捕食者に食べられてしまう運命だった、というわけである。
また、彼らは進化の過程で足を第二の心臓としたわけだが、それは裏を返せば走り辛い場所はそもそも生息に適さない、ということでもある。
彼らにとって一番住みやすいのは平地だが、そこには人間という動物が増え始めていた。
彼らは馬を捕まえて家畜にすることもあったため、野生の馬にとっては明確な敵だったわけである。
……まぁ、昔ならば狼などの捕食者の被害から守ってくれる相手、ということにもなるわけなので、どっちが安全かといわれると実際は圧倒的に飼育下だったわけなのだが。
それらの事情も合わさり、野生の馬はみるみるうちに減少。
結果、千八百年代後半には完全な野生種の馬は絶滅し、飼育下にあった最後のターパンも、千九百年年代には……というわけだ。
「ってわけで、走れない馬は生きられない……っていうことについてはわかって貰えたかな?」
「まぁ、大体は。……ただこう、治せたりはしないの?そういうの」
「んー、みんななんやかんやと考えたりしてるみたいなんだけどねー、これが中々……」
「……あー、難しいんならいいわよ、素人考えで発言しただけだから」
「まぁ、治せるならそれが一番だ、って思ってるのはみんな同じってわかってくれればいいよ」*5
そうして一応の話の結びを見せたところで、私たちは次の目的地に到着したのであった……。